二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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正直そのギャップは反則でしかない

「……へえ、こういうのもあるんだ」

 

「こういうお話も、結構面白いですね」

 

 机の隣に置かれた本棚から適当に一冊取り出した速水がペラペラと中身をめくり、それを横から眺めながら神崎が微笑みながら答える。俺はその光景を、ベッドにちょこんと座りながら眺めていた。やだ、自分の部屋なのに居心地悪い!

 えーっと、この状況はなんだっけ? 確か、放課後に不破と貸したラノベの話をしていて……そうそう、不破が絶賛しているのを聞いた神崎が自分も読んでみたいと言ってきたんだった。国語学年一位様は同時に結構な読書家なのは知っていたが、ラノベに興味を持つとは思わなかった。教室でも堅めな本を読んでいることが多かったが、やはり同じ読み物ということで、気になるところがあるのだろうか。

 そういうわけで、当初は明日あたりに神崎でも読みやすそうなものを見繕ってやるつもりだったのだが、そこで別の提案をしてきたのが速水だった。聞き耳を立てるなんて趣味が悪い。そこを指摘したら「べ、別にあんたたちの話なんてじっくり聞いてないし!」とツンデレ発動させて、教室が和んだ。竹林は「リアルツンデレ……悪くないな」とか一瞬二次元を捨てかけていた。

 まあ、直接気になったのを探した方がいいという速水の意見も一理あったので、神崎を我が家に案内することになったのだ。なんか当然のように速水も付いてきて思わずツッコミかけたが、お兄ちゃんとして妹を無闇に恥ずかしがらせるわけにはいかない。大丈夫、お前もラノベに興味があったけど恥ずかしくて聞けなかったっていうのは、たぶん皆気づいたから。

 

「へー、これミステリーだ。しかも結構読みやすそう」

 

「あ、これ私が今読んでるお話みたい」

 

「あー確かに。あの本の謎解き部分もわかりやすくて読みやすいよね」

 

 神崎が出した例に速水が軽く指を鳴らして同意する。基本的に速水が感想を切り出して、神崎がそれに補完し、そこにまた速水が同意するという流れが出来上がっていて、会話はほとんど途切れない。倉橋や矢田のような極端なものではないが、二人とも割とテンションが上がっているらしい。

 そんな二人をぼーっと眺めていると、振り返った速水と目があった。なに? と訝しむような視線を向けてきたので、マットレスに後ろ手をついて首をすくめる。

 

「いや、お前らって教室じゃあんまり話さねえけど、案外気が合うんだなって思ってな」

 

 元々二人とも大人しい生徒だし、神崎は茅野や奥田、渚のような四班メンバーと、速水は倉橋あたりと話すことが多い。なんというか、意外な組み合わせというのが素直な感想だった。

 俺の感想に神崎は困ったように小さな笑みを浮かべ、速水はよそに目を逸らして恥ずかしそうに頬を掻いていた。

 

「まあ、神崎さんが普段読んでる本って、私が読んだことあったり興味あったりするのが多いから、話したら気が合うだろうな……とは思ってた」

 

「私も、同じですね。速水さんも結構本を読んでますし、お話できたら楽しいだろうなって」

 

 確かに、速水もそこそこ本を読むタイプだ。思い返してみると、二人が読んでいた本は結構傾向が似ている気もする。ついでに言えば、一般文学なら俺とも傾向が似ていたのでたまに話したりしていた。あと最近の律の読書傾向もなぜか似てきている。

 

「じゃあなんで……?」

 

 お互い分かっていたならなぜ今までそういう話をしなかったのだろうか。首をかしげる俺に、二人は至極言いづらそうにモゴモゴと口を動かす。なに? そんなに言いづらいの?

 

「だって、私達の席の間って……」

 

「岡島がいて……」

 

 …………あぁ。納得しちゃった。すごく納得できちゃった。

 確かに席順的に二人の間には岡島が鎮座している。あの本と言えばグラビアとエロ本と公言するような有害生命体を挟んでミステリーの話をしたりするのは気が引けるだろう。かと言って、そこまで積極的なタイプではない彼女たちは、相手の机まで足を運んでまで話をするということもなかなかできないのだろう。

 つまり全部岡島が悪い。

 

「いや、さすがにそれは岡島がかわいそうだ。今の話を聞いて、改めて小町には二度と会わせないと固く誓ったが、あいつだって一緒に暗殺をしている仲間だからな」

 

「いや、たぶんあんたが一番かわいそうなこと言ってるから」

 

 なぜかフォローしたのに逆に諌められてしまった。あれれー? おかしいぞー? 神崎も無言で苦笑すんのやめてくれない?

