二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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大切な人の目を覚まさせるために

 明らかに学校内でする話ではないということで、俺たち二人は浅野行きつけの喫茶店に来ていた。奥にある個室を陣取ったため、下手に盗み聞きされる心配もないだろう。

 

「それで、どういうことなんだ?」

 

 浅野が俺にお願いしてきた協力要請。あの怪物、実の父である理事長を殺すための協力。

 いや、理事長の憑りつかれたような異常な教育を殺す依頼だった。

 

「俺は、別に絶対的強者であれという父の方針自体には賛成なんです。そもそもそれは僕が生まれてきてからずっと与えられてきた“教育”であり、あの人の“父親としての愛情”だと思っていますから」

 

 同じ学校にいながら親子としての関係を感じさせない二人。学校でも教育以外ではほとんど会話がないように、家でも他愛のない会話一つない、常に教師と生徒という親子関係。俺からすれば異常の一言だが、当の浅野自身はその関係に満足し、常に父親を超える壁として認識していた。

 きっとそれも、間違いなく愛し愛される親子の絆という奴だろう。

 

「けれど……今年に入ってから理事長の教育は変わり始めました。一学期の中間試験での突然の試験範囲拡大に球技大会での監督代行。それに、一学期期末試験でのA組強化」

 

 今までは勝手にエンドで留まっているだけのE組など、理事長はほとんど気に掛けることはなかった。それが一学期だけで表立って三度の介入。そしてなぜか急激に伸びたE組の成績に浅野は疑問に思わずにいられなかったのだ。

 

「あの賭けはそういうことだったのか」

 

「はい。僕たちが勝ったら、E組がA組に絶対服従する簡単な四十九個の約束事に『A組に対して嘘をついてはいけない』という約束事を紛れ込ませて、E組の秘密を聞き出すつもりでした。ひょっとしたら学校教育以外にやばいことをやっているのかもしれないと思っていたので」

 

 ……いや、うん。確かにめちゃくちゃやばいことに加担しています。しかも口止め料をガンガン請求されているって園川さんも涙目になってぼやいていました。

 あと、お前のその命令が俺には一番怖い。なんだ合計五十個の絶対服従条件って……。

 いや、今はそれは関係ないから置いておこう。

 

「けどE組は想像以上に実力を上げてきていて、お前らは負けちまった。だから俺に接触したってわけだな?」

 

「そういう点も確かにありました。正規のE組ではない比企谷さんなら、警戒されないんじゃないかと。……結局分からずじまいな上に、逆に比企谷さんに色々教わったわけですが」

 

 俺は何も教えたつもりはないんだがな、と返すと、浅野はいや、と首を横に振る。

 

「例えば夏休み明けの竹林の件。あの時比企谷さんが怒らなかったら、多分俺はあれが今までの強者としての在り方と違うと気づけませんでした」

 

 強者であるためには、あり続けるためには時に他者をも蹴落とさなくてはならない。しかし、浅野が今まで受けてきた“教育”はあくまで「自分の力で他者を蹴落とす」ものであり、「他者に虚偽のレッテルを貼って不当に叩き落とす」ものではなかった。

 

「ただ、気づきはしたのに理事長の、僕が今まで受けてきた教育を否定したくなくて、体育祭でE組を叩きのめそうとしました。普通なら簡単に勝てる勝負なのに、わざわざ自分からゴールを捻じ曲げて」

 

 その結果が完全な敗北。E組に勝って磯貝にさらなる罰則を与えることと、E組に危害を加えてその後の試験に影響を与えようとすること。勝手に自分たちの中で勝利条件の難易度を上げてしまった結果まんまとその隙をつかれたのだ。

 しかしその敗北で、浅野は目を覚ますことができた。自分の受けてきた教育を否定するかもしれないことに向き合うことができた。それは浅野だけでなく、五英傑と呼ばれた奴らを始めとしたA組の他生徒たちも同様だ。

 

「だから昨日までの学園祭、僕は僕自身の力と、A組の力全てを使って、自分たちの力だけでE組に完全勝利することに決めていました」

 

「そして、その言葉通り完全勝利した」

 

 おそらく、E組が途中で店じまいをしなくても中学三年A組の優勝は変わらなかっただろう。時間が経つにつれて急遽登場したハリウッドスターのランドマーク能力もどんどん上がって集客力が上がっていたし、E組で食事をした人たちもA組に流れていっていた。おそらく最後までやっても、変わったのは互いの業績くらいだ。

 

