セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第80話

「あのさぁ、おまえ、いつまでついてくんだよ」

 

「……言ったろう? お前が、私を認めるまでだ」

 

 私の答えを聞いたナギは、首をぐったりと下げながらはっきりと溜め息を吐いた。どうしたもんかねぇ、と愚痴る声も聞こえた。

 

 パチパチと焚き火にくばれた木の破片が燃えていく音が、夜の森の中に鳴る。ふわりと宙を浮く火の粉は、天へと向かうように伸びていってから、儚く消えていく。闇の中で作られた炎は、暖かい熱をもっていた。

 

 月も薄く見えるような寒い夜だったからか、ナギは体をぶるりと震わせた後に、手を火にへと寄せた。

 さみぃさみぃ、と呟きながら白い息を吐くナギの横顔を、じっと見つめる。

 何も考えてなさそうな顔だった。

 

 この男、ナギは、飄々としていて、掴み所がない男だった。細身の体なくせにその身には莫大な魔力があり、今まで見た人間の中でもトップクラスの実力を持っていた。

 

 しかし、そんなことよりも。

 

 初めてだった。

 私が吸血鬼だと、賞金首だと知っていても、なんの反応も示さず態度を変えなかったものは。

 だからだろうか、こんなにもこいつのことが気になる。思ったよりもずっと単純だった自分の感情に驚きはしたが、それを拒否しようとは思わなかった。新たに芽生えたこの気持ちは悪いものには感じなかった。

 

 ナギの赤い髪が火に染められて明るさを持ち、日の光のように橙色へと変わっている。

 

「なんだお前、他に友達とかいねーのかよ」

 

「……はっ」

 

 焚き火に薪を放り投げながら言ったナギの声に、私は短く鼻で笑った。

 

「友達、だと? そんなもの私には必要ない。他者との繋がりなんて、薄っぺらく脆いものだ」

 

「……ほーん。ぼっちってわけか」

 

「誰がぼっちだ! そういう言い方をするな! 私は望んで1人なんだ! 」

 

「ぼっちじゃねーか」

 

 ケラケラとナギが笑う。むかついたが、不快ではなかった。久々に他者と関わっているという感覚がしていた。

 

「なんだ。600年生きたとか聞いてたけど、まだまだガキなんだな」

 

「なに……? 」

 

 ナギは大きくなった火にまた手を向けつつも言った。

 

「光を、しらねーんだ」

 

「……光、だと? 」

 

 青臭い言葉だと思った。若者が好きそうな言葉だ。現実を知らず、人生は明るく楽しいものが詰まっていると信じきっている、楽観的な者にしか言えない言葉だと思っていた。

 

「困った時に頼れたり、話ができる相手ってのは、いいもんだぜ? 」

 

 に、と笑いながら言うナギに対して、別の意味で笑ってしまいそうになった。

 

 私にそんな相手なんて、必要ないものだと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 何千本という光の矢が闇夜の元に舞う。暗黒に光るそれはまるで小さな流星のようだった。七海が手を振りかざすとそれが一斉に私達へと向かってくる。

 信じられないほどの物量だったが、その一つ一つにも馬鹿げるほどの魔力が込められていて、生半可な障壁では一瞬で塵になるようなレベルだ。

 

 何本かを避け、何本かを無詠唱の魔法で軌道をずらし、また何本かを力の込めた障壁で断った。

 

「……ふむ。これは老体には堪えるのう」

 

 爺が軽口を叩くように言うが、決して余裕そうではなかった。大きな怪我こそないが、擦りきれた和服はボロボロになっている。

 

「……アル、これは――」

 

「……はい。彼女の力は、どんどんと増しています」

 

 深刻そうに答えたアルの声に、私は舌を強く打った。つまり七海の精神が押されているということだ。

 

 戦力が足りなかった。

 現状、私達は受けに回る一方で、あいつに近付くこともままならなかった。 自らの不死性を利用すれば無理矢理懐に潜れるかと思っていたが、そう上手くはいかない。

 あいつの出す魔法には限りがなく、凄まじい魔力が怒涛の勢いで私達に襲いかかっていた。まるで横殴りに落ちる滝のような圧倒的な物量は、前に出ようとする私達をいとも簡単に押し出す。呪文を詠唱する隙も僅かしかない。じり貧な戦いだった。

