二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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暗殺者は数瞬のチャンスを見逃さない

 E組校舎までの坂道はそこそこ険しい部類に入るのだが、俺の隣を歩く完璧生徒会長はさして疲れた様子も見せなかった。武道の心得もあるようだし、体力面は問題なさそうだ。

 

「……ま、タイミングとしては悪くないか」

 

「? タイミング?」

 

「いや、こっちの話だ」

 

 途中でメインの山道をずれて比較的歩きやすい獣道を潜る。さっきまでだったら俺が個人をVIP待遇で別の場所に案内するのは難しかっただろうが、殺し屋たちが大挙して押し寄せてきた今ならば、一般人に裏の人間たちを見られないようにするためということで自然に浅野の身を隠すことができる。そう考えると、確かにタイミングはいい。

 ある程度踏み固めているとは言え十分に足場の悪いけもの道を少し進むと、少し開けた空間に繋がった。雑草に覆われた地面から生える木々はそのいくつかが切り株に変わっている。間伐がてらわかばパークの補強資材に変わった結果だが、今は手ごろな椅子として使えるだろう。

 

「ほいよ」

 

 浅野を切り株に座らせて超特急で受け取ったつけ麺を手渡す。行儀よく手を合わせた浅野は、まずまじまじと麺を観察していた。

 

「……調理法はホームページで確認しましたけど、本当に麺になっていますね」

 

「重曹とか塩とか一部の材料以外は全部ここで採れたものを使ってるぞ」

 

 さすがに古今東西あらゆる食べ物を網羅していそうなこいつでも、こればかりは食べたことがないようだ。だってアク抜きに一週間かかるもんな。普通に考えて材料費はともかく手間暇かかりすぎて誰もやらないだろう。

 ひとしきり観察を終えた浅野は「それでは」と小さくのどを鳴らして麺をつけ汁に浸す。シイタケやシメジなどのキノコ類とネギ、チャーシューを乗せた豚骨醤油スープに触れた麺が、その表面でスープを掬い上げた。その麺を浅野は一度目の前で止めて、豪快にズゾゾっと啜り込む。

 近くの切り株に腰かけている俺の位置にまで、濃厚な豚骨醤油と存在感のあるドングリ麺の香りを漂わせながら浅野は麺を咀嚼して、具材に選んだキノコも少し口に含み瞑目する。

 

「…………なるほど。素直に驚きました。まさか本当にこの山の食材でこれだけの味を用意できるとは。そういえばE組には村松がいましたか。メイン進行は彼ですね」

 

 本当に、こいつのこういうところは父親譲りだ。敵味方関係なく顔や名前、能力を把握している。きっとE組は暗殺者的な奇策を巡らせて、普通ではありえない急成長を遂げていなかったら、どう足掻いてもこいつと勝負をし、あまつさえ勝つことなんてできなかっただろう。

 

「ま、売り上げはA組に負けてるけどな」

 

「あたりまえでしょう。むしろこの立地条件を相手にまた負けたら……」

 

「? 浅野……?」

 

 一瞬、目の前の少年が掴んでいた箸が震え、その目に――いつか見た怯えの色が色濃く表れた、気がした。いや、気のせいではない。確かにその目に映っていたのは怯えであり、恐怖だった。ただ、それが見えたのは本当に一瞬で、すぐに取り繕うような笑みにかき消されてしまった。

 

「いえ、なんでもありません。今回僕たちだって全力を尽くしています。E組に後れを取るような要素はどこにも……ん? あれは……」

 

 自信を表すように言葉を連ねていた浅野の口の動きが止まる。何事かと視線の先、俺の後ろの方を振り返ると――

 

「いやー、学園祭に来てよかったなぁ。まさか渚ちゃんに接客してもらえるなんて」

 

「う、うん……来てくれてありがとね、ユウジ君」

 

 茂みの奥でなぜか渚がスカートをはいていた。ついに女装に抵抗がなくなったのかとお兄ちゃん的に心配になってしまったが、一緒にいる相手は俺にも見覚えがあった。離島で鷹岡から治療薬を奪取するために潜入したホテルで渚に絡んでいたあの男子だ。どうやってかは知らないが、渚の手がかりを掴んでわざわざここまでやってきたらしい。

 

「なぜ彼がここに……。いや待て、それよりもこれは場合によっては……」

 

 ユウジとかいう奴を観察しながらブツブツと何かを呟いていた浅野は、こうしてはいられないと一気につけ麺を完食した。座っていた切り株に器とお金を置くと、すぐさま下山しようとする。

