「力は失った。でも弱くなった気はしない。最後は殺すぞ……殺せんせー」
そう言って改めて堀部が学校に来るようになった次の日、登校したら堀部の目が血走っていた。なに? まだ触手の影響残ってんの?
「どうしたんだ、イトナ? どこか悪いのか?」
そのあまりの様子に我らが委員長が声をかける。さりげない気遣い、これがイケメンか。
磯貝に呼び止められた堀部は、じっと床を見下ろしたまま、何かを耐えるようにフルフルと肩を震わせている。抑えないと今にも意思に反して暴れ出してしまいそうだと言わんばかりだ。
これは危ないのではないかと俺も含めた男子陣が警戒状態に入った時――
「……小テスト」
「「「「へ?」」」」
堀部の口から絞り出された言葉に、皆して間の抜けた声を漏らしてしまった。
「昨日……放課後あのタコに延々と小テストをやらされた。一晩経ってもストレスが解消されない」
……あー。そういえば昨日は俺が放課後の訓練から上がるまで殺せんせーと堀部は教室に残っていたっけ。まあ、なんで小テストをやらせていたのかは明白なわけで。
「あの教育馬鹿は少しでもお前に合った学習をさせたいんだよ。そのためにはお前の今の学力を知る必要があるだろ?」
とりあえずフォローをしてみると、堀部は苦虫を噛み潰したような表情でわかってる、とそっぽを向いた。
「デモ、オレ……ベンキョウ、キライ」
「なんで片言?」
まあ、シロが勉強嫌いとは前に言っていたし、自分だけ放課後勉強とか嫌だよな。仕方ないとは言え、割り切れないことってあるよな、うん。
「とりあえずムカついた。ムカついたから、憂さ晴らしにダメモトでこいつを作って殺しに行く」
自分の席、赤羽と寺坂の間に腰を下ろした堀部は昨日持ってきていた鞄とは別の大きめの物の中をゴソゴソと漁りだした。出てきたのは、結構大きめの厚紙製の箱。
「んー、なにそれ? 戦車?」
「そう、戦闘車のラジコンだ」
横から覗き込んだ赤羽に堀部は頷く。よく見てみると、プラモデルなんかを出している有名なホビー会社の物だ。ここの会社のラジコンは精巧だと聞いたことがあるが……。
「これで暗殺はさすがに難しいんじゃないかな?」
渚の言う通りだ。おそらくモーターの駆動音で気付かれるし、そもそもこれに殺せんせーを攻撃する機能がない。陽動役として使うのか?
そう思っていると――
「もちろん、このままは使わない」
鞄の中をさらに漁って、中に入っていたものを次々と机に広げていった。
カメラ、BB弾の射出機構、電子基板、はんだ、はんだごて、エトセトラエトセトラ……。
え、君は一体何をするつもりなのかな?
