二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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新たな転校生は怒りを生む

「転校生……ねえ」

 

 今度はしっかり送られてきた烏間さんからのメールを眺めながら一人ごちる。

 この時期にわざわざE組に来る転校生、ほぼ間違いなく暗殺者だろう。そもそも編入試験受けてわざわざE組に来る普通の生徒もいないだろうしな。

 

「そういえば、律の時に一人目って言っていたな」

 

「そうですね。当初の予定では私と“彼”は同時投入される予定でした」

 

「なるほど。それはいいんだが、なんでまたナチュラルに俺のスマホに来てるんですかね」

 

 覗きこんでいたディスプレイからひょっこり現れた律はテヘッと舌を出している、あざとい。

 彼女が言うに、当初の予定では律が遠距離射撃を行い、もう一人が肉薄戦闘で連携する予定だったらしい。肉薄戦闘……マッハ二十の超生物に対して格闘戦を行う暗殺者? 不意を突く通常の暗殺ならともかく、生徒として教室に参加するのに意味があるのだろうか。

 

「ですが、二つの理由で私のみの先行投入になりました。一つは彼の調整に予定よりも時間がかかったことです」

 

 調整……つまりその暗殺者も律のように機械ということだろうか。黒光りする機械が教室を圧迫するのかな……。

 

「そしてもう一つは、私が彼より暗殺者として圧倒的に劣っていた、ということです」

 

「……は?」

 

 殺せんせーに初日で何度もダメージを与えた律が、卒業までに暗殺が成功する確率九割以上と言い放った彼女が……圧倒的に劣っている? それは、どんな怪物だと言うのだろうか。

 

「そういうことなら、この暗殺教室も終わるかもな」

 

「そう……かもしれませんね」

 

 そいつが本当に律以上の力を持っているなら、近いうちにターゲットは暗殺されて、この暗殺教室も終わるだろう。賞金百億はそいつの調整者の懐の中へ。

 そして、暗殺教室はE組へ、俺は元の生活へ、ただ戻るだけだろう。

 そう思っても、なぜだろうか。

 終わる気が一切しないのは。

 

 

     ***

 

 

 律から話を聞いた翌日。大抵のことには驚かないつもりでいたし、実際そいつの保護者――おそらく開発者と言った方が正しいだろう――全身白装束のシロにも驚くことはなかった。

 しかし、しかしである。

 

「俺は……勝った」

 

 誰が壁を壊して入ってくるなどと想像できるだろうか。しかも壊れたのは俺のほぼ真後ろの壁だ。迷惑ってレベルじゃない。

 

「この教室の壁よりも強いことが証明された」

 

 ……なるほど。こいつはとても痛い奴だ。しかも俺の黒歴史を掘り返すタイプの痛い奴。いや待て、名もなき神とか考えていたのはまさしく中二の頃だったから、むしろ年相応のはずだ。だからノーダメージだ、致命傷ですむレベル。それダメージ受けてるよね。

 とりあえず、ぱっと見は普通の人間に見える。白に近い銀髪、どこか焦点の合い切っていない双眸。もう七月に差し掛かろうというのになぜか着ているファー付きの長袖コートから覗く手足、首にも機械のような部分はない。

 しかし、こいつは今、間違いなくただぶつかっただけで壁を破壊した。いくら木造とはいっても、そんなことが普通の人間にできるわけがない。

 そして――

 

「ねえ、外土砂降りの雨なのに、どうしてイトナ君一滴たりとも濡れてないの?」

 

 そう、赤羽の言うとおりだ。未だ梅雨を抜けきらない天気はまごうことなき雨。手ぶらの状態で一切濡れないなんて不可能だ。それをこの転校生暗殺者、堀部イトナはやっていた。

 直感として、まともな会話が成立するとは思えない。全く聞く耳を持たなかった初期律とはまた別で、会話が噛みあわない、知性が感じられない。赤羽と話している様子を見ても、どちらかというと本能で動く獣のように見えた。

 まさか、この期に及んでただの近接脳筋タイプなんて言うのだろうか。もしそうだとしたら……正直律以上の戦果を出すとは思えない。

 完全に興味を失って、読書でもしようかと本を取り出そうとして――

 

「だって俺達、血を分けた兄弟なんだから」

 

 思わず本を取り落してしまった。

 

 

 

