二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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逆境だって、裏を返せばチャンスなのである

「それじゃあ、今年の学園祭、俺たちはなにしようか」

 

 その日の朝のホームルームは磯貝のそんな一言から始まった。

 学園祭。一般的には文化祭と呼ばれるそれはうちの中学でもあったし、確かこの間総武高校でもあったはずの中学高校ではよくある行事だが、うちの中学だとちょっと展示や発表するくらいのしょぼいやつだったな。衛生管理上、飲食関係はNGだったし。まあ、俺は皆が演劇の準備をしている間、押し付けられた紙吹雪とかの小道具作りを一人で黙々とやっていたけど。……やべ、まーた黒歴史を蒸し返してしまった。

 椚ヶ丘中学校も私立とは言っても中学校なわけだし、文化祭も高が知れているんじゃないかなと思っていたが、どうやらそんなことはないらしい。

 

「うちの学園祭は、中学高校合同でやるガチの商売合戦なんだよ」

 

 渚の説明によると売り上げ、来客数などを競い、その順位は校内にデカデカと張り出されることになるらしく、発生した収益はすべて寄付するから社会的注目も大きい。そういえば、前にテレビでそんなニュースが流れていた気がする。

 だからみんな本気で商売をするし、その結果社会人顔負けの店も多く出展することになる。ここでトップになったクラスの生徒は就職活動において商業的実績としてアピール材料に使えるほどに。

 なんというか、わかってはいたけどすげえな椚ヶ丘学園。一周回ってドン引きしちまうレベルだ。

 

「しかも、本校舎の方はまたA組とE組の対決はあるのかって盛り上がっちゃってるみたいでさ。勝てないまでも、E組はまたなにかやらかすんじゃないかって」

 

 体育祭以降、E組に対する周囲の目は少しずつ変わってきている。常識にとらわれない戦略、知恵を絞ってA組に善戦、勝利する姿に本校舎の生徒たちはまるで触手に絡みとられるように魅了され始めていた。

 

「けどな……勝つ勝たないにしたって今回は条件悪すぎだぜ」

 

 吉田の言うとおり、今回もE組は不利な状況からのスタートだ。まず最悪なのは立地条件。他クラスが本校舎で出展する中、E組だけはこのE組校舎に店を構えなければならない。つまり客はまず一キロ近い山道を登って来なくてはいけないのだ。金額上限は店系三百円、イベント系六百円。その中で収益を出そうとすれば内容はどうしてもチープにならざるを得ない。一キロの山道を登ってそんなもののためにE組にまで来るなら、近場の本校舎に皆流れてしまうだろう。

 

「それに対して、さっき進藤から連絡があったけど、浅野なんて飲食店とスポンサー契約結んだらしいぜ?」

 

 浅野率いるA組は飲食店とスポンサー契約を行ってドリンクや軽食を無料提供。その上で単価の高いイベント系で集客を行うようだ。ステージにも浅野の友人であるアイドルや芸人が無償で出演してくれるらしいので、売り上げはほぼ収益に直結する。

 たかが文化祭でそこまでするのか、とも思ったが――

 

『僕に敗北は許されません。僕は全てにおいて完璧でなくてはならないんですから』

 

 体育祭の後、そう搾り出した浅野の瞳を思い出して、考えを改めた。浅野だって、境遇の中で苦しんでいる。だからこそ、こんなお遊びのはずの学校行事でも全力を注がなくてはならないのだろう。

 それはあいつの意識次第なのだから、きっと俺にはどうしようもない。

 ところで……。

 

「お前の友達の野球部エース君ってB組だろ? 諜報能力高くないか?」

 

「……ああ、俺もちょっと思ってた。進藤何者だよ……」

 

 すごいね、椚ヶ丘。一般生徒もすごい才能を眠らせてるぞ? チームメイトだった杉野ですらこの驚きようだ。

 

「浅野君は正しい。必要なのはお得感です」

 

 進藤の諜報能力の話は置いておいて、杉野の話を聞いた殺せんせーはヌルヌルの腕――一応袖から伸びる二本の太い触手を腕って呼んでるけど、合ってんのかな?――を組んで、しきりに首を縦に振った。安い予算でそれ以上の価値を生み出すことで客は寄ってくるのだから、自分の力を最大限に使った浅野のやり方は実に合理的と言える。

 では、それに対してE組はどう対抗するべきかと言われれば――このE組が建っている山そのものを利用するべきだというのが担任教師の考えだった。

 

