「うまぁ。これには食通の小町も思わず舌鼓を打っちゃうよ」
E組提供の料理をハムスターのように口いっぱいに頬張りながら、小町が満足げにもごもご感想をのたまっている。その姿はどう見ても食通というよりも冬眠前のげっ歯類だし、さすがにその歳で食通になるほど食べ歩いていたらうちの社畜二人が発狂するだろうから止めざるを得ない。
二日目の開店が始まり、有名ブロガーの宣伝効果によってE組の出店は昨日とは比べ物にならないレベルの忙しさになっていた。席は常に全席埋まっていて、全員がほぼフル稼働しなくては供給が間に合わない。厨房代わりの家庭科室からは、時折村松の声が聞こえてきている。まさに店長といった感じだろうか。
そんな忙しい中、俺は小町と一緒に昨日浅野が食事をしたのと同じ切り株のところに腰かけていた。一応弁解しておくと、決してサボっているわけではない。むしろE組全員から小町のエスコートを任されたのだ。
俺にとってはもちろんのこと、他のE組の奴らからしても比企谷小町という存在はVIP対象なようで、まず列とか関係なしに最優先で小町に飯を提供することが満場一致で可決した。しかし、そんな特別待遇を他のお客と同じ席でするのは傍から見るとちょっとイラッとするだろう。しかし、校舎内に入れたら入れたで、今日は巨大な栗の姿で机に鎮座している殺せんせーや予備の武器などなどを見られる可能性もある。
そういうわけで、小町が余計なことを知ることがないように、八幡君は監視役に任命されたのだ。元々高校生の俺が手伝っているというのも見栄えがよろしくなかったというのもあるだろう。やだ、八幡ハブられてる! ハブられた上に妹の監視なんてマニアックなことやらされてる!
……コホン。それは置いておくとして、草木の隙間から見える校庭の様子に目を向けてみる。確かに一般の客が圧倒的に多いが、案外本校舎の生徒も来ているようで、制服姿が目に映る。元々上がっていたE組への興味に加えて有名ブロガーの絶賛というお墨付きだ。足を運ぶのも仕方ないだろう。
「よう。来てやったぞ、杉野」
「お、進藤も他の皆もいらっしゃい。ちょっと待ってろよ。席空いたらすぐ通すから」
ぞろぞろとやってきたのは野球部の連中か。球技大会でハチャメチャな試合を展開したE組と野球部だが、杉野は元々の社交性の高さも相まって、進藤以外とも交流を続けているようだ。というか、野球部自体あまりE組を見下した雰囲気を感じさせない。ごく普通に同級生の出店に遊びに来たといった様子だった。というか杉野、今このタイミングで進藤の諜報能力の謎を聞き出してはくれないだろうか。俺気になって夜しか眠れないだ。普通だな。
野球部の他にも、本校舎の生徒は大抵誰かと雑談を交わしている。イベントごとに何度も目にしていたあざけりと優越の目はそこにはほとんどない。見下されていたE組が這い上がって、見下していた本校舎の生徒がそれを受け入れている。
あいつらの頑張りは、行動は――ちゃんと意味を成して結実している。
「ふふふー」
「なんだよ?」
「いや、お兄ちゃん嬉しそうだなーって思ってさ」
隣でモンブランにパクつきながらニシシと笑う妹に、それ以上言葉を交わさずに自分のうなじのあたりを軽く掻いてそっぽを向く。そんな俺の肩をポスポス叩きながら、小町はまた笑う。
それもまた、楽しい時間に違いなかった。
「……ん?」
出店の方の人の声や木の葉の擦れあう音に混じって、なにか聞こえた気がした。それは決して聞き間違いではないようで、ブロロロロというプロペラが回転するような音はどんどんその音量を大きくしていく。草葉の陰から顔を出してみると、割と近いところをヘリが飛んでいた。個人用なのか独特の色合いが施されたそれはまっすぐに本校舎の方に飛んでいき、校庭に着陸したようだ。
「……お兄ちゃん、私立って本当に個人ヘリで通学する人いるんだね」
「お前のそれは漫画の読みすぎだ」
実際今まではこんな光景見たことなかったし、確かこの学園祭はヘリでの空中からの撮影は許可していなかったはずだから、テレビ局のものでもないだろう。
じゃあ一体あのヘリは誰が、何のために用意したものなのかと考えていると、校舎裏から小柄な影が駆け寄ってきた。
「比企谷、どうやらあのヘリは浅野に用があるらしい」
「浅野? ってことはA組にか?」
堀部が持っていた偵察用ラジコンのコントローラーを受け取ると、取り付けられたカメラディスプレイにはちょうど降り立ったヘリ周辺の映像が映っていた。五英傑の残り四人がビクビクしている中、完全に停止したヘリに浅野が近づいていく。
