二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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その力を間違うと、その優しさを間違うと

「さあさあ皆さん、二週間後には二学期の中間ですよ!」

 

 授業が開始すると同時に、クラス全員を取り囲むように無数の殺せんせーの顔が現れる。その額には英単語だったり元素記号だったりが表示されていた。ほんと、教育のためにそのマッハ二十の身体いかんなく利用してますね、先生。

 体育祭が終わったことで、次にE組に迫ってきているのは二学期中間試験だ。今度こそA組を超える気らしい殺せんせーの教育にも熱が入っている。

 

「熱く行きましょう、熱く。熱く!!」

 

 ……というか暑苦しい。全体を殺せんせーが覆っているせいか、物理的に暑いまである。まあ前回はいいところまで行ったからな。殺せんせー自身、次こそはと熱を滾らせていたのだろう。ただまじで暑苦しいから少しペースダウンして。

 

「比企谷君も、次はもっと上を目指してみましょう」

 

「……わかってますよ」

 

 やるからにはちゃんとやる。俺に努力の才能を説いた相手が言うのならなおのことだ。複数の顔で構成された穴抜けの数学問題に挑みながら、思考のギアを一段階引き上げた。

 

 

 

 期末のときもそうだったが、テスト前になると放課後の追加訓練は中止になる。なので基本的に生徒は終わると同時に帰ったり、各々勉強会をして過ごすわけだ。俺も帰宅したらすぐに自主学習に移るつもりなのだが、日課にしているジョギングくらいはしておくことにした。一回やめたらそのままズルズルサボりそうだからね。

 さっとジョギング用のジャージに着替えて走りに行こうかと思ったが、そういえば殺せんせーに質問したいところがあったと思い、ノートを持って職員室に向かうことにした。

 

「殺せんせー……なにやってんすか?」

 

 職員室の扉を開けると、なぜか烏間さんと殺せんせーがじゃれあっていた。防衛省の自衛官と地球破壊兵器の二人だが、なんだかんだ仲良くなってるんだなと思ったり。フリーランニングを使ったケイドロでも息ぴったりだったもんな。

 

「おや比企谷君。烏間先生が皆にプレゼントを考えているようでしてね。センスあふれる先生がアドバイスをしていたところなんですよ」

 

「黙れよ邪魔者め!」

 

 仲……いいよな? いいってことにしておこう、うん。

 それにしても、プレゼント? なぜこの時期にプレゼントという単語とは無縁そうな烏間さんがそんなことを……と思ったが、どうやらテスト後からまた訓練の厳しさが増すため、その報酬代わり、ということらしい。報酬って言うとすっごいしっくりくる。不思議!

 

「報酬ってなにくれるんです? 金?」

 

「あんた……プレゼントに関する考え方かわいげないわね」

 

 もちろん冗談ですよ、イリーナ先生。あ、当然キスがプレゼントとかもノーサンキューなんで。そういうのは烏間さんにでも取っておいてください。

 

「今の君たちの役に絶対立つものだ。期待しておくといい」

 

 自信満々に答えてパソコンを引き寄せた烏間さんの言葉に、いかな俺でも少し期待してしまう。たぶん暗殺に関わるものだろうが、むしろ俺たちとこの人の関係を考えれば、それは十分うれしいものに違いなかった。

 

「あ、そうだ。殺せんせー、ここの問題なんですが」

 

「やっぱりこの問題は聞きに来ましたか。少し捻った問題ですから、最初は難しいでしょう」

 

 引っかかることまで想定済みだった。ほんと生徒のことしっかり見てますね。

 

「今日は君とカルマ君以外、どこか集中力に欠けていましたからねぇ。先生もちょっと二人に注力してしまいました」

 

「……あぁ」

 

 生徒のことしっかり見ていたなら気づくのは当たり前か。

 確かに今日のあいつらはどこか集中しきれていないように見えた。いや、多分正確に言うなら数日前からそんな調子だったのだろう。磯貝のバイトを賭けた体育祭が終わって、その後すぐにテスト勉強。普通の中学生なら比較的普通なスケジュールだが。

 地球が破壊されるまで後五ヶ月。

 それなのに夏休みの暗殺以降、めぼしい結果を出せていない。それでも刻一刻と近づいてくる期限の中でやっているのは学校の勉強。焦りを感じない方が無理というものだろう。

 

