「それでだ。結局、どうなったんだ」
我が家に何の遠慮も見せずに居座っているアルに、私は頬に拳をあてテーブルに肘をつきながら問う。
部屋の電気を付けなくとも、窓から射す日差しが強いお陰で部屋は明るかった。湿気を飛ばすようなカラっとした天気だ。もうすぐ夏が来ますよ、ということをお天道が地にいる人に報告しているようにも感じた。
アルは、茶々丸に汲んでもらった茶を静かに飲みながら目を瞑っていた。茶が似合ってるとは思えない。
「……おい、アル」
「……」
「……クウネル」
「はい、なんでしょうか? 」
「ああ! 面倒な奴だな! 」
ばん、と机を叩く。茶々丸が菓子を私達の間に置こうとしたが、苛ついたからそれを自分の方に寄せてアルには取れないようにした。
「あまり菓子ばかり食べていると太りますよ? 」
「うるさい。余計なお世話だ。それよりもさっさと結論を話せ」
煎餅を頬張りながら私が催促すると、アルは、ふぅ、と一息ついた。
「……あいつは、もう大丈夫なんだろうな? 」
「……まだはっきりとは分かりませんが、恐らくは」
「恐らく、か」
「と言っても、ほとんど問題ないと思ってもらって構わないかと」
気掛かりはあるがその一言にとりあえずは安心して、私はほっと胸を撫で下ろす。
「……もともと、彼はナギの中に居ました。彼は倒しても倒しても誰かの中に入り乗っ取り、生を続けていく。ナギは、彼を封印するにはその体ごとするしかないということを察し、自身に乗り移らせた後その身を世界樹の中に閉じ込めていました」
「……ふん。私の呪いを解きに来なかったのは、そういう理由か」
この土地に縛られている間はナギを探しに行けないことがもどかしかったが、当の本人はずっと麻帆良にいたという。皮肉なものだ。
「ナギの英断により彼の封印は成功したのですが、彼はずっとそこから出る機会を窺っていたのでしょう」
「……それで、七海を使った、ということか」
アルは、ゆっくりと頷いて答えた。
「……彼女は、世界樹の力を借りるために、精神を世界樹の世界へと移動させていました。そこを狙われたのでしょう。大発光により魔力が増すタイミングで、精神を逆流させ、封じられながらも彼女へと乗り移った」
坊やの姉が言っていたことを思い出した。彼女は、世界樹の薬は世界を繋げる門でもあったと表現していた。本来七海側から開かなかった筈の門を、やつは無理矢理こじ開けて、七海側に来たということなのだろう。
「……それじゃあ、そいつはまだ七海の中にいるというのか? そもそも、どうしてあの時七海は戻ってこれた? 」
「それは、貴女を含めた少女達が彼女を呼び掛けたからでしょう? いやぁ、あのときの貴女には感動しました。まさかキティがあんなことを叫ぶとは……」
「……き、貴様、どうやら殺されたいらしいな」
当時を思い出し、恥ずかしのあまり自身に熱が籠るのを感じる。茶化すこいつをバラバラにしてやりたいとすら思った。
「いえ、決してふざけている訳ではないですよ? 実際に、貴女たちの声は、しっかりと彼女の力になっていた」
「……」
疑うような視線を向けた私に答えるように、アルは言葉を続ける。
「勿論、それだけではないでしょう。明日菜さんの魔力を断ち切るハリセンも、ネカネさんの内側からの干渉も、そして、貴女たちの彼女を呼び起こす声も。あの場では全てが必要でした。
彼女を救うために欠けていいものは、一つもなかった」
「……一つ目の問いを答えてないぞ」
「そう、ですね。彼女の中に、彼がいるのか、という答えですが……」
ここで初めて、アルは言い淀んだ。
「……恐らく、彼はまだ彼女の中にいるでしょう。しかし、厳密には少し違ったことが起きている」
「……どういうことだ」
「彼の力は今、二分化されています。明智 七海と、ネカネ スプリングフィールドの中に」
私は、湯飲みをゆっくりと自分の口にあてた。程好い暖かさだ。吐く息にも少し熱気が籠っていた。
「……そういうことか」
私は、今どういう状況にあるかを理解した。
つまり、ネカネが無理にあの薬を服用したことで、彼女の元にもやつの精神が流れ出したのだ。二つに分けられたことにより、奴の力は半分以下となった。そのおかげで、七海は戻ってこれたのだろう。
「それで、恐らくは大丈夫という訳か」
「はい。再び彼の力が湧き上がるその時までは、何も出来ないでしょう。しかし、魔力がない二人の中にいる分その可能性はないに等しく、実質、封印しているようなものです」
そこまで聞いて、やっと心の底から安心できた。
これで、元に戻れるのだ。
またこれから、あいつと、日常を過ごしていける。
