二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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それは試行錯誤の繰り返しなのである

 目の前に置かれているのは三盛りの麺。自然薯をつなぎにドングリ粉から作られたそれは普通のラーメンの麺とは違って少々浅黒い色をしている。パッと見は三盛りとも同じものに見えるが、よく見るとわずかに色合いやツヤ加減が違ったりしていた。

 

「……それじゃあ」

 

 まずは一番左に置かれた麺に箸を伸ばし、三本ほど掴みあげて――何もつけずにすすり込んだ。

 ズズ、ズズと口の中に麺を吸い込んで、ゆっくりと咀嚼する。プツンと歯が麺を麺を分断するたびにドングリの強い風味と自然薯の香りが口の中から鼻腔に侵食して、嗅覚器官を刺激した。

 もう一度同じ麺を掴み、今度は用意されたつけ汁につけてすすり上げる。麺の表面をつけ汁が膜を作るように多い、そのおかげでツルンと口の中に入ってくる。豚骨ベースの肉食な味が舌の上で踊り、そこに凶悪的なまでのドングリ麺の風味がプラスされた。

 ゴクリと飲み込んで、瞑目する。頭の中で感想をまとめて、その隣、さらにその隣と分量を変えた麺を口に運んでいった。

 

「ふむ……」

 

「ど、どうっすか……?」

 

 三つの麺の試食を終えた俺に、身を乗り出すような体勢で村松が訪ねてくる。その目は真剣そのものだ。この少年は、事料理となると普段のおちゃらけた目をしなくなる。普通にクラスメイトをしているだけだったら。きっと気づかなかったことだろう。

 そんな村松を一瞥して俺は……最初に食べた左の麺を指さした。

 

「これが一番美味い。何もつけなくてものど越しがいいし、スープも一番よく絡まってきた」

 

「なるほど! じゃあ出店する麺はこれで行きましょう!」

 

 それはつけ麺づくりを開始して一週間が経とうとしていた頃の出来事だった。ついに、ついにラーメンの主役である麺が完成したのだ。

 もうこの時点で俺たちの感動は最高潮と言っても過言ではなかった。何度も何度も試作改良を繰り返して、ゆうに五十を超える試作の果てにようやくここまでこぎ着けたのだから無理もない。村松なんて目尻に涙まで浮かべている。

 

「……二人とも楽しそうだね」

 

「っていうか、比企谷なんて最近ずっとドングリ麺しか食べてないだろ。俺ならもう食べたくなくなっちまうよ」

 

 不破と杉野が呆れ交じりに交わす会話が聞こえてくる。確かに俺だって、毎日同じものを食べ続ければ飽きる。いかに美味な小町の料理だって、一週間カレーが続いたときは当分食べたくないと本気でマイシスターに懇願したほどだ。

 しかし、しかしだ。ラーメンとなれば話は別である。千葉の水がマックスコーヒーならば、千葉の主食はラーメンである。米というものは基本的に毎日食べても飽きることはない。つまり、ラーメンも毎日食べても飽きることはないのだ。

 しかし、これはあくまで俺の主観に過ぎない。なぜか知らないがこの教室では一部の奴を除いてマックスコーヒーを水と認識してないし、原に至っては食べ物だとか言い出すから、ラーメンを毎日食べると飽きてしまう千葉県民もいるだろう。だからこの話はここで終えることにする。仕方ないね。

 で、晴れて麺が完成したわけだが……。

 

「ただ、この麺だとつけ汁がいまいち合わないな」

 

 さっき試食に使った豚骨ベースのつけ汁に再び合格点を出した麺をつけてすする。中太麺のおかげでスープはうまく麺に絡んでいるのだが……。

 

「どうも今一つつけ汁が麺に負けてるんだよな」

 

「あー、確かにそれは自覚あったっす。麺が麺だから主張が強いんっすよね」

 

 豚骨ラーメンと言えば、ラーメンの中でもかなりパンチが強い部類だ。それが強烈な風味のドングリ麺に負けてしまっている。この麺を活かすために濃いつけ汁を使うつけ麺を選択したのだから、あっさりめの塩や醤油は論外。味噌も日本特有の風味があって悪くはなかったのだが……。

 

「あ……豚骨醤油はどうだ?」

 