そしてヘリの扉が開かれて――
「あ、この人見たことある! ……え、マジ?」
一緒に様子を確認していた小町が声を上げるのも無理はない。俺だってそこから出てきた人物に見覚えがあった。映画の本場ハリウッドで、しかも最近主役に抜擢されることも多いベテラン俳優だ。この間も来年公開の映画で主演を務めるとニュースになっていた。
「確実にするって……そういうことか……」
ハリウッドスターをランドマークに起用する中学生って聞いたことねえぞ。いや、それを言うなら浅野の行動の大半は中学生の域を出ちゃってるんだけどな。
「俺たちは今の状態でギリギリ拮抗しているくらいだ。そこにあの爆弾は、こっちにとってかなり厳しいぞ」
「そうだな……」
日本で有名なグルメブロガーと世界的に有名な俳優では格が違う。上げるギアは一つかと思ったが、どうやら一気に五つは上げられてしまったようだ。こっちはこれ以上対抗手段は持ち合わせていない。
「お困りのようだね、ハチソン君」
「誰だよハチソン」
どうしたものかと思考を巡らせていた俺らに助け舟を出したのは、意外なことにここにいる人間の中で一番の部外者であるはずのアホ毛を乗っけた天使だった。
「小町に策あり、だよ!」
そう言って小町が山を駆け下りて数十分後。またE組に来る客足が増え、客層はガラリと変化した。今の客層は、そのほとんどが中高生のようで、列の賑やかさもさっきより数倍増しになり、それが余計に人がいるように錯覚させて来る。
「小町さん、やってくれますね」
律が関心するのも分かる。我が妹ながら、あれは化け物かもしれないと思ってしまった。
『要は、直接こっちに呼んじゃえばいいんだよ! 小町が友達呼んで、その友達がまた友達呼んでってするの。今日は休みなんだし、きっと皆来るよ!』
そういえば我が妹は一人が好きだけど社交性スキルがカンストしている次世代型ハイブリットぼっちであった。しかも今は生徒会役員で学校内でも顔が広い。そんな小町から広がったネットワークは学校内に留まらず、卒業生や兄弟を通じて他校にも広がっているようだ。直接勧められれば、ブログやテレビを見て興味を持った人間は必ず動く。ネットやテレビに比べれば拡散性自体は低いが、千葉県民をピンポイントに狙ったこの小規模ネットワークは……強い。
「妹にここまでされたら、頑張らないわけにはいかないか」
「そうだよ、比企谷君。どんどん捌いちゃお!」
不破から渡された商品を持って、俺もテーブルの方へ飛び出した。
***
「いやー、惜しかったなぁ」
「ま、殺せんせーの言う通りだからね。仕方ないよ」
二日間の学園祭が終わり、結果を見てみれば成績は二位。一位は当然ながら浅野率いるA組だ。その下には高校のクラスが並んでいる。
小町の構築したネットワークで集客は十分だったのだが、残り二時間ほどの時点で肝心の麺が底を尽きてしまった。残り時間をサイドメニューで補おうという意見もあったのだが、巨大な栗に化けていた担任教師から店じまいの指示が出たのだ。
確かに勝つことを目的にしていたが、その結果山の生態系を壊すことになってはいけない。そんなことをする権利は、俺たちにはないのだから。
『この学園祭で実感してくれたでしょうか。君たちがどれだけ多くの“縁”に恵まれてきたことかを』
教わった人、助けられた人、迷惑をかけた人、かけられた人、ライバルとして互いに争い高めあった人。プラスな出会いもマイナスな出会いも、その全てが自分たちの縁であり、自分たちの力になっていた。
学園祭準備のときに、殺せんせーはこの学園祭を一つの集大成だと言っていた。生態系が多くの縁の結果形成されているように、俺たちの周りも縁でできている。結局今回も、楽しく授業をされていたというわけだ。
『比企谷君がこの間貸してくれた漫画にこんなのがありましたねぇ。「この世に偶然はない。あるのは必然だけ」。今回のことは、まさにこれだと先生は思いますよ?』
あの教師、どうやら朝の俺の呟きを盗み聞きしていたらしい。思わずナイフを振りかざしたが、あっけなく避けられてしまった。
ただまあ、確かにそうかもしれないな。鷹岡が俺たちを脅迫したから、あのホテルで渚とユウジが出会った。その結果ユウジはこの学園祭でE組に来て、渚の本当の性別を知って、開き直ってありのままに記事を書いたからこそ人の目を引いた。いくつもの見えない変数が作り出した、偶然のような必然。
