二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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地雷は踏み抜くときは踏み抜くものである。

「お前ら早いな」

 

 昼休み。いつものお気にスペースへ向かうと、既に先客が来ていた。というか、マジで昼休みにここに人がいないことがないな。完全に元E組の溜まり場である。

 

「こんにちは、比企谷君」

 

「むしろ、いつもより遅くない?」

 

 今日のメンバーは神崎に速水、そして千葉のようだ。なんかこの組み合わせ率高くない? まあ、単純に波長が合うよね。テンションとか近いし。

 

「ああ、今日は売店で昼飯買ってきたから」

 

「あれ? 小町の弁当じゃないんだ」

 

「今日は生徒会の作業が朝からあるとかで慌てて出てった」

 

 仕事のために早く登校とか、妹も両親の血を色濃く受け継いでいるようだ。将来ブラック企業に就職しないことを祈りたい。

 まあそもそもの話なのだが、そろそろ愛妹弁当はやめてもらおうかと思っていたりする。理由は単純明快で、今年の小町は中学三年生。つまるところ、受験生であるからだ。生徒会の入れ替えは二学期中旬だし、今は塾だってある。本人は好きでやっているようだが、少しでも負担は減らしておきたいところだ。

 え、なら弁当は自分で作ればって? 馬鹿言っちゃいけない。俺の料理スキルはせいぜい小学六年生レベル。そもそも弁当を作るために早起きするんだったら、今はその時間でプログラミングの勉強とかトレーニングをしたいところだ。やりたいことが多すぎるのんな。

 

「公立の生徒会でも早く登校したりすることがあるんですね」

 

「私たちは私立の生徒会しか知らないからなぁ。浅野……程忙しいとは思えないけど」

 

「むしろ普通の学校の生徒会はあんな忙しくないんだよなぁ」

 

 生徒会なんて、教師と生徒のクッション役だったり、雑用係なのが普通だ。特に中学校なんて年に一回小さな企画を生徒会がやれば目立った方で、大半の学校行事の主導は教師が担当するものなのだ。つうか、私立でも大抵そんなもんでしょ。浅野がおかしいだけだよ。

 まあ、なにはともあれ、今日は久しぶりの総菜パンである。たまに食べるとこれはこれで美味いんだよな。企業の努力が見え隠れしている。

 

「いやしかし、昼休みの売店やばいな。人がゴミってた」

 

「人混みってちゃんと言いましょうか」

 

「まあ、結構いつも混んでるよね。私もたまにしか使わない」

 

 ちょっと考えれば分かることなのだが、十クラスが三学年ある公立高校、普通に売店のキャパが足りないのである。自販機にまで行列ができてるってどういうことだよ。早急な改善を提案したい。予算? 知らん! 千葉市が出して!

 これはE組の頃と同じように事前に買っていった方が良さげだなぁ。夏は致し方ないけど。食中毒怖い。超怖い。

 今後の方針を考えつつ、さらりと神崎のツッコミを流しつつ定位置に腰を下ろし、パンの袋を破り開ける。総菜パン、菓子パン、パンに色々あれども、昼食のパンと言えばやはり王道を往く焼きそばパンである。炭水化物に炭水化物を挟むという一見して邪道な行為が恐ろしくまでの調和を生み出す絶対王者。最初にこれをやろうと思った人は味噌ピー発明した人と同じくらい尊敬できるね。

 まあ、難点があるとすればマッカンとはあんまり合わないことなんだけど。そういう点は菓子パンに軍配が上がるのだ。

 

「ん? それシリーズ最新刊?」

 

 もそもそパンを胃に収めながらなんとなしに視線を巡らせていると、神崎の脇に置かれた本が目に付いた。俺が薦めて神崎も速水も読み始めたライトノベルの最新刊である。

 

「はい。昨日買ってきました」

 

「発売日当日とか流石」

 

「続きが気になりましたから」

 

 速水の相槌に、心なしか弾んだ声が返ってきて、お世辞ではないことがうかがえた。

 相当気に入ってもらえたようで、布教した身としては何よりである。まあ、ラノベと言いつつ、中身は結構しっかりしたミステリーものなので、イラストで敬遠しなければミステリー好きにガッチリハマるシリーズだからな。だから薦めたわけだし。流石に所謂ラノベ感の強いものはあまり二人に薦める勇気はない。微妙にエロ描写があるのとかね。俺が薦めたらセクハラでしょ。不破には薦めるけど。竹林? あいつは薦める前に読んでんだよなぁ。

 間に挟まっている栞を見る限り、半分ほど読み進めているようだ。あらやだ昨日買って半分読んでるとか早すぎでは?

