二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

30 / 75
先生だって成長するのである

「さーて、何を中心に調べよっかー」

 

 教室に残り、律の周りに机を寄せた俺たち情報収集班は真犯人に繫がる手がかりを探し始めていた。しかし、まずは何を重点的に調べるかを決める必要がある。腕を組んで首をかしげる赤羽に、不破がピンと人差し指を立てて小さく鼻を鳴らした。

 

「短期決戦で終わらせたいところだし、特定するべきなのは次に犯人が狙う標的がいいと思うわけよ!」

 

 確かにそれが一番だろう。三十六件の被害から犯人の住処を探ることもできそうではあるが、おそらく相手は殺し屋だ。この長期的な動きを一拠点に留まってやるとは考えにくい。俺たちでなくとも警察から怪しまれる可能性があるからな。

 

「けど、被害地点はもうわかっているが、どうやって次の標的を探るんだ? さすがに警察のデータベースには住んでいる人間の胸のサイズなんて記載されてないぞ?」

 

 実際には警察も胸のサイズを調べ上げようとしたらしいが、女性人権保護の会とやらに阻まれてしまっているようだ。いやうん、普通に考えて保護の会に軍配が上がるよね。そんなのセクハラで訴えられても仕方ねえぞ国家権力。

 となるとどこの家に犯人の標的であるFカップ以上の女性がいるのか俺達にはわからないと思ったのだが、不破は立てたままだった指をチッチッチッと振ると得意げにBカップ――出席簿調べ――の胸を張った。

 

「まだまだ甘いよハチソン君」

 

 誰だハチソン。

 

「私たちはすでに、その情報を手に入れているんだよ!」

 

 そう言って机に広げたのは殺せんせーが使っている出席簿。パラパラとページを捲り、後半の方のページを見せてきた。そこにはF以上のアルファベットと住所がずらりと書き連ねられている。

 

「あーそっかぁ、この情報がデタラメとかじゃないなら、ここにあるのが標的候補ってことになるね」

 

「なるほど……律」

 

 ページを抜き取って広げた用紙を律に見せる。十秒ほどで全ての情報をインプットした律は少しの間瞑目し、昨日までの被害状況と今入力した情報を椚ヶ丘の地図に落とし込んだ。これで犯人の次の傾向が――

 

「……すみません、皆さん。次の犯行候補地点は……七十一箇所です」

 

「は……?」

 

 瞼を上げた律が申し訳なさそうに発した結果に、思わず間の抜けた声が漏れる。驚きは二人も同じようで、不破に至っては黙りこくってしまった。

 

「それ以上候補を減らせなかったってこと?」

 

「そうです、カルマさん。犯行分布、犯行の順序、地形、人口密度などあらゆる情報を加味して統計的に候補を算出しましたが、私の力ではここまでしか絞ることはできませんでした……」

 

 それでも四割以上候補を絞ったのはさすがの一言だが、七十一件だと一人一ヶ所警戒させても半分以上はカバーすることができないし、相手が暗殺者の可能性を考えると小隊を組むのが望ましい。そうなるとさらにカバー範囲は狭まるわけで……。

 

「厳しいな……」

 

「律が攪乱されるってことは、意図的に予測できないように動いてる可能性があるねー」

 

「うん、かなり頭が回るみたい」

 

 大体の人間はどんなに無作為に行動しているつもりでも、その行動に規則性が出る。そこから警察なんかは次の行動の予測を立てるわけだが、こいつは統計を逆算して予測させないようにしている節があるのだ。

 確かに切れ者。それもかなりの。

 

「ダメモトで張ってもいいけど、そこも読まれる可能性があるよねぇ」

 

 そうだ。俺たちの行動がどこまで読まれるかも分からない。こっちが調査をしていることに気づけば、あるいは撤退するかもしれないが、それで余計に派手な行動をしてきたりしたら厄介なことこの上ない。

 慎重に事を進めるべきなのだが……。

 

「ん?」

 

 どうしたものかと唸っていると、足元になにか紙切れが落ちているのに気づいた。どうやらさっき出席簿から落ちたらしいそれを拾い上げると、走り書きのような文字で芸能プロダクションの名前が書かれていた。その右下には『巨乳合宿!』と丸で囲まれた文字。

 律に調べさせると、液晶画面に地図と三階建ての建物の写真が表示された。

 

「ここは?」

 

「そちらの芸能プロダクションが所有する、椚ヶ丘市内の合宿施設です。この二週間ほど、巨乳の方を集めたアイドルグループが新曲ダンスの練習をしているようです」

 

