セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第8話

 

 

「…………なぁ明智」

 

「ん? 」

 

「一応聞いていいか? 」

 

「どうした長谷川さん」

 

「なんだその格好」

 

「虫取スタイル」

 

「いやそれは見れば分かる」    

 

 私の家で長谷川さんと麻帆良について色々話した後、後日私の気になることを一緒に調べようと約束し、休日にこうして待ち合わせした。  

 私の格好は、いつかと同じように長袖長ズボンジャージに虫取網と虫籠、木崩し用のハンマーを入れたリュックサックを背負うという同年代の女子がするような姿ではなかった。

 

「麻帆良の気になる所調べるんじゃなかったのかよ」

 

「もちろんそのつもりだ。そのためにこれらの道具が必要なんだ」

 

「…………まぁ、私はついていくだけだからいいんだけどよ」  

 

 はぁ、と溜め息をついて長谷川さんは呆れた表情を見せる。

 では行こうか、と声をかけ、私が目的地に先導しながら歩き始める。

 

 先日長谷川さんと話をしたおかげで、私も以前よりはっきり麻帆良の違和感を認識することができた。自転車よりずっと速く走る人はやはりおかしいし、それを「おお、あいつ速いなぁ」程度の認識でしか見えない人たちもやはりおかしい。だが、周りがおかしさを認識出来ないということに自分も助けられていると、長谷川さんのおかげで気付くことができた。  

 私はテストで手を抜かなくなって、小学生クラスの問題で間違えたことはない。また、精一杯子供らしく振る舞う演技はしているつもりだが、どう見ても私は周りの子供達より精神年齢が上だ(まぁ事実40歳を超えて上なのだが)。

 そんな私を周りは「おお、あいつ頭いいなぁ」ほどの認識でしか見ていないのだ。  

 

 認識の差異に悩まされる一方で、それに地味に助けられていた事を知り、何とも言えない気持ちにさせられた。    

 

 

 

 

 休日の午後、ということで周りの人だかりはそれなりだ。今更になってこの格好でいることが多少恥ずかしいような気がしてきて、足早に街を抜けようとした。  

 

「今日は虫取っていうならいいけどよ。明智ってもっとこう……すっげえ大人っぽいお洒落な格好するイメージだった」

 

「ううむ。私はあまり姿に気を使うタイプではないんだけどな。髪も短くしたいのだが、母が結構うるさく言ってくるので切れないんだ」

 

 前世で男だったため、男の服装ならまだしも女性の格好など分かるはずがなかった。髪や肌のケアにもまったく気にかけていなかったのだが、そこを疎かにすることだけは許さないと母に叱られたことがある。こうやって女性は幼少期の頃から身だしなみの大切さを教えられてきたのだろうか。

 

「私も明智は髪は長い方がいいと思うぞ。服も大人しいモノクロっぽい感じが似合う気 がする」

 

「…………へぇ」

 

「な、なんだよ」  

 

 私が驚きながら長谷川さんの顔を見ると、少し照れた顔をした。

 

「いやな。長谷川さんはお洒落に詳しいんだなぁと思って」

 

「く、詳しいわけじゃねーよ ! ただちょっと服とかには興味あるだけだ ! 」  

 

 なぜか必死になって言い訳する長谷川さんを見て私は笑う。

 

 なんだ、私よりよっぽど女子っぽいじゃないか。

 

「てか、今更だがどこに向かってたんだ? 虫取りっていってるが私はこんな格好だから森の中とか行きたくねーぞ? 」

 

「ああ、その辺は大丈夫だ。そんなに自然溢れる様な所じゃない。場所はまぁ………… 着けばわかるさ」  

 

 長谷川さんはTシャツにパーカーを羽織りジーパンというラフな格好だったが、細かい装飾が為されていてとても似合っていた。  

 

 その後も二人で街中を歩きながら、他愛ない話をする。

 長谷川さんは同年代の子供達の中でもずば抜けて垢抜けていて、話がしやすかった。周りから一歩引き達観して物事を見据えることができる彼女は、想像よりも気遣いができる優しい子だった。長谷川さんも私と気が合うと思ってくれたのか、教室では見せない様な顔で私と話してくれるのが、純粋に嬉しかった。

 

 

 ちょっとした小道を越え、目的地に到着する。そこに近付くにつれて、長谷川さんはどこに行こうとしているか察していたようだった。

 

「…………それで? この馬鹿でかい木をどーするんだ? 」  

 

 私は世界樹を前にして、背負っていたリュックサックからハンマーを取り出し、ニヤリと笑って答える。

 

「崩して調べる」

 

「崩すって…………この木を? 」  

 

