二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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暗殺者たちは普通の中学生である

「うーん……」

 

 読書はいい。家に居ながら多くの知識を吸収できる。新しい知識や考えを得て、自分の中で精査することで新しい自分が見えることもある。ちなみに、自己投影は少し経ってからダメージを食らうのでやめた方がいい。中二病は完治してからが黒歴史本番なのだ。

 

「むむぅ……」

 

 今は不破から借りた漫画を読んでいるが、漫画だからと馬鹿にするのは早計が過ぎる。視覚的伏線は文字では表せられないものだし、大体の漫画は主題となるテーマがある。そこが伝わってくると単純に楽しいものだ。

 ただ、ファンタジー作品を実写化するのはほんとやめてほしい……とまではいかないが、作るならもっとちゃんとしたものにしてほしいものだ。ああいう系で成功している実写ドラマや映画って一握りすぎて、情報が出た瞬間に条件反射で眉をひそめちゃうんだよな。

 

「ぬぬぬぬ……」

 

 ……ところで、いい加減ツッコむべきなのだろうか。

 

「さっきからどうしたんだ、律?」

 

 モバイル律としてE組の携帯端末を行き来できるようになった彼女は、当然のように俺のスマホに表れて以降ずっとこの調子だった。さすがに無視しきれずに声をかけると、ぱあっと表情を綻ばせてくる。背景を花で埋め尽くしてまで感情表現をしていて……やっぱあざといわ、こいつ。

 

「実は、今日放課後に殺せんせーと渚さん、カルマさんと一緒にハワイに映画を見に行ったんです」

 

「ああ、ソニックニンジャだったっけ?」

 

 教室でタコが嬉々として話しているのを聞いた記憶がある。さすがに人間を連れてマッハ二十は出せないだろうが、それでも日帰りでハワイに連れて行くとか、やっぱりあの先生は頭おかしい。

 

「それでですね。帰った後に『ハリウッド映画一千本を分析して完結編の展開を予測しますか?』と聞いたら、渚さんに『冷めてるな』と言われたんです。私は、何か悪いことを言ってしまったのでしょうか?」

 

 ああ、それは潮田もそういうこと言っちゃうわな。本人に悪気がないとは言え、求めていた答えとは系統から違うのだから。

 

「潮田は“感想”を聞きたかったんだろう」

 

「感想……ですか……?」

 

「次回作を予測って、機械的な感じだろ? 律の場合だと統計学や確率論みたいなやり方だし、今までの作品傾向なんて気にせずに自分はこう思うっていう予想、もっと言えば、今回の映画を見てお前がどう思ったか、どういうところが面白かったかって言うのをあいつは聞きたかったんだと思うぞ」

 

 ぼっちだからよく知らんが、一緒に映画を見たらその感想に花を咲かせるものなのではないだろうか。俺も小町と映画に行った時なんかは帰りに内容の話したりしてたもんな。

 

「感想……ですか……」

 

「まあ、お前はまだ人間一年生みたいなもんだから、まだ難しいかもな」

 

 作られたAIでありながら、製作者の命令に背くだけの意志を手に入れた奇跡のような存在である彼女ではあるが、圧倒的に人間的経験が足りない。知識はネットの海にいくらでも転がっているだろうが、ディスプレイ越しにしろなんにしろ、経験しないとわからないことが多いのも事実だ。自分でその感情を経験しなければ、本当の意味で律が“そう思っている”ことにはならないのだ。

 だからきっと、いきなり律個人の感想と言われても――

 

「よく……分からないです……」

 

 そう答えることになる。

 

「それでいいんだ。今はまだな」

 

 人間だって分からないことで世の中いっぱいなのだ。その人間に作られたAIに分からないことがあったっていい。

 

「映画でもテレビでも、本でもニュースでも、自分が思ったこと、なんなら少し気になった程度のことでもいい。俺にでも言って経験してみろよ」

 

 隣の席のよしみだ。多少こき使われるくらいは何とも思わんし、律曰く、今の彼女への変化は俺の存在が大きいらしいので、そのアフターケアも兼ねているわけだ。

 読書に戻った俺に、電脳少女は間をおいてクスリと笑いかけてきた。

 

「八幡さんって、素直じゃないお兄ちゃんみたいですよね」

 