「……原因になってるターゲットから言われた日には、あいつらも憤慨必死でしょうね」

 

「そうですねぇ。先生としては、勉強も立派な訓練なんですがね」

 

 練習したことが目的以外で役に立つことはよくある。体育祭で古代の歴史に残る戦術を借りたように、ただ机に座って行う勉強も暗殺の助けになる可能性はあるということか。

 

「しかし、それを先生が言っても納得はできないかもしれませんねぇ。なにせ、殺されるつもりはないんですから」

 

 ヌルフフフと笑う担任教師を見ると、こちらは大きくため息を吐くしかなかった。その態度が余計に焦らせてんだろうな。

 ふと校門が見える方の窓から見えたクラスメイト達の背中。それの向かう方向に思わず出そうになった声を飲み込んだ。

 

「…………ま、うちの担任はこういう時使い物にならないんで」

 

「にゅや!? なんでいきなり先生Disられたんですか!?」

 

「いえ、ムカついたからなんとなく」

 

 これから走るので、質問の解説は明日にしてほしいと伝えて、職員室を後にした。そのまま下駄箱に直行して、ノートも一緒に上履きを放り込むと、ランニングシューズに履き替える。

 普段はするストレッチもせずに追いかけるのは、さっき見かけたクラスメイト達の背中。いつものように最低限の舗装をされた坂道ではなく、脇の林の方に入っていったのを見かけたのだ。

 さっきの集中力を欠いていた理由に、いつもとは違う行動。

 なにか……胸騒ぎがした。

 道なんてない、ただ木々と草花だけが生えている林を抜けていく。この先には特に何もなかったはずなのだが……。

 山の端に近づくにつれて急になる傾斜を駆け抜けると、木々がなくなり視界が開ける。すぐ近くに民家の屋根がある坂の近くには神崎や原たちがいて――

 

「なっ……!」

 

 その先の民家の屋根の上、数軒先を他の奴らが飛び跳ね走っていた。フリーランニングで駅を目指して駅の方角に向かっている。

 

「何やってんだ!」

 

「えっ、はっちゃん!?」

 

 残っていた倉橋に駆けよると、皆勉強に集中してていいのかと焦っていたこと、帰宅と訓練を両立するための帰宅ルートを岡島が開拓したことを教えてくれた。思わず漏れた舌打ちに残っていた奴らの肩が震えるが、気にしてはいられない。

 

「けど、勉強と暗殺、二本の刃を同時に磨けるよ? 殺せんせーだってきっと……」

 

「それ以前にその殺せんせーを殺すために訓練を受けている俺たちのことは国家機密だ!」

 

「「「「っ!」」」」

 

 街中で中学生がフリーランニングなんてしていれば必ず周囲の目につく。今は全員椚ヶ丘の制服に身を包んでいるのだから学校だって特定される。巷で話題になれば……下手すれば超生物の存在を公に晒してしまうことになりかねない。

 

「それに……」

 

「比企谷君!」

 

 言い切る前に坂を下りて一番近い屋根に飛び乗る。道路を無視した最短ルートを進むあいつらに追いつくには、どうしてもこちらもフリーランニングを使うしかない。イヤホンを耳につけて、律にあいつら以上の最短ルートをナビゲートさせる。

 それに……事故が起こってからでは遅い。

 事故なんてものは起こらないときは起こらないし、起こるときはどんなに警戒していても起こる。

 けれど、結局のところ事故というやつは油断しているときには決まって起こるものなのだ。油断していた飼い主の持っていたリードが切れて、最低限の警戒はしていたはずの車の前に犬が飛び出したように。そこに完全に油断も警戒もなく反射的に飛び込んだ俺が結果的に轢かれてしまったように。

 

「律! もっと近いルートはないのか!」

 

「無理ですよ! 岡島さんたちもほぼ最短ルートで進んでいるんですから!」

 

 一緒に烏間さんの訓練を受けてきた奴らだ。こっちも全力で駆けているが、なかなか差は縮まらない。それどころか木村や岡野のような高機動組には離されてしまっている。律を通して全員に止まるように連絡を取ろうかとも思ったが、基本的な動きしかしていないとはいえやっているのは高度な技術だ。下手に止めればそれだけで事故になりかねない。

 最初に比べて倍近い差が開いていた先頭の岡島と木村の影が民家の下に降りるのが見えて――

 ――ガシャァッ!!

