二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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今のお兄ちゃんは、硬くて大きい

 マガジンを取り出して、中に残っていたBB弾を全て取り出す。押し出し用のバネを圧縮させたまま放置するとバネが弱くなったり、マガジンの出口部分のパーツが傷んでしまうためだ。ついでに弾丸装填部分の細かな埃なんかをハケで払いのけていく。

 

「比企谷、そこのエアダスター取ってくれ」

 

「おう」

 

 足元に立ててあったエアダスターを千葉に放る。受け取った千葉が缶の上部を押すと、高圧の空気が千葉所有のスナイパーライフル型のエアガンに吹き当たる。これでエアガン表面についた細かいゴミも取り除くことができるのだ。

 さて、俺もエアダスターを使う前に表面を軽く拭いておこうかと視線を泳がせると、視界に探していたペーパータオルの箱が差し出された。

 

「ん……」

 

「……サンキュ」

 

 顔を上げると、差出人は速水のようだ。自分のエアガンを注視したまま差し出してきていて、たぶん初対面だったら嫌われてんのかな、と思うことだろう。こいつ普段の口数が極端に少ないんだよな。話すときは話すけど、話さないときはほんと話さない。

 今俺と千葉、速水がいるのはE組校舎の裏の林だ。いい具合に木陰になっていて涼しい風が吹いてくるそこにシートを敷いて、やっているのは自分たちのエアガンのメンテナンス。エアガンと言えばどうしても消耗品のイメージがある。しかし、サバゲなどの遊びで使うエアガンはともかく、俺たちのそれは三月の暗殺までの相棒だ。できることなら長期的に“慣れた”武器を扱えた方がいい。同じ規格でもどうしても一つ一つに個性が出てきて、新しいものは感覚補正など慣れるまでに時間がかかってしまうのだ。

 そういうわけで、最近だと各自メンテナンスを行うようになってきた。当然俺もその一人だが、メンテナンスのときは速水と千葉と一緒にやることが多い。

 

「「「…………」」」

 

 黙々と作業をする俺たちの間に、会話はほとんどない。時々メンテナンスグッズを渡し合う会話以外は風が木の葉を震わせる音や、小鳥のチチチという小合唱が空間を支配する。

 そもそも俺は、どちらかというと静かな方を好むタイプだ。倉橋や矢田を始めとしたE組の活発なメンツとの交流で多少は慣れたといっても、やはりその本質は変わらない。だから俺は、この会話のない、まるでそれぞれが独立して存在するような空間が、思いのほか居心地がよかったりする。

 本物の銃のメンテナンスなら細かく部品をばらすのだろうが、正直俺達にはそこまでして元に戻すというのは難しい。なのでメンテナンスはあくまで分解が必要ないものを重点的に行うようにしていた。

 ペーパータオルでざっくりと外装の汚れを拭き取ったら、千葉から戻ってきたエアダスターでさらに細かい汚れを吹き飛ばす。それが終わったら今度は砲身の中、インナーバレルの掃除だ。なんだかんだ外で扱ったりすると汚れがたまるし、インナーバレルの汚れはそのまま弾速に影響する。最も重点的にきれいにするべき部分だった。

 エアガン用のクリーニングロッドで丹念に中を掃除していく。モデルガンなどのメンテナンスでは金属製のロッドを使うらしいが、それを使うと内部がズタズタになってしまって、メンテナンスのつもりが破壊行為になってしまうらしい。

 ……まあ、こんなところだろうか。メンテナンスを終えた愛銃を一度構えてみる。これで何か明確に分かるわけではないが、なんとなくうまくメンテナンスが完了したかが分かる気がするのだ。気がするだけね。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

 構えを解いて銃をケースの中にしまおうとしていると聞こえてきた速水の声に再び顔を上げる。見ると、速水はじっと俺の手元にある銃に視線を落としていた。

 

「それ……大きくない?」

 

