二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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だから、潮田渚は決意する

「……どういうことだよ、殺せんせー」

 

 明日仕切り直すと茅野がいなくなった後、皆の注意は自然に殺せんせーに集まった。当然と言えば当然だ。茅野はこの超生物に向けて「人殺し」と言ったのだから。

 それに、転校組である俺たち以外の生徒は他の点も気になったらしい。彼女が口にした「雪村あぐり」という名前。

 

「それって、殺せんせーが来る前の俺らの担任をしてた、雪村先生のことだよな」

 

 E組という特別クラスは、実質二年の三月から始まる。殺せんせーが担任になったのは四月の初め。件の雪村あぐりという人間はそれまでの一ヶ月、E組で教鞭を振るっていた人なのだそうだ。

 

「……そう、です。茅野さんが言っていた『雪村あぐり』は、間違いなく君達の知っている雪村先生です」

 

 殺せんせーの肯定に、皆グッと唇を噛みしめる。自分たちと関わりがあった人間が、いつの間にかこの世からいなくなっていたとなれば、ショックも大きいのだろう。

 

「俺、さ……」

 

 重苦しい空気の中、やはり重たい声色で話を切り出したのは、スマホを操作していた三村だった。指でディスプレイをスクロールしながら「前に茅野を見たことがあると思っていた」という三村に、顎に手を当てた磯貝が首を捻って思案しだす。

 

「雪村先生には……似てなかったと思うけど」

 

「違うんだよ。キツめの表情を下ろした髪で思い出したんだ」

 

 三村が見せてきたのは、一枚の黒く長いわずかにウェーブのかかった髪をした女の子の写真。ドラマのホームページのものらしいその写真には「磨瀬榛名」「体当たりで演じた反骨の孤児役」と書かれていた。

 テレビをそこまで積極的に見る方ではない俺だって知っている名前だ。俺らと同世代の子役。しかもどんな役柄だって軽々とこなして見せた天才子役だ。この孤児役を演じたドラマも小町に勧められて一緒に最後まで見た。確か学業に専念するために、長期の休業に入ったと聞いていたが。

 

「磨瀬榛名、本名は雪村あかりさんです。戸籍を調べたところ、去年亡くなったお姉さんがいたようです。名前は『あぐり』」

 

「「「「…………」」」」

 

 今調べたらしい律からの裏付けに、それぞれが十人十色に表情を変える。

 役者としてキャラクターを“演じる”ことができる人間。そんな人間がこの一年近く、周りに気づかれることなく別の名前で一緒に過ごしていた。どれが本当の彼女なのか疑心暗鬼になる者、受け入れられない者、皆それぞれ思うところがあるのだろう。

 

「というか、この一年近くずっとメンテもせずに触手を宿していたのか? ……ありえない」

 

 そんな中でフルフルと首を振り、冷や汗を流しながら絞り出すように堀部が呟く。最初は茅野もシロと組んでいたのかとも考えたが、堀部の様子を見る限りそうではないようだ。触手の宿主への負担は大きい。メンテナンスもせずに生やしていれば殺せんせーに負けた後や携帯ショップを荒し回っていた頃のようにのたうちまわりたくなるような地獄の苦しみが襲っていたはずだ、とその時の痛みを思い出したのか頭を抑えて堀部は続けた。

 

「あの痛みを表情に出さずに耐え切るなんて、まず無理だ」

 

 しかし、現に茅野は、雪村あかりはそれをやってのけた。それが世間に天才と言わしめた演技力によるものなのだろう。

 それに、姉を殺したというターゲットへの復讐心のなせる技か。

 けれど……。

 

「茅野が……先生の事『人殺し』って言ってた。……過去に何があったんだよ」

 

 問いかける岡島も、周りの皆も、茅野の言葉を鵜呑みにはしていない。仮に茅野の言っていることが事実だとしても、何か理由があるはずとこの場の全員が考えているようだった。

 だって俺たちが一年近く一緒に過ごしてきた先生は、決してそんなことをする人じゃないから。

 しかし、前任の雪村先生と殺せんせーが知っている仲だったとしたら、殺せんせーがこの学校の三年E組を指名したことも辻褄が合うのも事実だ。ではなぜこの教室の担任になったのか。なぜ暗殺の成功リスクを上げてまで俺を引き入れたり、E組の生徒と真剣に向き合うのか。中高生を洗脳して逆に人質に取るため? 力持つ者の気まぐれ?