「けれど、理事長は俺たちに次いで二位だったE組を見てこう言いました」

 

 ――君たちは害する努力を怠ったのだ。

 

「っ……!」

 

 それは、E組の飯に毒でも混ぜるべきだったと言っているのだろうか。確かに食中毒にでもなれば飲食店であるE組の出店は営業すらできない状態になる。

 しかしそれは、開催元である学園側だって十分な打撃を受けるはずの手段だ。椚ヶ丘学園そのものに悪評が付く可能性も十分にある。自分たちも道連れにE組を叩き落そうなんて本末転倒だ。

 

「僕はE組という制度を十分に理解しているつもりです。あの隔離クラスは本校舎の人間の優越の対象であり、自分はそうならないようにと努力するための生贄であり、それと同時に這い上がるための崖であるはず。現に、毎年数人は成績を戻してE組から本校舎に戻ってきています」

 

 なのに理事長は伸びてきた生徒を必死で叩き落そうとしている。確かに超生物が教育を行う今年のE組は去年までのそれとは違うだろう。それでも、実績重視の私立学校で学校側が生徒を潰そうとするなんて普通はあり得ない。

 そもそも殺せんせーによって変わってしまった現状を元に戻したいのなら、一番手っ取り早いのはE組の担任を解雇すればいい。鷹岡を解雇した時に「この学園の最終決定権は自分にある」と言って優位性を示したのは紛れもなくあの人だし、そうすれば超生物によって高い水準を誇っているE組の教育はガクンと落ちる。二学期頭にそうしていれば、一学期の下地があっても、ほぼ間違いなくA組とはまともに戦えなくなっていただろう。

 けれど、それをしなかった。エンドをエンドのままに残りの九十五パーセントを働き者にする方針を維持するのなら、その方が明らかに合理的だ。三月には部外者になるE組の成績なんて、学校側からしても本来気にするところではないはずだから。

 そう考えてみると、常に合理的に行動しているように見えて、E組に対して理事長は実は最善手を打っていない。確かにE組への妨害や立ちはだかる壁になることはあったが、一学期の球技大会や期末試験、体育祭や学園祭。直接手を下すタイミングはいくらでもあったのにそれをしていない。球技大会に至って異形とはいえ、紛れもなく真っ向勝負だった。

 学園祭の害する努力だってそうだ。本当にそうさせたかったと言うのなら、なぜ客足が急激に伸びた二日目の始めに指示を出さなかったのか。

 俺にはそれが、まるでE組を切り捨てることを拒んでいるように見えてきていた。

 

「そして次の期末に向けて、理事長はA組の全ての授業を教え始めました。……E組への憎悪を糧にさせて」

 

「憎悪?」

 

 理事長がA組の担任になったという情報は、杉野が進藤から得た情報で知っていた。ここに来てまたE組との、いや殺せんせーとの真っ向勝負に出てきたのだ。何をしてでも教育方針を曲げないのならば、もっとスマートな方法はいくらでもあるはずなのに。

 というか、憎悪を糧にした授業とは一体……。

 

「あれはもはや、教育ではなく洗脳です。あの話術で巧みにE組への怒りを増幅させて、ドーピングして得た集中力に勉強を叩き込む。……あんなことをして、凡人が持つわけがない」

 

 敵を憎み、蔑み、陥れることで得る力には限界がある。攻撃的な負の感情というものは思いの外持続性が薄いものなのだ。頭の中ではまだ“憎い”と考えていても、日頃の発散でいつの間にか心は“憎い”という感情を使い切ってしまう。そして、思考と感情のズレは、自分にそのまま返ってくる。それは、俺が一学期のあの日に身をもって体験していたことだった。

 それにしても……。

 

「クラスメイトの心配なんて、お前もだいぶ丸くなったなぁ」

 

「……別に、高校に上がった時に僕の手駒として機能してくれなきゃ困るってだけですよ」

 

「手駒ってお前……」

 

 いやまあ、言いたいことは分かるのだが。球技大会での様子や浅野からの話を聞く限り、理事長の洗脳による教育は同一規格の人間を作り出すものだ。将棋でいえば桂馬や香車などなく、王将以外の全てが金将銀将で埋め尽くされたような布陣。ぱっと見強く見えるが、トリッキーな動きができない分実は脆い。

 

「それに、そんな奴らと一緒にいて、一緒に戦っても……きっと楽しくない」

 