 首をかしげる速水に俺も手元にあるエアガン、ワルサーWA2000モデルに目を落とす。千葉たちが使っているのはM4カービンモデル。アメリカ製アサルトカービンが元となっていて、WA2000に比べると銃全長は半分くらいだ。このサイズになると取り回しは効かない。そもそも狙撃銃だからこれで敵陣に突っ込むわけじゃないんだが。

 

「これくらいしっかりした狙撃銃じゃないと俺は狙撃当たんねえんだよ。アサルトライフルで精密射撃できるお前らと一緒にしないで」

 

 いやほんと、俺も最初は二人と同じモデルと使っていたのだが、どうやっても遠距離狙撃の命中率が芳しくない。そういうこともあって、FPSで愛用している銃を烏間さんに頼んだのだ。相変わらず照準を即時合わせるのは下手だが、停止している敵への命中率は格段に上がったと思う。俺、ワルサー好きすぎでしょ。

 

「確かに、比企谷はその武器構成になってからまた強くなったよな。いきなり消えるし、もう反則」

 

 足元に置いていた俺のハンドガン二丁を拾い上げながら千葉が小さく笑う。

 

「状況に合わせて武器変えなきゃいけないから、ステルス使えなかったらくそ弱いまであるぞ……」

 

 スナイパーライフル一丁とハンドガン二丁、後はナイフ。最近訓練で使う武器構成はこんな感じだ。正直E組でも特殊な部類に入る自覚はある。最近だとクラスの半数くらいは取り回しの利きやすいM4カービンやハンドガンをメインウェポンにしている奴らの方が多い。そもそも俺はこの取り回しが効く、というのが苦手なようで、端的に言うと中距離戦闘が苦手なのだ。対面したら、照準を合わせる前に撃たれて死ぬ。

 だから、ハンドガンの方も近接用なんだよね……。なんか割とマジでFPSと同じような戦法になってきている気がする。いや、練習になってるって考えればいいんだけどね。いっそ今使ってるコルトのハンドガンもワルサーP38に変えようかしら。

 

「そういえば、神崎さんも最近銃変えたよね。なんだっけ……」

 

「HK50だな」

 

 正式名称はHK・G36。ドイツのアサルトライフルで、神崎がFPSでも使用している種類だ。正確にはそのコンパクトモデルで、肩当の部分を畳んで使用している。あれ使うときの神崎マジ楽しそうだよな。マジ有鬼子。

 

「ふーん、……私も別の銃使ってみようかな」

 

「正直使い慣れたやつの方が絶対いいぞ。俺とか神崎はゲームで使い慣れてるってだけだし」

 

 たかがゲームで使い慣れるって……と言われるかもしれないが、実際手にしてみると他の銃とは馴染み方が違うように感じるから困る。暗殺終わったらこれ譲ってもらおうかな。エアガンだしいいよね。くらいには愛着がわいてしまうのだ。

 

「そういえば聞いたぞ。ネットじゃ“有鬼子”と“ゴースト”って呼ばれてるんだって?」

 

「……律か」

 

 神崎が自分のあだ名を教えるわけないし、ほぼ百パーセント電脳娘の仕業だろう。あいつなんでクラスの奴らに教えちゃうかな……。リアルでもゴーストなんて呼ばれるようになった日にはショックで不登校になっちまうよ。絶賛実質不登校状態なのにさらに不登校とか、不登校と不登校で不登校が被ってしまう。被る前にゲシュタルト崩壊起こしそう。

 

「この間律が竹林に愚痴ってたらしいぞ。比企谷が全然構ってくれないって」

 

「むしろ割と構ってる方だと思うけどな……」

 

 むしろE組で一番構ってるのは間違いなくあいつだろう。もう単純に交流時間が違う。モバイル律とかいうチートアプリの力のおかげでリアルにおはようからおやすみまで現れるからな。別にいいんだが、着替えるタイミングでスマホやデスクトップに現れるのはやめていただきたい。絶対わざとやってるよあいつ。

 気が付くとこの三人にしては珍しくそこそこ話していた。まあ、静かなのももちろん好きだが、こうして話している時間も……悪くない。

 

