二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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俺はあの教室の方が居心地がいい

「小町ー、ちょっと出かけてくるからなー」

 

 バッグを片手に持ち、最愛の妹に声をかけながら玄関に向かうと、さっきまで静かだった家の中が急に騒がしくなった。二階の方でガタガタでかい音が聞こえたと思ったら勢い良く扉の開かれる音が響き、バタバタととても少女が立てているとは思えない足音を纏いながら駆け下りてきたのは、俺の幻覚でなければマイスウィートシスター小町だ。

 

「お、お兄ちゃん出かけるって誰と!? デート!? デートですかな!?」

 

 たぶん幻覚ではないと思われるが我が妹よ、お前はそんな事を聞くためだけにそんなに取り乱した様子で登場したのかい? お兄ちゃんから勝手に奪ったTシャツから華奢な肩が片方出ているし、そもそもそんな足元お留守な状態だと――

 

「うわあっ!?」

 

「っ! ったく……」

 

 予想通り階段から足踏み外しやがった。小町のプリティフェイスが床とキスすることになっては大変だ。いや、キスというより床からの打撃攻撃の方が正しそう。

 いずれにしても小町の救出は急務である。落下地点に数歩踏み込んで、小町を抱きしめるように受け止めると同時に身体を倒して勢いを吸収。「わぷっ」と変な声が聞こえたが、たぶん問題ないだろう。

 

「まったく、そそっかしいな……」

 

「えへへ、ごめーん」

 

 うん、怪我もしてなさそうだ。数ヶ月前の俺だったら何もできずに小町が床に激突するのを眺めることしかできなかっただろう。暗殺のために磨いている技術って案外別のところでも使えるもんだったりするのな。

 で、目の前の妹殿は俺から離れると、まるでさっきの続きと言わんばかりに目をキラキラ輝かせだした。なんだその目、ラメでも塗ったの?

 

「それでそれで! 誰とデートですかな? 凛香さん? 有希子さん? 桃花さん? 陽菜乃さん?」

 

「や、なんでだよ」

 

 お前俺だぞ? プロぼっちのお兄ちゃんだぞ? どうやったら出掛ける=デートの方程式ができるんだよ。

 

「ちょっと椚ヶ丘の図書館行ってくるだけだ。誰かと出掛ける約束はしてない」

 

 むしろそんな予定まず作らないまである。作れないんじゃない、作らないんだ! 八幡は能動的ぼっちなんだぞ!

 本当の事を言っただけなのに、途端に小町の目からラメ加工が外れて一気に腐った。なにその目、超可愛くない……。可愛くないけど、それを言うと余計に小町の目が腐ってしまいそうなので兄は何も言わない。これが兄の優しさ。

 

「お兄ちゃん、今は夏休みです」

 

「そうだな」

 

 ついでに言うなら、大規模暗殺の時期でもある。今E組全員でA組から奪った離島での暗殺作戦の計画を練っているところだ。七本の触手を奪えるハンデと殺せんせーの苦手な水に囲まれた島。勝ち取ったこの大きなアドバンテージを確実に活かさなければ。

 しかし、当然ながらそんな事は一般人である妹には言えない。離島合宿に行くことは伝えているけどね。書類上は所属してないのに俺の分も金を出してくれるなんて、理事長マジ太っ腹。いや、本当にありがとうございます。

 

「その夏休みに一人で学校の図書館に行くなんて健康的じゃないよ!」

 

「十分健康的だと思うんだが……」

 

 学生っぽくて健康的じゃん? 空調の利いた部屋で文学に触れる。学生の本分たる勉強に自ら取り組むなんてまるで模範生のようじゃないか。

 

「むうぅ、せっかく椚ヶ丘に行ってお兄ちゃん変わったと思ったのに……」

 

 変わった、か。

 暗殺教室に加わって二ヶ月ほど、まだたった二ヶ月なのかと自分で驚愕してしまうほどいろんなことをして、いろんなことを学んだ。一人で馬鹿みたいに突っ走ったこともあれば、普通の学校なら絶対関わらないような奴とも関われた。もう信じないと思っていた存在をもう一度信じてみようとも思えたし、こんな俺にだって才能はあるということも教えてもらえた。