 

 目に見えないタイムリミットに、私は焦りを感じ始める。

 このまま時間をかけては、七海が侵食されていく一方だ。

 

「キティ」

 

 アルが懲りずにまたその名で呼ぶが、そんなことに構っている場合ではなかった。

 

「私が一時彼女の技を引き寄せます。その隙に貴女は彼女の元まで」

 

 淡々とそう言い放ったアルを、私はゆっくりと見た。

 

「……貴様、自分が何を言っているか分かっているのか」

 

「分かっています。ですが、現状そうするしかない」

 

 アルは、いつものようなふざけた感じを見せずに続ける。

 

「……この問題に初めから関わっていたのは、私達で、実際彼女は巻き込まれただけです。私にも、責任をとらせて下さい」

 

「……ふむ。ならばわしは、お主のサポートに回ろう。二人ならば少しは負担が減るじゃろうて」

 

 爺が髭をさすりながらアルの横に立つ。二人共、覚悟をしている顔だった。余裕さを見せながらも気を張り続けている。強者の顔だった。

 

「……貴様ら、私が初めに言ったことを覚えているな? 」

 

「怪我をするくらいなら、死ねばいいんでしたっけ? 」

 

「……分かってるならいいんだ。ただ――」

 

 私は、二人から視線を外す。

 

「なるべく死なんようにな」

 

 アルは一瞬表情を固めた後、ふわりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

( ――七海 )

 

 

 空を蹴り、一気に七海の元へと向かう。

 近付く私に標的が代わり、七海の視線がこちらを向く。また彼女は手をかざし、何種類もの魔法が勢いよく放出された。色とりどりのそれは、虹のようにも見える。

 私はそれを避ける素振りも見せず、前に進み続けた。

 

(七海)

 

 私に魔法が当たる直前に、それらはぐっと軌道を変えた。アルが重力魔法を使ったようだ。七海の視線が次はアルへと向く。標的がまた変わったらしい。まるで機械のようだと思った。その場で誰が一番厄介かを判断して、そこに攻撃を向けているロボットと変わらない。それぞれがどんな想いで動いているかまでは、考えていないのだ。アルへと向けて異常な量の魔法が向かう。

 私は、更に力を込めて空を蹴った。

 七海との距離が、近くなる。

 

 

(七海!!)

 

 

 心の中で叫び続けた。

 

 

 ナギと話していたことを思い出していた。

『友達』なんていう、馬鹿らしく青臭い言葉を、私はもう馬鹿に出来なかった。

 まさか私にも、そんな存在が出来るとは夢にも思っていなかった。

 

 世界が残酷なことを知っていた。親は亡く居場所も無く、外を歩けば襲われる人生はどうしようもなく真っ暗で、そんな道を進んだ私も既にその色に染まっていた。

 

 でも、そんな私を、側で照らしてくれる光があった。

 何にも流されず、強い自分の意思を持ちながら、私に手を伸ばしてくれる。

 七海は私の光だった。

 

 そんな七海のことが、私は。

 そんな七海だからこそ、私は。

 

「――七海ぃぃ!! 」

 

 

 聞こえているかは、分からない。それでも。

 

 

「眼を覚ませぇ!! 」

 

 

 届け。届いてくれ。

 七海の顔を見ながら、大声で叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 冷静な自分を保ってはいられなくなっていた。胸の中の想いが、ぐっと込み上げていた。

 

 まるで小さなガキのように、ただ、自分の気持ちだけを叫ぼうとしていた。

 

 

「お前は……! お前はぁ……っ!! 」

 

 

 光を知ってしまった。

 失いたくなかった。

 吸血鬼の長い人生の中で、人間である彼女と関わって生きていられる時間はきっと短いだろう。それでも、その間だけでも、彼女とは一緒にいれたらと、そう思っていた。

 少しずつ歳をとって成長していく彼女を見守りながら、それでもずっと変わらない関係なまま一緒に過ごしていく未来を、私は夢見ていた。

 

 

「私の、友達だろうがぁ!! こんなものに呑み込まれるなんて、許さないぞ! 」

 

 

 

 いつの間にか私と七海の距離はほとんどなく、私は七海の制服の胸ぐらを掴んでいた。

 