 分からない。それを知っているのは、殺せんせー自身だけだ。

 

「こんだけ長い間一緒にいて、もうハナっから先生の事疑ったりはしないさ」

 

 けど、こんなことになった以上、先生の過去を話してもらわないと。木村はそう続けた。このままだとこの場の全員が納得しない。茅野の問題が終わったとしても、きっと暗殺に真剣に取り組むなんて無理だと。

 

「…………」

 

 その言葉に、皆の真剣な表情に、殺せんせーはその小さな目を伏せて考え込む。事情を知っているであろう烏間さんは険しい表情にうっすらと汗を浮かべていた。過去を話すということは、当然人間だった頃のことも話すことになる。そうなれば、この教室はどんな形であれ、変化せざるを得ない。

 

「……分かりました」

 

 きっとそれも全部分かった上で、覚悟した上で、俺たちの先生はゆっくりと首を縦に振った。

 

「先生の、過去の全てを話します」

 

 ですが、と殺せんせーは言葉を続ける。この話は茅野自身にもしなくては意味がないと。E組の一員であり、前任の妹であるあいつにも聞いてもらわなくてはいけないと。

 

「話すのは……クラス全員が揃ってからです」

 

 その言葉に、皆静かに頷いた。

 

 

     ***

 

 

 次の日は冬休み初日だった。夏とは比べ物にならないくらい短い休み。昨日の昼頃は、どんな暗殺を試そうか皆で試案していた。極寒の環境を利用したプランや雪を一気に水に変えて襲撃するプランなど、中学生故の自由な発想の作戦たちは、しかし今それ以上のプランの煮詰めをする気にはなれなかった。

 

「大丈夫だって渚。今日には茅野も戻ってきて、殺せんせーの過去の話も終わって、明日からまたいつも通り暗殺できるようになるさ」

 

「うん……」

 

 杉野が努めて明るく接するが、当の渚の表情は暗い。仕方がないだろう。誰とでもフレンドリーに接する茅野が一番近くにいたのは間違いなく渚だ。誰だって分かっていたし、渚もその自覚があっただろう。自分の暗殺者の才能からくる殺気を利用するために一緒にいたのだという事実が、何よりもこいつを苦しめている。殺せんせーからの、正確には殺せんせーに届く茅野からの連絡を待つために、俺と杉野、赤羽は渚の家で待機していた。母親が遅くまで帰らない渚の家が待機しながら作戦を練ったりするにはちょうどいいから――という理由ももちろんあるが、一番の理由は今の渚を少しでも休ませるためだ。昨日はあまり寝ていないのだろう。目の下にはうっすらとクマが浮かんでいる。

 そして、渚をフォローする役に抜擢された俺たちも、残念ながらほとんど役には立てていなかった。杉野のテンションだって空元気だ。全員が全員、今の状況がいかにやばいかを正確に理解している。

 堀部がメンテナンスも肉体改造もしていない野良の触手持ちは常に自分の最後のようなギリギリの状態のはずだと言っていた。シロから後二、三日で死ぬと言われていた堀部の触手末期時と同じ状態。その状態で、恨みを乗せた全力攻撃で殺せんせーを殺そうとしたら……その先を導き出そうとする思考を何度も何度も打ち消す。けれど、打ち消しても打ち消しても、考えないようにすればするほど思考はひたすら貪欲に答えを見つけようとして、思わずギリッと奥歯を噛みしめた。

 

「そういえばさ」

 

 必死に思考を噛み殺していると、壁に背をつけて座っている赤羽がペラペラとめくっていた渚の漫画を閉じて顔を上げる。

 