「お前みたいな妹はお断りだ」

 

 ぷくっと頬を膨らませてくるが、撤回する気はない。

 あざとかわいい妹なんて、小町だけで十分なのである。

 

 

     ***

 

 

 俺達が体育という名の訓練で教わるのは、当然のことながら近接戦闘だけではない。対先生BB弾を扱うために射撃訓練も行っている。

 

「……当たらん」

 

 しかし俺は、どうもこの訓練が苦手だった。正直、エアガンどころか縁日の射的すらやったことのない身には、狙って弾を的に当てるのは難しい。石を投げた方が命中率は高いくらいだ。

 こんなのよく当てられるなと、同じように訓練をしている生徒達を眺めてみる。さすがに百発百中とは言わないが、皆俺よりも断然うまい。ピストル型だけでなく、ライフル型やショットガン型など、様々なエアガンを各自が扱っていた。

 特に千葉と速水、あの二人は別格だろう。男女射撃一位の二人の弾は、その九割以上が的の中央を射抜いていた。二人とも活発な人間の多いE組の中ではあまり話さない方だから、関わりはないんだけどね。

 

「……なに?」

 

 あ、見ていたら速水に睨まれてしまった。目つききついな、こいつ。

 

「いや、すげえ精度だと思ってな」

 

「ふーん……どんな感じで撃ってるの?」

 

 三割も当たっていない自分の的と見比べていると、そんな事を言われたので、さっきと同じようにピストルタイプのエアガンを構えて的に狙いを定める。止まってしまいそうなほど呼吸を浅くして――引き金を引いた。

 銃口から発射されたBB弾は円の描かれた的の真ん中――から外れて左下に命中した。ぐぬぬ……。

 

「……肘が甘い、かな?」

 

「え? こ、こうか?」

 

「違う、もっとキュッと」

 

 キュッとってなんだ、キュッとって。もうちょっと具体的な表現してくれませんかね。お前はどこのミスタージャイアンツだ。

 

「こう?」

 

「違う」

 

「こうかな?」

 

「そうじゃない」

 

「こっちの方がいいかな?」

 

「そっちはだめ」

 

 ……全然意志疎通できないんですが。口数少ないってレベルじゃないぞ。

 幾度となく構えを変えてみるが、即席教官からはなかなかOKサインが出ない。

 一向に俺と彼女の間にある認識の差を埋めることはできず、痺れを切らした彼女はついに手を出してきた。

 

「こうよ、こう」

 

「っ!?」

 

 後ろから抱きつく形で。

 

「お、おいっ」

 

「黙って」

 

 抗議の声を上げようとしたが、当の速水は完全に集中しきっているようで聞く耳を持たない。というか、次余計な声出したら殺されそう。

 

「動かない敵を狙っているんだから、最初は手首、肘、肩を固定。一番撃ちやすい形をまずは覚えることが大事よ」

 

 ……言えるじゃん。最初からそう言ってくれれば分かりやすかったと思うんだが。

 言われるがままに肩から先を固定、しかし無駄な力は抜いて自然に。

 

「ん。そのまま中央を狙ってみて」

 

 再び的の円に照準を合わせて撃つと、今度は円の中に当たった。一度構えを崩してからもう一度構え直し、もう一度放った弾も再び円を貫く。

 

「おおー」

 

「ね?」

 

 感嘆の声を上げる俺に彼女は小さく笑みを浮かべた。

 ……なるほど。少ない言動ときつめの目に勘違いしていたが、笑っている姿は十分年相応、中学生然としており、別段暗いというわけではないようだ。

 

「しかし、瞬時に照準合わせられねえな」

 

 確かに当たるのだが、どうしても構え始めてから照準を合わせ、引き金を引くまでが遅い。そもそも本来の標的は最高速度マッハ二十なのだ。制止状態のターゲット相手にこんなに時間をかけていても仕方がない。

 

「まあ、まだ撃ち始めだから仕方がないんじゃないか?」

 

 後ろからした声に振り返ると、目が見えないほど前髪の長い文字通りのギャルゲー主人公がいた。いやもうメイビーソフトの主人公といっても過言ではない。あのレーベルエロゲーだけど。

 

「しかし、慣れないと仕方がないからなぁ」

 