 

「急に慌ててどうしたんだ?」

 

「別に、あくまで可能性を考えて策をさらに練るだけですよ。A組の勝利をより確実にするために」

 

 これ以上そっちに本気を出されたら、ほんと完膚なきまでに叩き潰されるんですが……。げんなりとそう返してやろうかなとも思ったが、浅野の横顔を見て口をつぐんだ。

 

「気をつけろよ? 一瞬でも油断したら食われるぞ?」

 

「それは、今までで百も承知ですよ」

 

 それでは、と駆け出した浅野を見送って、器を片付けるために校舎の方へ向かう。何が原因かはわからないが、浅野のギアを一段階上げてしまうことになったようだ。それはE組にとって脅威のレベルが上がったということなのだが、それが少し楽しみに思えてしまう自分もいて――

 

「俺も、だいぶあの先生に毒されてきてんのかね」

 

「半年も手入れをされていれば、当然と言えば当然ですけどね」

 

 ぼそりと呟いた返答を求めない俺の言葉は、ズボンのポケットに入れていたスマホからあっさり返されてしまった。まあ、こいつのことだからずっと聞いてましたよね。スマホを取り出すと、画面には他のE組女子のように制服にエプロンをつけて、頭にウェイトレスが付けるフリルカチューシャを乗せた律が微笑んでいた。

 

「……あいつらには言うなよ?」

 

「それは浅野さんのことですか? それとも、さっきの独り言のことですか?」

 

「どっちも」

 

 どっと疲れが出て思いのほか低い声になった俺を見て律はクスクスと笑うと、「了解です」と右手を額に合わせて敬礼のポーズを取った。ほんと君、日に日に行動があざとくなっていくよね。AI娘の進化の方向性が間違っている気がしてやばい。しぐさがうちの実妹に近づいている気がするからもっとやばい。

 

「……接客長すぎ。さっさとこっち手伝いなさいよ」

 

 まあ、そこそこの時間浅野と話していたので、顔を出した途端速水に苦言を呈されたのはご愛敬だろう。というか速水、なんかカチューシャが妙に浮いて見えるというか、カチューシャに付けさせられている感が半端ない。いや、似合っていないわけではなくそれが逆に似合っているというか……こいつ後どれだけ属性追加すれば気が済むのん?

 

「すまん。ちょっと特別な客だったんでな」

 

「……小町?」

 

 そこですぐ妹の名前が出るあたり、俺の事わかってんなお前。

 

「小町は明日来るって言ってたぞ。今日は用事あって無理なんだと」

 

 いや、マジで明日でよかった。もし今日、しかも今のタイミングで来られていたら来ている殺し屋全員追い出さねばならなかったからな。そうしないと、小町に弁明できる自信ないもん。

 こら渚、いや中村。ロヴロさんに「マイルド柳生」とかいう変な名前つけるのやめなさい。

 

 

     ***

 

 

「ドングリでラーメンって聞いたときはついにお兄ちゃんがとち狂ったかなって思ったけど、こうしてホームページ見ると普通においしそうだねー」

 

 翌日、朝から行くと言った小町と一緒で電車に乗り込むと、なにやら妹から失礼なことを言われた。

 

「なんで俺が発案者みたいになんだよ。あと、ラーメンじゃなくてつけ麺な」

 

「お兄ちゃんは細かいですなぁ」

 

 いや、細かくはないのだが。いや、俺はどっちも好きですけどね?

 左手で俺の袖を掴んでバランスを取りつつ、三村たちが作ったホームページに目を通している小町は時折、これも食べてみたいなぁなどと感想を漏らしている。小町の身長では背伸びをしなければ吊り革に手が届かないので、お兄ちゃんをその代わりにしている点には目をつぶってやろう。それよりさっきの「とち狂った」ってところ訂正してくれませんかね?

