二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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集大成を見せるために

 E組の木造校舎存続も決まって少し経った頃、椚ヶ丘学園から少し遅れて総武高校の二学期期末試験がやってきた。期末試験は現国、古文・漢文、数学、英語、社会総合、理科総合の基本教科に家庭科などの実技教科も含まれて、かつ午前中で終わるため三日間はあいつらと別行動をすることになる。一学期の期末はなんとも思っていなかったが、なんというか……ちょっと心細い、みたいな……。

 

「うわあ、あのお兄ちゃんも変わるもんなんだね」

 

「そんなんじゃねえだろ」

 

 変わった……とは少し違うと思う。結局のところ、今まであまり見えてこなかっただけで比企谷八幡という人間は存外人恋しい人間なのだろう。見えていなかった部分が見えるようになっただけ。

 

「大丈夫ですよ! 八幡さんにはいつでもどこでもこの律がついていますから!」

 

「テスト中は電源切るけどな」

 

「うわあ、お兄ちゃんの切り捨て方パない。りっちゃんの好意をまさに電源みたいに断ち切ってる」

 

 小町ちゃん、それ全然うまくないからね? スマホと正面からのやかましい声を適当に流しながら朝食に用意された鮭の塩焼きに箸を伸ばす。今日はお袋が用意したものらしく、味付けは控えめだ。小町の学生食感全開な食事ももちろん好きだが、お袋のあっさりとした食事もかなり美味い。だから俺は食事を作らないんですけどね! その結果、調理スキルは小学校六年くらいで止まってしまっている。渚も最近朝食は自分が担当するようになったって言っていたし、村松みたいにササッと一品用意できるのも見ていると羨ましかったりする。俺も料理しようかなぁ。

 真面目に取り合わないのを察したのか、目の前とスマホの二人はガールズトークにシフトしている。烏間さんが律のことを知った小町を黙認したことで、家の中では特に隠すことなく二人は交流するようになった。もちろん暗殺に関する情報は伏せる必要があるが、最高峰の成長し続けるAIが余計なヘマをするわけがない。安心していて大丈夫だろう。

 というか、いつの間にか小町が律のことを「りっちゃん」と呼ぶようになっている。相変わらずコミュ力マシマシですね、うちの妹は。

 

「あ、そういえばお兄ちゃんさ」

 

「ん?」

 

「今日から三日間は自転車だよね?」

 

「そうだな」

 

 これまでも総武高校に登校するときはそうしていたし、特に変える理由もない。バス通学するくらいなら走った方が訓練になりそうだしな。

 俺の答えに妹は唐突ににっこりと満面の笑みを浮かべてくる。十四年弱の経験でお兄ちゃんはこうするときの妹のパターンを完璧に把握している。あ、いやなんか妹のこと完璧に理解しているみたいな言い方すると倫理的にやばい気がするが。うん、まあ分かるわけですよ。

 突然いい笑顔を浮かべる小町はね。大抵面倒なこと提案してくるんだよ。

 

「じゃあ、学校まで送ってね!」

 

「……えぇ」

 

 ほらね。小町ちゃん知ってるかな? 自転車の二人乗りは違反なんだぞ? ここは兄として屹然とお説教をするべきだと脳内お兄ちゃん会議で満場一致可決した。

 

「小町」

 

「は、はい……」

 

 カタリと小さい音を立てながら箸を置き、自然と丸まってしまう背中を意識して伸ばして、小町に呼びかける。俺の雰囲気が変わったことを察したのか、小町もピシッと居住まいを正した。

 

「そういうこと頼むんなら、まずは早く着替えようか」

 

「…………そこ?」

 

 小町はわずかに張っていた肩をぽへっと落として、どう表現すればいいのか分からない表情をしている。ちょうどイトナが転校してきて、壁を突き破って教室に入ってきたときの殺せんせーみたいな表情。あれって、普通の人類ができるもんなのか。妹のおかげで新しい発見ができてしまった。

 というか、小町がそんな表情をしてしまうのも分かる。だって言いたいことと言ってることが違うもん。俺も似たような表情になりかけたわ。確かに今の小町はパジャマ代わりに使っている俺のおさがりのジャージに身を包んでいて着替えがまだだが、俺が言いたかったのは道路交通法の話なんだよな。全く、八幡君しっかりしてよ!

