二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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比企谷八幡がなぜヒロインしてるのかわからない件

 テストが終わり死神との対決も終わった俺たちはようやく一息つける時間がやってきた。いや、その前に渚の母親が来て割と大変だったのだが。

 自分の世界に閉じこもってばかりだった俺には、他人の親というのも珍しい生き物だ。神崎の所のように格式やブランドにこだわる親、竹林家のようにできることが当たり前で、できなければ家族として認めない親、理事長のように傍から見れば本当に親子なのか怪しくなってしまうような親子関係。

 そして、渚のところのような子供が自分の敷いたレール通りにしか歩むことを許さない親。

 いろんな親がいて、俺には理解できないだけで、そこには愛情が存在するのかもしれない。俺が気付いていなかっただけで、放任主義なうちの両親だって確かな愛情を注いでいたのだから。

 まあ、いかな形で愛情を注いでいるとは言われても、素直に納得できない部分も当然あるわけで、あの草食男子には珍しく親に反発したようだ。反発というよりも証明と言ったほうが正しいかもしれないが。

 

「渚ー、この問題ってどうやるの?」

 

「ああ、この問題ちょっと難しいよね。ここはね……」

 

 そんな渚は今、わかばパークで入所最年長の不登校児、さくらの家庭教師をしていた。園長の代役として過ごした二週間の後も、たまに放課後になるとここに来て勉強を教えているらしい。

 

「あっ、そう解くのか! さっすが渚!」

 

「さくらちゃんの飲み込みが早いんだよ」

 

「そ、そっかな? へへっ」

 

 難関問題が解けたようで、素直に褒める渚にさくらの表情がへにゃっと緩む。初対面の時はもっと尖っていたと記憶しているのに、人心掌握も完璧みたいですね、渚くん。さすが前原や片岡からすら「恐ろしい存在」と揶揄されただけのことはある。

 で、渚たちのそんな姿を実況できるということは俺もわかばパークに来ているということで、ナナやアキラたち年少組と遊びに興じていた。俺もたまに顔を出すのだが、だいたい遊びといえば物作りがメインになっている。菅谷とか堀部あたりも連れてくると、こいつらももっと楽しめるかもしれないな。

 

「はちまん、つぎこれつくりたーい!」

 

 俺が持ってきた本を広げながら駆け寄ってきたナナの頭を撫でながらページに目を落とす。「外で遊ぶものづくり」というタイトルのそれは椚ヶ丘学園の図書館から借りたものだ。こんな本、進学校の生徒は読まないと思うのだが、隅々まで探してみると本当になんでも置いてあるから逆に困る。懐かしい絵本なんかも揃っていたしな。

 で、ナナが開いていたページには……。

 

「……今はこれを作るのは無理だな」

 

 真っ白な小山の中をくり抜いて、中で七輪を焚いて温まっているイラスト。いわゆるカマクラが描かれていた。一応言っておくがうちの愛猫の話ではない。そういえば、最近朝起きるとやけにベッドに潜り込んでいる率が高いのだが、あいつの中で何か意識改革でもあったのん?

 ……結局猫の話をしていた。軌道修正をしてアクティビティとしてのカマクラについてだが、今は10月の中旬、当然のことながら雪なんて降っておらず、カマクラどころか雪だるまも作れない。

 

「そもそも千葉ってあんまり雪降んねーじゃん」

 

 大げさなため息を吐いてやってきたアキラが言うように、太平洋側に位置する千葉は雪が降りにくい。降ったとしても遊べるほど積もるのなんて本当に稀だ。

 

「けど、まえにいっぱいつもったとき、あったよ?」

 

「あんなになったら逆に危ないぞ……」

 

 二年ほど前に大雪が降った時は天変地異の前触れかと思った。雪で学校休みとかどこの田舎だよ。千葉が田舎とか言ったやつ顔面殴るから素直に手を挙げなさい。

 詰まる所、千葉で安全にカマクラをやるのはなかなか難しい。しかし、小さなお姫様は納得いかないようで、頬を膨らませてわずかに涙目になってしまった。いや、そんな顔されても俺に大雪を降らせる能力はないんだけど……。

 

「じゃあ、いつか皆で雪が降るところに遊びに行こうよ! 卒園旅行とかで園長先生に計画してもらうとかさ!」

 

 どうなだめたものかと困っていた俺とアキラに助け舟を出したのは、別の子たちと一緒に迷い込んだ猫と戯れていた倉橋だった。っていうか、その猫この間も迷い込んでなかった? 迷い込んでるんじゃなくて住み着いてるんじゃねえの?

