ようやくの投稿ですが今後もかなりの不定期更新となりそうです
読者の皆様には申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いします
―リユート村―
ラフタリアが勇者たちの情報を入手してから二日後、出発予定の五日目となった。あの後城下町で情報収集を続けたのだが、目ぼしい情報は見つからなかった。
「本当は馬車も用意してあげたかったんですけどね」
「生憎とそんな余裕はなかった、次の波のあとにでも用意しておこう」
「フィーロ馬車引きたい」
「我慢しなさい」
不満気に言うフィーロを窘める。聖書を使った移動が基本になる以上、大量に物資を運ぶ以外に用途は無いだろう。
「それでは出発しましょうか?」
「そうだな」
次の波まで多少の猶予はあるが、無駄に出来るほどはない。出来る限り素早く行動するべきだろう。
「……勇者様方」
「ん?」
「おや、あなた達は……」
アンデルセン達に声をかけてきたのはリユート村の住民達だった。
「行かれるのですね、先日は大変お世話になりました」
「勇者様方が居らっしゃらなかったら、この村はどうなっていたのか分かりません」
「本当に有難うございました」
それぞれに住民達は頭を下げて感謝の言葉を伝えてくる。
「結果として助けたに過ぎん、俺がいなくとも騎士団の連中がなんとかしていただろう」
「それでも私達の多くはこうして無事でいられます、出来ることは少ないですがいつでもまたいらして下さい」
村の一部が破壊され、先の波の傷も癒えていないだろう。これがこの国の、いや世界の現状だ。
何処で起こるのか分からない「波」という災厄、それに怯えながら過ごしていくには人間はあまりにも弱い生き物だ。
「……旧約聖書『詩編』55章23節」
聞こえてきた声に住民たちはアンデルセンの後ろを見る。その声色は子に話しかける母親のように温かみのあるものだった。
「『あなたの重荷を主に委ねよ。主はあなたを支えてくださる』
人は多くの重荷を抱えながら生きていく、悲しみも苦しみも。けれども嘆く必要はありません、主は我々をいつも支えてくださるのですから」
微笑みながらフィーロはそう言った。
「重荷を主に……?」
「支えてくださる、ですか」
その言葉を聞いて住民達がざわめく。
「……本当に、私たちには考えつかないような奇跡なのですね」
「あぁ……」
それは喜ばしいことであると同時に、最も危惧するべきことだ。何時如何なる時も目を離すことは出来ない。
「主に愛されし者、奇跡を起こす者。異教徒共からすれば格好の獲物だな」
「流石にこの状況で仲間割れの原因を作るとは……」
「人は強大な敵を前にしても一致団結できんものだ、どんな状況でもな」
炎に包まれた死都ロンドンでもそうだった。彼等ヴァチカンは王立国教騎士団を裏切り、
アンデルセン自身、その事を特に気になどしていなかった。裏切りは当たり前、それどころか称賛されてしかるべきと言い放ったのだから。
「例え明日世界が滅びるとしても滅びるその瞬間まで争いをやめず、争いの原因を相手に押し付けながら野垂れ死んでいくのだ」
それはこの世界でもそうだろう。アンデルセンは確信していた。
「とにかく、異教徒どもに好き勝手されるのは気に入らん。敵となるなら容赦はしないだけだ」
「まぁ、それが無難なところでしょうね。我々は我々の目的のために動くまでですから」
小さく笑みを浮かべてラフタリアは同意した。
「…それと勇者様にお渡ししたいものがありまして」
「ん?なんだ」
一人の村人が近づいてきてアンデルセンに話しかける。
「勇者様がフィロリアルをお持ちと聞きまして、村で使っていなかった馬車を改修してお渡ししたいと思いまして…」
「…ありがたいが、しばらく使う予定はないぞ?」
「それでしたらお使いになるまでこの村に置いておきます。いつでもお使いください。」
「…感謝しよう」
少々タイミングは悪かったが馬車が手に入ったのは良かった。今回の旅では使わないが、そのうち使わせてもらおう。
「さて、そろそろ行こうか」
「はい、神父様。行きますよフィーロさん」
「…うん」
フィーロが村人との会話を終えてこちらに来る。
アンデルセンは聖書を取りだしーーー
「……」
聖書を開いたまま凝視して固まった。
「?どうかされましたか神父様」
ラフタリアの声かけに反応せずゆっくりとフィーロの方を向く。視線の先にいるフィーロは顔を反らしていた。
「フィーロ」
「私なにも知らないよ神父様」
「まだなにも聞いていませんが?」
「知らないよ」
「馬車は次の機会と言いましたよね?」
「知らないよ」
「フィーロ」
「……」
そのまま黙り混んでしまうフィーロ、ラフタリアはアンデルセンが持っている聖書を覗き混む。
「あー…なるほど、これでは移動できませんね…」
「奇跡を使いこなしているようですね、あまりいい理由ではありませんが」
「自分ができることを理解しているだけだ、正確に言うと使いこなしてはいない」
感情で奇跡を起こしてしまっているのはどうしようもなかった、これでも押さえられているのだからいかにフィーロが祝福されているかが分かる。
「…持っていきませんか、馬車」
「使い道はあまりないと思うが?」
「フィーロさんにとってはただの馬車じゃないんですよ、村の人たちが用意してくれた大切な馬車なんですよ」
ラフタリアはそう言ってフィーロに近寄る。
「あんな恐ろしいことを体験して自分達の村を復興しなければいけない現状で、フィーロさんのために直してくれた馬車ですもの。使わないとフィーロさんもきっと悲しいですよ」
「…お前もフィーロには甘いな」
「妹弟子…いえ妹ですからね、当然ですよ」
ふんすと鼻息が聞こえてきそうなほどに、ラフタリアは胸を張った。
「ははっ、妹か。確かに見えんことはないな」
「可愛い妹のお願いですもの、聞いては頂けませんか?」
「…ククク、仕方あるまい」
そういうとアンデルセンはフィーロの正面に立つ。今の会話はどうやら聞こえていなかったようで、フィーロは目を伏せたままだった。
「フィーロ」
「……」
「どうしても馬車を引きたいですか?」
「…うん、引きたい」
「では、一つだけ約束をしましょう」
「…なに?」
「『この馬車を大切に使うこと』、それをしっかり守るのであれば今回の旅で一緒に持っていきましょう」
「…本当?本当に持ってっていいの?」
「ええ、その代わり約束をしっかり守ってもらいますよ?」
「守る…フィーロちゃんと守る!」
「…いいでしょう、フィーロ。ではこの馬車は貴女のものです」
「…うん!」
満面の笑みで顔をあげるフィーロは、年相応といった感じであった。
「ふふ、とても嬉しそうですね」
いつの間にか隣に来ていたラフタリアが、笑いながらそう言った。
「これで一件落着、ですかね」
「ああ、聖書の方も戻っているしな」
アンデルセンが持っている聖書には、しっかりと文字が書かれていた。
「そういうわけだ、悪いがこの馬車は今から使わせてもらうぞ」
先ほど馬車を譲ってくれた村人にそう伝える。
「いえいえ、使っていただいた方がその馬車も嬉しいでしょう。どうぞ存分にお使いください」
そんなやり取りを見ていた村人はにこやかな表情でそう返した。
「では行きましょうか、時間は有効に使いませんとね」
「フィーロ頑張って馬車引く!」
「あまりはしゃぎすぎないように」
―――さあ始めよう、奇跡と希望の旅を