逸見エリカに憑依したある青年のお話   作:主(ぬし)

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>ガンバスター  1話 2016年03月20日(日) 08:15
>みほが隊長で憑依エリカが副官のままなら、まほはどうしたんでしょう?
>対戦相手視点での狂犬エリカの厄介さはどんな感じだったのやらww


だがそれが逆に主(ぬし)の逆鱗に触れた!


そのエリカ、猟犬につき①

夢の続きを、もう少しだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今日から、貴女のチームメイト兼ルームメイトとして世話になるわ。これからよろしく、妹さん」

 

 

 副隊長になったばかりのお姉ちゃんが、周囲の反対を押し切ってまでスカウトしてきたというその人は、私とはまるで正反対の女の子だった。同い年とは思えないくらい落ち着いていて、頭もいい。かと思えば、大雑把で、ぶっきらぼうで、仕草もどこか男の子みたい。人付き合いは、苦手というより面倒だと思ってる風で、いつもつっけんどんとしていた。同じ戦車道を選択する友だちともほとんど会話らしい会話をしなかった。せっかくの美人がもったいないと何度も思った。

 

 

「―――さすがね。私を撃破するなんて、やるじゃない」

 

 

 その人は、強かった。中学の頃から噂は聞いていたけど、本物を前にすると勝手に身体が竦み上がった。戦車をまるで自分の手足のように操り、鈍重なはずの愛機を生き物みたいに躍動させて縦横無尽に奔らせた。生半可な戦術は、その人の前ではまったく意味をなさなかった。怪我も恐れず、それどころか死んでしまうことすら怖がっていないようだった。砲弾の雨に身を晒しながら、幾重に敷いた伏兵や包囲網をいとも容易く噛み千切って肉薄してくるその表情はその人の怖いアダ名(・・・)そのもので、練習試合だというのに私は思わず恐怖を覚えて震えてしまうほどだった。その人と戦う時、私はいつも必死にならないといけなかった。

 

 

「―――イヤよ、私は私の好きなようにやる。必要以上に首輪(リード)を付けられるのは御免だわ」

 

 

 その人は、誰の言うことも聞かなかった。聞けない、という方が正しいのかもしれない。いざ戦いに投入されたら、あっと言う間に作戦も命令も忘れて本能のままに敵陣深く突入していく。学園やお母さんが入学を渋った理由もきっとそれだと思った。だけど、その人を怖がっても、その実力を疑う人は誰もいなかった。命令を破っても、期待は裏切らなかった。お姉ちゃんでさえ、その人の扱い方に苦労はしても、頼りにしていた。

 

 

「―――副隊長へ昇進したそうじゃない。よかったわね。アンタ、指揮は上手いもの」

 

 

 副隊長になんか、なりたくなかった。私には荷が重すぎると思った。本当に副隊長になるべきなのはその人なのにと思った。

 私は、その人が苦手だった。

 

 

 

 

 

 

「―――ああ、やっぱりここにいた。こんなとこでなに縮こまってんのよ、副隊長様のくせに。まあ、私も戦車の中は好きだけど」

 

 

 でも、どうしてか、その人は私の悩みや苦しみを誰よりもわかってくれていた。

 その時の私は、戦車道を続ける意味が見出だせなくなっていた。流されるままにお姉ちゃんの後を追いかけていたら、あれよあれよという間に副隊長を任せられて、私は息が詰まるような窮屈さに苦しんでいた。副隊長なんて私には無理だと思ったけど、お姉ちゃんに「頼む」と言われたら、どうしても断れなかった。「頼む」なんて、お姉ちゃんの口から聞くのはそれが初めてだったから。ただでさえ、お姉ちゃんも2年生になってすぐに隊長という立場を任されて大変な思いをしているはずだから。顔に出さなくても妹の私には痛いほどわかった。頑張っているお姉ちゃんの負担になりたくなかった。