唖然とする俺たちをよそに、堀部は慣れた手つきでラジコンの電子基板を差し替えて配線をはんだ付けしていく。新しく伸ばした配線を射出機構に繋いで、どうやらラジコン操作でBB弾も撃てるようにするようだ。
「すごいなイトナ。自分で考えて改造してるのか」
磯貝の驚きは皆の総意であろう。実際、見ていてもなんとなくしか何をやっているのか分からない。おそらくなかなか高度な技術をさらっとやってのけているに違いない。
「親父の工場で基本的な電子工作は覚えた。この程度、少し勉強すれば寺坂以外誰でもできる」
なぜ寺坂が唐突にDisられたのかは分からんが。なるほど、父親の工場で得た技術か。
それにしても……。
「なんか意外っすね。一昨日までは猪突猛進って感じだったのに……」
「そうだな……」
菅谷が言うように、今の堀部の様子は一昨日までと同一人物とは思えなかった。正直そこまで頭のいいやつだとは思っていなかったのだが、テキパキとラジコンの改造を進める姿は普通に理知的な印象を受けた。
「たぶん、触手の影響だ」
俺たちの会話が聞こえていたようで、作業を続けながら堀部が口を開く。
「触手を植え付けられた時、触手が『どうなりたいか』聞いてきた。『強くなりたい』と答えたら、それ以外何も考えられなくなった」
触手による侵食。殺せんせーと趣味が酷似していたところから考えて、暴走する前でも堀部の精神は半分以上触手に乗っ取られていたのかもしれない。それがこの違いの原因なのだろう。
結局ホームルームまでに作業は終わらなかったが、その後も休み時間のたびに堀部は工作を進めていって、昼休みには改造戦車は完成していた。二十センチ程度の高さのそれを床に置くと、ラジコンのコントローラをクンッと倒した。
「「「「おおっ!」」」」
全身を始めたミニ戦車はスムーズに加速し、人と机や椅子がある障害物だらけの教室を縦横無尽に駆け回った。試しに置いた空き缶に射撃を試すと、俺たちの使っているエアガンとさして変わらない速度でBB弾が飛び出す。何よりも特筆すべきは音だろう。あれだけ動いているのに、移動の時も射撃の時も、ラジコン特有のモーター音やギアの軋む音がほとんど聞こえない。
「電子制御を多用することでギアの駆動音を抑えている」
さらにスマホのカメラを流用したガン・カメラは砲の照準と連動しつつコントローラに映像を送るらしい。
市販のラジコンが、暗殺兵器にクラスアップしてしまった。それに、目の前のハイテク技術に男子たちの目も変わってきている。どんどん堀部の魅力に引き込まれていっていた。
この分なら、何も心配する必要はなさそうだな。
「だが、多分これだとまだまだ不十分だ。今回は失敗覚悟で突っ込んでみることにする」
そう言って堀部は廊下へとラジコンを進ませる。向かう先は職員室だろう。コントローラのカメラ越しに、戦車の様子を皆も固唾を飲んで見守る。
「……あれ? 殺せんせーいないな。出かけちまったのか?」
どうやらターゲットが留守だったらしい。昼休みだし、また中国あたりにでも行っているのだろう。
仕方がないので試運転も兼ねて周囲を偵察してみることにする。しかし、本当に静かだな。低速運転中は本当に無音だ。
「校庭まで競争ね、よーいどん!」
「あ、ずるい!」
「ん? 何か聞こえ――」
岡島の言葉が途中で止まる。言葉どころか、皆の動きも止まっていた。今、教室は全てを電子制御にしてしまったのかと錯覚するほど静かだった。いや、電子制御よく知らんけど。
バタバタと走りながらラジコンのすぐ前を通り過ぎた女子たちは、外で烏間さんが考案した暗殺バレーに興じるようだ。というか、なんでこいつらこんな静かなのん? 女子が通り過ぎただけやん?
「……見えたか?」
なにやら岡島が真に迫った声で問いかけてくる。何が見えたら肯定すればいいの? 正面を横切った中村たちなら見えたぞ?
「いや、カメラが追いつかなかった。視野が狭すぎるんだ!」
なぜか脂汗を流す前原は理解しているようで、カメラの欠点を指摘している。千葉と渚、磯貝もよく分かっていないようで、くてっと首をひねっていた。赤羽は理解しているようだが、自分の席でケタケタと笑いながら人垣を眺めている。
「渚、あいつらなんの話してるんだ?」
「さあ?」
「女子と関係があることだと思うぞ」
「なんだろう。女子の動きを追えなかったってことか?」
仕方がないので話についていけない組で集まって考えてみる。女子たちの動きが追えなかったということは、高速移動する殺せんせーには余計に対応できないということだ。確かにそれならば改良の必要性がある。
しかし、それにしては集団の空気がゲスいような……。
「「「「あっ、まさか……!」」」」
四人ともが同時に気づいた。そして四人揃って二歩ほど集団から遠のいた。
こいつら……ラジコンを使って盗撮しようとしてやがる……!