 

     ***

 

 

 ジョギングに一番適した時間帯というのは冬を除けば基本的に早朝である。一日動くためのストレッチ代わりにもなるし、日光を浴びることで体内時計を正常にすることもできるからだ。冬? あんな寒い中ジョギングなんてしたら確実に次の日寝込むわ。冬のジョギングは昼間にやるのが安牌。

 

「ただいまー」

 

 そういうわけで、休日なのに早めに起きたこともあり一時間のジョギングを終えた俺は、足首を軽く回したりして足を休ませながら家の中に入った。この後はどうしようか。今日はニチアサもないし、シャワー浴びてからもうひと眠りするかな? それって体内時計正常にした意味なくない?

 脳内一人芝居を楽しみながら――自分で言ってて悲しくなってきた――廊下を抜けて奥の洗面所に向かう。汗を吸ったシャツを脱いで洗濯カゴに入れ、ジャージも下着も脱いで全裸になると風呂場に入った。最初は身体を軽く流すだけにしようかとも思ったが、秋も深まってきたと言っても走ると身体だけでなく顔や頭も割と汗をかいてしまう。いっそのこと、と頭から流水を浴びて、シャンプーを手のひらに二回ほどプッシュする。出てきた粘度のある液体を泡立てて、ガシガシと頭皮ごと髪を洗いだした。そういえば、俺ツイだとめっちゃ丁寧に髪洗ってたよね。あんな丁寧すぎるやり方で綺麗になるもんなの? 女の子ってすごい。

 髪についた泡を少し熱めのお湯で洗い流して、今度はタオルにボディーソープをつけてこれまたガシガシと身体を洗う。使ってるタオル自体が割と柔らかいものだから、これだけ強くしてもそこまで肌に悪くはない……と思う。多分、知らんけど。

 

「……ふう」

 

 全身の泡を洗い流した後、もう一回頭から温水を浴びて頭を大きく振る。ガキの頃からの癖だが、小学校低学年あたりの頃に小町と一緒に入った時に「お兄ちゃん、ワンちゃんみたい」と笑われたことがあった。兄を笑う妹、お兄ちゃん的にポイント低い。

 浴室から出て、まとめておいてあるバスタオルを一枚取って全身の水気を拭い去る。ついでに軽くふくらはぎやふとももを揉み解してから洗濯カゴに投げ入れ、フェイスタオルで頭をガシガシ荒く拭いた。ふむ、さっぱりするし、朝風呂ってやつも悪くないな。早起きとか面倒くさいことこの上ないから毎日はやらんけど。

 フェイスタオルもカゴに投げ込んで……ハタと気づく。

 

「……着替え持ってきてない」

 

 そういえば帰ってきて即効来たから着替えのことをしっかり忘れていた。忘れるならすっかり忘れて。しっかりしてるなら忘れないで!

 仕方がないのでカゴからさっきのバスタオルをもう一度取り出して、腰に巻いて洗面所を出る。さっさと自分の部屋に行って着替えようと階段を上がっていると、二階の方からキィと扉が開く音が聞こえてきた。とてとてと軽い足音を見るに、たぶん小町が起きてきたのだろう。

 

「おう小町、おはよ」

 

 そのまま上っていくと予想通り小町が自分の部屋の前に立っていた。まだ覚醒しきっていないようで目をしぱしぱさせている。俺の声に小町もこっちに気づいて挨拶をしようとして――

 

「あ、お兄ちゃん。おは…………」

 

 止まった。小町が石化してしまった。俺は実はメデューサだった……?