そう考えると、俺がE組にやってきたのもきっと必然なのだ。二十九人の生徒がここにいるわけも、防衛省の教官がいるのも、十ヶ国語を操る暗殺者の英会話教師がいるのも。
そして、万に通じているのではないかと思わせる異形の担任教師がいるのも。
「にゅ? 黄昏たりしてどうしました、比企谷君?」
マッカン片手に訓練用のアスレチックに座っていた俺の隣に、当の触手生物がマッハで腰を下ろす。それを横目にマッカンを傾けて、喉を潤す。暴力的なはずの甘さは、今は鳴りを潜めていた。
「殺せんせー、一つ質問があるんですけど」
「はい、なんでしょうか?」
「どうしてその身体になる実験を受けたんですか?」
「――――」
殺せんせーはそのシンプルな表情を顔に貼り付けたまま、答えない。答えないのはある意味想定済みだ。今までだってそうだった。
そしてこの後の対応も。
「……先生が元人間であると知っている君でも、それは知る必要のない情報です。どうしても知りたいのならば、先生の暗殺に成功してから調べればいい」
まあ、殺される気はさらさらありませんけどねぇ、と触手生物は顔を緑と黄色の縞々にしてヌルフフフと笑う。ある意味一つのテンプレートと化している返答だ。
本当に舐めきっている時に比べて縞模様の色が薄いのも含めて。
初めて会った時からわかっていたことだった。この担任教師は嘘が下手なのだということは。だから無理やり変えた顔の色はいつもと違うし、元来の性格なのか触手の影響なのか、ごまかすときはワンテンポ遅れる。そうして隠した顔色の奥の表情は、いつものように笑っているはずなのに、時々苦々しく奥歯を噛みしめているようにも見えていた。
たぶん、実験を受けた理由は今の先生と正反対の理由からなのだろう。答えを知ったら、きっとおぞましく感じてしまうものなのだろう。
けれど、たとえそうなるかもしれなくても。
俺を助けてくれたこの先生のことを知りたいと思うのは、いけないことなのだろうか。
何も言葉を紡がないまま、甘さの足りないマッカンをまた一口煽った。
***
翌日の放課後、俺は図書館に来ていた。学園祭が終わって一ヶ月弱後には期末試験が控えている。エスカレーター式の本校舎生徒と外部受験のE組では三学期のテストは異なるため、この期末がA組と対等に勝負できる最後のテストになる。当然のことながら我らが担任教師は今まで以上にやる気を出していて、明日から本格的にテスト勉強に入ると言っていた。
だから今日は、当分来ることができないであろう図書館でのんびり過ごそうと思っていたのだが。
「…………」
向かい合うようにして当然のように座っている浅野は、何もしゃべることなくじっと机のへりを見つめている。そこにいつもの自信の塊は存在せず、静かな館内にグッと小さく唇を噛む音が聞こえた気がした。
「どうしたんだ? 学園祭で高校生をも押しのけて優勝したってのに……っ!」
不快なタイプの沈黙に耐えることができず声をかけたが、顔を上げた浅野の表情に、思わず息を飲んだ。
「何か……あったのか?」
その目に、前に見た怯えの他に怒りの色を感じて問うた俺の目を見つめた理事長子息は、ゆっくりと引き結んでいた唇を解いた。
「比企谷さん、力を貸してください」
あの怪物を殺すために。
学園祭編終了です。2話くらいの予定が4話になっていたでござる。あれれー? おかしいぞー?
今日は数日ぶりに自宅に帰ることができたのですが、疲れがたまっていたのか数時間ぐっすり寝てしまっていました。せっかくこのシリーズ以外のSSを書く予定だったのに……。
明日からGWですが、多分投稿ペース自体は何も変わらないと思います。
ただ、時間があるときほど怠けてしまうもので、ひょっとしたら毎日投稿ができない場合もあるかもしれません。
そんなときのためにくどいようですが告知用のTwitterの宣伝を。
@elu_akatsuki
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感想で原作タグの方を「暗殺教室」にするべきでは、という旨のものをいただきました。確かに世界観という点で見ると暗殺教室の比重が大きいのも事実なのですが、やはりこのシリーズの場合は比企谷八幡が主人公なので、このまま「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」を原作タグとしてやっていこうと思います。
それでは今日はこの辺で。
ではでは。