「もっとデカくて高性能のカメラをつけたらどうよ」
「それだと重量がかさんで機動力が落ちる。目標の捕捉が難しくなる」
ドン引きしている俺らをよそに、ゲス集団たちはラジコンの改良に着手していく。
「それならば魚眼レンズはどうだろう。歪み補正を行えば、小さいカメラで広い視野を確保できる」
参謀、竹林が小型カメラでの広視野化を提案し。
「分かった。視野角の広い小型魚眼レンズは俺が調達しよう」
カメラ整備士、岡島が魚眼カメラの調達を検討し。
「律、歪み補正プログラムを組めるか?」
「はい。なんの用途に用いるのかはあえて聞かないでおきますが、用意しましょう」
律がその映像の歪みを補正するプログラムを構築。
「録画機能も必要だな」
「ああ、効率的な改良の分析には必要不可欠だ」
なんかもっともらしい理由で録画機能もつくらしい。
「「「「…………」」」」
なんだろ……、下着ドロの時はあんだけドン引きしていたのにこのやる気……。
「これも全て暗殺のため! ターゲットを追え!」
おい、その“ターゲット”って“女の子”にルビ振ってんだろ。青春の名の下に盗撮を正当化してるぞこいつら……。
ただまあ……、ラジコンとエロス、そのおかげで自然に堀部がクラスに溶け込めているようで。一概に引いているだけではない自分がいることも事実だった。
しかし君達、歪み補正担当の律が物凄い白い目を向けていることに気がついてるかな? いや、実際歪み補正は“本来の目的”のためにも必要だから是非お願いしたいから、ちょっと我慢してね。
「復帰させてくる」
車体が走行不能になれば高機動復元士として木村が名乗りを上げ。
「段差に強い足回りも必要じゃないか?」
「俺が開発するわ。駆動系や金属加工には覚えがある」
走行不能リスクを抑えるために駆動系設計補助として吉田が参入する。
「車体の色が薄いカーキなのも目立ちすぎるな」
「これは戦場に紛れる色だからな。俺たちの場合は学校の景色に紛れないと標的に気付かれる」
この場合の標的は殺せんせーだよな? そうだよな?
「引き受けた。学校迷彩、俺が塗ろう」
迷彩と言われれば、と偽装効果担当として菅谷が準備に取り掛かる。お前は単に迷彩塗りたいだけじゃね? と思っているのは俺だけではないと信じたい。
「ラジコンと人間じゃサイズが違う。快適に走れるように、俺が歩いてマップを作ろう」
元サッカー部の前原は足を活かしてロードマップ製作を。
「腹が減っちゃ戦はできねえ。校庭のゴーヤでチャンプルーでも作ってやらァ」
E組の中でも抜群の料理スキルを持つ村松が糧食補給班の座についた。
あっという間に堀部を中心としたグループが出来上がっていた。まあ、間違いなく男子の心を掴む内容だもんな。ゲスすぎるけど。
その後、千葉が搭載砲手として召集されていった。千葉が助けを求めるような目を――見えないけど――向けてきたが、俺たち三人にはどうすることもできなかった。ごめんな千葉。俺たちそのプロジェクトには関わりたくないんだ。
最もそんなゲスな目的に使われようとしている堀部のラジコン一台目はあっけなく破壊されてしまった。突然現れたイタチに、搭載していた砲は弱すぎたのだ。
「開発に失敗はつきものだ」
しかし堀部はさして凹んだ様子もなく、大破してしまった車体にマジックで『糸成Ⅰ』と書き込んだ。
「糸成一号は失敗作だ。だが、ここから紡いで強くする」
最初は細い糸でいい。徐々に紡いで強く成る。それが自分の名前のルーツだから、と。
「よろしくな、お前ら」
「「「「……おう」」」」
殺意が絆を結ぶ……か。
「これからまた楽しくなりそうですね」
「そうだな」
楽しそうに笑う渚の頭に手を乗せて、やはり楽しそうにするあいつらの姿に視線を移す。
きっと今の俺が感じている感情を言葉で表すのは難しい。簡単だけど、難しい。
だからとりあえず、今言いたいことを一つ。
「……お前ら、今後俺んちに来るの禁止な」
「「「「なんで!?」」」」
なんでってお前ら……。
「今の見てたら小町の情操教育上よろしくないだろ。禁止禁止」
千葉や菅谷はまあいいとしよう。千葉はプロジェクト参加を阻めなかった俺にも非はある気がするし、菅谷は本当に迷彩塗ることしか考えてなかったし。
「……小町ってのはなんだ? 米か?」
堀部はなんで秋田的話になってんの? ここは千葉だぞ?