 

「ま、いいや。それじゃあ小町着替えてくるね!」

 

 そういうと小町は俺に言い直しの機会も与えさせないつもりなのかシンクに使った食器を放り込むと、とててーとリビングを出て行ってしまった。なんだかんだ自転車で送ることが確定してしまったようだ。なにそれ面倒くさい。

 ただ決まってしまったものは仕方がない。どうせまだ時間はあるし、もう少しのんびりと食べようと味噌汁を啜っていると、さっきまで妹と話していたAI娘がクスクスを忍び笑いを漏らしてきた。

 

「……なんだよ」

 

「いえ、八幡さんたちはいつも通りだなぁと思いまして」

 

 笑いを抑えながらの律の感想にほむ、と箸を咥えて考えてしまう。確かに小町とアホみたいな会話をしたせいか、学年一位を取りに行くと自分で言った割に案外いつも通り過ごせている自分がいる。なんだかんだ昨日の夜は不安になって律に注意されるまで延々と勉強をしてしまっただけに、なんというか意外だ。

 ひょっとしたら、こういうところでも未だに妹に助けられているのかもしれないな。

 

「お兄ちゃん、準備できた!」

 

「……食い終わったら行くから、ちょっと待ってなさい」

 

 まあそんな恥ずかしいこと、口が裂けても言うつもりはないが。

 じゃあいっちょ、一位って奴を取ってきますか。

 

 

     ***

 

 

 いくら定期試験とはいっても県下有数の進学校ともなると段々と難易度も上がってくる。社会系統なら時事問題も多くなってくるし、数学は捻った問題が増えてくる。あいつらが受けているようなモンスタークラスの試験ではないが、それでも油断すれば刈り取られかねない試験だ。

 しかも今回狙っているのは学年一位。全生徒の成績が掲示板に公表される椚ヶ丘学園と違って、総武高校は生徒個人に成績表が配られるのみだ。万年一位なんていう完璧超人みたいな成績を残している雪ノ下とかいう生徒の今までの成績も分からないのだから、一瞬でも気を抜く気にもなれない。

 そんな問題達と全力で戦っていると、三日なんてあっという間に過ぎ去ってしまうもので、試験の全日程も終わり、殺せんせーから試験結果が返ってきたとの報告を受けた。

 うんまあ、それはいいのだけれど。

 

「……なんでそれが理事長室なんですかね?」

 

 今俺がいるのは椚ヶ丘学園の理事長室だ。俺の他には殺せんせーと烏間さん、そして理事長が集まっていて、殺せんせーの手には総武高校のエンブレムが印刷された封筒が抱えられていた。

 なんつうの、超人三人に一人で囲まれると、圧迫感が半端ない。これが圧迫面接という奴か。いや待て、面接ではない。落ち着け俺。

 

「ヌルフフフ、理事長先生もぜひ比企谷君の成績を知りたいとおっしゃりましてね」

 

「……それ、後で伝えればいいんじゃないんですか」

 

 現に今までも烏間さんを経由して俺の成績は知っていたみたいだし、なんなら前みたいに総武高校にハッキングをしても――やばい、どっかの人工知能のせいでハッキングが日常になってきている。俺の常識を返してほしい。ここ幻想郷じゃないから最低限常識には囚われないといけないんです。

 

「私も早く聞きたくなってね。学年一位を取ると断言したと聞いては、気になってしまうじゃないか」

 