「俺、停学中だったから雪村先生って家に一回来た時にあっただけなんだよね。どんな先生だったの? 俺みたいな奴のところにわざわざ来るくらいだから、相当変わってるのは分かるけど」

 

「お前な……」

 

 変わってるって失礼な言い方すんなよ。

 ただしかし、俺自身その雪村先生のことは知りたいと思っていた。少し調べればパーソナルデータくらいは出てくるだろう。しかし、それは律にも止めている。律の情報収集能力ではひょっとしたら殺せんせーの過去まで行きつく可能性がある。いつもなら徹夜で調べ上げて精査するところだが、今は事情が違うのだ。その話は、殺せんせー自身の口から全員揃った状態で話してもらわなくては困る。

 赤羽もそう考えているのだろう。今知りたいのは生徒から見た先生としての雪村あぐりだった。

 何気ない質問に去年の三月からE組に通っている二人はしばらく考え込んで――

 

「「服がダサかった」」

 

「「は?」」

 

 二人してハモった。なんなら俺たちの方もハモった。

 

「なんかお気に入りのブランドだったらしいんだけど、個性的というか……微妙というか……」

 

「うん。学校だとあんまり目立つ格好はできないからってシャツくらいだったけど、あれを全身着て来たら職質くらいそうだったよね」

 

 二人してなにか思い出したのか、苦笑なのか引いているのかいまいちよく分からない表情をしてきて、俺たちまで変な表情になってしまった。赤羽自身、雑談でもして空気を和らげたかったところがあったのだろうが……まあ、ある意味空気は和らいだ気がするからいいのかな。

 

「でも……」

 

 いたずら好きの悪魔とどうしようかと目線を合わせているときに聞こえてきた声に、ふっとベッドに腰を下ろしている渚に視線を向けた。その表情は少し柔らかくなっていて、何か思い出を懐かしむようだった。

 

「二週間だけの付き合いだったけど、熱心でいい先生だったよ」

 

「生徒一人一人のこと、よく見ようとしてくれてたよな。休み時間も忙しいはずなのに雑談とかしたりさ」

 

 俺たちはそれをよく見ていなかったけど、と杉野は少し目を伏せる。勉強をひたすら教えるのではなく、菅谷が黒板に落書きの大作を描いた時には怒るどころか褒めていたのだそうだ。

 それを聞いて俺と赤羽は、再び視線を合わせる。どうやら、受けた感想は俺と一緒のようだ。

 

「それってさ……」

 

「殺せんせーと似てないか?」

 

「「え?」」

 

 素っ頓狂な声を上げた二人は再び思考に耽って、やがて確かにと小さく頷いた。

 

「殺せんせーが規格外だからうまく重ならなかったけど、やってることは近いかもしれないな」

 

「確証は持てないけど……うん、言われてみれば……」

 

 確かに文字通り規格外の超破壊生物と理事長のような化け物でもない一般人を重ね合わせるのは難しい。雪村先生には生徒一人一人に手を変え品を変え最適な授業をするなんて難しいだろうし、生徒の問題解決のために海外に行って調査なんてことは不可能だ。

 けれど、学力や実績重視の椚ヶ丘学園という環境において、その教育に対する二人の姿勢は――限りなく近く聞こえた。

 

「つまりさ。ひょっとしたら殺せんせーは、雪村先生の後を純粋に引き継いだだけかもしれないよね」

 

 閉じた漫画を右手で弄ぶ赤羽にそれぞれが頷く。悪意を持って殺した相手の受け持っていた教室を、相手のやり方に倣って引き継ぐというのは少しおかしい。つまり、少なくとも悪意による殺人ではない可能性があるということだ。

 

「なら、余計にちゃんと茅野を連れ戻して、殺せんせーから話聞かないとな」

 

「うん、そうだね」

 