 その合宿は明日まで。つまり洗濯物が干されるのは今日までであり、巨乳好きの下着ドロにとっては極上の獲物になるはず。

 しかし……。

 

「罠だな」

 

「罠だねぇ」

 

「罠だよ」

 

 三人の声が被る。そもそもこれが出てきたのは出席簿だ。誰かが生徒のカップ数を書き込んで、周辺の巨乳住人の情報の書き込まれた書類を挟み込んだそこから出てきた出席簿。しかも行動を起こすなら今日まで。偶然にしちゃできすぎている。

 ただ、逆に言えばこれは、犯行声明と捉えることもできるわけで――

 

「ま、こんなもの寄越すってことは今夜動くってことだろうね」

 

「それなら、全員でとっちめてやらなきゃ!」

 

 どうやら二人ともやる気のようだ。日も少し傾いてきた。早く準備をしなくては自分から餌を用意してきた獲物を食らうことも難しくなってしまう。

 

「じゃあ、さっさと計画練ろうぜ」

 

 磯貝たちに連絡を入れつつ、律の表示した施設の全景を眺めて再び話し合いの態勢に入った。

 

 

     ***

 

 

「よっ、と……!」

 

 レンガ塀で囲われた芸能施設。正面は防犯カメラの警備があったので、手ごろな木の幹に足をかけて敷地内に侵入する。まさかフリーランニングの技術がこんなに早く、かつどうでもいいところで役に立つとは思わなかった。ちょっと悲しい。

 

「ふふふ、身体も頭脳もそこそこ大人の名探偵参上!」

 

「やってることはフリーランニングを使った住居侵入だけどね……」

 

 全くである。後、漫画ネタを使ってるところでどちらかというと子供。

 磯貝たちが用意していた全身真っ黒の服に身を包んだ俺たちは、六つの小隊に別れて行動を開始した。俺、渚、茅野、赤羽、不破、寺坂の発案組と磯貝たちの一班をベースにした組の二組が潜入担当。周囲の状況確認のために後方支援組を中心とした二組が少し離れた位置に待機していて、速水、千葉、杉野あたりの戦闘メンバーが一組で臨戦態勢。犯人が撤退したときの追跡のために木村、岡野を中心とした高機動部隊が構えている。茅野が前線にいるんだが、やっぱり“0”って言われたのおこなの?

 茂みから隠れて確認すると、まだ干されている下着が盗まれた様子はない。とりあえずはここで様子を見ることになりそうだ。

 

「ぁ……。殺せんせーも同じこと考えてたみたい」

 

 小声で渚が指さした茂みの陰には……現在絶賛冤罪をかけられている我らが担任教師が隠れていた。いや、本当に冤罪なのかな? 頭に被った手ぬぐいを鼻の位置で結んでサングラスをつけているその恰好は、どう見ても盗む側のいでたちなのだが……。というか、あの先生の鼻って目と同じところにあるから、正確には鼻の位置じゃねえな。表現のしようがないから鼻の位置のままでいいか。表現って言っちゃった。

 

「見て! 真犯人への怒りのあまり、下着を見ながら興奮してる!」

 

「あいつが犯人にしか見えねえぞ!」

 

 なんだろ……たぶん殺せんせーが犯人ではないと思っているんだが、現在進行形であの先生の株がガックンガックン下がっている気がする。むしろすでにストップ安まである。

 そもそもなんで洗濯物の下着で興奮するんだろうな。洗ったあとなんだし、店で売ってるやつとさして変わらないのではないかと思うんだが。……変態の考えることはよくわからん。

 

「皆さん、索敵班から連絡です。東の方角からバイクが向かってきている模様」

 

 スマホから幾分音量を落とした律の報告が聞こえてきて、自然と全員が同じ方向を向く。耳を澄ませると殺せんせーの荒い息遣い――うるさい――に紛れて低い駆動音が聞こえてくる。

 規則正しい機械的な音は段々と近づいてきて――塀のすぐ近くで止まった。それぞれが示し合わせたように息を殺して、気配を絶とうとしている。

 口の中に溜まった唾液を飲み込むことすら抑えた静寂の中、何かが塀を登ってきた。慣れた身のこなしで塀から飛び降りた人影は一度木の陰に身を隠して周囲を一瞥。そのまま一直線に少ない音で目標であろう洗濯物のところまで駆けだした。

