逸見エリカに憑依したある青年のお話   作:主(ぬし)

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冒頭部のみ書いてそのまま放置していた番外編です。続きを書くつもりはありませんでしたが、活動報告にて公開したところたくさんの方から褒めてもらえたので、完成させることにしました。楽しんで頂ければ幸いです。


番外編『大洗の忠犬、黒森峰の狂犬と出会う』(前編)

 私は秋山優花里。大洗女子学園戦車道チームの一員であります。我が敬愛する島田愛里寿隊長のため、そして我がチームを勝利に導くために対戦相手の学園艦に潜入するのが趣味───じゃなかった、任務です。

 いつものコンビニ船を経由して、今日は全国大会決勝戦の相手である黒森峰女学院の学園艦に潜入したのですが……。

 

「貴様、見たことない顔だな!襟元のエンブレムが左に15度も傾いている!なんだか怪しいぞ!」

「それに、そのジャケットの皺はなんだ!皺が許されるのは40平方センチメートルにつき1本までだと生徒手帳の36ページ12項で明示されているだろう!アイロンのプレスが未熟すぎる!ますます怪しいぞ!」

「い、いえ、あのですね、えーっと、これはなんと言いますか、」

 

 さっそく潜入が見破られそうになり、現在進行系で生徒二人に壁際まで追い詰められて詰問されているのであります。ものすごい剣幕に圧され、私はタジタジと後ずさるばかりです。黒森峰の厳しい校風は有名ですが、まさかここまでとは思いもしませんでした。さすがは規律正しいドイツ文化に根ざしているだけあって、細かいところまで規則に忠実です。せっかく黒森峰戦車道チームのタンクガレージまであと一歩のところまで近付けたのに、これでは一つも情報も得ることが出来ません。西住まほさんに代わって隊長を任ぜられた西住みほさんと、その腹心にして恐ろしいあだ名で呼ばれるあの人(・・・)のことを是非調査したかったのですが。

 「ここまでか」と諦めかけた私は内心で下唇を噛みながら脱出のために後ろ足に力を込めて、

 

「それは私の客よ」

 

 横合いから放たれたムチのようなしなやかな美声に動きを止められました。私がギョッとしてそちらに顔を向けると、黒いグリースにまみれたツナギと、同じく油汚れで黒ずんだ作業帽を目深に被った生徒がボロ布(ウェース)で手を拭いながらこちらをじっと見つめていました。手を伸ばせば届く距離だというのに、私たちの誰一人とも彼女の接近に気がついていなかったことに愕然とします。帽子からわずかに零れる細い髪は銀色で、夕焼けのように赤みがかった瞳はまるで男性のような硬質な意思の強さを秘めています。オイルで汚れた頬の下に覗く肌は透き通るように白くてキレイです。

 どこかで見たことがあるような、と疑問が浮かびかけたのもつかの間、私を尋問していた女生徒二人が肩をピンッと硬直させて直立不動の体勢を取ります。

 

「こ、これは申し訳ありません!てっきり侵入者かと思いまして……!」

「まさか貴女のお客様だったなんて!」

「いいのよ。今日の緊急履帯補修訓練は終了にするわ。お疲れさま。ガレージの施錠は私がしておくから、先にみんな帰るように伝えてくれる?」

「「や、了解しました(ヤヴォール)っ!」」

 

 大きな尊敬と、もっともっと大きな畏怖を込めた態度と返事で、女生徒二人はコマのようにくるりと踵を返すとライオンから逃げるバンビの如き勢いで駆け出していきました。残されたのはポカンと間抜けな様子で口を開けたままの私と、謎の整備士風の少女だけ。

 

「ええっと……ありがとうございます……?」

 

 整備士の装いからして、整備長さんなのでしょうか。なんと言いますか、大物のような静かな風格があります。しかし、潜入してきた私を『客』と呼んで助けの手を差し伸べてくれたようですが、黒森峰に知り合いのいない私はこの人のことをまったく知りません。どういうことなのでしょうか。

 感謝しつつも警戒を解くには至れない私に、整備士風の少女がふっと微笑みを浮かべます。まるで大人のような威厳と余裕の溢れる微笑みには、どこか“会いたいと願っていた想い人にようやく会えた“というような熱っぽさも滲んでいて、思わずドキリとしてしまいます。

 わけもわからずドギマギする私に、銀髪の整備士さんは身振りでガレージに招きながら言います。

 

「いらっしゃい、オッドボール3等軍曹(・・・・・・・・・・)。来てくれる日を待っていたわ」

 

 どうやら、この人には私の正体まで見破られているようであります。いったい、この人は何者なのでしょうか……!?




エリカさん、最近ソワソワしてるけど、どうしたの?ふふ、さすがのエリカさんも決勝戦前には緊張するのかな。え?「髪の毛がモジャモジャの女の子を見なかったか」って?う〜ん、見なかったと思うけどなぁ。ていうか、その女の子が気になってソワソワしてたんだ。ふ〜ん、そうなんだ。ふ〜〜〜ん。別になんでもないよ。ふ〜〜〜〜〜〜〜ん。

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