 

「ま、これからはこういう話もできそうかな?」

 

「ふふっ、そうだね」

 

 静かに笑いあう二人を見ていると、なんか微笑ましい気持ちになる。こいつらが話せるきっかけになったのなら、放課後を返上して自室を開放したのも意味があったかもしれん。

 一人ほっこりしていると、再びラノベを読みだした神崎が「そういえば」と顔を上げた。

 

「ここにある本の女の子たちって、主人公の男の子と皆仲良くなりますよね」

 

「そういえばそうね。ハーレム……ってやつだっけ。あんたの趣味?」

 

 え、なにその目。さっきまでのほっこり空間はどうしたの? 確かにそういう奴は多いが、俺の趣味というよりも最近のラノベの傾向がそういうものなのだろう。アニメ化したラノベとかもチーレム――ストーリー開始時点で主人公のスペックがチート級のハーレム物――がかなりの割合を占めている。場合によってはオリジナリティがいまいち感じられないようなものもあるが、まあ似たような設定でも人気が出るものは出るものなのだろう。ラノベで一番重要なのはイラストだしね。いやさすがにそんなことないと思うけど。

 ではなぜラノベの主人公がモテモテハーレムになるのかと言えば――

 

「それは……物語だからだ」

 

「そんな理由!?」

 

 まああれだよね。ラノベ読者って男子の割合結構高いし、主人公に自己投影しちゃう読者も一定数いるだろうから、かわいい女の子とイチャイチャするのを望んでるんじゃないかなって。

 あとあれだ。よく主人公の容姿を表現するときに「冴えない」とか「パッとしない」とか使われること多いけど、どう見てもお前らイケメンなんだよなと。お前らが冴えない見た目だったら、現実のイケメンの大半が冴えない男になって、ブサイクと称される人間が急増化必至である。二次元の顔面偏差値は現実と明らかにずれていて、そこに気づいた読者のガラスハートを粉々にしてくるレベル。なんだあの二期のキャラデザ。腐った目がほとんど見えないから普通のイケメンだよあれ!

 

「ま、需要とか作者が書きたいとか、そういうもんなんじゃねえの? あくまで商業なわけだし」

 

「夢のない意見ね……」

 

 まあ結局、読んで面白ければそんな疑問は些細な問題なのだ。

 

「けど、なんていうかこの部屋、思ったよりも片付いてるわね」

 

「あ、私もちょっと思った。男の子の部屋って、もっとごちゃってしてるイメージだったから」

 

 ふむ。二人の言いたいことは分からんでもない。男というのはだいたいズボラな生き物で、大抵部屋は出しっぱ脱ぎっぱ広げっぱになるものだ。たぶん。同年代の家に行ったことないから知らんけど。

 しかし、俺には綺麗な部屋を維持しなくてはならない理由があるのだ。そう、とても重要なのは理由が。

 それは……。

 

「部屋が汚いと小町に嫌われてしまうんだ」

 

「……あぁ」

 

「……シスコン」

 

 おいこら、シスコンとか言ってんじゃねえぞ。兄妹の仲が良いだけでそんな不名誉な称号を与えられても困る。お兄ちゃんたるもの、妹に嫌われないためなら男の常識すら覆えすものなのだ。

 

「……あと、最近律が俺の部屋の清潔度採点なんていうのを始めたから、余計にな……」

 

「はい! 私の演算能力を持って、八幡さんの衛生面を全力でサポートさせていただいています!」

 

 出たなハッカー娘め。突然PCが起動すると、いつものデスクトップではない簡素なブルー背景にバストアップの律が現れた。ちょうど学校の本体に映っているのと同じ感じだ。つうかずっと聞いてやがったな? 最近俺のプライバシーがほんとない気がするんだけど、気のせいかな。しかし、あまり厳しく当たりたくないし、「お兄ちゃんの生活を見守るのが妹分の役目です!」なんて言われたら、突然スマホやパソコンから現れても怒るに怒れなくなってしまう。いや、普通見守るのはお兄ちゃんの役目だと思うんだけどね。

 

「そ、そうなんだ……」

 

「律……お手柔らかに……ね」

 

 努力の方向性がよくわからんAI娘にさすがの二人も引いてしまっている。というか、速水に至っては一昔前の少女漫画みたいに白目を剥いてしまっていた。お前それナチュラルな反応なの? 律、恐ろしい子ッ! とか思ってるの?