 

「俺たちとわかばパークの卒園旅行? このパークにそんな余裕あんのか?」

 

 主に金銭面、というのが顔に出ていたのか、倉橋が耳元に顔を近づけて周りに聞こえないように囁いてくる。

 

「そこはほら、賞金を使えばいいんだよ」

 

「……そういうことね」

 

 賞金百億、条件が揃えば三百億のそれの使い道を、最近になって皆で話し合う機会が増えた。少し前までは作戦協力者皆で山分け、使い道は各々欲しいものやしたいことのために自由に、というのが多かったが、最近の話では自分たちだけでなく誰かのためへの使い道、と提案されることが増えた気がする。

 自分たちの力は誰かを守るために使う。その考えの影響かもしれないな。

 

「はちまんと、おでかけ?」

 

 倉橋の提案に先ほどまで御機嫌斜めだったナナは、小首を傾げて問いかけてくる。暗殺が成功して、地球崩壊の危機がなくなれば、そういう未来も用意できるかもしれない。

 

「そうだな。行けるのは来年あたりになりそうだけど」

 

 そのためにも、暗殺は成功させないといけない、か。頭の中によぎるのは、ターゲットであり担任である超生物のあの小憎たらしいパーツの少ない丸顔。そういえば、この間行われたという進路相談の時も、あの担任は親身になって相談を受けていたと聞いた。そういう“自分の死んだ将来”に関する話をするとき、必ず「まあ、先生は殺されることはありませんけどね」と顔を緑と黄色の縞模様に変色させて笑う。

 しかし、殺せんせーは気がついているのだろうか。そうして変色した時の色は――

 

「じゃあ、それまでカマクラ、がまんする!」

 

「……そっか。じゃあ今から少しずつ計画していかないとな」

 

 いや、今はそんなことを考える場ではないか。にこっと笑うナナの頭を撫でて、立ち上がる。今はこいつらと遊ぶ時間だ。いろいろ考えるのはその後でもいいだろう。

 

「じゃあ八幡! この間みたいに割り箸銃で勝負しようぜ!」

 

「今回は負けねえぞ!」

 

 どうやら男の子軍団はすでに遊びの内容を決めていたらしい。この前来た時に割り箸と輪ゴムで作ったピストルを手のひらの上で浅く跳ねさせながら挑発してきた。この間完封させられたのがよほど悔しかったらしい。

 

「よーし、受けて立とう。ただし、顔は危ないから狙うのはなしな」

 

「わかってらい! あ、さくらも加勢しろよ! 勉強終わったんだろ? さくらの嫁も早く!」

 

「アキラ、あんたは年上に呼び捨てはやめなさいよね! ……はあ、今行くわよ」

 

 どうやら勉強が一段落ついたらしい渚たちが、靴に履き替えてくる。どうでもいいが渚よ、お前の子供達からのあだ名、それでいいのか。やはりお前、性別:渚なのか?

 

 

     ***

 

 

 E組の休み時間というやつは何かと騒がしい。不破が杉野にいろんな漫画を勧めていたり、寺坂たちが馬鹿話をしていたり、前原と岡野が痴話喧嘩をしていたりと毎回なにかしら起こっている。

 ここのところはそんなクラスの風景を眺めるのが楽しみの一つなのだが、今日はなかなか珍しい組み合わせを見つけた。

 

「あ、その本この間読んだよ。書店でおすすめされてたから衝動買いだったけど、面白いよね」

 

「ふふ、それ駅前の本屋さんでしょ? あそこのおすすめコーナーはハズレがないからつい買っちゃうんだよね」

 

 速水と神崎、教室で話すことは少ない二人だが、それでも前に比べると会話量は増えたと思う。岡島というエロオブジェクトのせいでなかなか話す機会がなかったようだが、うちでのあの一件以来たまに本の話に花を咲かせているのを目にするようになった。おかげで岡島が孤立集落のようになっているが、エロプロジェクトの三村あたりが話しかけるだろうし大丈夫だろう。