 三年A組のエースとして過ごした八ヶ月を通して、浅野は一つの答えを導き出していた。強敵や心強い手駒――この表現はまあ、浅野だし仕方ないということで――との縁によって刺激を受け、そこで真っ向から戦うことでさらなる高みに自分を進めることができると。弱い相手に勝ったところで強者にはなれないし、まして相手を不当に害して手に入れた勝利など偽物だと。

 それに、やはり苦しみながらも洗脳によって動かされるクラスメイト達を見るのも辛いのだろう。手駒とは言いつつ、本気で他人のことを気遣っているこいつも、間接的にあの超生物に手入れされていたのかもしれない。

 だからこそ、矛盾を起こしている理事長の教育を壊したい。それが浅野からの依頼だった。

 

「……分かったよ」

 

 これだけ話を聞いて、依頼を無碍にするという選択肢は残っていなかった。俺自身、今の理事長のやり方は気に入らないし、それに――

 

「それで、具体的に俺は何をすればいいんだ?」

 

 思考を打ち切って話を進める。

 部外者である俺からできることは限られてる。テストに介入はできないし、理事長に直接接触しようにも俺は存在が危うい。殺せんせーと同じく、あの人の一声であっさりこの学園を追放されてしまう存在だ。浅野にしても現担任である理事長から自宅での自習を言い渡されている。

 内部からの切り崩すのはほぼ絶望的。となると、おのずと外部から壊していくことになるわけだが……。

 

「そういうことなら、俺よりも磯貝たちE組に依頼するべきなんじゃないのか?」

 

 国家機密である超生物のことを知っている人間からすれば、今回の期末試験は理事長対殺せんせーの教育対決だ。ならば理事長の息がかかっていないE組が上位を取ることで明確に彼の教育を否定することができる。そして、今のE組ならそれは十分可能なはずだ。

 我ながら十分現実味のある案だと思ったのだが、それを聞いた浅野は露骨にゴホンと咳払いをすると、手元にあったアールグレイを一気に飲み干した。苦々しげな表情をするプライド高い少年に思わず苦笑を漏らしてしまった。その渋面はストレートのアールグレイのせいなのか、それともE組に依頼することに対してのものなのか。

 ひとしきり喉の奥を震わせた後、椅子の背もたれに体重を預けて砂糖を多めに入れたコーヒーに一度口をつける。マッカンに遠く及ばない甘さが、今は少し心地よかった。

 確かに今まで散々対立してきたE組を頼るのは、浅野にとっても気が引けることだろう。弱みを握られるわけにはいかないとか、いろいろ考えてしまうのかもしれない。

 ただ、あのお人好しどもがそんなこと考えるとは思えないし。

 

「安心しろよ。あいつらはお前が頭を下げるには十分な“ライバル”だからさ」

 

 そろそろこいつらだって同じ学校の同級生として、手を取り合ってもいいはずだから。

 

 

     ***

 

 

「え、他人の心配してる場合?」

 

 翌日の放課後、浅野自らが頭を下げての依頼に、赤羽がんべっと舌を出して挑発していた。すまん浅野、こいつならこれくらいやるわな……。

 しかしまあ、赤羽の挑発も当然のことか。理事長の教育を否定するためにE組が上位を独占する。しかし一位は自分だと言われたら、二学期中間で二位を獲得した悪戯小僧の心中はさぞ穏やかではないだろう。A組の面々を仲間――浅野は手駒と言って聞かなかったが――と言うのなら、浅野学秀にとっての学力における一番のライバルは間違いなく赤羽カルマだ。互いが互いを無意識のうちにライバルだと認識しているからこそ、互いに挑発し合うし、その存在が互いをより高め合う。

 

「浅野の依頼がなくても、俺たちは今まで通り本気で勝ちに行くつもりだったよ」

 

 一学期期末のことを引き合いに出された赤羽が寺坂をサンドバックにしている脇で、うちのイケメン委員長は楽しそうな笑みを浮かべる。本気で暗殺をするときのような真剣な目に、赤羽の挑発でピキッと青筋を立てていた浅野も冷静に合わせた。

 

「勝ったら嬉しくて負けたら悔しい。それでその後は格付けとかなし」

 

 敵も味方も全部一緒くたにして、最後に「こいつらと戦えてよかった」と思える。勝っても負けても、皆が満足できる関係。

 皆という言葉は嫌いだった。明確な枠組みのないその言葉は、自分の意見を無理やり通そうとするためのものだと思っていたから。けれど、ずっと戦い続けてきたこいつらならあるいは、その言葉も現実味を帯びるかもしれない。

 

「余計なこと考えてないでさ、殺す気で来なよ。それが一番楽しいからさ」

 