 味噌ベースの時に感じた日本的風味と自然薯入りの麺とのマッチング。同じ日本製調味料である醤油ならば、そしてそれと今ベースにしている豚骨を組み合わせれば。

 俺の提案に、村松も口元に手を当てながら考えて、ゆっくりと頷く。しかし、同時に首を捻って眉間にしわを寄せた。

 

「確かにそれはありかもしれねえ。けど、たぶんそれだとまだパンチが足りねえというか、旨味が足りねえというか……」

 

 麺が一段落したら次はつけ汁。やはりラーメン作りってやつは難しい。どっかの趣味でアイドルやってる農家も年単位で時間をかけるわけだ。

 頭を悩ませる俺たちの耳に、ジューッと何かを炒める音が聞こえてくる。同時に漂ってくるバターの香ばしい香りと、思わず涎が出そうになる強い旨味を孕んでいそうな匂い。

 

「ヌルフフフ、この山には無毒で美味しいキノコが多いですねえ。木の実なども豊富ですし、もっと早く思い至っていればティッシュから揚げなんて食べなくても済んだかもしれません」

 

「あれ生徒としては恥ずかしいんだから、これからはやらないでよ?」

 

 音と匂いの方向に視線を向けると、どうやら原が山で採れたキノコを使ってバター炒めを作っていたらしく、どうやらまた金欠らしい担任教師に振る舞っていた。

 キノコ。菌類に属するグアニル酸という旨味成分を多分に含んだそれは、肉にも魚にも野菜にも出すことのできない旨味を抽出することが……可能。

 

「「そ……それだあ!!」」

 

「にゅ!? 二人ともいきなり大声を出して……ってああっ!! 先生のバター炒めを返してください!」

 

 キノコがつけ麺の具に決まった瞬間であった。ちなみに結局殺せんせーはバター炒めにありつくことはできなかった。

 こんなことを繰り返して、学園祭の商品準備の日々は過ぎていく。

 

 

     ***

 

 

 あっというまに準備期間は過ぎ去って、学園祭本番。渾身を尽くしたE組の出店は……いまいち攻めあぐねていた。

 

「仕方がないよ、比企谷氏。立地の割には十分健闘しているほうだ」

 

 竹林の言う通りだろう。一キロの山道というハンデを負っているにしては客足はそこそこある方だと思う。菅谷のポスターや岡島狭間三村が手がけたメニュー表やホームページの成果は十分に出ている。

 ただ、やはりA組のものと比べるとインパクトに欠ける。プロの演者にプロの商品。そこにアマチュアの料理がハンデ付きで殴り込むのはなかなか難しい。

 

「まだまだ、勝負はこれからですよ」

 

 椚ヶ丘学園の学園祭は二日間。きっと入り込む隙は存在するし、暗殺者はその隙を逃さない。

 今は、じっとその時は待つだけだ。

 

 

 

「よ、矢田。調子はどうだ?」

 

「あ、比企谷君。まあ、まずまずってところかな?」

 

 出店の方はまだ人手が十分ということで、麓の方で客引きをしている矢田の様子を見てくることにした。広報担当だった連中の頑張りも確かにあるだろうが、E組の業績がなんとかギリギリ安定しているのは矢田の交渉力の力も大きい。将来を見据えてビッチ先生から交渉術を一番に学んでいる彼女のおかげで少しでも興味を持った客を確実に呼び込むことに成功していた。男限定だが、頂上に行けば師匠であるハニートラップマスターも控えている。あの不良っぽい生徒たち、めっちゃ貢がされてたけどお小遣い大丈夫なのかな。

 いや、ほんと師弟コンビの隙を生じぬ二段構え怖い。

 

「あら? ドングリつけ麺って……初めて聞くわね」

 

「よろしければ一杯食べて行ってみませんか? 山の幸をふんだんに使ったたぶん日本で食べられるのはここだけのつけ麺です。きっとマダムの話のネタにもなりますよ?」

 

 興味を持った人間を見つけたら自然な身体運びで近づいて、警戒させないように気を付けながら相手に合った売り文句でさらに興味を惹かせていく。あっという間に話に乗ったマダムは寺坂たちが引くリアカーに乗ってE組校舎に向かっていった。

 

「すごい手際だな。俺にはまず真似できねえ」

 

