逸見エリカに憑依したある青年のお話   作:主(ぬし)

8 / 9
まさか子どもを膝に乗せながらガルパンの小説を書くことになるとは。人生どうなることかわからないもんです。この子も将来、ガルパン好きになるといいなあ。


番外編『大洗の忠犬、黒森峰の猟犬と出会う』(中編)

「なんと、整備長さん(・・・・・)も『戦略大作戦』をご覧になったんですか!歳に似合わず硬派ですねえ!」

「アンタに言われたくないわよ。でも、あの映画は面白かったわね。大学で一人暮らししてた頃に初めて観たんだけど、あの時は感動したものよ」 

「え?大学?」

「んんんッ!ち、違うわ、“姉が大学で一人暮らししてた頃”の間違いよ。ところで、ノンアルコールビールのお替りはいらないかしら?いるわよね?」

「あ、は、はい。頂きます」

 

 勢いに押されて頷いた私のマグカップになみなみとノンアルコールビールを注いだ整備長さんは、汗ばんだ額を隠すように帽子を深くかぶり直して、なんだかひどく取り乱したように見えました。気のせいでしょうか。

 私たちは今、黒森峰女学院の戦車道チームが保有するタンクガレージのミーティングルームにふたりきりで座っています。さすが戦車道で名を馳せる黒森峰なだけあって、ミーティングルームといっても大会議室なみに広くて、掃除も行き届いています。大洗との差を見せつけられるようで、少し悔しく思います。でも、想像ではもっと質実剛健な実利主義的で、調度品も一切なく、必要最低限のものしか置いていないような空間を想像していたのですが……。

 

(なぜ、島田殿の好きなボコ人形がこんなにたくさん……?)

 

 絆創膏だらけのクマ(?)のヌイグルミ『ボコ』がところどころに置いてあります。意外に女学院らしいところがあるのは、最近の変化なのでしょうか。しかし物好きが多い───いえいえ、こんなことを言うと島田殿がほっぺを膨らませて拗ねてしまいます。

 ちなみに、整備長さんというのは彼女の自称です。私が「もしかして貴方は整備長さんなのですか?」と問うたところ、手をヒラヒラさせながら「まあそんなもんよ」と応えてくれたのです。整備長というのは隊長より怖い存在とはよく言ったものなので、先ほどの女生徒たちの(おのの)きっぷりも頷けます。戦車を手荒に扱うと彼女の雷が落ちるのでしょう。

 

「整備長さん、さっきは助けていただいてありがとうございました。あのままだと捕まってしまうところでした」

「気にしなくていいわ。うちの子たちは規律に厳しいのが良いところでもあり悪いところでもあるのよね」

 

 自分と同年代でしょうに、やけに大人びた目線からの物言いです。でも、嫌味っぽさは微塵もありません。「この人がそういうならそうなんだろうな」と思わせるような、厚みのある経験と含識に裏打ちされた言葉には不思議な説得力があります。だからでしょう、おそらく私とも同い年なのでしょうが、なんだか年上に接するような態度になってしまいます。

 そこでふと、私は初見の時から気になっていた疑問を投げかけてみることにしました。

 

「どうして私のことを知っていたのでありますか?」

「ああ、“オッドボール3等軍曹”のこと?」

 

 それは先日、サンダース大学付属高校に潜入した際に咄嗟に口に出た偽名なのですが、それを知っている人物は限られるはず。神妙な顔で頷く私に、整備長さんはにやりといたずらっぽく微笑みます。なんだか嫌な予感。

 

「“ヒヤッホォォォウ!最高だぜぇぇぇぇ!!”」

「なああっ!?な、な、なんでそれを!?」

 

 念願叶って戦車に乗れた際につい口走ってしまった台詞を身振り手振りまで完全にトレースされてしまい、私はアワアワと手をバタつかせます。耳たぶまで真っ赤になっている自覚のある私を見て、整備長さんはくつくつと喉を鳴らして笑います。意地悪そうなのにまったく害意を含まない器用な笑い方です。