その事が、どうしようもないくらい喜ばしかった。
「……」
「……なんだ、その顔は」
いつの間にか、アルは薄目で私を見守るように見つめていた。
「いえ、本当に変わったなぁと」
ふん、と恥ずかしさを隠すように鼻を鳴らして、私は再び菓子を掴む。
その瞬間、突然、どん、という激しい衝撃と音が家の中に響き、湯飲みと菓子を置いた皿が一瞬浮いた。
私とアルが、思わず顔を見合わせると、声が聞こえてきた。
「あーあ。おいネギ、何やってんだよ。そこ人の家じゃねーか! 」
「お父さんがこんなところまで僕を飛ばすからじゃないですか! っていうか、もうちょい手加減して下さいよ! 軽い手合わせしてやるって言ったのお父さんじゃないですか! 」
「俺手加減とかそういう感じの奴苦手なんだよなー。とりあえずここの家の人に謝ってこいよ」
「そ、そうですね! ……ってあれ。そう言えばここ、師匠の……」
「貴様ら……何をしてるんだ」
見れば、居間の壁がぶち破れていて、そこに坊やとナギがいた。壁からは外の林がしっかりと見えて、心地よい風が家全体に流れ込んだ。
坊やはナギに手をとられ、よ、っという掛け声と共に起き上がらせてもらっていて、そのことが嬉しかったからか、坊やは少し頬を赤らめていた。
「おお、エヴァ。いまネギと手合わせしてた」
「おお、エヴァ……じゃない! 貴様ら人の家に何してくれる! 」
「師匠! すみません! お父さんちょっと力が有り余ってて……」
「おーいエヴァちゃーーん。お邪魔しまーす。ってなにこれ! 凄い」
「うわ……。いくらもうすぐ夏だからといっても、これは風通し良すぎるだろ。エアコン効かねぇぞこれ」
「あぁ! ネギ先生! それにお父様まで! お怪我はありませんか! 」
今度は玄関からやいのやいのと声が聞こえてきて、何事かと思いながら見れば、そこには、神楽坂 明日菜、長谷川 千雨、雪広 あやかの三人がいた。三人とも遠慮のない様子で家の中に入り込み、そのまま坊やとナギの元に行って談笑しようとしている。
「貴様ら何勝手に入ってきてるんだ! 」
「え? だって茶々丸さんがいいって」
「茶々丸ーーっ! 」
「申し訳ありませんマスター。てっきり良いものかと」
年々自我が強くなっていってる茶々丸に、私は頭を抱えそうになる。いや、自己を持つことは全く構わないのだが、なんとなく私を軽率に扱うようになってきている気がする。
そして茶々丸が私に頭を下げている間に、また玄関から一組現れた。
「うわー。みてみてフェイフェイ。凄い穴だ」
「……そうだね」
「もー! フェイフェイ反応薄い! もっと驚いてよ! 」
「……そう言われてもね。これは家に空いた只の穴でしかない」
「なんなんだ一体……! 」
次から次へと立て続けに人が集まってきて、いつの間にか我が家はとてつもなく騒々しくなった。
困惑する私を見ながら、アルは目を細めてニマニマとしている。ただただ憎らしい笑顔であった。
「あーうざったい! そもそも貴様ら何のためにうちに来たんだ! 」
「あ、そうそう。別にエヴァちゃんに用があるんじゃなくて……」
ナギ達と話していた神楽坂 明日菜が、私の叫びに反応して此方を振り返る。
ついでに、七海の妹もぐい、っと私に顔を寄せてきた。近い。図々しいその感じはとても七海の妹とは思えなかった。
「エヴァちゃんこんにちわ! 私はね! ななねぇを探しにきたの! 部屋にはいなくて、歩いてた学園長に聞いたらここじゃないかって」
「そうそう。私達も。七海と遊びに行こうと思ったけど寮にいなかったからここかなって。エヴァちゃん七海の場所知らない? 」
ねぇねぇ七海は七海は? と二人合わせて私に話し掛けてきて、とてもとても鬱陶しい。
二人の顔を押し退けながら、私は答えた。
「あー。分かった。分かったから。七海は今、坊やの姉と一緒にいるぞ 」
「……お姉ちゃんと? どこにいったんですか? 」
自身の姉の名前が出たからか、坊やは思わず話題に食い付いた。
他のものもその行き先が気になるからか、私へと視線が集まっていた。
私は少しもったいぶるように間を置いてから、ゆっくりと答えた。
「世界樹のところだ」
○
上から、一枚の葉がひらひらと落ちてきた。首を上げると、世界樹が緑に繁っている姿が見える。骨のように伸ばした枝とそこに纏われる葉によってまるで大きな日傘のような役割をしていた。根元は完全に日を遮られていて、空気もひんやりとしているのが心地よい。
私と隣で同様に世界樹を見上げていた女性は、目を閉じて風を感じるようにしていた。
良い空気、と小さく呟いたのが聞こえた。