 中途半端な挨拶で止まっていた妹を眺めていると、段々石化に耐性が付いてきたのか唇を戦慄かせ始める。次に首から頭の先までリンゴみたいに真っ赤にしていった。

 

「な、な、な……」

 

「な?」

 

 どうやら小町は「な」しか言えない病にかかってしまったらしい。まあ、「な」だし別にいいか。「ま」とか「ぱ」とかだったら一々発音の度に口を閉じなくてはいけなかったら面倒だっただろうが、その点「な」なら連続で発音も可能だもんな。……自分でも何言ってのかわかんね。

 「な」しか言えない病発症中のマイリトルシスターは背もたれにしていた扉のドアノブを回すと素早く中に滑り込んでいった。

 

「なんでお兄ちゃん裸なの!? 変態!」

 

「……いや、シャワー浴びるときに着替え忘れただけなんだが」

 

 というか、お前だって俺の目を気にせず下着に俺のTシャツとかでパンチラブラチラ連発してるじゃねえか。俺から言わせればお前の方が間違いなく変態である。だって、俺のこれ仕方なくだもん。

 はあ、とため息を吐いていると、小さく扉が開かれ、おびえた表情の小町が顔をのぞかせた。

 

「ほんとに仕方なく? ついに小町を襲う鬼畜シスコンお兄ちゃんにジョブチェンジしたとかじゃない?」

 

 ……お前、もうとっくに順応してきてるだろ。おびえた表情も演技じゃねえか。

 

「お前は俺をどこの鬼のお兄ちゃんにしたいんだよ……」

 

 まだ少し湿っている後頭部をガシガシ掻いてさらにため息を重ねると、簡単に開く天岩戸から太陽神コマテラスが興味深げに出てきた。なんだコマテラスって。

 視線の先は俺の腹部。なんでそんなまじまじと見つめているのん?

 

「……お兄ちゃんって、腹筋割れてたっけ。中学校の時に見たときは太ってはいないけどもっとだらしない感じだった気がするけど」

 

「あー……まあ、最近は筋トレとかもしてるからな」

 

 というか、あれだけの訓練を受けていて筋肉が付かない方が無理である。E組の男子も全体的に細マッチョというか、結構筋肉質になってきてるしな。……渚以外。なんであいつあんなに筋肉つかないの? 一周回って逆に羨ましい。

 

「っていうか、おい。腹筋触んな」

 

 指先でツンツンとプッシュされるとこそばゆい。

 

「おー、硬い。そして大きい」

 

「誤解招くような言い方やめようか、小町ちゃん」

 

 大きいってなんだよ。盛り上がり方がか? ……なんかこの言い方もアウトな気がする。腹筋のね、腹筋の。

 俺の腹筋を興味深げにつついていた小町は、今度は指の腹でクニクニと押し込んでくる。しかし、小町程度の力では俺の腹筋はほとんど沈まず、逆に弾き返そうと硬度を高めるのみだった。なんだろ、別にやましいことなんて何も説明してないのになぜかちょっと申し訳なくなるのは俺の心が汚れてしまっているのかしら?

 

「すごいね、お兄ちゃん。このムキムキボディを見せれば女の子にモテモテだよ」

 

「……身体目当てとか女の子怖い」

 

 筋肉質なだけでモテるんなら、この世の男子皆マッチョマンになってるな。そうしたらマッチョに慣れた女子が今度は痩せ形男子に興味が行ってマッチョが非リアになるのかも知れない。何そのいたちごっこ。マジ女子怖い。

 

「モテモテになれるチャンスを捨てるなんてもったいないなぁ。……じゃあ、この腹筋は小町が独占しちゃおう」

 

「いや、この腹筋俺のだからね? お前には割れてない腹筋があるでしょ?」

 

 結局この後、一日中小町が俺の腹筋を触る中生活することになった。いや、まじでくすぐったいからやめてほしいんだけど。妹に強く言えないなんてお兄ちゃん弱すぎる……。




こう、速水千葉と八幡って性格タイプが近いと思うので、三人でまったりさせたいなーとかずっと思ってました。大きくて硬いのは腹筋ね、腹筋。

ちょっとここでアナウンスを。
明日は泊まりで県外の方へ出かけるので、ひょっとしたら更新できないかもしれません。スマホでポチポチはやるつもりですが、どうしてもスマホで書くの遅いですし。
更新できないのが確定したらTwitterの方で呟くと思います。
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それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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