 理事長は両肘をテーブルについて手を組み、薄く笑みを浮かべている。それだけなのに、論理とかいろいろ無視して反論する気をなくさせられてしまった。部屋の隅に綺麗な姿勢で立っている烏間さんが目で諦めろと伝えてきているが、そんな目をされるまでもなくここに来た時点で九割諦めていましたから無問題です。いや、そうなってしまうこと自体が問題だと思うんだけどね。

 

「まあまあ、どうせすぐに終わるんですから、この際場所や見る人間は気にしないことにしましょう」

 

「……うっす」

 

 殺せんせーは封筒からまず細長い半紙を引き出した。今回の全ての試験の点数と順位が載っている用紙だと認識して、思わずゴクリと喉が音を立てた。半分まで引き上げたそれをチラリと確認した担任教師はヌルヌル笑いながら裏返しの状態で俺に手渡してくる。

 

「…………」

 

 マット紙でも使っているのか裏側が透けて見えないそれをじっと見つめる。心なしか用紙を掴んでいる指がわずかに震えてしまっていた。

 試験前とは違う緊張感に再度小さく喉が鳴る。目の前にあるのはすでに覆らない確定した結果だ。ここで仮に結果を見なくても俺の取った結果は変わらないし、そうしてしまえば俺は後悔することも反省することも、喜ぶこともできない。

 人事は尽くした。確かに多少勉強とは違う寄り道もしたが、それすらモチベーションに変わった。なら、どんな結果であれそれが俺の全力だ。

 ゆっくりと半紙をひっくり返して、自分の名前の書かれている一番左端から目を滑らせて――

 

「…………ふう」

 

 肩に溜まっていた力がため息と同時に一気に抜ける。ここが教室だったら椅子に勢いよく腰かけていたことだろう。

 成績表の順位の欄には、軒並み「1」の数字が印刷されていた。特に国語二教科と英語、社会は満点で、点数の欄にはどれも「100」と記載されている。

 そして五教科総合の順位欄にも「1」の数字。つまり――

 

「おめでとうございます、比企谷君。見事宣言通り、学年一位ですねぇ」

 

「……なんかまだ実感湧きませんけど、ありがとうございます」

 

 いや本当に実感湧かない。これ確かに俺の成績表だろうか。実は噂の雪ノ下とかいう子の成績表じゃないだろうか。……確かに比企谷八幡って書いてあるな。

 

「ふふ、君は自分の評価となると途端に謙虚になるね」

 

「だって、今までこんないい成績取ったことないですから」

 

 小さく喉を震わせる理事長に、こちらは小さく肩をすくませた。ここに来る前はボロボロの成績だったし、そもそも負けることに関しては最強の人間だったのだ。俺なんかがそんな高い評価をもらっていいのか、という思いがどうしても顔を覗かせてしまう。

 いずれにしても、これで一応俺もこの二人に見せられるだけの“学”の集大成を見せることができた。

 そう思っていたのだが。

 

「しかし理事長先生、これはどう思いますか?」

 

「あっ、ちょっと!」

 

 俺から半紙を奪い取った殺せんせーが理事長の机に置いて見せている。それを見た理事長の目がさっと記載されている情報を確認して、「ふむ」と背もたれに少し体重を預けると、顎に指を添えた。

 

「比企谷君、数学と理科総合が満点じゃないね」

 

「はあ……」

 

 確かにその二教科は一位ではあったが満点ではなかった。封筒に入っていた解答用紙を確認した感じだと、数学は最後の問題で証明の一文を書き忘れて減点一、理科総合では化学式の問題で減点されたようだ。いやけど目標は達成したわけだし……。

 

「満点じゃないということは、まだまだ伸びしろがあるということだよ」

 

「え」

 

「それにこの問題ちょっと優しすぎると、先生は思うんですよねぇ」

 

「え」

 

「そうですね。公立高校にしても進学校なのだから、もっと問題の質を上げるべきだと思いますね」

 