 ……でも、もう限界だった。どこに向かえばいいのか、どうすればいいのか、なんにもわからなかった。まるで、自分に自分が置いて行かれているようだった。自分の基礎となったはずの西住流のやり方にも疑問を抱えたまま、いつの間にか自分が本当に戦車道を好きだったのかもわからなくなって、私は自己嫌悪に陥っていた。期待してくれる周りの人たちを失望させたくなかった。その気持ちを打ち明けようとした時には、お姉ちゃんの背中はもう遠いところに行ってしまっていて、悩みを言える人が誰もいなくなっていた。身体を錆が蝕んでいくような、じわじわと心が裂けていくような、日に日に心身が軋んでいく息苦しさに苛まれていた。

 私は、一人ぼっちだった。

 

 

「―――ほら、ポカンとしてないで、ちょっと場所開けなさいよ。ティーガーⅠは狭いんだから。はい、これ。アンタ、ココア好きだったでしょ」

 

 

 そんな私の心を、その人は誰よりも真っ先に見抜いて、呆然とする私の隣にそっと寄り添ってくれた。差し出されたココアは淹れたてで、さっと肩に掛けられたブランケットと同じくらい暖かった。

 

 

「―――ボコっていうんでしょ、このクマ。ふふ、実際に見たのは初めてだけど、ホントに趣味が悪いわねぇ。可愛くないし、世間じゃマイナーだし、ちっとも売れてないもの。でも、他人がどう言おうと、それがボコを好きでいることをやめる理由にはならない。そうでしょう?」

 

 

 ティーガーの中で二人きり、ブランケットに包まれて肩を寄せ合いながら、その人は私のボコ人形を指先で優しく撫でてくれた。それまで見たこともなかった綺麗な微笑みは、美人な横顔にとてもよく似合っていた。

 

 

「―――ねえ、みほ(・・)。アンタはアンタのままでいいの。他人がどう言おうと、誰と比較されようと、何と関連付けられようと、自分を見失わないで。私は知ってる(・・・・)。アンタは、アンタだけの戦車道を持ってる。才能がある。間違いない。私は見てきたように(・・・・・・・)知ってるわ(・・・・・)。だから、もっと自分を信じなさい」

 

 

 どうして、そこまで力強く私を評価してくれるのだろう。才能なんて無い。自分の戦車道なんてわからない。だって、自分のことばかり考えて、ルームメイトがこんなに優しかったことにも気がついていなかったのに。苦手だとも思ってしまっていたのに。自信を持てと言われても、私自身の中に、その根拠を見出だせない。

 

 

「―――やっぱり無理? 副隊長なんかできない? ああ、もう。まったく、しょうがないわねえ」

 

 

 情けなさと不甲斐なさに押し潰されて、立てた膝に顔を埋めた私に、その人は「使い古された台詞かもしれないけど」と苦笑しながら私の頭をさらっと撫でた。

 

 

「―――自分を信じられないのなら、それでいい。それもアンタの良さよ。だったら、私を信じなさい。私は全力でアンタを信じる。誰よりも強く信じる。だから、アンタは、西住みほを信じてる私(・・・・・・・・・・)を信じなさい。……これなら、どう?」

 

 

 その言葉は、雲間から差し込んできた太陽の光みたいに私の心を暖かく照らしてくれた。見上げれば、その人は赤らんだ頬を銀白色の髪に隠して気恥ずかしそうに目を背けた。

 いつから見ていてくれたのだろう。いつから気遣ってくれていたのだろう。戦うことしか頭にないと思っていたその人は、本当はものすごく優しくて、私のことを深く理解してくれていた。

 私は一人なんかじゃなかった。

 その日から、私は一人じゃなくなった。

 私は、私だけの戦車道を見つけた。親友を信じて、親友に信じてもらって、親友と一緒に力を合わせて勝利を目指す、私の大切な戦車道。

 

 

 

 

 そして、今日。黒森峰女学園の10連覇をかけた決勝戦。

 私が初めて隊長として挑む戦い。

 

 

 

 

「―――いいわ。命令通り、死んであげる(・・・・・・)、西住隊長」

 

 

 

 

 私は、親友に死を命じた(・・・・・)

 

 

 

 




 その人は、暇な時はいつもヘッドホンをつけていた。何を聴いているのかは教えてくれなかったけど、たまにビクビクッと肩を震わせているのがとても気になった。今度、こっそり聴いてみよう。

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