 

「私はもう全部読み終わりましたよ!」

 

「はいはい、早い早い」

 

「あしらい方が雑すぎでは!?」

 

 E組しかいないということで俺のスマホから反応を見せたAI娘の速読に関してはもう何も言うまい。というか、こいつ最近発売日に読み終えた自慢とか良くしてくるんだが、一体誰に似たんですかね。そりゃあ対応が雑になるのも仕方がないというものだ。ドヤ顔があざといなんて思っての反応ではない。決してない。

 さて、小説、漫画、映画、はたまたゲームなど、ストーリーのある創作物の話題で気にするべき点にネタバレというものがある……という話を去年教えてもらった。まあ、八幡君は去年までそういう話題を出す相手が妹しかいなかったからね。仕方ないね。

 俺の残念具合はともかく、基本的にネタバレというものは避けるべきものだろう。初見のわくわくを失わせてしまうし、人によっては読む気をなくしてしまう可能性すらある。ミステリーもので犯人の名前なんて口に出してしまった日には、その人間関係でミステリー小説が始まるまである。むしろそれ、火サス的な何かだな?

 

「区切りが完璧だったもんな」

 

「ええ、巻またぎになると、伏線の考察をずっと考えちゃって大変ですよね」

 

 ともあれ、そういう点を俺の何倍もコミュニケーション能力に優れている神崎という少女はよく分かっている。最新刊の話ではなく、その前の巻の話題に乗ってきた。たぶん内心では話したくて仕方ないだろうな。週末に買うつもりだったが、帰りに買うことにしよう。

 

「結構重要そうな教授が序盤で死んだのが意外だったな。キャラの相関が見えてきた段階で一番軸になりそうだったし」

 

「私は逆に、重要だからいなくなる必要があったのかなと思いました。だって教授がいたら、三つ目の殺人は未遂で終わりましたよね」

 

「ああ、あの隠し通路は教授の部屋に繋がってたからな。だから逆に教授生きてる説も考えたっけ」

 

 自然と話が弾むが、当然のように神崎から最新刊のボロが出ることはない。流石クラス内人狼ゲームで二十六人を食い殺した鬼才である。たぶんゲームでなら神崎は浅野を圧倒できる。ちなみに俺も食い殺されました。だって人狼ってやったことなかったし……次はもうちょっと健闘できると思う、たぶん。

 まあしかし、同じ本の話題ができる友人を持ってから知ったことだが、こうして感想を言い合うという行為は楽しい。前の巻の話とか先月末もゲーム通話中にしたのだが、やはり面白いと思った話題はなかなか飽きないものだ。

 と、買ってきた総菜パンを完食し、マッカンで唇を湿らせながら話を弾ませていたのだが、そこでふと気づいた。

 共通の話題を出しているはずなのに、俺と神崎しか話していないのだ。

 おいおいどうしたクールビューティ速水。確かに饒舌な方ではないが、こと本と猫の話題なら割と話す方だろお前。猫の時は話すより鳴くことの方が多い気がするが。猫をプラスするだけでクールからキュートに属性チェンジしちゃうとか、苺大好きな某アイドルみたいだな?

 などと内心弄りつつ――実際に弄ったら鋭い眼光でヘッドショットされるのでしません――顔を向けると、問題の速水は何やら険しい表情をしていた。

 え、何その表情。本の話題で雑談する時にする顔じゃなくね。何事かと神崎を目を合わせるが、訳が分からないのは彼女も同じなようで、困惑の混じった表情をしている。

 神崎も分からない、となると地雷を踏み抜いたわけではないと思われる。では何か本以外のことで頭を悩ませているのか? いやけど、さっきまで普通に話していたわけだし……。

 分からん。分からんことはちゃんと聞いて情報共有。去年学んだ大事なことである。

 

「速水……どうした?」

 

「……確認なんだけど」

 

 少しだけ考えるように視線が逸らされる。

 一瞬の静寂。風の音すら聞こえなくなりそうな緊張感が漂う。え、なに? そんなやばいことなの?

