セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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本日4話目です。


第76話

 

「おい、どういうことだよ。また、新しい敵が出てきたじゃん」

「さっきの女の子が最後のボスだったんじゃないの? 」

「まだイベントあるのか。ほんとに今年は凝ってんなー」

 

 星空の下、人の集まったこの場所には密度と体温による生温い熱気が漂っていた。ぼんやりと肌を撫でるような感覚が僕の体を包むように覆う。地を這うような湿度のある暖気はあまり心地の良いものではなく、若干の不快感を覚える。人混みは好きではなかった。

 辺りからはスクリーンを見上げながらぶつぶつと呟く声があちらこちらから上がっていた。会場の雰囲気は、動揺や期待が入り雑じった異様な空気に包まれている。

 側にいた子供が、あの人、何か怖いよ、と父親らしき者の足に抱き付きながら言った。大丈夫、イベントだよ、と子供の頭を撫でながら大人は慰めるように言う。

 

 新たにネギ君達の前に現れた彼女はいったい何者なのだ、という疑問が浮かび、それに対して様々な憶測を皆が好き勝手に語っていた。まるで映画の先を皆で予想しながら見ているかのように、続きの展開を全員が気にしている。誰も、あのスクリーンの中で本当に事件が起こっているとは思っていない。ネギ君の額に光る汗さえも、演出だと思っている。

 ここにいる人間達は、魔法という世界に触れて生きている訳ではないのだ。 仕方のないことであるのは分かっていた。

 しかし、それでも。あの状況を只のエンターテイメントと捉えて楽しもうとしている人間には、呆れてしまう。なんて能天気でお気楽なものなんだと、蔑みを覚える。

 

『……ど、どういうことでしょうか! 最後の敵のあとに現れた、更なる存在! 彼女は一体、何者なのか! か、彼らはあの者にどう対応するのか!? 』

 

 ステージ上に立つマイクを持った少女が、焦りを含んだ解説を皆へと向けた。なるほどなるほどやはりイベントはまだ続くのだな、と多くの者が頷く。アナウンスがあることで、やっぱり予定調和じゃないか、と安心した息を吐く者もいる。

 

 だが、見るものが見れば分かる筈だ。あの少女は演技であんな声を出している訳ではない。本当に、動揺しているのだ。自分の想定していなかった展開が起きていて、心に不安や畏れを感じながらも、大衆を混乱させてはいけないと、自分の職務を全うしようとしているのだ。肝の座った女性であると思える。彼女は、明智 七海の友人だったのだろうか。

 

 

 僕は、横にいる少女の声が先程から聞こえていないことに気付いた。自分の姉が、皆が注目するスクリーンの中でアップで写し出されている。それも、最も盛り上がるクライマックスの場面でだ。あの口煩い少女が興奮して騒ぎ出さないのは、不自然だと思った。

 なにより、彼女らしくないと思ってしまった。

 

 

 視線を彼女へ向ける直前に、不意に、消え入りそうな声が聞こえた。

 

 

 

「…………なな、ねぇ……? 」

 

 これだけの喧騒の中、その声ははっきりと耳に残った。

 静かに、震えた声で発された筈のその呟きは、僕の脳に直接届くかのように響く。

 

 少女は、酷く臆病そうな青い顔付きをしていた。唇は細かく震え、怯えの陰が走っていて、泣きそうな表情だ。

 

 理由は分からないが、僕は、彼女の顔から目を逸らすことが出来なかった。

 あれだけ普段煩い少女が、随分と辛そうに、弱々しくなっている。その事実だけで、僕は彼女のことから目を離せない。

 自分の鼓動が、やけに大きく鳴っている気がした。その訳を、理解できない。それでも心臓は、その表情を見る度に音を立てた。

 

 

 少女は突然駆け出した。

 人混みを掻き分け、一心不乱に進んでいく。息遣いを荒くしながら、一生懸命もがくように手を動かして、人を避けさせる。

 知らずのうちに、僕も彼女に付いていっていた。勝手に足が動き、彼女が作った道をそのまま通る。

 自分が何をしているのか。何をしたいのかが分からない。

 

 人の集まりが少なくなった所で、彼女の速度は増した。決して速い訳ではない。しかし、彼女が全力で走っていることは分かった。二つに縛った彼女の髪は大きく揺れる。僕は自分の行動の答えを見つけられないままそれを追い掛ける。

 

 彼女は、世界樹の方向へ向かっていた。顔を上げて、斜め上を見るようにしながら、少女は走る。途中で、外に階段がついている建物があった。彼女は、少しでも空に届こうと、無我夢中にその階段を駆け上がった。僕もその後を追う。

 

 屋上まで登ると、空を見上げている彼女がいた。

 握った拳は、震えている。

 先程までと違って、少し冷たい空気が辺りを覆っている。人のいないこの場所には、孤独感を強める雰囲気があった。

 満天の空。銀色の世界樹とその周りを漂う淡い金色の光。輝かしい背景とは不釣り合いな寂れたコンクリートの建物の上で、彼女はじっと立っていた。

 