「比企谷の妹だよ」
「……巨乳か?」
「いや、俺らの下だし……」
なにやら岡島と話していた堀部は得心がいったようで、一つ頷くと俺の方に近づいてきた。
「比企谷」
「なんだ?」
「安心しろ、巨乳じゃないなら俺の中で価値はない」
……ほーん?
価値がない? うちの世界一可愛い妹のことを価値がないと申しましたねこいつ。これあれですよ。プッツン来ましたよ。
俺は堀部の肩を両手で掴むと、にっこりと、八幡歴の中でもほとんど見ることのできない満面の笑みを見せた。
「イ・ト・ナ・くん。ちょっとこっち来て話をしようか?」
「ん? おう……おう?」
よくわからんがオットセイみたいな返事をする堀部の身体を反転させて、二人揃って廊下を出た。なにやら皆が心配そうな顔をしていた気がするが、ちょっとお話するだけだよ? ほんの五分ほどね。
…………。
………………。
「コマチカワイイコマチカワイイ、カワイイ……カワイイ……」
「比企谷君……これ、どうしたの?」
教室に堀部と二人で戻ったら、赤羽の第一声がそれだった。珍しく目には動揺が映っている。どうしたって、端的に説明するなら――
「小町の可愛さを懇切丁寧分かりやすく説明した」
「「「「どうしたらそうなるの!?」」」」
なにを皆驚いているんだ。小町の可愛さを知ったら全人類こうなるまである。もう小町を概念にすれば世界から戦争は無くなるんじゃないかと俺は確信しているのだが、どうだろうか。
「コマチカワイイコマチカワ……ハッ、そう言えば」
洗脳が解けたらしい――洗脳って言っちゃった――堀部が頭を振って周りを見渡した。男子の視線の七割が心配の色を孕んでいるのは……俺のせいですね、はい。
「お前らに殺せんせーの弱点を教えておく。狙うべき一点、シロから聞いた殺せんせーの急所だ。
奴には心臓がある。場所はネクタイの下」
――そこを破壊すれば一発で絶命させられるらしい。そう続ける堀部に――
「「「「…………」」」」
たぶん全員が無言で思っていた。
ゲスプロジェクトと洗脳の後にそんな重要な情報言われても締まらない、と。
ようやくイトナメイン回終了です。ゲス回はギャグテイストで行きたいなと思っていたのでこんな感じになりました。
あ、当たり前の話ですが、八幡は実際には小町が関わってるとは言っても洗脳なんてできませんからね? ギャグだから多少は許して!
そうそう、感想などで、地の文が足りないのでは? といただきました。特に原作に沿っているシーンは原作と見比べながら文字にしているので、どうしても地の文に起こし忘れるということが起こってしまうようです。精進が足りない……。
なので、地の文が足りないなと思ったら気軽に教えてください。その時に、具体的にどこがと教えてもらえると対応しやすいです。ただ、意図的に省いてたりする部分もあるので、すべてに対応するわけではありません。対応自体も週末とかになるかと思いますので、その点はご了承ください。
それでは今日はこの辺で。
ではでは。