 周りからしたら確かに変わったと言えるかもしれないが、たぶんそう見えるのは俺が入ったあの場所の連中が皆してお節介だったってだけだ。俺自身すら見えていなかったものがあいつらのお節介で見えるようになった。ただそれだけ。

 だから、きっと俺は何も変わっていなくて――

 

「ばーか、俺は今の俺が大好きなんだよ」

 

 小町の頭をくしゃっと撫でてやると、少しくすぐったそうに首をすくめながら、しょうがないものを見るような目でにひっと笑いかけてきた。

 

「ま、お兄ちゃんが楽しそうだからいいけどねー。あ、今の小町的にポイント高い!」

 

「…………最後のがなければなぁ」

 

 浅くため息をついてから、改めて出掛ける旨を伝えて玄関を出る。

 楽しそう、確かに今はすこぶる楽しい。きっと十五年、もうすぐ十六年生きてきて一番楽しい時間を過ごしている。

 だからきっと――つい笑いが漏れてしまうのは仕方のないことなのだ。

 

 

     ***

 

 

 はっきり言って、椚ヶ丘学園の図書館は格が違う。規模は県営図書館に勝るとも劣らないし、大学とのコネクションで大学図書館の本も取り寄せることができる。さすがにライトノベルや漫画は置いていないが、それ以外ならほぼ世界中の書籍に目を通すことができるのだ。読書好きを自称する身としては、この図書館のために椚ヶ丘を受験してもよかったかなとかちょっと思ったりする。

 しかし……。

 

「「「「…………」」」」

 

 俺が隅の席で読書をしている中、聞こえてくるのはシャーペンがノートに黒鉛を擦る音と教科書や参考書をめくる音だけ。静かという点では図書館という空間に似つかわしいと言えるが、せっかく学校まで来ているのに蔵書に手を取る生徒はほとんどいない。見る限り、取っても参考書や新聞あたりが関の山だ。夏休みに入って二、三日に一度はここに来ているが、席はほぼ満席のくせに文学スペースに足を運んでいる生徒はほとんど見たことがなかった。

 まあ、俺には関係ないことだが、ちょっともったいないなと思ってしまう。せっかくの本たちも、読まれなければただの紙の束なのだし。

 

「……ふう」

 

 本を読み終わり、元の棚に戻すために立ち上がろうとして――目の前で立ち止まっている人影に気づいた。

 

「はじめまして、比企谷八幡さんですよね?」

 

 さわやかな笑みを浮かべている少年。その身のこなしと隙のない態度から何も知らなければ年上だと勘違いしてしまいそうだが、俺はこいつの事を知っていた。

 3-A、浅野学秀。

 全国模試一位で椚ヶ丘中学校三年のトップ学級であるA組をまとめ上げるこの学園の小覇王。五英傑と呼ばれているが、浅野以外の四人は得意分野でも浅野に勝てたことがない。それが俺に何の用かと思っていると、浅野は持っていた本を目の前の机に差し出してきた。

 

「少し比企谷さんとはお話したいと思っていたので……」

 

 タイトルを見ると今まで読んでいた本の続編だ。どうやら、立たせる気はないらしい。大人しく席に座りなおして差し出された本を開くと、向かいの席に浅野が座ってきた。

 

「それで、話って何だ?」

 

「いえ、どうして総武高校在籍の比企谷さんが中等部の、それもE組にいるのか疑問に思いまして。なぜ高等部ではないんですか?」

 

 理事長は俺が交流学生として高等部とE組を体験している扱いにしてくれたが、あくまでそれは共通認識上だ。少し調べれば俺が高等部の授業に参加していないことも分かるだろうし、浅野の疑問は当然と言える。

 それにしても……やはり親子なのか目がそっくりだ。切れ長の鋭い目はじっと俺に注がれていて、まるで何かを暴こうとしているようだった。

 こちらとしても隠し事をしている身だから、下手なことを言って国家機密がばれるのはまずい。本を閉じ、静かに神経を集中させて口を開いた。

 

「お前らはこの学園以外で勉強したことがないと思うから分からないかもしれないが、この学校の学力レベルはお世辞抜きで高い。県下有数の進学校とは言っても、総武高が全く太刀打ちできないレベルでな。それにエスカレーター方式の椚ヶ丘じゃ、授業の進み方も総武高より早いんだ。高校の授業に片足突っ込んでる中三の方が授業ペース的にもいいって判断だろ」