 

「内緒の情報網があるのよ。大洗の忠犬、秋山優花里さん」

 

 茶目っ気のあるウインク交じりにそう言われてしまうとそれ以上追求できません。落ち着いた物腰でありながらも男子のようなイタズラっぽいところもあって、不思議な魅力のある人です。

 しかし、この人はどこまで知っているのでしょうか。対戦相手についてここまで知り尽くしているのは、さすが黒森峰、侮れません。いえ、このミステリアスな整備長さんが特別なのかもしれません。

 

「でも、残念ね、秋山さん」

「何がですか?」

みほ(・・)───うちの隊長が不在ってことよ。苦労して潜入したからにはせっかく会って“黒森峰の軍神”から話の一つでも聞き出したかったでしょうに。ほら、寄港地から熊本が近いでしょ。あの娘の実家があるから、昨日からちょっと実家に顔を出しに行ってるのよ。貴方が近々やってくるとは思ってたけど、まさか今日来るとはねぇ」

 

 「タイミング悪かったわね」と、ため息まじりに整備長さんが零しました。本当に、心底残念そうです。まるで私と西住みほさんが出会うことを心待ちにしていたような雰囲気に小首を傾げます。みほさんとも初対面のはずなのですが。

 

「西住みほさんのご実家は、前隊長である西住まほさんと同じく、あの西住流総本家ですよね」

「そうよ。姉妹なの。姉妹仲は前からよかったけど、最近は親子仲もすっかり良くなったみたいで、ちょくちょく実家に顔を出してるわ。熊本土産をしこたま持たされて帰ってくることもしょっちゅうよ。ちょっと信じられないわよね」

 

 「信じられない」と語る時の目がどこか遠いところを見ているように感慨深げなのが印象に残ります。親子関係で、以前はなにか難しい事情があったのでしょう。この厳しくも親しみ深い整備長さんはみほ隊長とも交流が深いようです。

 でも、一つ勘違いしています。私はたしかに黒森峰女学院の情報を集めるために潜入しました。前任者の西住まほさんから隊長を継いだかと思いきや、グロリアーナといった強豪校を立て続けに撃破するという功績を打ち立てたことから“軍神”の異名をほしいままにする西住みほさんの情報を得ることも考えていました。そうすれば、西住流のライバルである島田流の継承者にして、大洗女子学園戦車チームの隊長である島田愛里寿殿の役に立つヒントを持ち帰ることが出来たかもしれません。

 けれど、私はそれよりも何よりも、顔を突き合わせて話をして、人となりを探ってみたい人物がいるのです。

 

「いいえ。たしかに西住みほさんは憧れの人ですが、私がもっとも話をしてみたい人物は別にいるんです」

「え?そうなの?」

 

 私の目的が西住みほさんではないことが心底意外だったのでしょう。整備長さんの朱色の瞳がキョトンと丸くなります。整備長さんとしてメンバーとたくさん関わりのあるこの人になら、話していいかもしれません。なにか重大なヒントをくれるやもしれません。私は意を決して、胸の内を明かすことにしました。

 

「はい。私が話をしたかったのは……逸見エリカさんなんです」

 

 西住みほさんではなく、彼女の傍に付き従う副隊長とこそ、是非とも話をしてみたい。私はそう考えて黒森峰に潜入したのです。

 整備長さんには私の答えが予想の外も外だったようで、しばしポカンと硬直しています。でも、一瞬で自失から立ち直ると、とても興味深そうに少し身を乗り出しながらルビーのような目で私の目を覗き込みます。その眼には心の内側まで見透かすような鋭い光が輝いています。

 

「理由を聞いてもいいかしら?なんでうちの“狂犬”に興味が?」

「まさに、その“狂犬”という異称故です」

「というと?」

「なんといいますか……あの人には違和感(・・・)があるのです」

 