 

「っ……!」

 

 聞こえてきた何かが無理に倒れるような音に、思わず足が止まる。それと同時に思考も止まってしまった。頭の中が真っ白になってしまった。

 起こるときは警戒していても事故は起こる。油断していれば決まって事故は起こるもの。自分で言った言葉に、学術的な証明は存在しない。

 けれど……悪い予感は往々にして当たるものだと、俺は経験から知っていた。知っていたのに……。

 

「八幡さん!」

 

「っ……ああ」

 

 誰も見ていないことを確認して道路に降り立ち、さっき音がした地点へと向かう。直線よりもどうしても長くなってしまう移動距離にイラつきながらついた先には――

 

「「「「…………」」」」

 

 呆然と立ち尽くす木村たちと――

 

「う……ぐぅ……っ」

 

 自転車が倒れ、トイレットペーパーや洗剤なんかが散乱した地面に、わかばパークの園長が足を押さえてうずくまってうめいていた。

 

 

     ***

 

 

「右大腿骨の亀裂骨折のようだ。君たちに驚きバランスを崩した拍子にヒビが入ったらしい」

 

 園長が入院した病院の裏口に待機していた俺たちに、中から出てきた烏間さんが説明してくれた。怪我の程度は軽いようで、二週間もすれば歩けるとのことらしい。……それに対して、ホッとするべきなのかは分からないが。

 やはり俺たちの訓練は国家機密だ。ことを表沙汰にしないよう、烏間さんの部下である園川さんが示談と口止めの説得をしてくれているらしい。ただ、状況は芳しくないようだ。

 

「「「「…………」」」」

 

 全員、なにも言葉を発することなく自分の足先をじっと見つめている。俺も、小さく唇を噛んで俯くことしかできなかった。

 そして、その重苦しい空気を一緒くたに飲み込むように――震えるような殺気に周囲が塗りつぶされる。

 

「こ……」

 

「殺せんせー……」

 

 その名前を発したのは誰だったか。目の前の担任教師は額に黄色い筋を立てながら、顔全体を真っ黒に染めていた。一度だけ、初めて堀部の触手を見たときに見たことのあるその顔色で、爆発したような殺気をまとわせた超生物は何も言わずにゆっくりと近づいてくる。

 

「だ、だってまさか、あんな小道に荷物いっぱいのチャリに乗ったじいさんがいるとは思わねえだろ!」

 

 岡島の言い分に俯きながらも何人かが同調する。

 

「確かに、悪いことしちゃったとは思うけど……」

 

「自分の力を磨くためにやってたんだし……」

 

 矢田と中村の言葉に、ぐっと息を飲み込む。こいつらは自分たちで気付いているのだろうか。だってその言い方は……。

 いや、今はそれよりも、担任の怒りを鎮めることが先決だ。

 

「……殺せんせー」

 

「…………なんですか、比企谷君?」

 

 なにか言おうとする寺坂を制して前に出た俺に、殺せんせーは視線を投げてくる。間近で感じる強烈な殺気に、知らず背筋が固まった。

 

「今回の件は……俺の責任です」

 

「比企谷!?」

 

「ほう、それはどういうことでしょうか?」

 

 増したような気がする殺気に口に溜まった唾をぐっと飲み込む。震えそうな膝に力を込めて、無理やり震えを抑え込んだ。

 

「暗殺期限は刻一刻と近づいてきています。その中で、皆が焦っていたのにも気づいていた。それがターゲットである殺せんせーは解消できない焦りだってことにも気づいていた。……俺は、この中で一番年上です。こいつらの“兄”と名乗った以上、俺がもっと早く動いていればこんなことにはならなかったかもしれません」

 

 たとえ、本格的にこいつらが焦りを感じていることに気づいたのが今日だとしても。これは早い遅いの問題ではなかった。お兄ちゃんである以上、一番近い俺がなんとかするべきだった。

 

「だから、今回の全責任は俺が――ッ」

 

 それ以上は、発言を続けることができなかった。ビッと空気を切るような音がすぐ近くで聞こえてきて、音に遅れるように右頬がヒリヒリと痛んだ。それが触手で叩かれた結果だと気づいた時には、殺せんせーは俺の脇を通り過ぎて後ろの皆の頬も同じように叩いた。

 

「……生徒への危害と報告しますか、烏間先生?」

 