 

 実際、仮に交流学生が事実で高等部の方に行っていたら、事故ってなくても落ちこぼれていた自信がある。中学生であのテストなら高校ではどんなモンスターを用意しているのやら……想像しただけで震えてきそうだ。

 

「なるほど……。そういえば、E組の印象はどうですか? 期末試験では成績をかなり上げられたようですが……」

 

「ちょっと待て……なんで俺の期末成績知ってるんだ?」

 

 まさかこいつもハッキングしているんじゃ……と不安になったが、どうやら理事長から聞いたらしい。一応報告しておくって烏間さんが言っていたし、たぶんもう総武高校のデータベースはハッキング被害にあっていないだろう。

 それにしても、E組の印象か。A組にとってE組なんて取るに足らないものという認識だと思っていたが、やはり成績上位に食い込まれて興味が湧いたのだろうか。

 

「E組の印象なぁ。まあ、いい奴らだと思うぞ。生徒も先生も」

 

「先生……烏間先生のことですか?」

 

 ああ、そういえば書類上は烏間さんが担任なんだっけ。いや、当然と言えば当然だが。

 

「少人数の担当って利点だろうな。生徒一人一人の得手不得手をちゃんと把握して、それに合わせた勉強を教えてくれる。いい先生だ」

 

 殺せんせーも烏間さんも、もちろんイリーナ先生もな。

 

「絶賛……ですね」

 

「え、だめなのか?」

 

 ひょっとして、この学校ではE組の教師も迫害にあっているのだろうか。いじめられる烏間さんとかまったく想像できないんだが……。

 

「いや、だめというわけではないですが、学習環境はあの通り劣悪ですから、てっきり本校舎の方で授業を受けたいと思っているかと思いまして」

 

「学習環境か……」

 

 エアコンもないボロい木造校舎だし、そもそも校舎まで山を登らなくてはいけない点は確かに劣悪と言えるかもしれない。体育も学生が受けるにはハードなものだし、そもそも勉強と暗殺を両立しなくてはならないわけだし。

 けど……。そう思いながらもう一度館内を見渡してみる。

 夏休みだというのに、誰も彼もが勉強しかしていなくて、さらにその顔には全く余裕が見えない。中学生にしてそんな生活は――

 

「俺には合わないかな」

 

「え……?」

 

「浅野は驚くかもしれないけど、落ちこぼれって周りから蔑まされていようが、俺にとってはあの山の上の校舎の方が居心地がいいんだ」

 

 学生の本分は勉強だ。しかし、それがすべてではない。運動に勉強に遊びに、そして暗殺に全力なあのクラスの方が、俺には充実しているように感じた。

 

「……わかりませんね。あなたもE組も、なぜ敗者の座に居座ろうとするんだ」

 

 確かに、クラスの大半が規定ラインの学年順位五十位以上に入ったというのに誰も本校舎への復帰をしていない、敗者のままであり続ける現状はこいつには理解できない状況なのだろう。

 敗者。あの理事長が作ったこの学校の生徒は皆、勝者になろうと必死になっている。そして、勝者であることを誇示するために敗者を貶める。競争社会に向かう生徒達に対して、その教育はある意味社会勉強の一つだ。

 ただ、今年の敗者はただの敗者じゃない。

 

「今のE組が目指してるゴールと、本校舎の生徒が目指してるゴールが違うだけだろ。ゴールが違えば勝者も敗者もない」

 

 時計を見るといい時間帯だ。これから帰ってトレーニングをすればちょうど夕食時だろう。本にしおりを挟んで閉じ、カウンターで借りるために立ち上がる。何も返答がない浅野に一言告げようとして――

 

「……そういえば、別に関係のない話なんだが」

 

 ふと思ったことを言ってみることにした。

 

「理事長のマネして仮面を被るんなら、もっとうまく被った方がいいんじゃないか? 初対面でばれたら警戒されるだろ」

 

「ぇ……?」

 

 まあ、天才とは言え中学生をあの化物理事長と比べる方が無茶だと思うのだが。事前にパーソナルデータを知っていたのもあるだろうが、俺が浅野を若干警戒したのはその仮面もあったからだ。あの裏には何があるんでしょうね。怖い怖い。