 それにしても……。

 

「なんかやけに混んでるな」

 

 当たり前のことだが、学園祭は土日に開催されている。つまり、いつもは通勤通学ラッシュにぶち当たるこの時間帯も、今日は普通の密度になるはずだった。現に土曜日の昨日は割とスカスカだったし。

 しかし、今日はまるで平日のラッシュ、いや下手したらそれ以上なのではないかという人口密度になっていた。駅に着くたびにどんどん人が入ってくるので、途中から小町も服ではなく俺自体にしがみつくようになったほどだ。

 また駅に着いたが、降りる人間は二、三人で、逆に十数人が一気に乗り込んできてまた密度が上がる。

 

「お兄ちゃ、ちょっと苦しい……」

 

「端のところを陣取るべきだったかもな」

 

 とりあえず身体を丸めるようにして、できる限り小町が窮屈にならないスペースを作っていると、電車のアナウンスが椚ヶ丘駅を知らせてくる。

 そして電車が止まり扉が開くと同時に。

 

「「……え?」」

 

 乗っていた乗客の九割以上がぞろぞろと下車していく。余裕で通勤ラッシュの密度を超えていた車内は急に閑散として、数度車内の温度も低くなったようだ。残っている休日出勤らしいサラリーマンは……羨ましそうにホームを眺めていて――

 

「あ、やべ。降りるぞ、小町」

 

「あっ、そだね!」

 

 呆けていて危うく降り損ねるところだった。それにしても、なにが起こっているのだろうか。昨日浅野が言っていた策という奴だろうか。あいつこんだけの人間動かせるの? やだ、最近の中学生怖い。

 駅を出るのが少し怖くなり、兄妹揃って足取りを重くしていると、マナーモードにしていたスマホが鈍い振動を発生させてきた。取り出してみると、律からのLINEチャットのようだ。小町がいるからしゃべるのは自重したのだろう。

 

 

 (八幡さん、大変です! E組の出店に長蛇の列ができています!)

 

 

「……は?」

 

 思わず間の抜けた声が漏れてしまう。E組に長蛇の列? A組じゃなくて? いや確かにこのままで終わるつもりは毛頭なかったが……なんでそんな急にドングリつけ麺に人が並ぶようになったんだ?

 とりあえず、直接確かめてみた方がいいか。

 

「小町、なんかE組がすごいことになってるらしい。ちょっと急ぐぞ」

 

「わかった!」

 

 さっきの足取りの重さはどこへやら。二人して椚ヶ丘学園、その少し奥にある山の上のE組校舎へ駆け出した。

 

 

 

 山の麓に着くと、マジで長蛇の列ができていた。うっすらと見えるE組の校門から麓の看板、いやそれよりも長く列ができている。よく見ると、なにやらテレビクルーまで来ているようだ。

 

「……こんな偶然、あるもんなんだな」

 

 先に学校に来ていた不破が律と一緒に調べてくれていたようで、原因は案外あっさり判明した。昨日来ていたユウジという男子。渚が男だと暴露して帰ってしまったのだが、どうやらあいつ、今一番勢いのあるグルメブロガーらしい。そのブログが昨日更新され、まさに俺たちの出店のことが書かれていた。

 浅野が言っていた可能性というのはどうやらこいつのことだったらしい。なるほど、確かにこれだけE組に人が来たら、A組もうかうかしていられないな。

 

「あ、比企谷君遅いですよ! 準備手伝ってください!」

 

 いち早く俺を見つけた片岡が大きい身振りで早く来いとせかしてくる。確かに、開店開始まで時間はあまりない。

 

「さて、そんじゃ気合い入れていくか」

 

「頑張ってね、お兄ちゃん! 皆さんも!」

 

 せっかくやってきたチャンスだ。それを活かすのが暗殺者ってやつだろ。

 両の拳を合わせて気合を入れ、俺も準備に取り掛かった。




学園祭、もうちょとだけ続くんじゃ。

ちょっと長くなりそうだから切っただけで、決しておすすめされたぐらんぶるを読んで爆笑してたら書く時間がなかったわけじゃないんだからね!
最近小町出してなかったなと思って小町の描写を入れたら思いのほかいい感じの文量になったという点は否定しない。私の書く小町はやけにお兄ちゃんラブな感じになってしまってしょっちゅう抱き着いてしまっています。やっぱり妹はかわいいな! 

過去作の【やはり妹の高校生活はまちがっている。】や【ある日妹が増えまして】あたりも読んでみてね!(露骨な宣伝

浅野君のところはもうちょっと書いてもいいかなーと思ったのですが、あんまり書きすぎて海老名さんが喜びそうな展開になっても困るので、あくまで控えめな感じで。

麺の材料の重曹云々は名簿の時間の実際にドングリつけ麺作ってみたやつを参考にしました。雑に作らずにリアルに作った奴の感想が見たい。食べてみたいけど、一週間アク抜きしてたら忘れちゃいそうですね。あと水道代やばい。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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