「……まじで載ってるじゃねえか」
翌日、駅の近くのコンビニで新聞を買い、電車の中で地方欄を開いた瞬間に思わず感想が声に出てしまった。近くのサラリーマンとかから視線を投げられるが、今は気にしていられない。
下着泥棒を繰り返す黄色い頭の大男。昨日律がリークしてきた記事は確かに掲載されていた。つまり、実際に下着泥棒の事件は起こっているということだ。面倒なことに、警察も動いているらしい。
見た目や声、現場に残された粘液から特定できる人物を、俺はあの超生物しか知らない。というか、間違いなくこの地球上にそんなふざけた化け物は殺せんせーしかいないはずだ。
ということはやはり殺せんせーが? と思うが、やはり頭を振って考えを否定する。そもそもマッハ二十の超生物がこんな露骨に証拠を残すだろうか。……いや、ただ殺せんせーってグラビアとかは物凄いじっくり見るよな。
「どの道、俺一人で結論が出る問題でもないか……」
口の中で静かに転がした言葉をそのまま飲み込んで、スマホを取り出す。とにもかくにも断定するには判断材料が今一つ足りない。電車の中で話すわけにもいかないので、LINEの個人チャットで律にメッセージを飛ばした。即座に既読が付いて、調査してみる旨の返信が返ってくる。ほんと、情報力において律は特に頼りになるな。
再び記事に目を落として、何か手掛かりになることがないか細かく見ていく。……見れば見るほど殺せんせーだよな、これ。
これを知ったあいつらは、どうするのだろうか。
「うわ……」
「最低……」
「いつかやるんじゃないかとは思ってたけど……」
一切の信用がありませんでした。特に女子の目が汚物を見続けたみたいに腐っていってる。まあ、そうだよね。女子からしたら男子以上にショックだよね。
「だってこんなの、殺せんせーしかいないじゃん」
「グラビア見たりエロ本拾い読み程度ならそんなに気にしないけど……これは洒落にならないよ……」
「下着だって高いのに……」
そうか、下着って高いのか。いや、その話はどうでもいいんだが。
「そういえば……前にグラビアアイドルへのファンレターに『手ブラじゃ生ぬるい。私に触手ブラをさせてください』って送ってたよな」
あぁ、クラスの良心である磯貝の目まで腐りかけてしまっている。というか、そんなもん送ってたのか触手ボーイ(ペンネーム)。いやまず国家機密が気軽にファンレター送ってんじゃねえよ。もっと慎ましい生活して。
「おはようございま……汚物を見るような目!?」
そうこうしていると件の容疑者がやってきて、視線でダメージを受けていた。今のこいつらの視線追加効果で猛毒も付加されてそうだもんな。
その後潔白を証明しようとするが、そもそもマッハ二十の超生物にアリバイなんてあってないようなものだ。
そして弁明しようとするたびに出てくる物的証拠。引き出しにしまっていたグラビア雑誌を全て捨てると引き出せば中からブラジャーが出てくるし、出席簿の女子の名前の隣にはカップ数が――茅野のところだけ“永遠の0”と書かれていて、奥田が必死に宥めていた――メモされており、その後半のページには街中のFカップ以上の女性の住所と名前の書きこまれたリストが挟まっていた。
「そ、そうだ皆さん、今からバーベキューをしましょう! 放課後やろうと思って準備していたんですよ!」
そして極めつけは……。
「ほらこの串なんておいしそうで……しょ……」
クーラーボックスから出てきた串刺しのブラジャー。
「やべえぞこいつ……」
「信じられない……」
「不潔……」
もうすでに、フォローの余地のある空気ではなかった。
「ま、殺せんせーが変態なんて今更だけどねー」
そんな中、赤羽がケケケと笑ってスマホを取り出しながら自分の席に戻っていく。もうすぐ授業だから本来ならスマホをしまえといさめられるところなのだが、あいにく今はそんなことが不可能なくらい動揺しているようだ。そんな赤羽の後に続いて俺も席に座る。本校舎の方からかすかにチャイムの音が聞こえてきて他の皆も自分の席に着くが、その空気はやはりずっしりと重い。
「そ、それでは……授業、を……始めます……」
この空気では、まともに授業にならないことは明白だった。
***
「えー……、このタイプの問題を簡単に解くためには……ですね……」
「「「「…………」」」」
「その……」
「「「「…………」」」」
予想通りというか、授業はずっとこの調子。生徒の方に聞く気がないという点では律の転校初日よりひどいと言えるかもしれない。