 明らかに素人のものではない身のこなし。そしてその頭には――黄色のヘルメットが被さっていた。

 やはり犯人は別にいた。

 しかし……。

 

「おかしい……」

 

「おかしいってどういうこと、カルマ君?」

 

 ぼそっと呟いた赤羽に渚が首を傾げた。茅野や寺坂も疑問を抱く中、不破と、そして俺も決定的な違和感を覚えていた。

 

「……調書の中に犯人の似顔絵もあった」

 

「うん、三件あって、多少の違いはあったけどだいたい殺せんせーの見た目そのままだったよ」

 

 たかが下着泥棒と言っても、さすがにこれだけ連続して続けば警察だって情報をより多く集める。被害者から犯人の特徴を聞き、似顔絵にもするだろう。たぶん公表しないのは、それが明らかに人間の見た目ではないからだ。

 

「ヘルメットと見間違えるような似顔絵じゃなかったよ」

 

「じゃあ、あれは……」

 

「気を付けろ。たぶん、まだ何かいる」

 

 そうこうしている間にヘルメットの男は最短距離で下着に接近。素早く手を伸ばして獲物を確保しようとして――

 

「捕まえたー!」

 

 それまで潜んでいた超生物に触手でグルグルと拘束された。

 

「よくも舐めたマネをしてくれましたね! 押し倒して隅から隅まで手入れしてやりますよ。ヌルフフフフフ」

 

 …………。

 ………………。

 ……なんだろ。文字だけ見ると完全にやばいことしてる人にしか見えないんだが。大丈夫? このSSR-18指定とかされない? 運営に怒られない? あ、そういうメタ発言は不破以外厳禁ですか、そうですか。不破ずるい。

 

「顔を見せなさい、偽物め! ……え?」

 

 犯人とくんずほぐれつ絡み合っていた殺せんせー――やっぱやばくない? 大丈夫?――は犯人のヘルメットをずぼっと引き抜いて、動きが止まった。

 ヘルメットの下にあったのは吊り気味のへの字眉に眼鏡をつけた丸刈り頭。その顔には見覚えがある。

 

「あれって烏間先生の部下の……確か鶴田さん!?」

 

 なぜ烏間さん直属の部下がこんなことを、と二人の方へ視線を戻したとき、物干し竿が不自然に動いたのが目に入った。

 

「危ない!!」

 

「にゅやっ!?」

 

 声を上げたが時すでに遅し。下着と一緒に干されていたシーツがバッと広がってターゲットの四方を取り囲んだ。俺たちからは殺せんせーの姿が完全に見えなくなってしまう。

 

「国に掛け合って烏間先生の部下をお借りしてね。この対先生シーツの檻の中まで誘ってもらった」

 

 そして、奥の茂みから聞こえてきた聞き覚えのある声。

 

「君の生徒が南の島でやった方法だ。当てるよりまずは囲むべし」

 

「シロ! テメー!」

 

 突撃しそうになる寺坂を赤羽と二人で抑えて全身白ずくめの男、シロを見据える。奴におかしな動きがないことを確認して、次はシーツの檻の上空に目を向けた。こいつがいるということは……。

 

「さあ殺せんせー。最後のデスマッチを始めようか」

 

「イトナ!!」

 

 上空に空いた唯一の逃げ道から飛び込む小さな影はやはり前回会った時のまま触手を携えていて……いや、正確にはその触手に何か装備を付けていた。シーツの切れ目からわずかに堀部の頭が見える状態で、激しい激突音が何度も響く。触手同士がぶつかって弾き飛ばされているのか檻になっているシーツにぶつかるが、即席のバトルフィールドは崩れる気配がない。

 

「戦車の突進でも破けない対先生繊維の強化布でフィールドを劇的に変化させてから襲う。君たちの戦法を使わせてもらったよ」

 

「チッ。全部テメーの計画かよ!」

 

 再び暴れそうになる寺坂を制して俺と赤羽は前に出た。正直、寺坂とシロを向かい合わせたところでどうにもならない。それに……。

 

「まあ、お前らが犯人の可能性は十分あった」

 

「っていうか、一番これやらかしそうなのがあんたらだよねぇ」

 

 この施設への侵入計画を練っているときにふと思いついて三人で話していたことだった。そもそも作戦が大掛かりすぎる。下着泥棒を毎晩行い、周辺住民の情報を得てそれを出席簿に挟んでおくなんて、椚ヶ丘の地理に疎い普通の暗殺者がやったにしては回りくどい方法だ。