「まずはドングリを集めましょう。実が大きくてアクの少ないマテバシイが最適です」

 

 殺せんせーからの指示で全員動き出す。暗殺訓練で鍛えた素の体力やフリーランニングを駆使することで、ドングリ集めはびっくりするほど効率化が図れた。

 

「……まさか、こんなことに役に立つとはな」

 

 それに、わかばパークの子供たちと遊ぶために数回集めた経験のある俺と、それを記憶していた律のおかげで、山の中のマテバシイの分布は全体の三割ほどが既に判明していたため、一時間ほどで大袋六つ分のマテバシイが集まった。ほんと、この教室にいると何が将来的に役立つかわからないから、どんな知識も技術も安易に手放せなくて困る。

 集めたマテバシイは一度水に漬けて浮いたものは捨て、残った方は殻を割って中身を取り出す。渋皮を剥がすのが少し面倒だが、こういう面倒で地味な仕事は慣れたものだ。

 この手の作業は普段大人しい人間が活躍しやすい。前原や杉野たちはこういうみみっちいものには不向きだし、倉橋なんかは地味すぎてすぐに飽きてしまう。対して奥田や竹林は実験などで繊細な動きにも特に慣れているからこういう場面では途端に輝きだすのだ。

 

「こういうのは無心になることが重要だ」

 

「ああ、すべての感情を捨てて皮を剥くだけの機械になるんだ」

 

「作業に、心は不要」

 

 そして、俺、千葉、速水もこんな感じの同じことを繰り返す作業は大得意だ。効率化させてただ手を動かすだけとか、ちょっと職人っぽい。職人というよりマジで機械だわ。

 

「なんか……三人とも楽しくなさそう」

 

「なに言ってんだ倉橋」

 

 黙々と同じ作業を繰り返す俺たちを少し引き気味に見ていた倉橋に、三人揃って大げさにため息をついた。「え、面白いの?」とゆるふわ少女は驚いているようだが、驚くところはそこではない。というか、それはちょっと見当違いだ。

 

「世の中には面白くない仕事なんてたくさんある」

 

「楽しい仕事ばっかりだったら世界はワーカーホリックで溢れてるな」

 

「耐える心が大事」

 

「むしろ心がなければ完璧だな」

 

「やはり無心の境地は最強」

 

「な、なんだろ……私仕事に希望を見出せないかもしれない……」

 

 やっぱ仕事ってクソゲーだな。いや、働かないつもりはないんだが。うちの親みたいに社畜にだけはなりたくないね。ちゃんと毎日帰宅できる職業がいいです。

 

「こらっ、比企谷君たち! 妙な道に倉橋さんを引き込むのはやめなさい!」

 

 妙な道とは失礼な。仕事に過度な夢を持たないように気をつけようという至極現実的な話だというのに。

 

 

 

 とまあそんなこんなでうす黄色い実の部分だけ取り出したら、今度はフードプロセッサで荒く砕いて流水に一週間ほど晒してアク抜き。今は利用していないプールを使えばいいから水道代もかからないE組固有のエコロジーアク抜きを終えたら、三日ほど天日干しにして乾かし、それを臼で細かくひく。

 

「これでドングリ粉が完成しました。これを小麦粉代わりに使って、ラーメンを作ってみませんか?」

 

「ラーメン……だと?」

 

 ラーメンと聞いて、本職である村松の肩がピクンと揺れる。殺せんせーが差し出したドングリ粉を一つまみ口に含み、目を閉じてゆっくりと咀嚼し……渋い表情で首を捻った。

 

「ちょっと、厳しいな。味も香りもおもしれえけど粘りが足りねぇ」

 

 普通に小麦粉で麺を作る場合も、基本的に卵などをつなぎに使う。粘りが少ないこの粉で麺を作ろうとすれば普通以上につなぎが必要になる。つまり、粉はただでもつなぎで材料費を消費してしまうというのが村松の見解だった。

 三百円で抑えるには麺だけで金がかかりすぎるという村松に殺せんせーはヌルフフフと笑うと、「それもあります」と校庭近くの茂みに皆を呼び寄せた。茂みの中から引っ張り出したのは少し太いツル。ところどころに薄茶色の小さなジャガイモのような実がついていて……あ、それ鹿を罠猟で捕まえる動画で見たことあるぞ。

 

「このツルの根元を慎重に掘っていくと……ありました」

 