開いている教科書はまちまちで、寺坂に至っては本当にとりあえず出しているだけで開いてすらいない。竹林や片岡あたりは毎回授業の教科書を開くが、遠目から見た感じだと自習をしているようだった。赤羽は朝からずっとスマホを弄っているし、不破は読書。大抵の連中は下を向いていて、前に視線を投げている奴らも黒板や担任に焦点を合わせてはいない。俺自身、今日は読書をしながらスマホをちょこちょこ弄って過ごしていた。
殺せんせーも最初は信頼回復を図って休み時間も教室に残り、積極的に皆と会話をしようとしていたが、昼休みに野球をしようと持ってきた道具入れの中からまたしても出てきたブラジャーが決定打になったのか、五時間目の休み時間は職員室に引っ込んでしまった。まあ、その間も教室はお通夜ムードだったわけだが。
「ん……?」
机に置いていたスマホが音もなく点灯する。指を滑らせると、どうやら律の調査が終了したようだ。とりあえず送られてきたのは大まかな概要だが、必要な情報はあらかた集まっただろう。
「きょ、今日は……ここまで……です……」
かすかに聞こえてくる終業の音に殺せんせーは静かにテキスト類をまとめると、心なしか肩を落として力なく教室を出て行った。あの軟体に肩と呼べる部分があるのかは謎だが。
「あっはは、今日一日針のむしろだったねー。このまま居づらくなって逃げだすんじゃね?」
静かだった教室に赤羽の声が響く。その表情は、殺せんせーが下着ドロの容疑者であるという点は特に気にしていないように見えた。
「けど、本当に殺せんせーが犯ったのかな。こんな洒落にならない犯罪……」
近づいてきた渚に赤羽はケラケラ笑いながら「地球爆破に比べたらかわいいもんでしょ?」と答える。実際かわいいもんではあるけどね。死人どころか怪我人も出ないし。
「そういえば、そっちはどうなの?」
「あん? なにが?」
ググッと背もたれに体重を預けながら俺の方を向いてきた赤羽に、クエスチョンマークで返すと、察しが悪いなーみたいな顔をされた。そんな聞き方で理解できたら、人類に言葉がいらなくなる日も近いかもしれんな。んなわけないが。
「下着ドロのことだよ。律に調べてもらってたんでしょ?」
「……何で知ってんだよ」
「んー? なんとなく?」
なんとなくで俺の行動完全把握されても困るんですが……。まあ、どの道報告はするつもりだったけどさ。スマホでさっき見ていた資料のデータを開く。ここに書いていない点とかは律に補完してもらうことにしよう。
「まず、下着ドロが最初に起こったのが八日前。さすがに被害者の名前とかは伏せといたほうがいいか? まあ、その時盗まれた下着が二枚。その後、犯行は毎日行われていて、二日目からは複数件、三日前なんて一晩で十一件被害が出ている」
「ちょ、ちょっと待って!」
スマホに落としていた顔を上げると、矢田が引きつった顔をしていた。いったいどうしたのん?
「その情報……律にどこを調べさせたの?」
「千葉県警」
事件の状況なんかが新聞以上に入手できる場所と言えば、現場か警察だ。三十件は超えている事件について、市に配属されている警察だけでは対応が間に合わないだろうし、県警の方に仕事が回っていると思ったがビンゴだったようだ。
「あっさりそんなところから情報ぶっこ抜くなよ……」
「大丈夫です! そもそも情報を収集したことすら気づかれていません!」
「あ、あぁ……うん……」
大丈夫だ菅谷、普段は防衛省とかからも情報盗んでいるのに比べたらかわいいもんだから。……なんの慰めにもなってなかった。
とりあえず、一つ咳ばらいをして話を戻すことにする。
「昨日まででまた被害が増えて三十六件、被害枚数百二十七枚。つまり、一日平均四、五件。十六枚弱が盗まれているってことになる。……これが微妙に殺せんせーと噛み合わない気がするんだ」
「「「「?」」」」
「あ、確かに」
俺の言葉に首をかしげる奴の多い中、理解したのは岡島だった。
「殺せんせーってエロに関しては量より質というか、あんまり自分好みじゃない内容でもかなりじっくり読むし、自分好みだったら数日間ずっと読み込むこともある。毎日十何枚も欲しくなるタイプじゃないんだ」
さすがエロに関しては研究を重ねている岡島。ターゲットの性癖も熟知しているようだ。全くすごいと思わねえけど。ほら、女子が引いちゃってるし。
「まあ、雑誌と実物じゃ勝手が違うだろうからそこは断定材料にはできねえけど、調査資料を見ると、被害者全員が犯人の姿を見てるんだよ」
「全員?」
「はい。三十六件の被害者全員が犯人、黄色い頭の大男の姿を見ていて、二十九件が殺せんせーと同じような笑い声を聞いています。そして、現場には必ず粘液が残っているんです」
律の補足に赤羽はやっぱりね、と納得したような表情を見せる。どうやらこいつも、最初から殺せんせーが犯人ではないと直感していたらしい。一日中スマホを触っていたのは、たぶん情報収集のためだったんだろう。