 昼休み、堀部は机の上いっぱいに甘いお菓子を広げて貪っていた。先の発言のせいもあって、皆殺せんせーと堀部を比べている。

 確かに二人の共通点はある。異様な甘党だったり、巨乳好きだったり。しかし、それは決して兄弟の定義にはなりえない。兄弟だから趣味嗜好が全く同じなんて逆に珍しいだろう。どこぞの六つ子だって一人一人キャラが違う。そもそも、甘党の巨乳好きなんてこの世に何人いると言うのか。

 仮に本当の兄弟だとして、それなら殺せんせーが否定する理由がない。それ以前に、それなら動揺するのは一目見た瞬間のはずだ。

 兄弟という言葉がブラフの可能性。この間、潮田から今まで調べてきた殺せんせーの弱点を見せてもらったが、恐らくあのタコはパニックになると判断力が落ちる。動揺して縄に絡まったり、いきなり渡された知恵の輪を全然解けなかったり、マッハ二十とあの頭脳を活かし切れない。

 しかし、それを狙ったのだとしたら、殺るのはあの瞬間だったはず。それをしなかった時点でおかしいのだ。

 

「わかんねえな」

 

 なにを意図しての発言なのか、まるでわからない。疑惑を残して放課後まで引き伸ばすことで、生徒からの視線や質問責めで殺せんせーに恒久的動揺を与えるため? もしそうなら、当初の予想通りサイボーグか強化人間という線が濃厚なのだが……何かが引っかかる。

 

「二人は生き別れた亡国の王子! そして成長した二人は互いに兄弟だと気付かず、宿命の戦いが始まるのよ!」

 

 ……うん、とりあえず不破のその線はないだろ。そもそも堀部の方は兄って認識しているし、堀部の年齢を考えても近年滅亡したタコの国なぞ聞いたことがない。というか、それならあのタコが突然変異である方がまだ自然だろうし。

 ちらりと堀部を見る。クラス中の注目を集めているというのに、全く動揺の色は見られない。もしこれで真っ赤な嘘だとしたら、相当なペテン師だ。

 もっと“兄弟”を広い意味で考えてみよう。まずは義兄弟説。戸籍上だったり、本人達が契りを交わしたり、方法はいろいろあるだろうが、これは違う。堀部自身の口から「血を分けた兄弟」と言われているから。

 次にクローン説。これも違う気がする。確かにタコと同性能のクローンだと言うのなら、超人的なパワーも理解できるが、それなら見た目も殺せんせーに近くなっているはずだ。弟というのならば、ベースはあの先生なのだから。

 となると濃厚になるのは、部分移植説。血を分けたと言っているところから見ると血液だろうか? この先生に血があるかは分からんが。

 しかし、それもおかしい。マッハ二十で動き、地球を破壊するという超生物から部分移植をするということは、一度捕獲する必要がある。それなら、その時点で殺してしまえば終わりのはずだ。

 何かを……見落としているような……。

 

「っ……!」

 

「八幡さん、どうかしたんですか?」

 

「……いや」

 

 途中で思考が陰ってしまう。これ以上は考えてはいけないとでもいうかのように思考が止まってしまった。

 深く息をついてマッカンを煽る。こうなってしまうと、無理に考えても無駄だろう。

 どうせ放課後には答えが出るのだろうし。

 

 

 

 そして放課後、教室には机で正方形のリングが組まれていた。ご丁寧に「リングの外に足がついたら死刑」なんていうルール付き。喧嘩ですらなく、まるで試合を始めるかのようだ。

 赤羽が言うには、こうして生徒の前で決められたルールは“先生の信用”のために破ることはないらしい。つまり、十分有効な手段ということだ。

「いいでしょう。ただしイトナ君、観客に危害を加えた場合も負けですよ」

 狭いリング、コートを脱ぎ棄てた堀部はハイネックのタンクトップのみの姿で、何かを隠し持っているようには見えない。まさか本当にその身一つで殺せんせーに勝つ気なのだろうか。

 いや、ありえない。人の形を成している以上、彼は人体の限界に縛られる。いかな強化人間だろうと、関節のないところは曲がらない。全身がクネクネした触手の殺せんせーとは“無理”のラインが大きく異なるのだ。

 それに勝とうとするのなら、当然武器が必要。しかし、実弾や普通のナイフはドロドロに溶けてしまうと言うし、やはり対先生物質で作られた武器……と考えるのが普通だが、その程度の暗殺者が予定より一月近くも“調整”に手間取るだろうか。

 隠し持っているとしたら、もっと常軌を逸するものだ。超生物に近接戦で勝ちえて、あのプルプルの身体にダメージを通しえて、かつそれを扱う本人に緻密な“調整”が必要なもの。

 そう、例えば――

 

「暗殺……開始!!」

 

 ――――ザンッ!