 口を半開きの少し間抜けな表情をしている浅野がおかしくて、小さく笑いを漏らしながら貸し出し処理をして図書館を出た。

 五パーセントの敗者の上に九十五パーセントの勝者を作る教育。それも一つの教育の形だろう。実績がものを言う私立学校ならその非情さも仕方がないことかもしれない。

 ただ、俺にはあの理事長が、そのためだけに再び前に進もうとする奴らの道を潰す人には見えないのだ。

 

「理事長が目指した教育って……本当にこの形なのか……?」

 

 他人の考えなんて、他人が考えても分かるはずもない。軽く頭を振って校門をくぐると、まるで狙いすましたかのようにスマホが震えた。いや、確実に狙いすましたんだろうが。

 

「八幡さん! おすすめされた本読み終わりました!」

 

 ポケットから取り出した画面にはわざわざ本を持った律のグラフィックが映し出されている。お前実際は電子データで読んでるだろ、なんてツッコミはさすがに無粋だろうか。

 

「それは俺のお気に入りだからな。感想ならいくらでも受け付けるぞ」

 

 渚達とハワイに映画を見に行って以来、律はよく本や映画などの感想を言ってくるようになった。最初は文庫本を数分で“読んで”、感想というよりはまとめみたいな内容をしゃべっていただけだったが、最近では時間をかけて読むようになったし、感想もだいぶ人間に近づいてきた気がする。

 

「やっぱりこの主人公と老人の邂逅シーンが……」

 

 楽しそうに話す律を見ていると、最近本当に相手がAIであることを忘れてしまいそうになる。それと同時に、あんなに楽しそうな奴らが敗者であるはずがないとも思うのだ。

 だから、あいつらのゴールのためにも俺も少しは頑張らないといけないだろう。

 今日のジョギングは少し長めにしようと考えながら、律の声に耳を傾けるのだった。

 

 

     ***

 

 

「ふむ、ところでこの精神攻撃というのはなんだ?」

 

 イリーナ先生の師匠である殺し屋屋、ロヴロさんが作戦資料に目を通しながら渚達と話している。離島での大規模暗殺に向けてプロの視点からアドバイスをくれるらしい。というかイリーナ先生、ロヴロさんに頭上がらなさすぎでしょ……。さっきまでの威勢はどうしたのん?

 精神状態に左右される触手を三村と岡島が作成するビデオを始めとしたネタで揺さぶり、そのタイミングで約束の触手七本を破壊。すかさず全員で“殺せんせーの周囲を囲むように銃撃”する。殺せんせーは自分へ向けられる殺意には敏感だが、逆に言うと自分へ直接来ない攻撃には反応が遅れる。そして、自分に攻撃が来ないという暗殺では異常な状況がさらに殺せんせーの、触手の精神状態をブレさせるはずだ。

 そして、その攻撃に紛れて本命、E組でトップの射撃スキルを持つ速水と千葉が殺せんせーを仕留める。それが今回の作戦だった。

 

「人生の大半を暗殺に費やした者として、この作戦に合格点を出そう。彼らなら十分に可能性がある」

 

 ただ、ロヴロさんに指導してもらうの……怖くね? だってあの人見た目からして怖いもん。

 いやまあ、あいつらと暗殺を成功させるためにも努力はしなくてはいけないのだが、ここは別に一人で練習してても問題ないよね? とりあえずステルス八幡を発動させて――――っ!?

 

「ほう、なかなかの隠密だ。独学でそのレベルとは恐れ入るな」

 

 なんか褒められてるみたいだけど、恐れ入られているその隠密があなたによって看破されてるんですが? 目の前にぬるりと現れたロヴロさんに思わず身構えそうになってしまう。

 

「まあ、影が薄くて認識されないこともよくあったんで……」

 

 無意識に溜めていた息を吐いて肩をすくめると、ロヴロさんはククッと低く肩を震わせた。そして射撃練習や作戦を練っているE組生徒達を見渡して、最後に烏間さんに視線を移した。

 

「カラスマは優秀な教官だ。このまま三月まで君たちを訓練したら、他の生徒も皆君のような隠密スキルを身につけられるだろう」

 

 なん……だと!? 俺のアイデンティティがなくなってしまうじゃないか! などとどうでもいい感想を抱いている俺に、しかしとロヴロさんは言葉を続けてきた。

 