「下着ドロなんてこそこそやるもんだろ?」
「それが毎回見られるなんておかしいよね。殺せんせーって世間体めちゃくちゃ気にするし」
ああ、修学旅行のときに渚たちが不良に絡まれたときは顔を隠していたらしいな。そう考えると、ますますおかしいと言えるようになる。
「しかも、当の本人はマッハ二十の怪物だぞ?」
「うん。仮に俺がマッハ二十の下着ドロなら、こんな急にボロボロ証拠出さないね」
そう言って赤羽は机の下に置いていたバスケットボールを持ち上げる。殺せんせーの頭とさして変わらない大きさの球体には、これまた盗まれたものと思われるブラジャーが付けられていた。
「昼休みの野球用具の後でさ、気になって体育倉庫見に行ったんだよ。そしたらこれが置いてあった。ご丁寧にボールカゴの一番上に、見つけてくださいって感じでさ」
そう、証拠の処理がおざなりというか、もはやわざとと言って差し支えないレベルで雑なのだ。自分の引き出しや出席簿はまだわかるとしても、生徒が利用する体育倉庫や、放課後にやろうとしていたバーベキューセットに詰めるなんて、どう考えてもおかしい。
「こんなことすればさ、俺たちの中で『先生として』死ぬことくらい、あの先生は分かってんだろ」
――あの教師バカにとって、俺らの信用を失うことは、暗殺されるのと同じくらい避けたい事だと思うけどね。
教室の前方、おそらくその奥にある職員室に目を向けた赤羽の言葉に、渚は優しい笑みで同意する。
「……ああ、そうか」
「ん? どうしたんすか?」
「いや、こっちの話だ」
なぜ昨日、殺せんせーが犯人ではないと直感できたのか。自分でもわかっていなかったその答えは、赤羽の言葉そのままだったのだ。
いくらエロに目がない変態でも、俺たちの先生である以上――こんなことはしないと無意識のうちに確信していたから。
「けど、だとしたらいったい誰が……」
「偽よ」
茅野の疑問は、自信たっぷりの漫画少女の声に遮られる。まあ、うちで推理と言えばお前だよな。
「これはニセ殺せんせーの仕業よ! ヒーロー物のお約束! 偽物悪役の登場だわ!」
……お前それ、さっきまで読んでた漫画の影響だろ。後ろに胸元見せながら「俺の名前を言ってみろぉ」って言ってる変態が見えるぞ。
いやまあ、たぶん合ってるんだけどさ……。
「体色とか笑い方とかを真似したり、粘液を残していることを考えると、犯人は殺せんせーの情報を持っている何かってことになる!」
「地球破壊生物の情報を持っているのは……」
「世界各国のトップと防衛省の人間、私たちそして――殺し屋!」
そういうことになる。そして、前二つは世間に国家機密がばれるマネをするわけがないし、俺達にはそんなことをするメリットがない。本当に居づらくなって逃げられたら、賞金を手にするチャンスもなくなっちまうからな。
そう考えると、やはり殺し屋の仕業と考えるのが妥当だろう。
「その線だろうね」
不破の推理に赤羽は頷いて賛同する。そして、面倒くさそうな流れにさっさと帰ろうとしていた寺坂の襟をつかんで引き寄せる。お前、この状況で赤羽から逃げられるわけないじゃん。もう諦めて。
「何の目的かは知らないけど、こんな噂のせいで賞金首がこの街にいられなくなるのは俺らとしても望まないわけだし――俺らの手で真犯人ボコッて、タコに貸し作ろうじゃん?」
寺坂の肩に肘を乗せながら提案する赤羽に、皆それぞれ頷く。おうおう、殺気がオーラになって見えるんじゃないかというレベルだ。なんか茅野の後ろに“0”って見える気がするのは気のせいかな? バストサイズに“永遠の0”って書かれたこと、相当気にしてるのん?
「よし、それじゃあ不破と比企谷君は律と協力して情報収集。カルマもそこを手伝ってくれ。俺と前原、片岡と岡野は必要そうなものを用意しよう」
なんか情報収集係に気が付いたらなっていたが、まあクラス委員の指示に従うとしよう。大抵は律の情報収集と不破の推理力でなんとかなるだろうし。
「他の皆はとりあえず各自待機で。情報収集班は何か分かり次第LINEで知らせてくれ」
「了解」
それじゃあ、真犯人探しと洒落込みましょうか。
下着ドロの冒頭回でした。高度1万~3万で作ったシャカシャカポテトは冷たくておいしくなさそうだと思いました(小並感
本当は一気に一話にまとめるつもりでしたが、ちょっと長くなりそうなのでいったん切ろうかと(こういうことを言うと逆にあんまり進まないことがありますが……)
真犯人のところをどう落とし込もうかなとか考えながら今日は寝ようと思います。
それでは今日はこの辺で。
ではでは。