 確認を取る殺せんせーに、烏間さんは少し考えて、首を横に振る。今回だけは見なかったことにすると。

 

「……君たちは、強くなりすぎたのかもしれない」

 

 多くの力を身につけ、その力に、その力で他者に対して優位に立つことに酔い、地球のため、それを守る自分のためと弱者の立場に立って考えることを忘れてしまった。さっきの岡島たちの言い訳がいい例だ。

 そんなのでは、E組を不当に蔑む本校舎の生徒たちと何も変わらない。

 そんな力の使い方は間違っている。それが自覚できているからか、誰も反論を口にはしなかった。

 

「そして比企谷君。今回君も間違いを犯しました」

 

 少しずつ顔の色を黒から元の黄色に戻している担任教師は、俺に向き直って、いつもより少し低い声をかけてくる。

 

「君のその、誰にでも優しく、仲間には無償で最大限の保護を与えようとする性格は美徳です。しかし、いくら美徳だからと言って、君が全責任を負う理由にも、まして人が当然負うべき責任を奪い取る理由にもなりません」

 

 中学生なら、もう十分に事の分別をつけることのできる大人だ。自分の責任は自分で負うものなのだ、と。

 

「君のその優しさは、使い方を間違えば反省の場を奪います。成長のタイミングを見失わせてしまうのです。……わかりましたね?」

 

「…………はい」

 

 紛れもない正論だ。俺は、ただ今回の件を収束させようとして、事実を捻じ曲げようとしただけだったのだ。両肩に触手を乗せられて、俺が発することができたのは、その一言だけだった。

 小さく頷いて再び顔を上げた俺に、元の黄色い顔に戻った担任教師も一つ頷くと、「話は変わりますが」と皆の方に向き直った。

 

「今日からテスト当日までの二週間、クラス全員のテスト勉強を禁止します」

 

「「「「!?」」」」

 

 取り出したテキストを破り捨てながらの殺せんせーの発言に、皆口を開けて驚愕する。ちらっと「それが、罰ですか?」と呟いた片岡に、担任教師はゆっくりと首を横に振って否定した。

 

「罰ではありません。テストより優先すべき勉強をするだけです」




☆祝☆お気に入り2000件突破!!  イエーイ☆-(ノ゚Д゚)八(゚Д゚ )ノイエーイ☆
ダラダラ書いてきた本シリーズも気づけばこんなにたくさんの人のお気に入りにしてもらったようで、うれしい限りです。昼間に見たときは1999件で、10分くらい何度も更新してしまってました。
UAも20万が見えてきてワクワクです。

というわけで今回は原作わかばパーク編でした。ぼーっと適当にまとめていたスケジュールを眺めていたら体育祭の後にすぐわかばパークだったので、ナナはもうちょっと前に出しとくべきだったなーと後悔したわけです。別のオリジナル回と入れ替えて書くべきだったと……うーむ。
で、このタイミングで原作八幡の他人のために自分を切り捨てようとする部分をそろそろ完全に回収して手入れしようかなとも思いました。文化祭、修学旅行、生徒会選挙のときの八幡はこういう部分が起因してるんじゃないかと。数回しかあったことのない一色や最初から奉仕部のメンツを見下していた相模に対してもあの行動って言うのは、やっぱりどうしようもなく優しくて、どうしようもなく残酷なんだろうなと思っているので、割と題材にしようと思うことが多いです。そこが八幡らしさの一つであって、かつ八幡が間違える理由の一つでもあると思っています。

そういえば、現在も熊本や大分の方では余震が続いているようです。私の住んでいるところは速報などでは震度表示は出ないのですが、時々微かに揺れを感じることがあります。九州周辺の皆さんも気を付けてください。ただ、あんまり気を張りすぎると私のように寝不足になると思うので、SSとか読んだりして適度にリラックスしてくださいね。

あと、明日からまた数日県外に移動します。スマホなどで書きはしますが、投稿できなさそうなときはTwitterで呟くので、よかったらフォローしてください。
@elu_akatsuki
(なんか毎回あとがきでTwitter告知するのもどうなんだろ。もうちょっとしたら県外に飛び回る生活も落ち着くと思うんですが)
夕方とかに「投稿できなさそう」って呟いても、間に合って投稿することがよくあるので、あくまで「ああ、今日は筆の進みちょっと遅いんだな」みたいな確認程度に見ていただければ。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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