「……ねえ。あなた」
麻帆良の街に目を向けながら、彼女は静かに私を呼ぶ。
私は、彼女の整った横顔に目を向けて、なんだい、と返事をした。
「……あなたは、転生って信じてた? 」
静かに問い掛けてきたその声に、私は首を横に振った。
「……いいや」
自身がこうやって生まれ変わるまでは、全く信じてなかったと言ってもいい。科学者として、理論的な説明と立証がされない限り、それは認めてはならなかった。
「そうよね。勿論私もよ」
彼女もきっと、私と同様に思っていたのだろう。
私に同意するように頷いてから、でもね、と彼女は言葉を続けた。
「でもね。調べてみれば、前世の記憶を持った人は本当に極まれに現れるらしいのよ。幼いながらも過去の自分が産まれた場所について饒舌に語れる人や、自分を殺害した犯人を生まれ変わってから公表した人もいるらしいわ」
知ってた? 、と彼女が私を覗き込むようにして聞いてきたので、私はまた首を振った。
それに、その情報を知ってたとしても、眉唾だろう思い込んで、信じていなかっただろう。彼女もきっと自身にそれが起こるまでは、その話を信じていなかった筈だ。
首を振った私の答えが予想通りだったからか、あなたこう言うことは疎そうだものね、と彼女は小さく笑った。
「……それでね。また違う話なのだけれど」
そう前置きしてから、彼女はまた話を続ける。
日に温められた風が吹いて、彼女の金の髪が舞う。その髪を彼女はすっと耳にかけた。
「この世に、世界っていくつあると思う? 」
「……世界、ときたか」
随分と急な話題に、思わず雑な相槌を打ってしまった。彼女のことをよく知っていなければ、危ない宗教にはまり出しているのでは、と心配したかもしれない。
「きっとね、この世には、凄い沢山の世界があるのよ」
あまり食い付かなかった私の発言をなかったものとして、彼女は話を進める。
「だって、そうでしょう? 宇宙はとてつもなく広いし、人間が及ばない領域なんて、世にはまだまだ信じられないくらいあると思うの」
だって、魔法世界なんてものまであるのよ、と続けて彼女は私の方を見た。
魔法世界のことは、既に超に聞いていた。確かにそのことを考えれば、世界というものは、この世には沢山あるという考え方も理解できた。
ならば。
この世界も、沢山ある世界の内の一つなのだろう。
私が元に生きていた世界も、誰かが夢に思うようなファンタジーの世界も、技術の進んだ近未来的な世界も、この世には存在しているのかもしれない。
はっきりと肯定は出来ないが、否定することも出来なかった。
魔法があり、吸血鬼があり、幽霊がいるこの世界に私は生きている。
ならば、どんなことがあっても不思議ではない。
そう思えるようになった私は、前世に生きていた時よりも柔軟になれたのかもしれない。
「それでね、何が言いたいのかというと 」
彼女は、その顔を私に向けて、互いの間に指を立てた。それから、また笑った。
それは、どう見ても、私の妻とは違う顔だった。
それでも、どう見ても、彼女は私の妻だった。
心の底で、疑いようもないくらいそのことを認めていた。
彼女もきっと、そういう確信があるのだろう。
だからお互いに、何の迷いもなく、こうして話ができる。
彼女はじらすように少し時間を置いた後、はっきりと言った。
「私達は生まれ変わった。それも、無限と言われるほど存在する世界の中で、同じ世界に」
彼女がそう言い放った言葉は、まるで、全ての結論を述べているかのようで。私の心に、染み込むように拡がる。
「前世の記憶を持って生まれること自体奇跡に等しいのに、更に私達は、同じ場所に生まれてこれた。それはきっと、ヒトゲノムの中からたった一つの違う塩基を見つけることよりもずっとずっと、低い確率だわ」
ヒトゲノム、という生物学者らしい表現の仕方が、彼女らしくて私は自然と笑みがこぼれた。つまりは、砂漠で一粒の真珠を見つけるよりもずっと難しい、と言いたいのだろう。何億分の、いや何兆分の一というレベルの話だ。
奇跡、なんて言葉に定義は存在していないのかもしれないし、そもそも偶然に頼っているようなその響きがあまり好きではなかったのだが、それでも、奇跡が滅多にないことが起こることを示すのだとすれば、これは奇跡だと思った。
私達は、奇跡の上に立っていた。
「ただ、ねぇ」
ここで彼女は、初めてむっとした顔を見せた。
私はそれに、少しドキリとする。家庭で彼女がこういう顔をした時は、大抵私に何か言いたい時だ。随分と前の記憶であるのに、この感覚を忘れていないことにも驚いた。
彼女は、すっと手を上げて、私の胸の辺りを指差した。