 

 

「……あれは、違うよ」

 

 少女は、弱々しく呟く。その後ろ姿は、いつもよりもずっと小さく見えた。

 

「……あの人はななねぇじゃない」

 

 少女は自分の体を抱くように腕を動かし、足を震わせた。靴とコンクリートが擦れる音が、無機質に響く。

 

「何でか分かんないけど、私、怖い。怖いよ」

 

 その声は、やはり弱々しくて。

 

「ななねぇが、どこかに行っちゃう気がした。急に、胸が寂しくなって。全然自分でも意味分かんないんだけど、なんか、凄く嫌な予感がする」

 

 ひく、ひく、と嗚咽のように鼻を啜る音が響く。

 

 

 

「……怖い。怖いよぉ、フェイフェイ」

 

 

 いつものような明るさが一欠片も感じられない呼び方で、 少女は、僕の渾名を呼ぶ。

 

 胸の鼓動が、また痛々しく鳴った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

「ど、どういうことですか! どうして七海が……! 」

 

「葉加瀬さん! すぐにここから離れて下さい! 」

 

「でも! 超さんが……っ! それにネギ先生も……! 」

 

「超さんは無事です! 僕は今の七海さんをこのまま置いては行けません! 葉加瀬さんは早く! 」

 

 僕の声に反応するかのように、七海さんの黒い瞳がゆっくりと葉加瀬さんの方に向いた。その瞳に見つめられた葉加瀬さんは、小さく悲鳴を上げる。怯えた動物のように肩を震わせ、驚愕の表情を見せた。

 

「……葉加瀬さん! 」

 

 葉加瀬さんの方へと向かって、黒い光が再び線を成しながら向かっていく。

 

 ここからじゃ、間に合わない。

 

 小さな爆発が起こった。

 もう一度僕が名前を叫ぶと同時だった。暗い夜空の中、爆炎による光は痛々しく辺りを照らし、宙にはパラパラと焦げたものが舞う。それを見つめながら、僕は呆然とした。

 

 その事実を認めたくなくて、更に大声で名前を呼ぼうとした所で、宙に成す爆炎の中から風を切るような音を立てて何かが飛び出してきた。

 

 

「……ネギ先生! 」

 

 聞き覚えのある声にはっとして、飛び出たそれを見つめる。そこには、まるで鳥のような翼を大きく開いた刹那さんが、葉加瀬さんを抱えていた。

 

「……刹那さん! よかった! 助かりました! 」

 

 思わぬ所からの手助けに、僕は安堵の声を上げる。刹那さんは華麗に空を舞ってから、綺麗に僕の側に着地した。

 

「……? 刹那さん、その翼は……? 」

 

「そんなこと! 今はどうでもいいでしょう! それよりも、何が起こっているんですか!? 」

 

 未だに困惑している葉加瀬さんを背後に下ろしながら、刹那さんは大声を上げた。

 

「…………あれは。あれが、明智さんなんですか……っ! 」

 

 刹那さんは唇を噛み締めながら、七海さんを見つめていた。

 

「……恐らく、誰かに体を乗っ取られているのだと思います」

 

 僕が頷いて答えると、刹那さんは苦しそうな顔をした。持っていた刀を強く握り締め直したのが分かった。

 

「……原因は分かっているのですか。いえ、それよりも、元に戻す方法はあるのですか」

 

「……それは、今はまだ分かりません。ですが、七海さんが誰かに危害を加えるような事態にさせる訳にはいきません」

 

 ついさっき葉加瀬さんへと向かっていった攻撃を頭に過らす。

 

「葉加瀬さん。とりあえず貴女はここから離脱してください。一人で出来ますか? 」

 

「こ、この飛行船内に小型飛行船があるので大丈夫ですが……。で、でも! お二人はどうするのですか! 」

 

「僕達は……」

 

 七海さんの真っ黒な瞳が、次は此方に向く。

 

 

 

「彼女を、ここで食い止めます」

 

 

 僕はぐっと腰を低くして、構えをとった。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 七海さんの側に、再び何重もの魔方陣が幾つも浮かび上がった。その攻撃に、彼女の意思などは微塵も感じられない。その表情は、無、という表現が一番しっくりきた。まるで本当に彼女はそこにいないかのようだった。

 それぞれの魔方陣から再び黒い光線が鋭く放たれる。僕と刹那さんは飛び上がるようにして紙一重にそれを避けた。

 

「ネギ、先生! あなたは! 彼女がこうなることを知っていたのですか! 」

 

 白い羽根を散らしながら翼を拡げた彼女は、怒鳴るように声を張り上げた。

 

 一瞬の猶予もなく黒い光線は降り注ぐ。僕の障壁で防げるレベルを悠に越えていた。疲労した足をそれでも動かして、僕は何とかそれを避けていく。しかし、その内の一つが避けきれず、今にもぶつかると言うところで、刹那さんが僕の背中を空へと持ち上げるように引っ張り上げた。