 世界樹のてっぺんを見上げようと、長谷川さんは頭を傾けるが、それでも世界樹の根元からてっぺんは見れなかった。

 

「この木本体は無理だ。だからまずは折れた枝でも探そう」

 

「探すのはいいけどよ、まず説明してくれよ。なんで明智はここにきて、なんでこの木を調べようとしてんだ。ついでのその格好の必要性も」  

 

「そうだな。ではまず結論からいこうか」  

 

 私は話は長くなるから座ろうと長谷川さんに提案し、用意していたシートを地面にひいて腰を下ろして、手に持ったハンマーを地面に置いてから話を始めた。

 

「この街の異常さの原因は、この木なのではないか」

 

「…………そう思った理由は? 」

 

「私が一番始めに気付いたこの街の違和感は、生物多様性の異常さだ」

 

「生物多様性? 」

 

「生物多様性っていうのは簡単に言えばそこにいろんな種が生息してるってことだ」

 

 厳密に言えば用語としてもっとしっかりとした定義があるのだが、今は難しく言う必要がないため、軽く説明する。

 

「私は昆虫観察が趣味でな。しょっちゅう森や林に行くんだが、麻帆良にはこの環境では普通見られないような昆虫が大量にいる」

 

「……昆虫採集…。まぁいいや。それで? 」

 

「珍しい種がいる方にいる方にと移動していくと、どこの森や林でもこの木に向かって 多様性が増していく。加えて、突然変異種などまで出てくるようになった」  

 

 逆にこの木から遠ざかると種の豊富さは少なくなっていき、麻帆良を抜ける辺りで普通に見られる種しか発見出来なかった。

 

「…………ううん。そういう方面から話が進むと思ってなかったからあまり理解出来ないんだが」

 

「これも結局推測で仮説のひとつさ。無理せず話し半分に聞いてくれればいい」

 

 そう言っても、長谷川さんは腕を組んで複雑な表情を見せながら私の話を聞いてくれた。

 

「つまりだな。昆虫たちが生息不可能な環境で生きていけるのも、もしかしたらこの木が何か生き物たちに影響を与えているのではと思ったのだ」

 

 相変わらず話が見えないのか、長谷川さんはううんと唸る。

 

「昆虫と木が結び付くのは分からないことでもないけどよ、それって私たち人間にも影響するようなもんなのか ? 」

 

「木一本が与える影響ってのは意外と凄いんだ。ましてや、これほど大きな木ならばな。 昆虫たちには棲みかにもなり、餌にもなる。そしてほぼ全ての生物に必要な酸素を作り出す」

 

「つまり、運動能力むちゃくちゃなやつとか、凄い機械作るような頭いいやつは、この木が作り出した酸素が影響したってことか? 」

 

「可能性は否定できないな」  

 

 酸素が影響、というよりもこの異常な木が何か酸素以外のものまで産出してそれが作用している、と私は考えるが、それを裏付ける証拠がないしあまりに荒唐無稽なので今は黙っておく。

 

「…………何%その仮説が正しいと思ってる? 」

 

「10%」

 

「駄目じゃねーか」  

 

 がくっと頭を下げて長谷川さんが突っ込む。意外といいリアクションしてくれる。

 

「この仮説の全てが正しいだろうなんて思っていない。昆虫にだけ影響してるのかもしれないし、何にも関係ないという可能性もある。だが、仮説の1つを潰す証拠というのは後から重要になったりするもんだ」

 

「…………ひとつ気になったんだけどよ」

 

 長谷川さんが上から落ちてきた葉を払いながら私に問う。

 

「それじゃあ、異常を認識出来ない。っていうのもこの木が出す酸素を吸ったせいなのか? それで私にだけそれが上手く作用しなかったっつう」

 

「それはこの木のせいではない」  

 

 断言するように言った私を見て、長谷川さんは少し驚く。

 

「そこは自信満々で言うんだな」

 

「そうだな。実はこの前長谷川さんが帰った後、色々調べて、麻帆良から離れている大学の生物教授にメールしたんだ」  

 

 大学の教授の連絡先なんかは、その大学を調べればすぐに分かる。家には父が仕事で使うパソコンしかないため、学校のコンピューター室を許可をとって使った。普段優等生に見える私は、許可をとるのに手間取らなかった。

 

「その人に麻帆良に来たことないことを確認してから聞いた。『麻帆良に信じられないほどの大きな木があります。この木のことを知っていますか』と」 

 

「…………返事は? 」

 

「『その木はどこかの展望台からはっきり見たことがあります。だけどおかしな木ではありません』」

 