 顔を上げ、七海の顔を見る。ぴくりと、七海の顔の筋肉が動きそうになっており、その能面のような表情が変わるかと思った。

 

 しかし、その黒く冷たい瞳は変わってはいない。

 叫んでも届いてるかも分からない自分の言葉に、泣きそうになった。

 

「……七海ぃ」

 

 項垂れて、絞り出すように声を紡ぐ。

 七海はそんな私を気にする様子もなく、腕をゆっくりと振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

「エヴァンジェリン!! そのまま七海を抑えていてクレ! 」

 

 

 突然、大きな声が響いた。

 拡声器で増強された超 鈴音の声は、私達の更に上から聞こえた。

 涙目で見上げればそこには、超包子と書かれた屋台が、下からジェットを噴射しながら浮かび上がっていた。先頭が操縦席のようになっていて、そこの窓から超 鈴音の顔が見える。

 

 私は咄嗟に糸を使って、七海を傷付けない程度に縛り付けた。

 

「……貴様ら」

 

 ガン、と勢いよく音を立てて屋台についている扉が開く。そこから顔を出したのは、長谷川 千雨と、雪広あやかだった。

 慌てて私は袖で目を擦る。

 

「明智ぃ! てめぇ! なにしてんだよ! 」

 

 怒号を放ったのは、長谷川 千雨だ。ゆっくりと、七海の顔がそちらを向く。

 

「勝手におかしなことになりやがって! ふざけんな! 」

 

 長谷川 千雨の眼鏡の奥には、水滴に潤んだ瞳があった。柄に合わない様子で、彼女は声を張り上げる。

 

「何を似合わねー顔してんだよ! そんなんじゃないだろ、お前は! いつもみてえに馬鹿やるクラスメイトを後ろで見守って、安心する表情で微笑んでてくれよ! なぁ! 明智ぃ! 」

 

 七海は、その屋台に目を移した。彼女の声に反応しているというよりも、新たな敵を観察しているといった感じであった。

 長谷川千雨は、七海の冷たい視線に一度息を飲むようにして怯むが、それでも叫び続けた。

 

「お前のおかげで、私は今が好きになれたんだよ! お前がいたから、私は今と向き合えてるんだよ! ……なぁ、頼むよぉ……っ! 私の好きな、明智でいてくれよぉ…… !」

 

 懇願するように、長谷川 千雨は声を絞り出す。

 その姿はさっきの私と重なっているようにも見えた。

 

 そして私は、彼女達のやりたいことを察した。

 それは、あまりに幼稚で子供っぽく、夢見がちな作戦である。理論的とは言えない。とても、超 鈴音が側にいて考えるような作戦には思えなかった。

 

  (……馬鹿だな、こいつらは)

 

 思ったこととは裏腹に、私は自然と頬を緩めていた。下らない作戦だ。それがなんになる。昔の私ならそう思ったかもしれない。

 だが今は、それでいいと思った。

 私も、彼女を取り戻すにはそれが必要だと悟った。

 

 長谷川 千雨の後ろから、次は雪広あやかがぐっと乗り出した。

 

 

「七海! 戻ってきてください! 」

 

 雪広あやかも、大声を上げた。いつもの上品とした雰囲気とはかけ離れていた。

 

「私、嫌ですわ! 」

 

 彼女も、七海の冷たい視線に耐えながらも、言葉を紡ぐことを止めなかった。

 

「優しくて、思いやりがあって、格好いい元の七海に、戻ってきてください! 」

 

 風に髪を掻き回され、乱されながらも、雪広 あやかは大きな声を出す。その瞳にも、やはり涙が見える。

 

 

 七海が一度、目を閉じた。

 一瞬硬直してから、また、その目が開く。

 まだだ。まだ、足りなかった。

 

 彼女の後ろに再び魔法陣が形成され、そこから魔法が飛び出る。その魔法は、飛び上がる屋台にへとむかっていた。私が防ごうと動く前に、下から飛び出してきたネギと刹那が勢いよくそれを弾く。

 

「……っ七海さん! それでいいんですか!? そのままでいいんですか!? 貴女の帰りを待つ人がここにいるんですよ!? 」

 

 赤い髪を靡かせる坊やに、翼を広げた刹那が続く。

 