「まあ、女子だからっていうのもあるからね。接待術や交渉術も元々社会でいい第二の刃になるかなって思ってビッチ先生に教わりだしたし、ちょっと早めに役に立っちゃった」

 

 第二の刃。俺がまだE組に来る前の一学期中間試験の時にまだ自分たちをE組だから、百億を獲得できれば勉強なんてする必要ないからとネガティブな考え方をしていた皆に殺せんせーが言った言葉らしい。殺し屋は決して暗殺計画を一つだけにしない。状況が変わったときのためにサブの計画を、メインのそれよりも綿密に計画する。E組で言えばメインの刃が暗殺の刃、第二の刃が勉強を始めとした力達だ。

 

「すごいな」

 

 素直にそう思う。去年の俺なんて、嫌な環境から逃げるためにただひたすら勉強をして、一人中に籠っているだけだった。俺が考えてもいなかった先のことを見据えているこの後輩は、本当にすごい。

 

「そんなことないよ。こうして成長できてるのは、殺せんせーやE組の皆がいるおかげだから」

 

 あの先生がいたから目先の賞金に釣られることなく刃を研ぎ続けた。同じ思いをした仲間がいたから研ぐことをやめずに鍛え続けることができた。そう恥ずかしそうに笑う少女が、やはりそれでもすごいと、俺は思った。

 

「お? ……俺そろそろ戻るわ。なんか殺せんせーが殺し屋を呼び出したせいで店が繁盛しているらしい」

 

 スマホに来た倉橋からのSOSに少々ため息が漏れてしまう。ヘルプが必要な数の殺し屋って、それ一般の人たち来づらくありませんかね? 矢田もある程度落ち着くまで呼び込みを控えようと困ったように頬を掻いていた。

 どうせいるのは大抵が国家機密を知っている連中だし、最短距離の山の中を突っ切るかと駆け出して――ここにいるのは珍しい人間についつい止まってしまった。

 

「浅野、なにやってんだ?」

 

「えっ、あ……比企谷さん……」

 

 図書館以外ではほとんど会うことのない浅野学秀の姿がそこにはあった。いや、観察力を鍛えていなかったらそれが浅野だと気づかなかったかもしれない。浅野はサングラスにマスクをつけて顔の大部分を隠し、わざわざ私服であろう薄手のジャケットに着替えている。足が向かおうとしていた方向は、本来浅野とは無縁のはずのE組に続く山道。

 ほほう、これはこれは。

 

「どうした? うちに用事か?」

 

「……比企谷さんには関係ありません。僕にとってE組など取るに足らない存在ですが、体育祭のように足元を掬われてはA組のリーダーの名折れです。なので、僕自ら敵情視察に来ただけですよ」

 

 なんというか、俺が言うのもなんだがこいつも存外素直じゃない。そもそも敵情視察にわざわざ大将が出向く戦いなんて聞いたことがないんだが……そこを指摘するとそのまま帰っちまいそうだな。敵ながらどうにも最近憎めないこの後輩にも今回のE組の戦法を見てもらいたい、という気持ちがあるのも事実だ。

 さて、そのミッションをこなすために今回はどう接するべきかと考えて、素直に勧誘してみることにしてみた。

 

「じゃあこっちで注文しとくから行こうぜ。あいつらにばれたくないだろうから、普通の席に案内はできねえけど」

 

「……そうですね。比企谷さんにばれたということは磯貝たちにもばれてしまう可能性があります。しょうがないのであなたの提案に乗ってあげますよ、不本意ですが」

 

 ほんとこいつ素直じゃねえな。機嫌を損ねないよう、見えないように苦笑しながら、E組校舎までの案内を開始した。




今日は少し短めですが、疲れがたまっているのでこれくらいで。
文化祭で飲食店出すところってどれくらいあるんですかね? 私のところは中学が飲食関係禁止。高校も簡単な軽食のみだったので、学校全体で二つくらいあればいいほうって感じでした。
文化祭といえば中学三年のときに友人数人でやってバトル物の寸劇が今でも記憶に残っています。皆木刀とか斬魄刀とか持ってるのになぜか一人だけ徒手空拳でした。今思うとなんでそんな武闘派バトルスタイルだったのか……謎ですね。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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