「あなた、最後の二分の一だけ外しちゃったのねぇ」
軽いため息と共に言われた言葉を、私はちょっと考えてから理解した。
……なるほど、確かに。
私は、ほんの僅かに膨らみがある自分の胸に手をやった。
……二分の一か。
そう簡単に表現されたのが、何となく可笑しくて、私は小さく笑った。
○
「それで、これからどうしましょうか」
「どうする、とは? 」
「私達よ」
私と、彼女は、元夫婦だ。
それも、喧嘩別れした訳でも、離婚した訳でもない。
ならば、例え生まれ変わっていたとしても、二人が会えば今後どうするか、という話題になるのは当然であった。
「あなたは、どうしたい? 」
彼女は、にまにまと笑いながら、私の返答を待っていた。
正直に言ってしまえば、私はこの世界で彼女ともう一度会いたいと強く願っていたが、会った後どうしたいかまでは考えていなかった。
性別は同じだが、一緒になる道がない訳ではないだろう。
私は、一度目を閉じて、答えを探そうとした。
そうした時、色んなことが瞼の裏に蘇ってくる。
前世での母や、幼い頃からの友達。一緒に研究を進めてきた仕事仲間。私と共になった、妻。長く生きた前世だ。今でも忘れられないことはあるし、記憶の中でも大事にしていきたいこともある。
しかしそれは、今世も一緒だった。
迷惑を掛けた私を呼び戻してくれた、友人達の顔が一斉に浮かんだ。
私の名前を何度も呼んでくれて。起き上がった私を涙でぐちゃぐちゃになった表情で抱き締めてくれて。申し訳なさで一杯になった私が謝ると、全員が気にすんなと笑ってくれた。
そんな彼女達と一緒にいる今の世界が、私は大好きだった。
だから―――。
「今のままで、いいんじゃないか? 」
無理に今と何かを変えなくてもいい。別々にここまで歩んできた私達の道を、無理矢理に交える必要はないと思った。
勿論、性別が変わっても、私は妻を愛している。
だが、愛といっても、一緒になるだけが全てではないだろう。
遠くにいても、互いが心の隅で相手を想っている。そう信じ合える二人でいれるだけで。そんな相手が同じ世界にいることを知っているだけで、いいと思った。
「そうね。私も、それでいいと思うわ」
彼女は、私の答えに納得するかのように、笑ってくれた。
「貴方が七海であるように、私も、今はネカネだから」
そう言って、彼女は麻帆良の街に目をやった。
これから、問題がない訳ではない。
私達の中にいる彼も、このままにしておいてはいけないかもしれない。
超の言っていた魔法世界の危機も、解決しなければならない問題だろう。
それでも、私達はきっとやっていける。
想い合える相手がいて、支えてくれる友人がいて。
私達は、本当に恵まれていた。
「ここは、いい所ね」
そう言った彼女に、私は、笑って答えた。
「ああ、自慢の故郷だ」
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
連載期間約一年半、で完結したあと、私情で一度作品を消し、またここに載せさせてもらいました。色々ありましたが、とりあえずこれで一度完結とさせてもらいます。
最後の方は加筆も小ネタもほとんどなく、申し訳ありませんでした。
後半になればなるほど、小ネタは雰囲気壊すのでは、と考えたり、一度書ききったものを加筆する能力が無くなってました……。
さて、無能力のおじさんが頑張る話があってもいいんじゃないか、という思い付きから始まったこの作品。
気付けば虫と絡め、友情を絡め、愛情を絡めたおかしな作品になっていました。虫と絡んでる時点でおかしいのでしょうけど。
結構好き勝手に色々やってましたが、書く上で気を付けてたことが一つだけあります。
それは、原作キャラを原作より不幸にはしないということでした。
勝手に原作を借りて創作させてもらう立場で、オリジナル展開により原作キャラクターを悪い風にはしてはならない、と一人で制約をつけてました。
果たして七海の登場により皆が原作より幸せだったかは分かりませんが、それでも不幸なキャラは生まれなかったと信じたいです。
これでひとまず完結ですが、今後はたまに番外編を上げていきたいと思ってます。再投稿して気付きましたが、この物語は自分でも結構気に入ってるようで、続きを書きたいと思いました。
ただ、しばらく間は空くと思うのでどうか気長に待っていただければ。
重ね重ね申し上げますが、今まで感想、評価、お気に入りしてくれた皆様には、本当に感謝しています。
皆様の力なくてしては、ここまで書けなかった自信があります。
今後もどこかで会えたら良いですね。
それでは。