 それに加えて、学校中に下着などの証拠を残したということは学校に侵入したということに他ならない。異常に鼻の利く殺せんせーがそれを探知できないはずがないのだ。

 探知できないとしたら――探知されにくい、殺せんせーについて詳しい人間が消臭した可能性がある。そうなれば第一候補はおのずとシロの名前が挙がった。

 

「……赤羽業、比企谷八幡。やはり君たちは頭が切れる。私の部下にぜひ欲しいくらいだね」

 

 頭巾の奥でにやりとどこか無機質な目が細められる。誰がなるかよ、と目で訴えると、首をすくめて檻に近づき、へたり込んでいる鶴田さんの肩に手を乗せた。

 

「彼を責めてはいけない。仕上げとなる今回だけは、下着泥棒に代役が必要だったんでね」

 

「……すまない。烏間さんのさらに上司からの指示だったんだ……」

 

 きっと、やりたくなくても断れなかったのだろう。地球を守るためと言われればいくら低俗な犯罪でも加担せざるを得なかったのだ。

 

「生徒の信頼を失いかけたところで巨乳アイドルの合宿という嘘情報。多少不自然でも飛び込んでしまうあたりが間抜けだね」

 

 クククッと喉を震わせながらシロは続ける。正面から突っ込むなんて子供でもできることだ、大人っていうのはもっと頭を使うものなのだ、と。

 それを聞いて俺と赤羽と不破は――

 

「「「プッ……」」」

 

 思わず吹き出してしまった。

 

「なにかな? 私の意見に文句があるかい?」

 

 怪訝に眉をひそめるのが見えたが、どうしてこれを笑わないでいられようか。赤羽はケタケタ笑いながらまさに触手同士が戦っているフィールドを指さした。

 

「だってあんたの作戦ってさ、結局過去の作戦の使いまわしじゃん」

 

 シロと堀部は今回も合わせて三回、勝負を挑んでいる。最初は机で囲ったリングで触手による奇襲、二回目は突然の事態に動揺させて性能差を広げさせての奇襲、そして今回は囲っての奇襲。作戦と言いつつ、簡略化すれば状況を変化させてから触手で殴っているだけなのだ。

 

「使いまわし? 同じ作戦? ……馬鹿を言っちゃいけない。私だから使える作戦をいつも採用しているんだよ。例えば最初はダイラタンシー現象を起こさせる光線。次は触手の性能を落とすスプレーと薬剤。……そして今回は、イトナの触手に取り付けたグローブだ」

 

 ああ、あれはまた形状変化させたわけではないのか。刃先が対先生物質でできているおかげで、一方的に攻撃できるものらしい。

 

「高速戦闘に耐えられるように混ぜ物をしているから、君たちの扱うナイフに比べると威力は落ちるが、触手同士がぶつかるたびにじわじわと一方的にダメージが与えられるのさ」

 

「まあ、細かいところを見れば確かに同じではないけどさ……」

 

 大きくため息を吐く。どうやらこいつ、本当に何も気づいていないらしい。何も言えない俺に変わって、不破がビシッと人差し指を立ててシロに向き直った。

 

「そのグローブ、めちゃくちゃ悪手なんだけど、大丈夫?」

 

「なに……っ!?」

 

 首をひねろうとしたシロが、イトナの引きつるギリギリの声に振り返った。相変わらず中は見えないが、どうやら俺たちのアドバイスは間に合わなかったようだ。

 

「ええお見事です、イトナ君。一学期の先生ならばやられていたかもしれません」

 

「けど、同じような作戦で、しかもせっかくの触手の攻撃力を落としてたら意味がないよね」

 

 不破の問いかけに布の中の先生はヌルフフフと余裕たっぷりに答える。なんか今顔の色縞々にしてそう。さすがに触手相手に最後まで油断はしないか。

 

「いかにテンパりやすい先生でも、三回目ともなればすぐに順応できます。今回は“不自然な”場所に飛び込んできたので、気構えも十分でしたしねぇ」

 

「なっ……!?」

 

 露骨な餌で釣れば、当然相手は警戒する。警戒すれば不測の事態への順応も早くなるのに、特殊グローブでじわじわ削ってたら対応してねと言ってるようなもんだ。

 

「先生だって学習するんです。先生が日々成長しなくて、どうして生徒を教えることができるでしょうか」

 

 シロの最大の敗因は、標的のスペック向上を念頭に入れていなかった点だ。序盤ならともかく、数ヶ月経って大筋が同じ作戦では対策されて当たり前。結局のところ、触手の性能に頼りすぎて単調な攻撃しかしていない上に、一撃の威力を落としてしまっているのだから世話ない。これだけ状況を揃えたのなら、暗殺者らしく“必殺”にすればよかったものを。

 

「さて、まずはこの厄介な檻を始末しますか。夏休みの完全防御形態の経験を通して、先生も一つ技を学習しました」

 

 ――全身ではなく、触手の一部を圧縮して、エネルギーを取り出す方法を……!

