二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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その力は他がために

 アキラも交ざって遊ぶようになって数日。わかばパークは……ワープ進化を遂げていた。

 

「なんということでしょう!?」

 

 無事退院し、殺せんせーに付き添われて戻ってきた園長も思わず口調が変わってしまうほどのワープ進化だ。元々の母屋を飲み込むように建てられた二階建て木造建築は、一級建築士の監修と律による耐久シミュレートで強度も完璧。母家ごと補強するように増築を行っていた。

 その二階には近くの家から譲り受けた絵本を集めた図書室と屋内遊技場で、屋内遊技場は怪我対策と遊具の腐食対策も施されている。ちなみに、遊具の強度は俺が乗ってもまったく問題がないくらい。いやあれですよ? ナナたちに無理やり引き込まれただけで、決して自分から乗ったわけじゃないから。本当だから。

 さらに遊技場の中央に鎮座する回転遊具は一階のガレージにある充電器に繋がっていて、子供たちが遊べば遊ぶほど電動アシスト付き三輪車に電力が貯まるようになっている。この三輪車は園長の壊れてしまった自転車をベースに吉田と堀部が改造したもので、律の計算では走行の大半を子供たちから提供される電力で補えるらしい。ちなみに俺はそれをたった今聞きました。だってこいつら建築付き合う暇があったら子供たちと遊んでてとか言うんだぜ? 除け者にされて八幡悲しい。

 

「……お前ら上手くできすぎてて、逆にちょっと気持ち悪いわい」

 

 微かに頬を引きつらせた園長はナナたちがまとわり付いている俺やこの施設最年長のさくら――学校でいじめにあって不登校児になっているらしい――と話をしている渚を眺めて、小さく息をついた。

 

「これだけ文句なしの仕事をされたら、約束を守るしかないのう」

 

 わずかに頬を緩めた園長に、皆の表情も明るさを増す。まあ、入院したあの日、「生徒を健全に育てるため」という殺せんせーの目的を聞いて今回のタダ働きを了承したこの人のことだ。なんだかんだ最後は許すつもりだったのだろう。

 

「もとよりお前らの秘密なんぞ興味はない。わしの頭は自分の仕事で手一杯だからな」

 

 高得点のテストを手に駆け寄ってきたさくらの頭をワシャワシャと撫でるその目は……どこかうちの担任に似ている気がした。案外、教育馬鹿って言うのは皆似ているものなのかもしれないな。

 

「お前らもさっさと学校に帰らんか。やるべき仕事があるんだろ?」

 

「「「「はい!」」」」

 

 突発的に起こった二週間の課外活動もこれにて終了。ナナたちに別れを告げてわかばパークを後にした。

 しかし、その日は椚ヶ丘中学の中間テスト前日であり、総武高校の中間テストも三日後に迫っている時期。超難関中学である椚ヶ丘で二週間テスト勉強をしないというのは裸に棍棒でラスボスと戦うことに等しい。それほどのレベルではないにしても同様のことが総武高校にも言えた。

 

 

 

「……八幡、今回は成績落ちたわね」

 

「……まあ、そうだな」

 

 テストが終わって数日後の夜。珍しく定時で帰ってきたお袋が、置いておいた成績表を見るなりリビングに呼び出してきた。心配なのか一緒についてきた小町も合わせて三人。テーブルを挟んだ表情は三者三様だ。お袋はコーヒー片手に数字が列挙された半紙を眺めていて、俺は最低限の会話のとき以外グッと唇を引き結んでいる。そんな俺たちを小町はオロオロと交互に見比べ、何か言おうとして……力なく肩を落とした。

 今の俺は一応、国家の新規学習プログラムの試験生として椚ヶ丘に通っていることになっている。烏間さんも「必ず成績を上げる」という名目で総武高校から選抜したと説明していたので、俺には親に怪しまれないように成績を向上、維持させる義務があったのだ。