 スコップで根元の土をはらっていた担任が掘り起こしたのは、無数の根毛が伸びて、歪な形をした細長い物体。

 とろろ芋、自然薯とも呼ばれる高級食材だ。天然物はとろろにすると栽培物の何倍もの粘りと香りを出すという。なんか磯貝が変な目の輝かせ方してるけど、大丈夫かな? 今度またおかずをおすそ分けしてあげよう。

 

「自然の山にはどこにでも生えていますし、これを使えばつなぎは申し分ないでしょう」

 

 これで麺の材料は大半が無料で手に入った。現時点で資金はほぼノーダメージだから、その分スープに金をつぎ込むことができる。「なるほど」と呟いた村松の表情は、松来亭の厨房で見るそれだった。ほんとあいつ、料理作ってるときいい顔するよな。

 

「これで作る麺ならラーメンよりもつけ麺の方がいい。癖がある野生的な麺には濃いつけ汁のが相性がいいし、スープが少なく済む分、利益率も高くなる」

 

 ドングリから始まった学園祭の構想がだんだんと現実味を帯びてきた。この山の中にはまだまだ自然の食材があるし、村松と同じく料理が得意な原も、触発されたのか袖を捲り上げてサイドメニューを考え始めているようだ。欠点と思っていた要素が、いつの間にか強みに変わっている。それは俺たちがこの半年ほど学んできたやり方で……なるほど、E組の出展する内容としてはお似合いだ。

 

「それでは村松君はつけ麺作りに集中。岡島君、三村君、菅谷君、挟間さんは保存の利く食材の調達が終わったら宣伝や掲示物の準備に取り掛かりましょう。材料費の調整は竹林君、お願いします」

 

 それぞれ分担作業に振り分けられて、作業に入っていく。さて、俺も魚とかの食材調達に加わろうかなと思っていたが、突然呼び止められて首だけ振り返った。いや、本来俺を呼ぶ呼称ではないと思うんだが、こいつからはそろそろ呼ばれ慣れたというか。うん、そんな感じ。

 

「師匠! つけ麺作りのサポート、お願いします!」

 

「えっ、比企谷君って料理できるの?」

 

 村松の申し出を近くで聞いていた矢田の表情が驚愕に染まる。そうだよね、俺が料理できるようには見えないよね。基本的にうちの食事ってお袋か小町が作っているし、弁当も小町特製愛妹弁当だし。

 

「味見な、味見」

 

 しかもラーメン系限定の味見役。局所的過ぎて役に立たなくない?

 

 

     ***

 

 

 時は少し遡って、ドングリのアク抜きをしている頃。他のクラスが休日も返上で準備をしている中、手持ち無沙汰だったE組は普通に休みだった。どうでもいいけど、手持ち豚さんだったらめっちゃかわいいよね。案外ペット用の豚とかもいるらしいし、手持ちサイズの豚も探せばいるかもしれない。まじでどうでもよかった。

 そんな休日に、俺は小町と一緒に出かけることになってしまった。いや、最愛の妹と一緒にいられるのはお兄ちゃん的にポイント高いのだが、インドアな兄としてはおうちの中で一緒にいたかったなーって。

 以下出かける前の会話。

 

『お兄ちゃん、小町はららぽーとに買い物に行きたいのです』

 

『おう、いってらっしゃい』

 

『……今のは一緒にいこっていう意思表示だったんだけど』

 

『なんでたまの休日に外に出る必要があるんだ……』

 

『休日だからおでかけするんだよ!』

 

『休日は家でごろごろするもんだろ。後一時間ほど走る』

 

『最近のお兄ちゃん、インドアなのかアウトドアなのかわかんないね』

 

『そうか?』

 

『そうだよ! ……っていうか、小町一人でお出かけしたら悪いお兄さんに連れてかれちゃうかも……』

 

『全力でご一緒させていただきます!』

 

 ひどいよね、ずるいよね。妹が危険になる可能性提示されたら断ることなんてできないじゃん! 小町ちゃんまじ策士。

 というわけで、比企谷兄妹ららぽに出没するの巻、である。いや、ほんと普通にららぽに来て小町の買い物に付き合うだけなんだが。

 世の女性というものは服などを買うときに延々と見て周り、ついてきている男に「これどうかな、似合う?」なんて聞くものだが(偏見)、小町もご他聞に漏れずそのタイプである。興味のある服を持ってきては自分の身体に当てて、見せてくるのだ。

 

「ね、お兄ちゃん。これどうかな?」

 