「それはまあ、練習あるのみだな」

 

 にっと口角を上げた千葉は持っていたエアガンを無造作に構えて、ほぼノータイムで引き金を引いた。

 飛び出した弾は俺が使っていた的、さっき当てた二発よりもより中央に吸い込まれた。

 

「まあ、練習すればこんなもんだ。さすがに人それぞれスタイルがあるから練習しないことにはどうしようもないけど」

 

 そう言って照れくさそうに、けれど少し自慢げに彼は笑う。彼もまた、速水のように無口な部類の人間だが、話してみると案外気さくな奴のようだ。

 

「その早撃ちまで会得できるもんかね。ま、練習するしかないんだけどさ」

 

 暗殺教室では生徒の意外な一面が見える。なるほど、二人が射撃の才能を持っていることも、速水が存外かわいらしく笑うことも、千葉があんな照れくさそうな表情をすることも、仮に俺と彼らが普通のクラスの同級生だったら、きっと俺は知らなかった。だって、今までのクラスメイトがそうだったのだから。

 それは今まで必要なかった。黒歴史ばかりの俺にはまさに不要だったから。

 いや、ひょっとしたら逆かもしれない。不要と断じたからこそ、黒歴史を作ってしまったのかも。

 そう考えると、納得いっちゃうんだよなぁ。

 

「ところで……速水はなんでまだ、比企谷に抱きついてるんだ?」

 

「え?」

 

「ぇ………………え!?」

 

 そういえば、すっかり忘れていたけど、ここまでずっと抱きついたままでしたね速水さん。

 最初の「ぇ」で自分の状況を確認した速水は、二回目の「え」でバッと俺から離れた。首まで赤く染めてるところ悪いんですが、そもそも抱きついて構えを指導しだしたのはそっちなわけで――なかなか構えが作れなかった俺のせいですね。ついでに言えば何も言わなかった俺のせいでもありますね。怖かったから何も言えなかったと事実を言うわけにもいかないし、八方塞がりである。

 

「か」

 

「か?」

 

「かっ、勘違いしないでよねっ。い、今のは別に、指導として仕方なくなんだからっ!」

 

 …………。

 ………………。

 ふむ。本人が指導目的と言っているなら、合意の上なわけで、つまりは俺に落ち度はないということだ。なるほど、相手からそう言ってもらえると俺としてもありがたい。

 しかし、今はそんなことぶっちゃけどうでもよくて。

 

「速水」

 

「な、なに?」

 

「なんでツンデレのテンプレみたいなこと言ってるんだ?」

 

 そうそれ、それですよ千葉君。もうびっくりするくらいテンプレートなツンデレに、感動どころかちょっと引いたまである。なんなの、そういうキャラ作りなの? どこぞの似非金髪ツインテール似非ツンデレじゃないんだから、わざわざそういうキャラ設定はいらないのよ?

 しかし、千葉の指摘を受けた当の速水は――

 

「な……な…………っ」

 

 顔をクリムガン並みに真っ赤にして口をパクパクさせていた。

 つまりは素。

 天然物ツンデレ。まさか実在するなんて……。

 それを見て俺は、不覚にも盛大に笑ってしまった。速水が何か言っているようだが、ちょっと腹が痛いレベルで笑いが止まらないので後回しにさせてほしい。

 何も知らない時は射撃という暗殺技術に優れた、中学生とは思えない奴らだと思っていた。勝手にそう思い込んでいた。

 けれど、ああ当然ながら。

 彼らは間違いなく普通の、暗殺訓練を受けている普通の中学生だ。




今回はちょっと短めですがスナイパーコンビ回でした。
この二人はあんまり積極的にしゃべらない落ち着いた感じとか八幡がシンパシー覚えそうだなとか思ってます。三人だと黙々作業したりして、でもその無言が嫌ではないみたいな。

しかし、速水は倉橋と結構交流が深いようですし、スキンシップとか地味にその影響受けてるんじゃないかなと思って書いたのが今回の話でした。ツンデレって難しい。

ちなみに、律が登場してから出演率ダントツトップですが、全てはモバイル律って存在のせいです。学校でも家でもどこでも出てこれるとか便利すぎてやばい。

ではでは今日はこの辺で。

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