セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第75話

 

 ……私の、負けか。

 

 唇から小さく零れた言葉が、夜風に拐われていく。空に浮かぶ飛行船の上で手足を伸ばし体を大の字にして倒れていると、冷たい風がさらりと撫でるように頬に当たった。ひんやりとしたその感覚は気持ちが良かった。

 見上げれば、頭上には紺色のカーテンを背に星が輝いている。天に見える星達の耀きは、いつもと変わらない。皆が学園祭で盛り上がっても、誰かが恋に破れて悲しい想いをしていようと、私が未来を変えようと奮闘しようと、星はずっとこうやって私達に光を届けているのだろう。

 どうしようもなく不変の事実を前にして、私は小さく笑う。

 負けて、作戦が失敗したというのに、私の胸の中には清々しい想いが溢れていた。

 

「……超さん」

 

「まったく。勝ったと言うのに、なんて顔をしているのカナ? 」

 

 近付いてきたネギ先生は、私のことを心配しているのか、表情を曇らせながら声を掛けてきた。この勝負はこうやって殴り合うことでしか解決出来なかったと分かっていたとしても、自分の生徒に手を出すのを心の底から良しとは思えていなかったのだろう。

 

 甘い少年だな、と心の中で笑って呟く。未来で聞いた通りの、お人好しだ。

 しかし、そんな甘ちゃんな彼は自分の中でやらなければならないことをやりきって、私はそれに負けた。

 まだ、奥の手が無い訳ではない。この身体を蝕む魔力を解放させれば、もう一度立ち上がることは出来るだろう。

 だがその手を使っても、カシオペアをいまだ手にしている彼には勝てないと、分かっていた。それほど時間を跳躍する力というのは、強大なのだ。

 強い想いだけで立ち上がるのではなく、こうして冷静に分析してしまう辺り、私は根っからの科学者なんだろうな、と胸の中でそっと呟く。

 

 ……科学者、か。

 

 その言葉に自分で反応して、私は顔を横に向けた。視線の先には、世界樹がある。何よりも大きく、圧倒的な存在感を放つ世界樹。その銀色の光の中には、金色の光を帯びて踊るホタルがいる。

 自然だけで作られたものではない。科学と自然を混ぜ合わせて、どちらも愛するものによって作られたものだ。

 何度見ても綺麗だと思った。 美しく、心に響く。

 幻想的で魅力的なその画に、私は再び目が離せなくなる。

 

「……あれは」

 

「……はい」

 

「……七海がやったことだろう? 」

 

 そっと尋ねた私の問いに、彼はコクりと頷いて応える。

 

「……七海さんは、自分が貴方の気を引いてみせると言っていました。自分にも、出来ることはある筈だと」

 

 人と闘うために拳を握ったことがない。気もなく魔法も使えない。そんな彼女が、この勝負の分かれ目を作った。彼女が使ったのはただひとつ。自分の持ち得る知識だけだ。

 純粋な彼女の作り出した光は、本当に美しいと思えた。

 

 荒廃とした未来にも、光をつくって見せると。彼女はそう言っているような気がした。

 七海達とならば私の未来にも光があると。私はそう想ってしまった。

 あのホタルの光は、彼女が私に伸ばした手なんだ。

 

 

 

 景色に見とれている私に向かって、ネギ坊主が手を差し出す。彼の頬には切り傷があり、腕には痣が残っていたが、それでも彼は私に手を差し出した。

 私はその小さな手を頼りにして、自分の上半身をぐっと持ち上げる。

 それから、諦めるように吐息をついた。

 

「……計画は中止にするヨ。約束だから」

 

「……超さん」

 

「それに、この騒動の後処理もしておこう。私の責任だしネ。……ただ、学園からの罰は、私だけが受ける。葉加瀬と茶々丸は私に従っただけだ。甘いことを言ってるのは分かっているが、それだけはどうかお願いしたい。後は――」

 

「――待ってください、超さん。その前に伝えて置かなければならないことがあります。七海さんのことで」

 

「そうだネ。私も彼女には早く顔を合わしたいヨ。してやられたよ、と一言言ってやらないと」

 

「違うんです。超さん。聞いてください。彼女は――」

 

 負けたのにも関わらず落ち着いて話す私とは対称的に、ネギ坊主の表情には焦りと緊張感が備わっていた。その様子から、私は言い表せぬ不安を感じた。彼は口早に、私に何かを伝えようとしている。額には汗を掻いていて、握る手に知らずのうちに力を込めていた。勝った彼が、何を焦る必要があるのか。

 あまりに真剣な顔を不審に思い、私は眉根を寄せた。

 