 

「あ、あと速水さん。本棚をくまなく探しても、性的な本などは見つかりませんよ?」

 

「うぇっ!?」

 

 律のいつも通り明るい声での指摘に、速水が奇妙な声を上げながら本棚から飛び退く。お前、やけに物色してると思ったらそんなもん探してたのかよ。そのネタ使って遊ぶ気だったのん? はやみんまじこわい。

 

「そんなもん持ってねえよ……」

 

「そうですよ。八幡さんのコレクションはパソコンのな……」

 

「おいこら!」

 

 律が何か言い終わる前にパソコンの電源を切った。

 

「甘いですよ!」

 

 しかし、スーパーハッカーによって勝手にまた起動する。それに気づくとまたすかさず指を電源ボタンに。

 

「まだまだ!」

 

 ……なにこいつうぜえ。

 しょうがないので電源ボタンから指を外して――

 

「あっ……」

 

 LANケーブルと電源ケーブルを同時に抜き取った。ブツッという音と共に画面が真っ黒になり、次に聞こえてきたのは「ひどいですよぉ」という律の情けない声だった。音源はポケットのスマホ。

 

「勝手なことやろうとするからだ」

 

「ブーブー」

 

 なにお前、豚になったの? そんなことしなくてもネットの向こう側に萌え豚がいっぱいいるからそんなのになる必要ないぞ?

 

「あんたら何やってんのよ……」

 

「ふふっ、二人とも仲がいいですね」

 

 速水よ、実際のところ頭痛がしそうなのは俺のほうなのだが……。

 

 

 

 ――ピンポーン。

 

「ん?」

 

 あの後律も落ち着き、全員で読書モードに入っていると玄関のチャイムが聞こえてきた。はて、今日は特に密林からのお届け物の予定はなかったはずなのだが……。

 ――ピンポーン。

 

「……早く出たら?」

 

「そうだな」

 

 二回も鳴らしてきたということは宅配便とかではないだろう。断りを入れて一階に降りて玄関に向かう。その間にもチャイムがもう一回鳴った。うちのチャイムで遊ぶのはやめてくれないだろうか。

 

「はいはい、どちらさま……?」

 

「はっちゃん遅いよぉ」

 

 四回目を鳴らされても面倒くさいと少し早歩きになって玄関を開けると、ゆるふわアニマル倉橋が立っていた。半袖でレースがデザインされたTシャツとショートパンツに膝下までのレギンスを合わせた私服。どうやら一度家に帰ってから来たらしい。

 

「どうしたんだよ、突然」

 

「えへぇ。またカマクラちゃんと遊ぼうと思って!」

 

 どうやら目的の相手は愛猫カマクラであるらしい。そういえば今あいつはどこにいるのだろうか。速水と神崎が来たからどこかの部屋に隠れているんだと思うが……。

 小町の部屋だったら入ったのばれたときに小町に怒られるなぁと憂鬱な気持ちになりかけていると、「なー」とやる気のない声をあげながら件のカマクラが二階から降りてきた。のっそりのっそり。やっぱお前貫禄あるよな。

 ゆっくりと階段を下りてきたカマクラは、最後の二段をピョンと飛び降りると、玄関に立つ俺の隣に座り、倉橋を見るともう一度「なー」と鳴いた。

 お前倉橋好きすぎない? お出迎えなんて俺されたことないんだけど。

 

「カマクラちゃん、やっほー!」

 

 前足の脇に両手をかけてカマクラを抱き上げると、器用に靴を脱ぎながら上がってくる。いやまあ、別にうちの飼い猫と遊ぶくらいいいけどさ。

 

「お前さ、来るなら連絡入れろよ。俺がいなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

 別にこいつなら連絡なしで来ても大きな問題ではないのだが、むしろいつもは放課後残って訓練を受けることの多い俺の家にアポなしで来て、誰もいなかったらかわいそうだ。

 しかし、当の動物大好き少女はカマクラをわしゃわしゃしながらニシシと笑みをこぼす。取り出したのはスマホ。その画面には律が表示されていた。

 

「律から今は家にいるって聞いたから、その点は抜かりなしだよ!」

 

「…………そっか」

 

 烏間さん、うちの個人情報がクラスメイトの手によって筒抜けなんですが、どうすればいいでしょうか。我慢してくれ? そうですか……いやいいけどさ、この程度なら。

 

「比企谷君、どうしたんですか……あら、倉橋さん?」

 

「あっ、神崎さんやっほー!」

 

 なかなか戻ってこない俺を心配してか、二階から二人が降りてきた。神崎は突然の倉橋の登場に首を傾げ、速水は……速水は?