 握り拳を作った杉野に、渚も心なしか力強く頷いた。俺たちはこの一年弱、毎日のようにあの先生と会って、言葉を交わしてきた。だから、ちゃんと理由があるって信じている。

 それに、同じ時間を茅野とも過ごしてきた。毎日挨拶をして、しょうもないことで笑いあって。

 そして利用されていたとは言え、一番近くで茅野を見てきたのは、紛れもなく渚だから。

 

「絶対、茅野を連れ戻すよ」

 

 その目には、力強い“殺気”がこもっていた。さっきまでの弱々しさは感じられない。どうやら期せずして、俺たちのミッションはクリアできたらしい。杉野は頭の後ろで腕を組んでニカッと笑い、赤羽はいつも通りの飄々とした表情を少し楽しそうに緩めていた。

 

「あ、けどさ。あんま無茶しちゃダメだよ? 特に渚君と比企谷君はさ」

 

「あ……はい」

 

「お、おう……」

 

 ポフッと漫画の表紙と拳を軽くぶつけた赤羽に、渚は苦笑を浮かべながらシュンとただでさえ小さい体を一段階ちぢこませ、俺は思わずそっぽを向いてポリポリと頬を掻いてしまう。俺と渚はE組きっての無茶をやらかす人間という自覚はあるので、こういう反応をしてしまうのはある意味仕方がなかった。

 ただ――

 

「そんなこと言ってこの二人が無茶しなくなるんなら、俺たちも苦労しねえよ」

 

 カラカラとおかしそうに笑う杉野に、当の赤羽も分かっているのか「だよねぇ」とニタニタ笑い出す。このままだと角と尻尾を生やした目の前のいたずら小僧のおもちゃにされてしまう。それは面倒くさいことこの上ない。

 話題を別のものに変えようかと考えていると――

 

「皆さん、殺せんせーから連絡です。茅野さんから場所の指定が来ました」

 

「「「「っ……」」」」

 

 律の声が俺のスマホから聞こえてきて、皆の顔が強張る。しかしそれも一瞬で、「行こうか」と立ち上がった赤羽に続いて渚の部屋を後にした。

 赤羽の言う通り、こんな状況で無茶をするなという方が無理な話だ。

 だって――




茅野編なのに茅野が出てこない不思議。
八幡が雪村先生のことをよく知らない状態だったので、少し雪村先生に関する話を入れるのと同時に、ひょっとしたら茅野からの連絡が来るまで杉野とかが渚のケアをしてたんじゃないかなーと妄想していた部分を少し書いてみました。

そういえば、今日は日帰りで県外(ぶっちゃけ福岡)の予定だったのですが、予定が変わって現在いつものネカフェに宿を取っています。
当初は帰る気満々だったので逆に時間が余ってしまって、せっかくだから艦これアーケードできるのでは!? と思いゲーセンに行ってみたのですが……人がめっちゃ多くてそのままUターンしてSS書いてました。何あの人の数……。
ゲーセンは極稀にゆびーとをしに行く程度なので、ちょっとあの空間には入れませんでした。いや、新参に厳しいとかそういうのではなく、単に私がコミュ障なだけなんですけどね!
アーケード面白そうなんですけどね。これこれ、こういうのほしかったんだよぉ(cv.天龍)みたいな感じで。ある程度ブームが落ち着いてから地元の設置店舗で遊んでみようと思います。

気が付けばこのシリーズもお気に入り2300件、累計UA30万を超えました。特に30万UAは初到達なのでうれしいです。今後も頑張って完走まで書いていくので、よろしくお願いします!

あ、そうそう。ヒロインを明確にしてほしいという感想をまたいただいたのですが。
だが断る。
この暁英琉が最も好きな事のひとつはなんでも答えてもらえると思っている読者に「NO」と断ってやる事だ。
…………。
まあ、露伴先生の真似事は置いておいて。私は基本的にシリーズでカップリングを明言はあまりやりません。短編とか、八色の虜シリーズみたいに1話目でくっつく話なら明言もしますが。なので、分かるまでは気長に待っていてもらえると幸いです。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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