「どこかの展望台からはっきり見えるようなサイズの木がおかしくないって? 何言ってるんだ」

 

 

「その次に世界樹の写真を付けて送ったら、『合成写真はやめなさい』と言われた」

 

 長谷川さんは何かに気付いたようにはっと顔をあげた。やはり、この子は賢い。

 

「電子データじゃ、そのサイズの木がおかしいことは分かるのか」

 

「その通り。自分の目でこの木を見ても違和感に気付かないが、写真だとおかしいと気付いた。しかも、昆虫の多様性が異常な境目は、ほぼ麻帆良の地理と一致するのに、外側から見たらこの木の異常さには気付けない」

 

 つまり、世界樹が産出する何かに影響しないだろう位置でも、違和感に気付けない。これは私の仮説が正しければの話だが。

 

「てことは…………また別の要因があるってことか? 」

 

「そうだ。それも自然発生的なことが原因かもしれないし、もしくは…………人為発生が原因の可能性もあり得る」

 

「人為…………発生!? 誰かが意図的にやってるってことか!? 」  

 

 長谷川さんがばっと立ち上がり声を荒げる。その声により、近くを歩いていた青年がこちらに視線を送ったのを感じた。私は指を口元にやり、声を潜めるようにジェスチャーすると、彼女は再び座る。

 

「誰かが麻帆良の異常さを秘密裏にしようと考えると、辻褄があうと思えることがある」

 

「……………………」

 

 彼女の顔が、歪む。過去のトラウマ染みた事件が、誰かが意図的に行ったせいで生じたものならば、怒りを表すのは当然だろう。

 

「…………ふぅー! とりあえず、認識云々の話は今は置いておこう。人為発生だとしたら誰が何のためにやっているかもじっくり話したいが! 今日はそれを話すことが目的じゃないしな」  

 

 それでも、彼女は自らの気持ちを必死に抑えながら、そう言った。齢10を越えたばかりの子が、自分の想いよりも他のことを優先にする事が簡単な筈がない。

 

「それで? 明智はなんで木を崩そうとしたんだ? 」  

 

 踏ん切りを付けて、彼女は私に聞く。  

 この街には、不思議なことが沢山あるが、本当にいい子達が多い。私はひっそりと笑いながら、心のなかで彼女を称賛した。

 

「そうだな。今回ここに来た目的は、実際に世界樹に棲む昆虫がどうなっているかを確かめることだ」

 

「ああ………。それで木を崩すね」  

 

 合点が言ったように、ぽんと手を合わせる。本当は世界樹の成分なんかを調べらればいいのだが、機械を使わなければすぐには分からないし、昆虫を指標にした方が性にあっていた。

 

「しかし、一応神木とか言われてるのにいいのか? 」

 

「他の人の認識じゃ、大きさと名前が大層だというくらいだろう。宗教的なことは絡んでいないようだし。それに、落ちて枯れた枝を崩すだけだからな」  

 

 おもむろに立ち上がって、そろそろやろうか、と合図をする。長谷川さんも了承し腰を上げ、二人でブルーシートを片付ける。

 

「それじゃあとりあえず周辺で落ちてる枯れ木を探すか」

 

「出来ればそれなりに太くて湿ったような木がベストだ」

 

「…………あーいうやつか? 」

 

「…………そうそう。あーいうのがベストだ」  

 

 付近に落ちていたそれなりに太くて湿ったような木を指差す。

 

「…………すぐ見つかったな」 

 

「…………これだけ木が大きければ枝も落ちるか」  

 

 二人で枝に近づきながら、私は再びハンマーを取り出す。私は膝をついてハンマーの先が尖っている面を下にして振り上げた後、静止して長谷川さんの方を振り替える。

 

「ちなみに、長谷川さんは昆虫は大丈夫か ? 」

 

「あんま気持ち悪いのでなければ」

 

「最も人類から忌み嫌われるあいつが出る可能性もあるが」

 

「おーけい。後ろに下がってるわ」  

 

 家で出ると真っ先に子孫もろとも殺害対象になるゴキブリの中にも、木の中に棲む無害なやつらがいる。家屋に出現し人々に不快感を撒き散らす奴らのせいで、木しか食べないこいつらまで嫌われるのは、ゴキブリという種の運命なのだろうか。…………意外と可愛いのに、などと言ったら多くの人に引かれるのは分かっているので黙っておこう。

 

 振り上げた腕をそのまま降り下ろし、木に穴を空ける。手首を返してテコの要領で木の表面を剥がす。  

 

「…………ビンゴだ」    

 

 

 木の中には、立派な顎をもち、真っ黒な色をした大量の白蟻が、うじゃうじゃとしていた。


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