 「殺す」という攻撃的な言葉。しかし首の前で人差し指を横一文字に切る赤羽の、そこから発せられる受けたことのないタイプであろう純粋な殺気に、浅野はゴクリと息を飲み、楽しそうに、やはり攻撃的に口角を釣り上げた。

 

「面白い。ならば僕も本気でやらせてもらう」

 

 あいつ、あんな笑い方もするんだな。それは、場違いではあるがなんとも自然に出てきた感想だった。

 今まで見てきた浅野の笑みは、営業スマイルかと思うほど貼り付けられたものだった。たぶん、幼い頃から教師である理事長を見続けてきた結果なのだろう。そのせいでいやに大人びていて、正直背筋を駆け上がるものを抑えきれなかった。

 しかし、今浅野が見せた笑みは少年じみた不完全さがあって、でも心の底から楽しそうで――

 

「俺は、今の方が好きかな」

 

 ぽそりと呟いて、ずっとかけているステルスのままE組の集団から外れる。内部からの切り崩す用意はできた。外から切り崩すのは、俺の仕事だ。

 

「またお一人で全部やってしまうつもりですか?」

 

 スマホを取り出すと同時に聞こえてきた声に思わずぎょっとしてしまう。画面に映ったのはやれやれといった表情の律。手に持っている封筒のようなグラフィックは、おそらく浅野から送られてきたメールだろう。

 

「大丈夫だよ。今回は体調も万全だし、前みたいに余計なことまでやるつもりはないからさ」

 

 実際、偽死神の時は無茶をしすぎた。今考えるとあそこまでやる必要はなかったよなぁ。今更言ったところで後の祭りなのだが。相変わらずあいつらのことになると、いまいち自制が効かない。

 それに俺が動こうと思った理由は、昨日の別れ際に浅野が言ったあの言葉。

 

『僕が比企谷さんに接触した理由、もう一つあるんですよ。期末が終わった後、普段は雑談なんてまるでしないあの人が、比企谷さんのことを楽しそうに話してくれたんです。あんなあの人を見たのは初めてで、だから僕も話してみたいって思ったんですよ』

 

 俺自身、理事長に気に入られている自覚はある。息子である浅野が驚くような変化がなぜ起こったのか。それを知りたいという気持ちもあり、その理事長を通して浅野と知り合えたというのなら、その力になりたいと思えたから。

 

「そういう問題ではないんですけれど、……はあ、もういいです。私も手伝いますから」

 

 ため息をついたAI娘はスマホ内にメールに添付されていた資料を展開する。それは過去にあの山の上の木造校舎で運営されていた「椚ヶ丘学習塾」についての資料だった。

 

「昨日の今日でよくこれだけの情報を……」

 

「父親が堂々と学校をサボっていいって言ったからな。昼のうちに家中漁ったらしいぞ」

 

 三年ほど経営されたという塾の授業内容資料から在籍した生徒の名簿、進学先まで情報は多岐に渡る。浅野のような天才ではない俺にはこれ全てを把握するのに数日は要しそうだ。

 

「うぉ?」

 

 眺めていた先で、写真やデータがごちゃ混ぜになっていた資料がみるみるうちに同一のデータに変換され、内容ごとにまとめられていく。最終的に欲しい資料が簡単に閲覧できる新規のアプリが完成していた。

 

「それで、まずはどんな情報が欲しいんですか?」

 

 そして、こちらにはその情報からさらに高速で情報を集めてくれる心強い味方がいる。手伝ってくれるなんて優しいな、と指で額を撫でると、「八幡さんが勉強をおろそかにしないためです。テストが迫ってきているのは八幡さんも同じなんですから!」と怒られてしまった。ははは、こいつは面白いことを言う。さすがに俺だってテスト前に勉強をおろそかにして別のことを重視するなんて……一人だったらやってたかも。

 まあ、こいつがいてくれたら大丈夫かな? ならば、勉強時間も確保できるように手早く作業を進めるとしよう。そう、最初に調べるべきは……。

「この塾に在籍した生徒が今何をしているか、かな」




昨日は投稿をお休みして申し訳ないです。練っては消し練っては消しを繰り返して、一晩置いたり色々していました。

というわけでなかなかの難産だった期末編冒頭です。自分で言うのもなんですが、暗殺教室側で一番キャラに変化が起こっているのは浅野君かなと思っています。あと律。

期末編はなかなかの難産になりそうです。更新が無理な時はTwitterで連絡するので、その時はそっちを確認してみてください。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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