 こんな感じでね? 今小町が持っているのは冬用らしい長袖のパーカー。この世渡り上手な妹は自分の特性をよく理解していて、黄色やオレンジといった暖色系の明るい色を好む傾向にある。今回のパーカーも赤寄りのオレンジで、胸元には白い雪の結晶のワンポイントがあしらわれている。うん、さすがのセンスだ。よく似合っている。

 で、この場合俺の返答はいつも決まっているわけで。

 

「おう、世界一かわいいぞ」

 

「うっわ、適当だなー」

 

 いつもより幾分低い声で呆れられるまでが通常仕様である。しかし、ここは弁明させてほしい。かわいいものを「かわいい」と言ってなにが悪いのだろうか。だって“かわいい”だよ? 古今東西全ての男が戦う唯一無二の理由だってどっかのゲーマー兄妹の兄も言ってたよ? つまり“かわいい”とは概念であり、そこに余計な言葉は必要ない。どっかの戦車道を見に行ったおじさんたちが「ガルパンは、いいぞ」としか言わなくなるのと同じなわけだ。うん、たぶん同じ。

 しかし、これを言ってもうちの妹君には通じないことは分かりきっているので多くは語らない。比企谷八幡は無駄なことに余計な労力を割かないのだ。

 というわけで、特に反論するでもなく次の服に目移りしている妹の後をついていくという、一歩間違ったらストーカーと間違えられて通報されそうな行為に従事していると、店の外の通りに見覚えのあるポニーテールが見えた。迷っているのか、周囲をキョロキョロと見渡しながらその場を行ったり来たりしている。

 

「およ? あれって桃花さんだよね?」

 

 服を物色していたらしい小町も気づいたようで、持っていたハーフパンツを棚に戻して未だキョロキョロしている矢田に駆け寄っていった。女性服の店に男が一人いたら完全に警備員さんを呼ばれる展開になってしまうので、俺もその後について行く。

 

「桃花さん、こんにちはです!」

 

「ひゃっ!? あ、小町ちゃんと……比企谷君。どうしてここに?」

 

 声をかけられた矢田はビクッと大きく肩を跳ねさせた。一瞬臨戦態勢になったのは訓練の結果故仕方がないと思うが、こいつって声かけられてそんなに驚くタイプだったっけ? だいたい倉橋と女子力高いペアを組んでいるし、ビッチ先生の交渉術なんかも積極的に勉強しているから、そういうことには慣れていると思うのだが。

 

「二人は本当に仲がいいね。買い物?」

 

 そんな俺の疑問を一般人である小町の前で聞くわけにもいかずやきもきしていると、逆に矢田の方が質問をしてきた。買い物であることは間違いないな。俺の買い物は一切ないけど。

 

「買い物に来た小町のボディガード兼荷物持ちだな」

 

「またそんなこと言ってー。ひどいですよね? 小町はお兄ちゃんとお出かけしたかっただけなのに」

 

 いやあんた、どう考えても荷物持ち兼ボディガードでしょこれ。そんなうれしいこと言ってもお兄ちゃんはちょっとしか騙されないんだからね! あれ、ちょっとは騙されちゃうのん?

 矢田もどうすればいいのかと悩むように頬を掻いていると、「あ、そうだ」と小町が胸の前で両の手のひらをポフッと合わせた。

 

「桃花さん、この間はまたこのごみいちゃんが迷惑をかけてしまったようで、本当にすみませんでした」

 

「あー……それは気にしなくていいよ、小町ちゃん」

 

 小町が言っているこの間というのは、たぶん偽死神が来たときのことだろう。俺が入院したことを小町に知らせてくれたのは矢田だったようだし、本当に頭が上がらない。ついでに小町が不名誉な呼称を言った気がするが、マジでゴミみたいな失態だから始末に終えない。

 

「それに、比企谷君が無茶しちゃったのは私たちのためだったし、そこはちゃんと理解しないとって思ってるんだ」

 

 そう微笑む矢田の目は、やはり飲み下しきれないものがあるのか揺れているように見える。

 夏休みの暗殺、俺の暴走以降、矢田と俺が関わる頻度は減っていた。無視されるようになったわけではない。時々見られている感覚はあったし、何か言おうと口を開くしぐさを見せるときもあった。きっと、矢田の中で何か思うところがあっての行動だろうと俺自身、なにもアクションを起こすことはなかった。

 

「けど、私は他の皆と違ってすぐには飲み込みきれなかったからね」

 

「……そういうわけじゃねえだろ」

 

 きっと、E組の誰もが俺の無茶を完全に割り切れたわけではない。たぶん、誰もが思うところはあっただろうし、その中で矢田は少し素直すぎたのではないかと思う。素直すぎるから、他の誰よりも悩んでしまった。