 やべえ。この二人、この成績で全く満足してねえ。しかもなんか総武高校に試験の質を上げるべきって進言しようとか言いだしてる。ごめん、総武高校の名も知らぬ成績ギリギリの人たち。俺のせいで今後の試験で赤点が増えるかもしれない。

 

「やはり定期試験だと比企谷君の実力を見るには不十分ですね」

 

「では、模試で上位を目指せるようにと言うのはどうでしょう、理事長先生?」

 

 俺が心の中で総武高校の生徒たちに頭を下げている間も、どんどん教育バカ二人の話は進んでいく。なんか取るなら一位を目指させようとか言いだしてる。俺に浅野になれって言ってませんそれ。全国一位とかよく意味が分からないんですが……。

 

「大丈夫だよ、比企谷君。満点を取れば一位になれるんだから」

 

「口にするだけならめっちゃ簡単ですけど、それかなり難しいことですよね!?」

 

「ヌルフフフ、どうせなら一緒に高校三年までの勉強もやってしまいましょうか。菅谷君にも教える予定でしたからね」

 

「なんでさらっとハードル上がってるんですか!?」

 

 な、なぜ俺がツッコミなんてしなくてはいけないんだ。いや、割と元からツッコミ役の自覚はあったが、この二人だとプレッシャーが半端ない。特性の相乗効果一気にPPが四くらい削れていてもおかしくない。

 

「比企谷君」

 

「……なんですか、烏間さん」

 

 精神疲労からさらに落ちた肩を、烏間さんがポンと軽く叩いた。見上げるとどこか達観した顔で今後の教育方針を話し合っている二人を眺めていて、一つ頷くといつものまっすぐな目で俺の目を見つめてきた。

 

「諦めた方がいい。あの二人と縁を持ってしまった時点で逃げることは無理そうだからな」

 

「……うっす」

 

 分かってました。あの二人は、というか理事長に関しては烏間さんでもどうにもならないことくらい。諦めと共にさらに肩が落ちて、大きなため息をまた一つ漏れ出してしまう。

 いやしかし、こうして今一つ実感というか達成感が湧ききらないところを考えると、俺自身心のどこかでまだ上を目指したいと考えているのかもしれない。自分の刃がどれだけ通用するのか試してみたい。そう思っているのかもしれない。

 ならまあ、この教育のことしか頭にない二人の先生に、もうちょっと付き合ってあげますか。

 

「それでは比企谷君、今日から放課後は私たちと集中講義と行きましょう」

 

「今日から!?」

 

「ヌルフフフ、善は急げと言いますからねぇ」

 

「いやあの、比企谷君の訓練の時間も考慮してほしいのですが……」

 

 烏間さんの進言によってさすがに毎日放課後に追加授業はなくなったが――烏間さんがいなかったらどうなっていたのだろうか。想像しただけで膝が笑いそう――、定期的に放課後は理事長室で授業が執り行われることになった。恵まれた環境の自覚はあるが……あまりうれしくないのはなんでだろう。




というわけで後日談的な感じの八幡の期末試験でした。総武高校の成績開示方法って原作に明記されていなかったと思うので、私の中では個人に成績表が渡されるだけなんじゃないかなと思っています。だから八幡が現国三位なのをガハマさんとかも知らなかったんじゃないかなと。ゆきのんや葉山は周りが成績を見て周りに話したりしたとかそこらへんでいつも想像しています。
だからたぶんここのゆきのんは今回の学年一位が八幡だって知りもしないと思うんですよね。最初葉山に負けたと思ってぐぬぬってなった後、風の噂で葉山でもないって聞いて知らない誰かにまたぐぬぬってしているみたいな。なんだそのゆきのんかわいいな。
毎回試験回が近づくとここの感想でもあちらのコメントでも「俺ガイルキャラを~」という意見をいただくのですが、そういう理由もあってあまり俺ガイルキャラを絡ませるきっかけにはできませんでした。申し訳ない。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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