 足に地をつく感覚がなくなり、持ち上げられた体には浮遊感がする。

 

「……知ってはいました。しかし、それを防ぐ方法は、僕には分からなかったです」

 

 息を切らしつつお礼を言ってから、七海さんを少し高い位置から見下ろす。

 刹那さんが、また表情を歪めた。

 

「何故、教えてくれなかったのですか……! 」

 

「それは……」

 

 超さんから七海さんの話を聞いた僕は、誰にもそのことを教えなかった。未来から来た超さんと相談して、その方が良いと考えたのだ。

 超さんとも話した通り、七海さんが操られることがどうしても変えられないならば、まずは超さんの計画を止める方が優先だと思ったのだ。七海さんの対処に時間を割いて超さんの計画が止めれなかったら、魔法が世界にばれた混乱状態で七海さんを相手しなければならない。超さんの言う通り、周りが錯乱している状態では、それは厳しいように思えた。ならば、他の人に無闇に情報を教えて困惑させるのは良くないと考えたのだ。

 

 そして、もうひとつ。

 超さんの話を聞いた後も、僕は七海さんがこうなるとは、思いきれてなかった。あの、優しくて、冷静で、大人っぽい彼女が、僕達に手を向けるだなんて、思いたくなかった。そんな甘さを、僕は捨てられなかった。

 

 この場で上手く説明出来ず、苦々しい表情をした僕を見て、刹那さんもまた、苦し気に息を吐いた。

 

「……正直に言えば、私達にも教えて欲しかった、と貴方に怒鳴りたい気持ちもあります。しかし、今更それを言ってもどうしようもないことなのでしょう。それに、言わないと選択をとったネギ先生にも理由があったと、思っておきます」

 

 秘密事については私は人に強く言えませんから、と続けて、刹那さんが、更に高くへ舞い上がる。七海さんに向ける視線は逸らしていない。

 

「ただ、これからどうすれば良いのかは教えて下さい。七海さんを無闇に傷付けず、元の状態に戻す手段は、ないとは言い切れないのですよね? 」

 

「……それは、今超さんが探ってくれている筈です。なので僕達は、時間を稼ぐことに集中しましょう」

 

「時間を稼ぐ……。中々、骨が折れそうですね」

 

 七海さんから、再び光線が向けられる。刹那さんが僕の背中を掴んだまま、翼で大きく風を切って、次は下方にと向かう。彼女からの攻撃は連続して続き、刹那さんはギリギリを見極めて避けていた。

 

「……あれだけの魔力……っ! 一体どうやって! 」

 

「刹那さん! 僕を下ろして下さい! 二手に別れた方が攻撃を分散出来ます! 」

 

 後ろに背負っていた杖を出して、刹那さんへと合図を送った。そのタイミングは僕は空に放り出され、そのまま自分の杖に股がって宙を浮く。

 

「とりあえず、避け続けましょう。 無計画に放出される魔力なら、そのうち枯渇する……っ! 」

 

 筈です、と続けるつもりだった言葉は、出て来なかった。

 

 七海さんの後ろに浮き上がった大量の魔方陣が、まるで巨大な壁のようになっていたからだ。それぞれの術式が重なるようにして、隙間なく魔方陣が構成されていく。風で舞う彼女の髪が、とても恐ろしく思えた。

 

 今までは、ほんのお遊びだった。そう感じても可笑しくないほどの、圧倒的な量だった。

 

「……これ、は……」

 

 唖然とした刹那さんの呟きが聞こえる。

 一つ一つの攻撃に、あれほど密度を込めていた。それが、この数になるとは、どれだけ出鱈目な力なんだろうか。

 

 魔力の収束が強まり、砲撃の気配が高まっていく。

 

「……ネギ先生! 私の後ろへ! 防御の結界を貼ります! 」

 

「刹那さんっ!? しかし、それじゃあ! 」

 

「……ええ、抑えきれないでしょう。しかし、無いよりはましです! 」

 

「そうではなくて! 貴方が! 」

 

「早くして下さい! このままじゃ、二人とも……! 」

 

 びゅん、という音がなった。

 黒い光線が、まるで大きな塊の如く迫ってくる。僕達のレベルを越えた攻撃であることは明らかである。刹那さんも、迫り来る光線を見てそれを察したようだった。

 急いで、彼女は構えをとり、三角錐で出来た結界を僕達を囲むように貼る。続いて僕もそれに重ねるように障壁を展開させる。

 

 黒い奔流が、僕達を呑み込もうと襲い掛かった。

 

 

 歯を食い縛り、覚悟を決めた。二人の力で、どうにか乗り越えなければならない。

 

「……くっ! 」

「ああああ……っ!! 」

 

 雪崩れ込む滝の如く、光線は続いた。ビリビリと結界が振動し、徐々に亀裂が出来ていく。

 

 

 

 

 

 これは、もう。そう感じてしまった時に、声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「……おい坊や。その腑抜けた障壁はなんだ? 」

 

 

 視界の晴れた僕達の前には、綺麗な金髪の髪が舞っていた。

 


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