 そんな諸々の意味を詰め込んだ「そういうわけじゃない」に矢田は少し目を伏せ、「そうか、そうだね」と口元で音を転がした。

 

「最初は自分が納得できるようになるまで比企谷君のこと、もっと見てもっと知ろうって思ったけど、やっぱりそれはやめる」

 

「おう」

 

「これからは、もっと話して、もっと触れて知っていくから、覚悟してね」

 

 銃の形を作った右の手を俺に向ける矢田の表情には、まだ少し迷いがあるように感じるが、さっきまでに比べればどこかすっきりしているように見えた。

 こんな面倒くさい兄貴分のことを、少しでも理解しようとしてくれる妹分がいる。俺の無茶を、実の家族以外で悲しんでくれる人がいる。それが未だに俺にはこそばゆいようなうれしさを孕んでいて、けどそれを素直に言葉にするのは恥ずかしくて。

 

「……ま、俺を理解するのは小町ですら数年かかったけどな」

 

「このごみいちゃんはなんでそういうこと言うのかな……」

 

 いやほんと、面倒な兄貴でごめん。

 矢田が苦笑の笑みを漏らして、小町がやれやれと大げさなアクションでため息をついて、俺は視線を外してそっぽを向いて。そうやって気恥ずかしさを外に発散させていると、小町が「およ?」と首をかしげた。というか小町ちゃん、そのよくわからないしゃべり方は地なの? かわいいからいいけどさ。

 

「そういえば、桃花さんはなんの用事でららぽに来たんですか?」

 

 小町の質問に矢田の表情が表情筋を凍らせたのかというくらいぴたっと止まり、再起動を果たすとキョロキョロと周囲の店と小町、そして俺を何度も見比べた。そして、ちょいちょいと小町を呼び寄せると耳元でなにやら内緒話を始めた。八幡、蚊帳の外である、

 最初はふむふむと頷きながら聞いていた小町だったが、だんだんその表情が青ざめてきて、最終的には矢田と自分の足元にしきりに視線を往復させるようになった。なにやらうわ言のようにぼそぼそと呟いていて、ちょっと怖い。

 

「ぇ……、まじで? ぃ、いー……が、入らない……いやいやいやいや……えぇ……」

 

 こいつは本当になにを言っているのだろうか。「いー」とは「E」のことだろうか? と言うことはE組のこと? いやしかしそれだと「入らない」の意味がわからん。他に何かあったっけ? ……そういえば、この間別のところでEって言うのを見たような……そう、あれはシロたちが殺せんせーを下着泥棒にしようとして……。

 ……あ。

 思い至ったときには既に遅く、俺の視線は自然と矢田に、正確には矢田の中学生にしてはやけに発育した部分に向いてしまっていた。そ、そうか。入らないのか。小町と一歳しか違わないのに、ここまで変わるものなのか。ほんと、人体って不思議ですね。

 で、女性という生き物は得てして視線に敏感なもので。

 

「っ~~~~!」

 

 矢田は胸元を隠して背を向けてしまった。

 

「ごみいちゃん、さいてー」

 

「待てや愚妹。お前がネタバレしたんじゃねえか」

 

 その後俺を残して小町とランジェリーショップに向かった矢田は無事に目的のブツを購入したのだが、その結果俺は一日中小町から「ごみいちゃん」としか呼ばれなくなってしまった。

 ついでに小町が、豊胸ストレッチとやらを始めて、三日で飽きたのは別のお話。




学園祭突入と久しぶりに矢田ちゃんのお話。
こういうと「お前絶対忘れてただろ」って言われそうですが、矢田ちゃんのことは忘れていません。ただ、出しづらいキャラなのは事実ですが。
確かに普段何気なく絡ませるのはやりやすいほうだと思うんですが、いざメインの話を書こうとすると、八幡との共通点が少ない部類の子なんですよね。だから、ちょっと今まで引っ張ってまじめな話担当として用意してみた次第。

そういえば、今日はちょっと用事があって熊本に来ています。博多熊本間の新幹線は一部徐行運転ですがスムーズに通行してました。九州新幹線しゅごい。
熊本は建物によっては内部が損傷していたり、やはり飲食店はほとんど営業が止まっていて、本日寝床のネカフェもドリンクバーやフード系の提供は停止していました。入ったときにはシャワーも提供休止しててリアルに青ざめたり。途中で再開してたので浴びさせてもらいましたが。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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