 ゴクリと喉を鳴らしたのは俺か、はたまた神崎か。

 やがて、意を決した二つの瞳が俺たちを見据え――

 

「昨日発売した最新刊って……八巻だよね?」

 

「「…………」」

 

 速水……このシリーズ、今回前後編に分かれるってことで、先月から二ヶ月連続発売なんだ。最新刊は九巻である。

 

 

「そ、そういえば、千葉は何読んでんだ?」

 

 期せずして盛大にネタバレを踏んでしまい、いじけてしまった速水を持て余してしまった俺は、話題に入らずに珍しく本を持ってきていた千葉に話題を振ることにした。逃げたとも言う。むしろ逃げたとしか言わない。自覚してるからこっち見て喉を震わせるのやめろ。

 

「読むというか見るだけど、建築物の写真集」

 

 大判サイズの本を開いてもらうと、建物内外の写真がいくつも掲載されていた。所謂デザイナーズハウスというものだろうか。一風変わった外観の建物ばかりだ。美的感覚がないのでよく分からんが、こういうのをお洒落というのだろう。

 

「こういう家って、見る分には楽しいですけど、ちょっと住みづらそうですよね」

 

 あ、神崎が話に入ってきた。速水は……もう少し時間がかかりそうですね。そっとしておこう。

 

「ま、名前の通りデザイン重視だからな。ほら、パリコレとかのファッションショーでも、こんなの着る人いるのかよみたいな奴あるじゃん。あれと同じ」

 

 千葉の言う通り、芸能人のちょっと奇抜なファッションでも眉を潜める俺からするとあの手のファッションショーで出てくる格好はハロウィンかなんかかと思うようなものが多い。けど、ファッションデザイナーとかから見るとあれがいいんだろうな。こういう建築もその手のものなのだろう。

 

「千葉も将来的にこういうの作るのか?」

 

「実際に作るかどうかはともかく、興味はあるな。ラストに詰め込まれたおかげで勉強には余裕ある方だし、設計ソフトとか触ってみるつもり」

 

 そういえば千葉も高校の内容を詰め込まれた口だったな。上位を狙うならともかく、一定ラインの成績を収めるだけなら最低限の復習でなんとかなるのなら、そういう余裕もあるか。

 

「シンプルな機能美ももちろんいいけど、こういう性能よりデザインを優先するのって、戦隊ヒーロー物の合体ロボみたいでワクワクしないか?」

 

「あー、分かる気がする」

 

 巨大怪獣と戦う性質上、巨大ロボで対抗する必要はあるが、わざわざ変形合体したり、人に似せた顔をつける必要はない。元から合体した状態で輸送するとか、合体するにしても変形させずに移動するとか、そもそも人の形から離れるとか効率的な方法はいくらでもあるはずだ。

 ではなぜそれをしないかと言えば、話は簡単。

 かっこいいからだ。

 その方が見ていて心奪われるからだ。

 

「浪漫だな」

 

「ああ、ロマンだ」

 

 そう考えて改めて見てみると……いいな。すごくいい。個人的には外観より内装の間取りの方が琴線に触れるかもしれない。この多角形の横長リビングは浪漫の塊では? 絶対住んでみたら使いづらいんだけど。

 

「あっ」

 

「お、どうした神崎?」

 

「なんか気に入った写真でもあったか?」

 

 顔を突き合わせてパラパラとページをめくっていると、神崎が何やら反応したので思わず二人して聞いてしまった。

 まさか神崎……分かるのか? この男の浪漫が。顔が良くて頭が良くてゲームが上手くて男の浪漫まで分かったらもはや神では? 実質的に鬼神では? え、鬼なんて言ってないです。聞き損ない間違いじゃないですか?

 揃って聞かれるとは思っていなかったのか一瞬キョトンとした神崎は、苦笑しながらページを一枚戻す。ちょうど写真の建物の間取り図が載っているそのページを指差した彼女は、気恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「ここ、今ハマってるゲームの筐体がちょうど四つ並ぶなと思いまして」

 

「「…………」」

 

 やはり神崎は神崎であった。恐ろしいまでのゲーム脳。誰でも見逃さないね。

 つうか、こいつ筐体のサイズとか把握しているのか。一体どこから仕入れたんだよその知識……ま、まさか、既に家にあるのか? アーケード筐体を購入済みなのか? 一人暮らし始めたらアーケードゲーム専用の部屋とか作っちゃいそうだな。

 神崎との感性の違いが発覚してしまったため、ここは話題を変えねばなるまい。

 速水は……ダメだ、まだ沈んでおられる。速水への追い打ちも避けなくてはいけないので、本の話題はNG。ゲームの話題は当然NG。共通の話題がそこら辺に集中してるんですが。これは詰みでは?