 そこに今回の成績低下。場合によっては総武高校か椚ヶ丘にお袋が出向くと言い出すかもしれない。というか、総武高校はまだしも、椚ヶ丘に行かれるのはやばい。なによりもあの学園の人事を一手に担う理事長の手を煩わせるようなことになれば、E組にいられなくなってしまうかもしれないのだ。

 どうしても身構えるのを抑えられない。フツフツと額に浮きそうになる汗をなんとか抑え込もうと、余計に身体に力がこもった。

 お袋はそんな俺をちらっと一度だけ見て、コーヒーを一口煽ると、飲み干したカップを脇に寄せる。コトンと陶器が木製のテーブルと触れ合う音が比企谷家で最も広い室内に響いた。

 

「……ま、次はがんばんなさいよ」

 

「……へ?」

 

 それだけ言って立ち上がろうとするお袋に、ずいぶんと間の抜けた声を漏らしてしまう。あ、ごめんなさい、そんな「うわぁ……」みたいな引き顔を息子にするのやめてください。

 

「なによ、なんか不服?」

 

「不服というか……なんも言わねえの?」

 

 ひょっとしたら俺はうちの親の放任主義レベルを勘違いしていたのかもしれない。成績が下がったところで気にしないのだろうか。

 しかし、お袋は大きくため息を吐くともう一度椅子に座りなおして、右手で頬杖を突くとぺいっと俺の成績表を渡してきた。

 

「あんた、この成績で私に怒れって言ってんの?」

 

 手元に来た成績表に改めて目を落とす。横から覗き込んだ小町が「うわ……」と感嘆なのか呆れなのかよくわからない声を漏らした。

 総武高校のテストの難易度はE組が受けるような化け物みたいなものではない。定期テストで出てくる応用問題は少なく、椚ヶ丘の明確に順位をつけようとする問題と違ってちゃんと復習をしておけばそこそこの点数は取れる形式になっている。

 だから、そこまでガクンと点数を落としたわけではないのは事実だが……。

 

「けど、十位以上落ちたんだぞ?」

 

 文系教科は軒並み十位台、理系もこぞって落ちて総合順位は二十四位になっていた。

 

「お兄ちゃん、三百人以上一学年にいる進学校でその順位は十分すごいって、小町思うんだけど……」

 

「けど、目標には届いてない」

 

「お兄ちゃんの目標って何位だったのさ……」

 

 なぜかマイリトルシスターに呆れられてしまった。目標が何位って……そりゃあ……あれ?

 

「八位以上……?」

 

「なぜ疑問系」

 

「いや、具体的な数字とか決めてなかった」

 

 前回以上ってことしか考えてなかった。そう言う俺に二人は顔を見合わせて、吹き出すように笑い出した。

 

「……なんだよ」

 

「んー? お兄ちゃん変わったなぁって」

 

「高校上がる前なんて、『高校なんて卒業できればそれでいい』とか言ってたあんたがそんな向上心見せるようになるなんてねぇ」

 

「ぐっ……」

 

 そういえばそんなこと言った気がする。具体的には総武高校の合格発表日に言って親父含めた家族全員から白い目を向けられた記憶がある。なんであんなこと言ったの俺。たぶんおめでとうって言われたのが恥ずかしかったからだわ。あぁ、また黒歴史が作られてしまうのね……。

 

「それに、新方式の勉強プログラムって聞いてたけど、クラスメイトとも仲いいみたいだし、色々勉強以外もやってるみたいじゃない。ねー」

 

「ねー」

 

 何で今「ねー」って言い合ったの? 小町はかわいいけどさすがにお袋のは……ごめんなさい何も言っていないんでその殺し屋顔負けの殺気を抑えてください。

 どうやら小町を経由して色々と筒抜けになっていたらしい。変なことを伝聞されていないか思わず頭を抱える俺にまた小さく吹き出したお袋は、余韻で喉を鳴らしながら片手だった頬杖を両手に切り替えた。

 

「今回だって、なんか別のことやってたみたいだしね」

 

「気づいてたの、か……?」

 