 

「「「「なっ……!?」」」」

 

 殺せんせーと同じ触手とか。

 開始の合図早々、千切れ飛ぶ超生物の左腕。二人の脚は全く動いていない。

 動いているのは堀部の髪から伸びる、数本の触手だけだった。

 だが、これで納得がいく。外が雨の中この少年が全く濡れていなかったのは、触手で雨粒を全て弾いていたからだ。そして、兄弟の意味は「同じ触手を持っている」という意味だったのだ。

 しかも、調整が必要ということは後天的、つまりは殺せんせーの触手を元に移植されたと考えた方が自然だ。よくよく考えれば、対先生物質が既に作られている時点で、触手自体の培養がされていてもおかしくはない。

 

「…………こだ……」

 

 しかし、本当にそうなら……。

 

「どこでそれを手に入れたッ!! その触手を!!」

 

 なぜ当の殺せんせーは顔をどす黒く染めて怒っているのだろうか。目には目を、触手には触手を、で来られることは彼にも想像できたのではないか。

 もし、もしも……触手が作られる想像すらしていなかったとしたら?

 

「……どうやら、あなたにも話を聞かなきゃいけないようだ」

 

「聞けないよ、死ぬからね」

 

 シロの羽織の袖から強い光が溢れだした瞬間、殺せんせーの身体が固く硬直した。

 

「この圧力光線を至近距離で照射すると、君の細胞はダイラタント挙動を起こして、一瞬全身が硬直する」

 

 片栗粉と水を一定割合で混ぜると起こるダイラタンシー現象。この間、律達がハワイまで映画を見に行ったときに殺せんせーが行ったという特別授業だ。

 圧力を加えると凝固するその現象は、同じく超高速で動く触手と対峙している状況では死にも等しかった。

 

「死ね、兄さん」

 

 硬直から逃れられないターゲットに、堀部の触手が容赦なく突き刺さる。何度も、何度も爆発音にすら聞こえる音を上げながら床ごと先生の身体を貫いたように見えた。

 

「やったか!?」

 

「いや……上だ」

 

 寺坂の声に教室の全員が顔を上げた。蛍光灯にしがみついて息を整えようとする殺せんせーがそこにはいて、床を破壊した堀部の触手は透明な皮を貫いていた。

 月に一度の脱皮、潮田たちが四月に決行したという自爆テロの時に見せた、とっておきのエスケープ技だ。

 それを……わずか二回の攻撃で使わせるとは。

 

「でもね、その脱皮にも弱点があるのを知っているよ」

 

 シロは素顔を見せないまま淡々と語る。殺せんせーの脱皮は見た目以上にエネルギーを消費し、その結果直後のスピードが落ちること。ちぎれた触手の再生にも体力を消費して、パフォーマンスが落ちること。触手の扱いには精神状態が大きく関わるということ。

 

「フッフッフッ。これで脚も再生しなくてはならないね。なお一層体力も落ちて殺りやすくなる」

 

 再びシロの放った圧力光線によって、固まった殺せんせーの脚部触手二本を、堀部の触手が切断した。正直、そんなことは既にどうでもよかった。

 

「なあ、シロ」

 

「なんだい?」

 

 俺の中では、ある仮説ができあがっていた。それを確かめるのが先決だったからだ。

 

「殺せんせーの脱皮、あれって堀部もできるのか?」

 

「いや、できないよ。あくまで触手なのは頭部の一部分だけだからね」

 

 なるほど、納得した。

 このままいけば後少しで地球は救われるだろう。しかし、リングを取り囲む生徒たちの表情は暗い。

 当たり前だ。自分たちが鉄の剣で戦っていたところに、いきなり弱点武器と弱点魔法満載の他人がやってきて無双を始められたらたまったものではない。知らない人間から、ただターゲットを引きつけるだけの駒としか思われていなくて、悔しくない人間なんていない。

 

「安心した。兄さん、俺はお前より強い」

 

 ズルをされて苛立たない人間なんていないのだ。

 

「プッ」

 

「……なんだ?」

 