 そういえば偽死神――二代目死神と言うべきかもしれないが――に捕まった時、岡島や三村たちの機転で殺せんせーごと生徒を水没させようとした奴の目を欺いたらしい。エロの力もバカにできないな。あのプロジェクトに参加しようとは絶対に思わんけど。

 そんな岡島のことは置いておいて、今は速水たちだ。普段あまり発言しない二人だが、読書のことになると割と饒舌になる。速水も常のツンデレと片言のハイブリットみたいな喋り方ではなくなるし、神崎もいつもより生き生きとしゃべる。読書好きの身としては、同じ趣味について楽しそうに話す二人を見ると、なんとも微笑ましくてちょっとほっこりす……ん? 後ろの席で話を聞いていたらしい狭間が会話に参加して……なんで二人ともテンション落ちてんの? さっきまで楽しそうに会話してたのに……あれれー? おかしいぞー?

 

「どうしたんだ、お前ら……」

 

「あ、比企谷君。……そうだ! 比企谷君はこの本の主人公ってどう思いました?」

 

 あまりの空気の変化に思わず傍観をやめて声をかけてしまった俺に、神崎が見せてきたのは最近話題になっている恋愛小説だ。この間書店でピックアップされているのを思わず衝動買いして、一気に読破してしまった。なんでも金と権力で手に入れられると思っていた高飛車お嬢様が、本当に好きな男を振り向かせようとする話。

 

「最初は『うぜぇ』って思ってたけど、読み進めていくうちにどんどん可愛くなるんだよな。庶民感覚を身に着けようとするところは、自分も影から見守ってる感覚になったわ」

 

「や、やっぱりそうですよね!」

 

 ぼそぼそと感想を呟くと神崎の表情がパアッと明るくなる。ヒマワリが太陽になりましたってくらいの明るさチェンジだ。俺の隣に立っていた速水も多くは語らずにウンウンと頷いている。

 それに対して、別の本を広げながら狭間は「わかってないわね」と大きくため息を漏らした。

 

「その話はね、女の執着を表現しているのよ。本当に欲しいもののためなら努力も惜しまない。手に入れるためなら自分すら捻じ曲げてしまうっていうね」

 

「いや、うん……、言わんとしていることは分かるんだが……」

 

 なるほど、二人のテンションが落ちた理由はこれか。まあ、感性は人それぞれだからいかんともし難いが。

 狭間もずいぶんな読書家ではあるが、同じ読書家の神崎とはそもそも読むジャンルが違うことが多い。神崎が綺麗な話を好むのに対して、狭間は怨念とか復讐とか、汚い……と言うと語弊があるかもしれないが、人間の影の部分を題材にした話を好んで読む方だ。そういう人間の暗い要素を題材にした話は俺自身嫌いではないのだが……そうか、同じ本を読んでもここまで感じ方が違ってしまうのか。

 

「というか、比企谷がこういう本読むなんて意外ね。ラノベとか漫画のイメージだったけど」

 

 お前にとって俺のイメージってそっちなのね。いや確かに教室で読んでるのはそっちが多いし、不破とか竹林と作品談義をすることもあるからそのせいな気もするが。

 

「図書館においてある本とかは大体そこで読んじまうからな。こういうハードカバーは場所食うからあんまり持ち運びたくないし」

 

 となると学校に持ってくるのは大体ラノベになるんだよなぁ。イチオシのラノベを持ってきたときに竹林が無言で近づいてきたりする。別に構わないんだが、ちょっと怖い。

 

「そういえば、あんたって少女漫画とかも結構読んでない?」

 

「「「「女子か!!」」」」

 

 や、なんでだよ。速水の一言に俺が同意する前になぜか周りからよくわからんツッコミが入った。お前少女漫画読んだだけで女子になれるんなら、少年漫画読み漁ってる不破なんて男子になれるぞ。

 そもそも結構読むと言っても、俺の読んだことのある少女漫画はそのほとんどが小町からのおすすめだ。この間学力的にアホの子ということが露呈してしまった我が実妹は、活字はあまり読まないが少女漫画は結構読んでいたりする。あいつのおすすめ基本外れがないから安心して読めるんだよな。最近の少女漫画のぶっ飛び率なんなん? 頭にいもけんぴ付いてたり一晩で本能寺建てられたり、……いや確かに昔から男装したら全然女に見られない貧乏女子高生とか、実は自分も含めてクラスメイト全員ヴァンパイアだったりとか、いきなり親が夜逃げしてアイドルのマネージャーになった挙句そのアイドルと同棲とか、同い年の異性の住む寺に引っ越したらいきなり宇宙から来た赤ちゃんに「パパ」「ママ」呼ばれる高校生とか……あれ? 昔から少女漫画ぶっ飛んでない?