「……どうかしたのカ? 」

 

「七海さんが、このあと――」

 

 

 

 

 

 彼が言葉を続ける前に、静寂な夜の中、とん、と静かな音が不意に鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

「……七、海?」

 

 私の呟きに反応して、ネギ坊主がさっと振り向く。そこには確かに、私達のクラスメイトである七海がいる。

 

「……どうしてここに……? 」

 

  私は、彼女がここにいることの違和感にすぐに気付いた。

 ここは、遥か上空。魔法が使えない彼女がこの場所に来れる筈がないのだ。

 

 返事をしない彼女を私がじっと眺めていると、強く、風が吹いた。

 彼女の制服と長い黒髪が乱れるように舞った。ばさばさと制服は音を立て、髪は顔を覆うように流れる。

 

 その髪の間から、彼女の瞳が見えた。

 

「……っ!? 」

 

 彼と私が同時に息を飲む音がした。

 

 

 それは、光のない瞳だった。

 暗く、黒く、全てを呑み込もうとしているほど、恐い色だった。

 

 あれだけ私に光を見せてくれた彼女なのに、その瞳には光がない。そのことが、どうしようもなく恐ろしくて、私の背筋には嫌な汗がぶわりと流れた。

 

 彼女はその凍った仮面のような表情を変えぬまま、ゆっくりと片手を上げて、掌を私達に向ける。口元には、一切の緩みもない。いつものように、優しく笑う彼女はそこにはいない。

 彼女の腕の周りに、円形の黒い魔方陣がいくつも浮かぶ。禍々しさと、悲しさの混じった魔力を感じた。

 

 私と彼は、動けない。

 その魔力の質に怯えた訳ではない。突然の出来事と、変わり果てた彼女の姿を信じたくないという想いが、私達を動けなくしていた。

 

 

 あれは、七海ではない。気付けば、私は胸の中でそう呟いていた。

 七海である筈がない。彼女が、こうであっていい訳がない。私に幻想的な光を見せてくれた彼女が。私に、未来への光をくれた彼女が。

 

 こんな、こんな悲しい――。

 

 

 私は、きっと睨むように彼女を見る。彼女はそれにも全く反応せず、手に込めた魔力を強めた。

 大きな音と暗い光を放ったその手から、無慈悲にも黒い光線のような魔法が放たれる。寸分の狂いもなく一直線に、それは此方へと向かってくる。

 

 

 私は、咄嗟にネギ坊主を押していた。身体が勝手に動いていた。せめて彼だけでも、この黒い濁流に呑み込まれぬようにと。

 体勢を崩した彼は、目を丸くさせて、私を見ていた。

 

「っ超さん!!」

 

 身体を後方に倒されつつも、彼は必死に声を張り上げる。

 

「――戻って(・・・)!」

 

 黒い奔流を目の前にしながら、私は握られていた自分の手を見る。そこには、懐中時計型のカシオペアがあった。

 

 

 

 

 ――なるほど。そういうことカ。

 

 

 

 

 全てを納得した私が頷いて微笑むと同時に、カチリと、世界が変わる音がした。

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 僕が 未来から戻った(・・・・・・・)超さんと出会ったのは、今日、図書室で作戦会議をするすぐ前のことだ。

 全身を覆うコートを羽織って僕を空き教室へと呼び出した人物が、このあと闘う筈の超さんだと知ったときは、驚いた。未来から戻ってきたという証拠として、彼女は手に持った懐中時計型のカシオペアを僕に見せた。既に壊れていてもう使えないらしいが、それは僕が今持っているものとまったく同じだった。

 そして、そんな超さんが、過去の自分の計画を止める手伝いをしようと言ったのだから、僕は更に驚いた。

 

「……何故、ですか? 」

 

「何故、とは何に対しての質問カナ? 戻ってきたことについて? それとも君達に協力することについて? 」

 

 どちらもとても気になる質問だ。それらについても勿論理由は聞きたい。

 しかし、それよりも、腑に落ちないことがある。

 

「……過去に戻った超さんが、今の超さんに協力すれば、間違いなく貴女の願いは叶います。それなのに、どうして僕達の味方に……」

 

「今の私は置いといて、ここにいる私自身は既に君達に敗北をしている。私の中では、この勝負はもう決まっているし、納得している。だから、今更どうこうとするつもりはないヨ」

 

 あっさりと言う彼女のその表情には、清々しさすらあった。あれだけ強かった想いであった筈なのに、今の彼女は割り切っている。未来に何があって、彼女を変えたのだろうか。

 