「明智さん! 貴女は誰よりもA組の皆を好いていたでしょう!? このままだと皆が悲しみますよ!? それは、貴女が一番嫌なことではないんですか!? 」

 

 

 

 それでも、まだ、届かない。

 

 

「……くっ! 」

 

 キリキリと、七海の体に纏った糸が解かれていく。

 あいつらに攻撃をさせては、ならない。この一連の流れを、止めてはならない。

 

 更に力を込めようとしたときに、七海の力が急激に弱まるのを感じた。

 

 

 いつの間にか、七海の下に捕縛陣が出来ていた。それも、地系統のものだ。

 

 

「……貴様は」

 

 静かに現れたのは、白髪の少年だった。

 

 

「……君は、それでいいのかい」

 

 

 ゆっくりと語り掛けるように、少年は続けた。

 

 

「君を想って、あの子が泣いているよ」

 

 

 

 

 

 七海の出力がまた上がる。

 それを、私と少年の二人で押さえていた。

 

 その間に、ここにいる全員が、七海に声を掛ける。

 

 戻ってこい。

 

 同じ想いで七海に声を掛け続ける。

 

 

 

「こらぁ! 七海ぃ! 」

 

 最後に屋台から顔を出したのは、目を真っ赤に腫らした神楽坂 明日菜であった。

 

「誰だか知らないけど! 私達の七海に何すんのよ! 私はねぇ! これから七海にフラレたことを慰めて貰わなきゃいけないのよ! 」

 

 神楽坂 明日菜が、びしっと七海に指を向けたあと、躊躇なく屋台から飛び上がる。

 

 

「七海に愚痴を聞いてもらうのよ! だからぁ! 」

 

 

 

 ――その手にあるのは、何故かハリセンであった。

 

 

 

「七海を、かえせぇええ! 」

 

 

 神楽坂 明日菜の持ったハリセンが綺麗に七海の頭を捉えて、パシン、という音が軽快に鳴った。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 真っ暗な世界だ。

 何も見えない。

 寂しく、恐怖を感じるような世界だ。

 

 それでも聴こえた。

 声が、聴こえた。

 私を呼んでいる。

 皆が、私を待ってくれている。

 

 行かなければならない。そう思った。

 この暗黒の中で射した一筋の光を、見失ってはいけないと感じた。

 

 

 ……まだ、足掻くのか。

 

 

 ……ああ、すまない。

 

 私は、どこにいるかも分からない声の主に向かって頭を下げた。

 心に余裕が出来て、気が付けば私はうっすらと笑っていた。

 

 

 ……あの子達を、見ていたいんだ。成長して、大人になっていくあの子達の未来を、私は見届けたいんだ。

 

 

 

 ……。

 

 

 ……君も、もういいだろう? 何かを憎み、妬み、壊し続けて生きていくよりも、きっともっと楽しく美しい世界がある。

 

 

 ……楽しい、世界だと?

 

 

 私を縛る木の蔓が、力を増す。キリキリと、蛇が首を絞めるように、私の喉仏にも力がかかる。私の意識を無くそうとしてくる。

 

 それでも、私は負けなかった。

 胸に響いてくる、皆の声が、私を諦めさせなかった。強く、心地よい声達が、私を頑張らせてくれていた。

 

 

 彼の力が、強くなる。再び、私を闇へと落とそうとしていた。

 

 

 

 私がそれに対抗しようと力を込めたその時。

 視線の先で地面に射していた一筋の光が、強くなった。

 

 

 その光は、この世界の半分をも覆った。

 急激な光が照らす。

 

 

 

 

 

 

 

 ……あなた。皆が待ってるわよ。

 

 

 

 優しく笑う、金髪の女性がそこにいた。

 信じられないほど、胸が高く鳴った。女性は、一歩ずつ私に近付く。彼女が足を踏み出す度に、その道に光が出来ていった。

 側まで来た女性は、驚いた表情の私へとゆっくりと手を差し出して、クスクスと笑った。

 

 

 

 

 

 

 ……もしかして、泣きそうになってる?

 

 

 

 私は震え声で答えながら、その手をとった。

 

 

 

 ……泣きそうになど、なっているものか。

 

 

 

 

 

 

 

 


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