 いやそれは置いておいて、おすすめされたら読むだけであって、決して少女漫画ばかり読み漁っているわけでは――と弁解しようとしたのだが、俺の意識が思考の漂流から流れ着いた先では既に別の話題が発展していた。

 

「そういえば比企谷君が寝込む前の日にくしゃみしてたんだけど、『くしゅっ』って感じのくしゃみしてた」

 

「「「「女子か!!」」」」

 

 いや、くしゃみとかどうしようもなくない? 俺意図的にやってるわけじゃなくない?

 

「八幡さんは知らない相手の電話に出るとき、半オクターブほど声が高くなりますね」

 

「「「「女子か!!」」」」

 

 いやそれは女子とか関係ねえだろ。電話するときってちょっと声高くなるもんじゃん? え、違うの?

 

「この間四班で喫茶店に行ったときに比企谷君も一緒に連れて行ったんだけど、ホットコーヒーめっちゃフーフーしてた」

 

「うん。一番先に来たのに僕たちが飲み始めてもずっとフーフーしてた」

 

「いざ飲もうとしたらまだ熱くて、『あちちっ』て言いながらまたフーフーしてました」

 

「「「「女子か!!」」」」

 

 お前ら全国の猫舌男子に謝れよ? 熱いもの口に入れるとき大変なんだぞ?

 

「八幡さんが寝言で一番出す声は『むにゅ……』です!」

 

「「「「あざとい!!」」」」

 

「おいこら律! もうお前マジでうちのネットワークに入ること禁止するぞ!」

 

 一つ一つ弁明しようにも、次から次へと実例が出てきて対応ができない。てか、トイレットペーパー三角に畳むのが女子とかおかしいだろ。磯貝がやったらイケメンで、岡島がやったら汚らわしい事案じゃねえか。

 

「比企谷氏」

 

 次第に勢いを増す話題の火をどう鎮火するべきか考えあぐねていると、一冊のノートを携えた竹林が近づいてきた。いつものように人差し指でメガネのブリッジを持ち上げると、ノートを開いてとあるページを見せてきた。

 

 

『比企谷八幡がなぜヒロインしてるのかわからない件』

 

 

 目立つように赤ペンで、どっかのオタクな夫が出てくる漫画のタイトルロゴ風にそう記載されているページを見て……俺はいったいどうすればいいのん? あれか? 怒ればいいのか? 怒ればいいんだな?

 と、いうことで。

 ――プチッと堪忍袋の緒をぶった切って。

 

「お前ら……いい加減にしろよ?」

 

 思いっきり殺気を開放したのだった。

 開放した殺気に驚いて、職員室から烏間さんと殺せんせーが飛び込んできたのはまた別のお話。




八幡がヒロインって、それ原作でも言われてることだから(至言

pixivとかで見るはやはち漫画とかの八幡が可愛すぎるけど、あれはもはやヒロイン力高すぎて誰から見ても可愛いし私がホモということにはならない。むしろあれにときめかないほうがホモまである。逆にホモ。

というわけで文化祭前の休憩的なお話でした。進路相談の話を期待されていたから――もし居たらですが――申し訳ない。放任主義で育った八幡とは相性の悪い話でしたし、竹林の時でも関わるのが難しかったのでさすがにスルーしました。

今日からまた県外に出ているので、ひょっとしたら更新できない日があるかもしれません。そのときはTwitterのほうでつぶやくと思うので、よければフォローなんぞしてみてください。
@elu_akatsuki
試しにbluetoothキーボード買ったらめっちゃ書きやすい。どうしてもスマホのキーボードだとタップミスが多発していたので、今回から外で書くときは愛用したいと思います。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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