「しかし、未来で負けたからと言って、未来の貴女が今の超さんを止めにくる理由が僕には分からないのですが……」

 

「そうネ。そのことについて、話しておかなければならない。未来で、何があったのかを」

 

 彼女がした話は、予想外であった。

 僕は皆の力を借りて超さんを止めることには成功したらしい。が、その後突如現れた者にやられそうになり、彼女は僕に助けられて過去へと飛ばされたのだ。

 

「その、突然やってきた人物というのは、どんな人だったのでしょうか? 」

 

「……七海だった。あれが本物かどうかも分からないが、少なくとも、姿は七海だったヨ」

 

 深刻な表情の彼女の口から出た答えは衝撃的で、思わず声を張り上げてしまうほどだった。

 

「……まさかそんなっ!彼女がそんなことをする筈がありません! それに、七海さんには闘う力なんて……! 」

 

「……そうネ。私としても信じ難かった。七海がそんなことをする人でないのは、私も知ってる。それに、彼女が力を持たないこともネ。だから、考えられる可能性は二つある」

 

 超さんは、僕の前に二本の指を立てた手を置いた。

 

「……一つは、あそこに現れた七海が偽物であったという可能性。そしてもう一つは、七海が誰かに操られているという可能性。私の考えとしては、二つ目であろうと考えている」

 

「どうして七海さんを使う理由があるんですか! それに! 操るとはどういう……! 」

 

「落ち着けネギ坊主」

 

 語調を強めた僕を宥めるように、超さんは冷静に声を出した。

 

「君は知らないかもしれないが、七海はある症状に掛かっていた。それは命に関わるほどのもので、彼女はそれを乗り越えるために自作した未知の薬を飲み続けていたヨ」

 

 そんな話、僕は聞いたことがなかった。落ち着いた様子で優しく微笑みながらクラスを見渡す彼女の中に、そんな事情があるだなんて僕は知らなかった。

 唖然とする僕を置いて、彼女の話は続く。

 

「原因があるとしたら、恐らくそれだ。その薬は世界樹の魔力を自分に無理矢理流し込むものだった。ならば、彼女がその魔力に当てられて、この大発光に合わせて変化を起こしたと思える」

 

「……そんな。なら、どうすれば……」

 

 その話によれば、七海さんは前からその薬を飲み続けたこととなる。とすれば、今から彼女に注意しようと、彼女を護衛しようと、大発光に合わせて彼女が彼女じゃなくなるという事実は、止められないということだ。

 

「……私は、そんな彼女をどうにかするために動くヨ。君が思っている通り、既に薬を奥深くまで身体に取り込んでいる以上、七海が変化する未来は今更変えられないダロウ。彼女をどこかに閉じ込めていようと、変化した後の彼女には恐ろしいほどの力があったため、逃げられて終わりネ。ならばやはり変化した後の彼女を戻すように動く方が、可能性があると私は見ている」

 

「……それまでは、彼女に手を出さない方が良いということですか? 」

 

「……そうだネ。大発光がなくとも、何が刺激になるとも限らない」

 

 超さんは、ゆっくりと頷く。

 

「変化後の彼女に対処するためにも、私の計画を成功させる訳にはいかない。私の計画が上手くいった混乱した世界の中で、彼女を対処出来るとは思えない。症状的にも、時間が経つほど彼女を戻すのは難しい気がする。混乱に乗じて遠くにいかれたりなどしたら、それこそ終わりだ。

 ……だから、私は電脳方面で今の私を抑えつつ、七海を元に戻す方法を探る。今の私に、私が直接止めろと言ってもきっと聞かないからネ」

 

 自分のことは自分が一番分かっているから、とでも言いたげに彼女は息をついた。

 

「……あの、もうひとつ、聞いていいですか」

 

「何カナ? 」

 

「……世界を、僕達を敵に回してまで計画を遂行しようとした超さんが、彼女1人のために、ここまできて、彼女を救おうとしている。……僕も、当然彼女を救いたいです。ですが、どうしてあなたがここまで彼女に……」

 

 超さんは、自分の計画を捨ててまで彼女を助けようとしている。その心変わりの理由を、僕は知りたかった。

 

 超さんは、頬を緩めて笑った。

 

「……麻帆良中学成績トップクラスの頭脳を持つ私と、葉加瀬と、七海の三人で考えれば、未来にも道がある。彼女はそう言ったヨ。ならばそのためにも、彼女には協力してもらわないと」

 

 優しく笑った彼女から、リン、と鈴が鳴るような音が聞こえた気がした。

 

「なにより、彼女は私達の大事な仲間だからネ」

 

 


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