「それはあくまで“ある程度”のものだ。才能がなくても可能なレベルまでしか普通の人間の隠密スキルというものは育たない」

 

「才能……ですか?」

 

 確かに、訓練をやっていても木村の機動力や速水、千葉の射撃スキルなど練習だけでは、努力だけではどうにもならないレベルの差を感じることはある。

 というか、それ以前に絶対努力じゃどうしようもない奴が近くにいたな。

 皆に交ざって射撃訓練に勤しんでいる小柄な少年。いかにも草食系男子然とした大人しいそいつがあの時見せた動きを、俺は全くマネできる自信がなかった。

 努力で天才の域に近づくことはできると殺せんせー達は言ってくれたが、同時に努力だけではどうしようもない才能の差というものも俺は理解していたのだ。

 

「君は、“消える”つもりはないか?」

 

 最初、何を言われたのか分からなかった。暗殺者特有の鋭い眼光で俺の目を見据えた殺し屋屋は、ニヒルに口角を釣り上げながら肩に手を乗せてきた。

 

「君はここの誰よりも、私よりも隠密、ステルスの才能がある。君が本気で学べば、恐らく真の意味でのステルスを会得できるだろう。まさに“消える”ことができるはずだ」

 

 それこそ魔法のように。そう続けるロヴロさんの目は、まるでスターに向けるような羨望の光に染まっていて、この教室で真正面から褒められることを覚えてしまった俺の心はぐらりと揺れる。

 

「……けど、それを会得しても殺せんせーの暗殺には使えないでしょ?」

 

 今エベレストで避暑中の超生物は異常に鼻がいい。気配を完璧に消したとしても匂いまでは消せないのだから、あいつの暗殺にはそんなスキル不要だろう。

 

「確かにあのターゲットを殺すためには不要なスキルかもしれない。だが人生とは分からないものだ。案外このスキルを習得していてよかったと思える場面がくるかもしれないぞ?」

 

 暗殺技術が役立つってどんな状況だよ、と思ったが、そういえばついこの間訓練のおかげで小町を怪我の危機から救ったことを思い出した。なるほど、確かにどんなスキルも使える場面が絶対にないとは言い切れない。

 なら、せっかくプロが認めてくれた才能だ。伸ばしてみるのも悪くないだろう。

 

「それじゃあ、教えてください。消える方法ってやつを」

 

「私の教鞭はカラスマほど優しくはない。しっかりついてきたまえ」

 

 ギラリと現役を引退しているとはとても思えない視線が鋭利な刃物のように俺を貫いた瞬間、目の前からその姿が――消えた。

 

「消える、と一口に言っても、方法は一つではない。ミスディレクション、手品などで使われる視線誘導法や周囲に気配を溶け込ませる方法、気配を完全になくしてしまう方法と様々だ」

 

「っ……!」

 

 後ろから聞こえてきた、さっきまで目の前で聞いていたのと同じ声はどこか悪戯をする時の赤羽のように弾んでいて、とても厳つい老体から出ているとは思えないほど生き生きとしていた。

 

「君はどれだけ物にすることができるかな?」

 

「……やるからには全部、盗ませてもらいますよ」

 

 まるで挑戦者を見下ろすチャンピオンのような彼に、思わず俺の口角も釣り上がるのを抑えられなかった。




浅野君と離島暗殺訓練回でした。
八幡自身が書類上は椚ヶ丘の生徒ではないので、普通にやっていたら浅野君と絡めない! ということでちょっと無理やりな邂逅になってしまったところは否めませんが……。

感想で幾つか頂いていたので補足を。
本シリーズでは八幡のいわゆるステルスヒッキー(本編中ではステルス八幡)は八幡の才能という解釈で書いています。別に原作八幡は特殊能力を持ってるなんて解釈はしていないのでその点は御理解いただけると幸いです。E組自体一学期時点でナンバ歩きの訓練をしているので、それに伴って八幡のステルスにも磨きがかかっている感じです。
というわけで、ここで八幡君にワンランク成長してもらうことにしました。17巻の時点でE組の隠密もかなりのレベルになるので、プロの暗殺者から指導してもらえる今が八幡のアイデンティティを確固たるものにするいい機会かと。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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