 

「な、なんだこのパワーは!?」

 

 光すらほとんど漏らさない強化布の隙間や上空から、目が眩むほどの光が溢れ出てくる。収まらなくなったエネルギーが伝ってくるのか、露出した肌の産毛がチリチリと痺れるようにに震えた。

 

「覚えておきなさい、イトナ君。先生にとって暗殺は教育。暗殺教室の先生は――教えるたびに強くなる!」

 

 超音波のようなキイィィンという音に一瞬顔をしかめた瞬間。どれだけ触手が高速でぶつかってもほつれ一つ見せなかった布の檻が、跡形もなく消し飛んだ。

 

 

 

「い、痛い……頭が……」

 

「どうやら触手が精神を蝕み始めたようだ。ここらがこの子の限界かな?」

 

 急に頭を押さえて苦しみだした堀部に、シロは至極冷徹な声で分析する。

 いや、正確には処理通告だろうか。

 

「君に情がないわけじゃないが、次の素体のためにもどこかで見切りをつけないとね」

 

 さよならだと背を向ける。まさか、こんだけ苦しんでいるこいつを放って帰るっていうのか? まだ十五のこいつを、そんなあっけなく……。

 

「待ちなさい! あなたそれでも保護者ですか!!」

 

「教育者ごっこしてんじゃねえよモンスター。なんでもかんでも壊すことしかできないくせに」

 

 当然引き止めに入った殺せんせーに発したシロの声色は、いつもの淡々とした理知的なものではなく……毒々しいほどの黒さを感じさせた。

 

「私は許さない」

 

「お前の存在そのものを」

 

「どんな犠牲を払ってもいい」

 

「……お前が死ぬ結果だけが私の望みだ」

 

 この一瞬足がすくみそうになる感情は……憎悪、だろうか。一体、こいつと超生物の間に何があったら、こんな煮えたぎるような負の感情を……いや、今はそれよりも、こいつを逃がさないことが重要だ。

 

「私のことなんて気にする余裕があるのかい?」

 

 反対側に隠れていた磯貝たちも合流してシロを取り囲もうとしたが、その言葉の意味が分からず一瞬動きが止まってしまった。その間に奴はタンッと塀を飛び越えて行き――

 

「危ない!!」

 

 視界の端で殺せんせーが寺坂を守ったのが目に入った。振り返ると殺せんせーの視界の先、血管のように幾重もの筋を浮き上がらせた触手をだらりと垂らした堀部が肩で不規則な呼吸を繰り返している。口の端からは許容量を超えた唾液があふれ落ち、目の焦点はその一切が合っていない。

 誰がどう見ても危ない状態だった。

 

「イトナく……!」

 

 慌てて伸ばした殺せんせーの触手はあいつの肩には届かず、獣の咆哮のような叫びをあげながら、堀部も施設の外へ飛び出して行ってしまった。

 

「……っ! 鶴田さん、すぐに烏間さんに連絡を! イトナ君を捜索してください!」

 

「わ、分かった!」

 

「俺たちもイトナを探そう。まだ遠くには行っていないはずだ」

 

 その後、防衛省の人間も加勢して夜中近くまで捜索が行われたが、闇に紛れた堀部の姿を捉えることはできなかった。夜遅いということで学生組が帰宅した後も殺せんせーや烏間さんたちが捜索を続けたようだが……。

 結局、あいつの足取りは掴めていない。




もうちょっと先まで書こうかなと思っていたんですが、そこそこな長さになりましたし、切りもいいので今回はこの辺で。

シロの作戦って、触手や自身の開発した道具に頼ってばっかりで、特にこの三戦目のvsイトナの作戦はおざなりだったなとちょっと思っていました。まあ、そもそも戦闘指揮官としての脳みその作りしてないんだと思いますが。
ということで、赤羽とか不破みたいな頭回る人間と話したら中学生にもいろいろ察されるんじゃないかなと。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。