 

「…………ねこ」

 

 速水はどこかぼーっとした表情で倉橋に近づいていき――いや、その視線は倉橋に抱き上げられているカマクラに注がれていた。

 

「その猫、倉橋さんちの子ですか?」

 

「いや、うちの猫。人見知りで、倉橋もこの間ようやく仲良くなったんだよ」

 

「……比企谷んちの……ねこ」

 

 あの、速水さん? なんでどっかの都市伝説ゲーマーの妹みたいな三点リーダ豊富なしゃべりになってるのん?

 カマクラの目の前に立った速水は……動かない。じっと穴でも開けようとしているかと言うほどじっとカマクラを見つめている。実際そんなことをやられたら、いかに容姿の整っている速水でも怖いと思うのだが、そこはさすが貫禄のにじみ出る我が愛猫。特におびえている様子はない。

 

「ナ?」

 

「……なァ?」

 

「なー」

 

「…………なぉ?」

 

 ……なんかこの子、カマクラと会話していません? なにこの子、動物と話ができる子だったの? やめて! そのキャラはたとえいたとしても倉橋の役柄だから!

 カマクラが首を左にかしげると速水は首を右に傾げ、右に傾げると今度は左へ、そして一鳴きするとそれに合わせて小さく鳴く。ここまでくると速水に猫が取り憑いたのではないかと心配になってくる。速水が松野家四男になっちゃう! いやならん。そもそも男ではない。

 しかし、カマクラの動きに合わせはするが、一切手を出そうとしない。いや、何度かおずおずと手を伸ばすのだが、途中で引っ込めてしまうのだ。

 

「触らないのか?」

 

「……触って……いいの?」

 

 速水が不安そうに投げてきた視線に、思わずガリガリと頭を掻いてしまう。どうやらうちの猫に勝手に触ると怒るのではと思っているらしい。そんなことで怒るわけがないだろうに。小町に男が触れたら怒るけど。怒るどころか存在消すけど。

 

「いいぞ。優しくな」

 

「…………ん」

 

 言葉少なに頷いた速水はゆっくりと手を伸ばすと、カマクラの頭に指の先を乗せた。一瞬ぴくっと肩が揺れて手が離れそうになるが、そこからゆるゆると接触面を増やしていき、ポスンと手のひら全体で頭を覆った。

 

「……毛、ふわふわ。……ぬくぬく」

 

 そのまま感触や熱を楽しむようにゆっくりと手を動かすと、カマクラは目を細めて息を抜くような小さな声をあげた。どうやらリラックスしているらしい。

 

「……気持ちいい?」

 

「「「っ……!?」」」

 

 ……いや。

 やばい。

 何がやばいって、速水の表情がドキッとするほど柔らかくて、普段とのギャップで破壊力四割増くらいになっている。神崎なんて両手で口を覆って頬を真っ赤に染めているくらいだ。

 

「なにこれ反則だよぉ」

 

 倉橋もカマクラを抱えたまま、赤くなってしまっている。なにこの最終兵器、強すぎやしません? むしろ最強では?

 その後も控えめなスキンシップをカマクラと交わす速水を玄関先で皆で眺めて悶えるという謎の構図を継続してしまい、帰ってきた小町に四人そろってドン引きされた。しかしその小町も、速水が帰り際にカマクラに「……バイバイ」と手を振ってはにかんだ速水を見て、ゴパッと吐血していた。妹よ、そのキャラはどっかの何気ないエロスな世界線だから戻ってきて。




名簿の時間で岡島がいるせいでなかなかは話ができないということが書いてあったので、読書女子二人を仲良くさせるお話を。狭間さんは……こう、系統が違うから今回はパスで。狭間さん好き……ごめん。

ついでにこの間の倉橋回の時に、速水じゃねえのかよ! と家族から白い眼を向けられながらも訴えかけてきてくれた方がいたので速水にカマクラを与えてみたのですが――

すっごい暴走した。

なんか勝手にどっかの天才な妹みたいになった上に超絶キャラ崩壊起こして、けど筆が進む進む。これでいいのか速水! ……いいか! いいよね?

そういえば、昨日なんとなくハーメルンで、原作「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」でいろいろ検索していたら、本シリーズが先週と今週のUA1位をいただいていました。うれしい限りです。本当にありがとうございます!

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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