 思わず漏れた笑いに堀部の視線が俺に向けられる。いや、これが笑わずにいられるだろうか。だって――

 

「保護者に泣きついてようやく少し押してるって言うのに、『俺は強い』なんて、ギャグのつもりか?」

 

 触手を与えたのもシロ、そして奇襲を除けば有効なダメージは全て親のフォローで動きを止めてもらった時。それで強いなんて、ジャイアンの後ろに隠れているスネ夫ですら言わない。

 

「お前……っ」

 

 堀部の目に強い怒りが溢れるが、ルール上外野へ手を出した瞬間負けだ。俺に触手を向けることはあり得ない。

 

「そんなに『強い』って認められたいなら、お前に献身的フォローとやらをやっている奴に言うんだな。俺一人でやらせてくれって」

 

 堀部は明らかに賞金目的の暗殺者とは違う。しかし理由はよくわからんが、強さを求めているのだけは言動で理解できた。

 

「君は何を言っているんだい? 奴をここで殺せば、地球に平和が戻るんだよ?」

 

「それで、お前の手に百億が渡るのか。自分で蒔いた種で金もらって、恥ずかしくないの?」

 

「…………」

 

 周りに聞こえないように言った言葉に、シロは答えない。顔まで覆っているのでその表情は窺いしれないが、一瞬動揺が走ったのは分かった。それだけで返答には十分だ。

 こいつは一年後に地球が破壊される原因を作った一人だ。おそらく、このタコを対象にした研究実験をしていた人間。そうでなくては、たった三ヶ月で超生物と同じ触手を人間に植え付けるまでには発展できないだろうし、そもそも堀部が行えない脱皮のメカニズムも知りえないはずだ。

 つまりこいつは、自分の研究所から逃げだしたタコを殺して賞金を手に入れようとしているのだ。白頭巾で顔を覆っているのも、明らかに声を変声機か何かで変えているのも殺せんせーに正体を探られないためだろう。

 

「……まあいい。どうせあれだけボロボロになれば、計算上は私のサポートなんていらないさ」

 

 計算、計算ね。やっぱりこいつは律の開発者と同じ、数値でしか物を考えない研究者タイプだ。

 

「この暗殺方法は実に周到に計算されていますが、一つ計算に入れ忘れていることがあります」

 

 そう、この作戦にはある数値がぽっかりと抜けている。たった一つ、しかし決定的な数値が。

 

「無いね。私の計算性能は完璧だから」

 

 なおも自信満々にシロは堀部に暗殺指示を出す。

 ――――ドギャッ。

 無表情で殺せんせーに叩きつけられた彼の触手は――ドロリとただれ落ちた。

 

「!?」

 

「おやおや、落し物をふんづけてしまったようですねぇ」

 

 堀部の触手が叩きつけられ、破壊された床には、対先生ナイフが一本転がっていた。白々しい、さっき潮田が懐から取り出していたものを自分で拝借したくせに。

 明らかな計算ミス。なぜならシロは相手が生きていて、思考しているということを考えていなかったからだ。過去の経験を活かすことを考えていなかったからだ。暗殺対象はNPCではないのだから、確実な行動なんて何一つないというのに。

 

「同じ触手なら対先生ナイフが効くのも同じ。触手を失うと動揺するのも同じです」

 

 動揺して動きが止まった堀部を、殺せんせーは自身の皮で包んで拘束し――

 

「でもね、先生の方がちょっとだけ老獪です」

 

 そのまま皮ごと窓の外へ放り投げた。

 抜け殻に包まれているから見た目のダメージはない。しかし、その足はリングの外についてしまっている。つまり……。

 

「先生の勝ちですねぇ」

 

 相手を舐め切っている縞々模様に顔を染めて、超生物は笑っていた。

 

 

 

 あの後、負けた怒りに任せて、黒い触手を暴走させた堀部だったが、恐らく麻酔銃と思われるものでシロに気絶させられ、回収されていった。休学とか言っていたから、また来るんだろうけど、あの強さへの謎の執着がなくならないと、どの道途中で暴走しそうで怖い。後怖い。

 というか、対先生繊維とかあるんなら配給してほしいんだけど。やっぱ金が欲しいんだろうな。悪の研究員かよ。

 で、あれだけギリギリの戦いをした当の超生物様は。

 

「シリアスな展開に加担してしまいました。先生、どっちかというとギャグキャラなのに」

 