 

「……そういえば」

 

 もう昼休み終わるまでこの微妙な空気の中過ごすことを半ば許容していたのだが、どうやら千葉が話題を見つけてくれたようだ。さすが千葉! May-beな主人公は格が違うな! ……もうあの会社なくなっちゃったけど。

 などと無駄にテンションを上げながら当の千葉に視線を向けると、本人はグラウンドの方、正確にはその隅にあるテニスコートを見ていた。

 なんの変哲もないごく普通のテニスコートでは、今日も今日とて一人で壁打ちをしているジャージ姿が一つ。同じクラスの女子、戸塚の姿が見て取れた。

 

「あの人、毎日昼休みに練習してるよな。よくモチベ続くよなぁ」

 

「そうだね。すごいストイック」

 

 ほんと、同意しかできなくてうんうんと頷いてしまう。

 俺自身が先生たちに言われたことであるが、努力することは才能なのだ。継続は力なりという諺も、継続することが誰にでもできることではないからこそ生まれたものだと思う。少なくとも天気のいい日は毎日自主練をしている彼女は、正しく努力の人なのだろう。

 しかも、本来相手がいて成立するテニスで、だ。

 一人でやって当たり前な勉強やジョギングなど俺が継続している行動と違い、対戦競技である球技の練習をひたすら一人で続ける。それを続けるには一体どれほどのモチベーションが必要だろうか。正直マネできるとは思えない。

 しかし、あれだけ練習熱心な先輩がいれば、周りも触発される気もするのだが……俺、結局部活ってやったことないからな。こういうものなのかもしれない。仮に磯貝が入っても男女で練習別だろうし……そういえば矢田も元テニス部じゃなかったっけ? あいつは部活入ったのだろうか。

 

「なんかああいうの見ちゃうと、『女子テニス部頑張れ!』って思っちゃうよな」

 

「え? あの人、男子じゃないの?」

 

 おや? なにやら神崎が勘違いしている。まあ遠目だから仕方ないか。

 

「あいつ、女子だぞ。同じクラスの戸塚」

 

「え、そうなんですか?」

 

「神崎、運動しててあんだけ細いのは渚くらいだぞ」

 

 渚、ほんと全く筋肉つかなかったからな。腕相撲で茅野と拮抗しているところを見た時にはどうすればいいのか誰も分からなかった。茅野自身も勝てばいいのか負ければいいのか分からないみたいな顔していたし。

 そういう身体的欠点を格闘術、特に絞め技で補っているので、ある程度対人戦もこなせるのが暗殺教室の優等生なのだが。

 神崎はE組時代、渚たちのグループで動くことが多かった。慣れとは怖いもので、渚みたいな例外が例外ではないと勘違いしてしまったのだろう。渚が特別なのであって、あんなある意味超生物そうそういてたまるか。

 

「あ、テニスって言えば、来月から体育の選択競技、テニスとサッカーなんだけど、二年生も同じ?」

 

「ん? あー、確かそうだったはず。いい機会だしテニスやってみるかな」

 

 自発的にやろうとしてもラケットとかボールとか、色々揃える必要があるからな。こういう機会を利用するべきだろう。個人的にはサッカーの方が楽なんだけど。素人相手なら消え放題で八幡のサッカーみたいなタイトル付きそうなレベルだし。どうも、幻の十二人目です。や、消え放題なだけでサッカースキルはお遊びレベルなんだが。

 ちなみに、速水が復活したのは昼休み終了前の予鈴がなってからだった。どんまい速水、今度三人で最新刊の感想会しような!

 




 お久(定型文

 そろそろ原作本編に絡ませたいところなんですが、ちょっとストーリー構成上後二話ほど元E組でだらだらします。次の投稿は2021年かな?

 そういえば結局コロナとかいう空気読めない子のせいで今年のコミケは完全になくなっちゃいましたね。夏コミに出す予定だった俺ガイル本はブラッシュアップしてオールジャンルのイベントで出すか、そのまま委託で出すかしたいなと思っています。原作完結後(ちょっと世界線ずれますが)の八陽です。

 それにしても暑い。40度とかインフルエンザの体温計か何かかよとニュースを見て思いました。令和ちゃんはぶっぱ技しか使えないお方……。
 皆さん熱中症には気を付けてくださいね。水分補給(普段飲みはハイポトニック飲料、ちょっとやばいなと感じたら経口補水液がおすすめ)や塩タブレット、疲労回復にクエン酸(塩タブレットにも入ってます)は常備した方が良さげですね。ほんとにやばい時は吐き気頭痛とかが出たら五苓散、口の中の乾きや体のほてりが酷い場合は白虎加人参湯が対策になるので、常備しておくといいかもしれません。飲み合わせとか各自で注意してね! この夏を乗り切っていきましょう!

 それでは今日はこの辺で。
 ではでは。

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