 この二週間と少しの間、お袋とは数回しか会っていなかったはずなのだが。首を捻る俺にお袋は頬杖を突いたままニヒッと笑みを浮かべた。こういう表情は小町に受け継がれてるよな。最愛の妹は結構母親のいいところをしっかり受け継いでいるようで八幡うれしい。親父の悪いところは絶対受け継がないでね。

 

「自分の子供のことくらいちゃんと分かってないと、放任主義なんてやんないわよ。あんたは嫌なことがあっても勝手に自己解決しちゃうから、そう言う意味では逆に手がかかったけどね」

 

 学校休んでふらつくようになったときはどうしようかってお父さんと心配したのよ、と続ける母親に、思わず目を逸らす。

 あの時、どうせ誰も俺の心配なんてしないって思っていた。両親だってどうとも思っていないと。けど……そうだよな。やっぱり心配になるもんだよな。

 

「ごめん……」

 

「謝るんじゃないわよ。結局私たちが何かする前に、いい環境が見つかったみたいだしね」

 

 いい環境。間違いなく最高というべき環境に、俺は身をおくことができた。あの山の上の木造校舎にいると、いろんなものが見えてくる。いろんな体験ができる。そして、いろんな失敗をすることもできる。

 失敗をするだけならあそこに行く前と同じだ。だけどあそこでは、失敗から次に進ませようと画策する先生たちがいる。一緒に悩む仲間たちがいる。だから、椚ヶ丘中学校三年E組というのは俺にとって最高の環境で、最高の仲間たちなのだ。

 

「学生なんて勉強が全てじゃないんだから、やりたいことがあるならどんどんやっていきなさいな」

 

「……そうだな」

 

 ぽそりと呟いた俺にお袋は一度首肯して、「それに」とポケットから細長い半紙を取り出した。隣で小町が小さく「やばっ」と声を漏らしたのはなぜだろうか。

 

「時間があるときに小町の勉強も見てあげてちょうだい」

 

「勉強? ……うわ…………」

 

 差し出された紙。どこかで見たことがあると思ったらうちの中学の成績シートで、氏名欄には『比企谷小町』の署名、そして五教科の結果が記された表の中には――

 

「八幡の受験は割とトントン拍子だったから、完全に油断してたわ」

 

 軒並み平均前後をうろちょろしていた。国語や英語は平均を完全に下回っている。ひょっとしたらうちの妹はアホの子かもしれないとは思っていたが……。ていうかこれあれだな? 話って俺のことがメインじゃなくてこれがメインだな?

 

「小町、志望校どこだったっけ?」

 

「……お兄ちゃんと同じ、総武高校です」

 

 なるほど。兄と同じ高校に行きたいなんてさすが千葉の妹だ。かわいい。妹にしたい。すでに妹だって言ってんじゃん!

 ただしかし……この成績のままだとまずい。非常にまずい。お袋は塾に行かせたほうがいいかとか言っているが、塾に行ったら塾の講義についていけない可能性まである。

 

「小町……」

 

「な、なにかな、お兄ちゃん?」

 

 志の高い我が(アホな)妹に、兄ができることは一つだけだった。

 

「今日から毎日勉強会な」

 

「……あい」

 

 あ、小町の目がちょっと腐った。やべえ、その目かわいくない。

 

 

     ***

 

 

 小町の比企谷式集中講義が開始された次の日、俺たちは全員揃って職員室に来ていた。殺せんせーの姿はなく、いたのはパソコンを叩いている烏間さんと雑誌を見ながらみかんを食べているイリーナ先生だけ。俺たちの目的は烏間さんだったので、狭い職員室の中にフリーランニング下校組が入る。

 

「烏間先生、迷惑をかけてすみませんでした」

 

 代表して謝るクラス委員二人の言葉に、タイピングを続けながら「気にしなくていい」と返してくる。決してパソコンから目を逸らさないが。その目はいつも俺たちを相手するときのようにまっすぐなものだ。

 