 なんかよく分からない理由で恥ずかしがっていた。というか、ギャグキャラの自覚あったのか。

 

「掴みどころのない天然キャラで売ってたのに」

 

 なんで自分のキャラ計算づくで作ってんだよ。そういうのは律とキャラ被っているからやめた方がいい。単純に腹立つし。

 まあ、ぶっちゃけ殺せんせーのキャラとかそういうのは地の底までどうでもよくて。

 

「ねえ、殺せんせー説明してよ。あの二人との関係……」

 

 今の生徒達の関心はやはりそこにあった。当然だ、部分的にとはいえ同じ触手を持ち、多くの弱点を知っていた二人。少なくともシロとの関係は俺の口から言ってもよかったが、やはり本人のことだ。本人の口から語られるべきだろうと口をつぐむ。

 

「仕方ない、真実を話さなければなりませんね」

 

 超生物は額に汗を浮かべながら、重々しく顔を上げた。

 

「実は……実は先生。人工的に造り出された生物なんです!」

 

 ………………。

 ……………………。

 ……うん。

 

「だよね、で?」

 

「にゅやッ、反応薄っ!!」

 

 まあ、生まれも育ちも地球って言っている上に堀部のように移植しているところを見ても、人工生命体って考えるのが普通だろうしな。大体そういう想像に行きつくよな。

 ぶっちゃけ、知りたいのはそこではないのだ。

 

「どうしてさっき怒ったの?」

 

 なぜ堀部の触手を見て怒りをあらわにしたのか。どういう理由で生まれて、なぜこのE組で教師をやっているのか。それが今の“なぜ”だった。

 

「残念ですが、今それを話したところで無意味です。皆さんが何を知ろうと、先生が地球を爆破すれば全て塵になりますから」

 

 しかし、超生物ははぐらかす。なぜ答えないのか、答えることで、何かこのE組に不都合があるのだろうか。月を七割蒸発させて、地球をも破壊しようとしている破壊生物にそれ以上の秘密なんて……。

 造り出された理由、過程、そこから独立して生きている今。

 

「なあ律……」

 

「なんでしょうか?」

 

「一から殺せんせーを作るのと、別の生き物をベースにして作るの。どっちの方が難易度高い?」

 

「……ベースがあった方が難易度は圧倒的に下がると考えられます」

 

「……だよな」

 

 そもそも、ほぼ無からマッハ二十天才生物が作れたなら、世紀の大発明だ。テレビで大々的に報道されてもおかしくない。動物ベースだとしてもそれは変わらないだろう。しかし、そんなニュース欠片も見たことがない。

 報道できない内容の実験、ということになるだろうか。実験の目的が大量殺戮兵器だったとか、そういう理由。しかし、日本のこのE組で教師をやっているところを考えると、実験が行われていたのは日本の線が濃厚だ。この国でそんな兵器の製作実験をしているとは考えにくい。

 となると、他の報道できない理由……。

 

「……いや、まさか」

 

 例えば、あくまで例えばの話だが。

 

「殺せんせーのベースが人間の可能性は?」

 

「それは……」

 

 隣にいるAI娘は驚きに目を見開き、言い淀むように口をまごつかせ――

 

「殺せんせーの知能、妙に人間社会に馴染んでいる点をかんがみるに……その可能性は十分にあります。むしろ、他生物の中で一番人間ベースの可能性が高いと思われます」

 

 俺の最悪想像を肯定してきた。思わず天を仰いで小さく呻く。

 俺が想像し、律によって裏付けされた仮説。もしも、これが事実なら……。

 

 

 あいつは、自分の生徒に“元”とはいえ人間を殺せと言っているということだ。

 

 

「そんなの……そんなこと……」

 

 許されるわけがない、許されるわけが……。

 もはやほぼ確信を持った俺は、知らず拳を爪が食い込むほど固く握り込んでいた。




イトナ登場回でした。

書いていて八幡の思考が冴えわたりすぎかなとも思ったのですが、ある程度八幡を動かさないと転校させた意味がないというジレンマ。元々思考力は並み以上にあるキャラですし、隣にパーフェクトあざといAI娘もいるからいいかなって。

現在お気に入りが700件を超えていました。評価もかなり高い点数を予想以上に多くの方々にしていただいていて、うれしい限りです。
とりあえず書きためている分までは毎日投稿する予定なので、あと10話くらいは毎日読めるんじゃないかなと。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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