「今回の件で暗殺にも勉強にも大きなロスが生まれた。君たちはそこから何か学べたか?」

 

 続いて発せられた質問に皆顔を見合わせて――渚が少し迷った後にポツリポツリと言葉を紡ぎだした。

 

「……強くなるのは、自分のためだと思っていました」

 

 暗殺技術は名誉と賞金のため。学力をつけるのは成績のため。間違いなく担任教師に頬を叩かれたあの瞬間まで、このクラスの多くの人間がそう考えていた。もちろんそれも一つの考え方には違いない。百パーセント間違っているとは誰も言えないだろう。

 

「でも身につけた力は、他人のためにも使えるんだって思い出しました」

 

 それこそが触手を生やした担任教師が身につけてほしいと願った力の使い方だから。伸ばした身体能力は子供たちと遊んだり建築に役立てることができたし、失敗した経験を活かして近い境遇の子を勇気付けることもできる。殺す力をつければ、地球を救える。

 

「学力を身につければ、誰かを助けられる」

 

 大きく順位を落としたE組の中で一人学年二位まで上りつめ、A組に絡まれていたE組のフォローをしたらしい赤羽に渚が顔を向けると、当の本人はいつものように飄々と首をすくめるだけだった。

 

「相手のことを考えることを忘れなかったら、間違った力の使い方もしないですむよね!」

 

 ポフッと俺の肩に手を乗せた倉橋に対して、何も言わずにそっぽを向くと、烏間さんから「君はどうだった?」と尋ねられた。今回のことで、何か学べたかと。

 

「……助けられるからって安易に助けるのは違うってことは分かりました。無制限に相手を庇うのは、誰のためにもならないって」

 

 分かっていても、また気がついたときには動いてしまうかもしれない。次もほとんど成長せずに繰り返してしまうかもしれない。

 それでも、今回よりは少しだけ……。

 

「もう少しだけ、考えて動けるように意識しますよ」

 

「俺も、もう下手な力の使い方はしないっす、たぶん」

 

「気をつけるよ、いろいろ」

 

 岡島も前原も口々に紡いだ反省の言葉に烏間さんはモニターから顔を上げて立ち上がった。

 

「君たちの考え方はよく分かった。だが……今の君たちでは高度訓練は再開できんな」

 

 教官の口から続けられた言葉に皆の表情に緊張が走る。しかし烏間さんは特に気にしないように自分の後ろの棚に手を伸ばすと、机の上になにかを放り投げた。バサッという軽い音が乗る。

 

「股の破れたジャージ……それ、俺のだ」

 

 岡島のものらしい椚ヶ丘中学校指定のジャージは、股が半分以上破けてそこらじゅうがほつれて穴が開き、もはや衣服としての機能を果たせそうにない状態だった。

 

「学校のジャージではこれ以上ハードな訓練や暗殺に耐えられん。ボロボロになれば親御さんに怪しまれるし、なにより君たちの安全を確保できなくなる」

 

 だから、これは防衛省からのプレゼントだ、と用意していたダンボールの中身をそれぞれに手渡してくる。いつか言っていたプレゼントと予想されるそれはパッと見ミリタリー色の服に見えた。今後の体育はこれを使用して行うようだ。

 インナーに手袋、グローブ、靴まで一式揃ったそれは持ってみると異常に軽い。着込んでみると、どうやら服の中に何か骨組みのようなものが組まれているが……なんだろう、邪魔になっていないし、動きやすい。

 これは……。

 

「先に言っておくぞ。それより強い体育着は、この地球上に存在しない」

 

 不敵な笑みを浮かべる烏間さんに、俺たちは不思議な高揚感を覚えていた。




というわけで原作わかばパーク回終了です。もうちょっと濃く書いてもいいかなとも思いましたが、ママンとの会話を入れようと思ってこんな感じにしてみました。そろそろママンも八幡に絡まないとちょっと放任が過ぎますからね。比企谷パパはいつもどおり社畜です。がんばれパパ、負けるなパパ、稼いで来いパパ。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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