 ギクリ。そんな音が聞こえた気がして整備長さんを見ると、顔が引き攣っているように見えました。でも、私が疑念を浮かべる前にその表情は大きなビールマグによってさっと隠されます。「続けて」という意思のこもった赤い目線に促され、私は気を取り直して前々から逸見エリカさんに対して感じていたことを言い連ねていきます。

 

「あの人の試合は見たことがあります。中学時代、あの人はたしかに狂犬と呼ばれるような荒々しい戦い方でした」

「あら、今もそうじゃないの?」

「今もそうです。いえ、私はそうであって中身が違う(・・・・・・・・・・・)と感じています」

「中身?」

「はい。なんというか、今のあの人は、自分を狂犬と(・・・・・・)規定した戦い方(・・・・・・・)をしているように見えるのです」

 

 整備長さんは何も言いません。でも雰囲気はいかにも真剣で、私の話にちゃんと向き合って聞き入ってくれていることがわかります。その思慮深い大人のような頼り甲斐のある受け手の反応に、応答のある無しに構わず話を続けることにしました。

 

「高校に入った直後も、まだ戦い方は荒々しいものでした。まるで躾のなっていない暴れ犬のような。でも西住みほさんが隊長となって、あの人が副隊長となってからは、むしろわざと荒々しさを演出(・・)しているように感じるのです」

「なるほど、そういう意味の違和感なのね」

 

 なんだか少しホッとしたように見えるのは気のせいでしょうか。熱の乗ってきた私は構わずに口を動かします。

 

「そう考えると、実はあの人ほどの策士はいないのではないかと私には思えるのです。自分の狂犬っぷりを演出することで、相手チームからの警戒心を一挙に引き受けて、注目を自分の身に集中させることを意図しているのではないかと。“狂犬”という褒められない忌み名をつけられようと気にすることはなく、むしろそれを利用して。そうして相手の思惑に隙を作ることで、西住みほさんの勝利の道を切り開こうとしているのではないかと。そう考えると、空恐ろしいものを感じます。あの人にとって、西住みほさんとは自分のことより優先すべきとても大事な存在なのでしょう。どうしてそこまで出来るのでしょう。何を思ってそんなことが出来るのでしょう。私は、あの人の在り方(・・・)を見極めたいのです。それを確かめなくては、大洗に勝ち目は見えてこないのではないかと思うのです。だから私は、ここで是が非でも逸見エリカさんに会ってそのことを直接聞いてみたくて───」

「あ、エリカさん(・・・・・)、やっぱりまだここにいたんだ。お母さんがまたお土産をたくさん押し付けようとしてきたから大急ぎで帰ることに───あれ、お客さんなんて珍しいね」

 

 背後から唐突に、いかにも純粋そうな少女然とした声が投げかけられました。ガチャッと扉の開く音に中断されて二人でそちらに目をやると、なんと“黒森峰の軍神”と名高い西住みほさんがタンカースジャケットの前ボタンを留めながらこちらに笑顔を向けてくれているではありませんか。

 

「こ、これは西住みほさん!黒森峰の隊長さんとお会いできるとは光栄です!私は大洗女子学園の───……」

 

 憧れの人物が突然目の前に現れたことに仰天して、私は椅子から跳び上がって直立不動の姿勢を取ります。そして敬礼とともに自己紹介をしようとして、

 

「………“エリカさん(・・・・・)”?」

 

 先ほどみほさんが呼んだ名前を思い出して、思考がギシリと止まります。そのままギギギと音を立てるように背後の整備長さんを振り返ると、彼女は苦笑を一つ浮かべてさっと作業帽を脱ぎました。肩まで届く特徴的な銀髪が天使の翼のように閃いて、切れ長の赤い瞳の全貌が明らかになります。

 

「んななななな!!??」

「あーあ、バレちゃったじゃないの。面白い話だったのに」

 

 形のいい片眉をくいっと吊り上げて笑うその人は整備長ではなく、なんと、紛れもなく“黒森峰の狂犬”の忌み名で称される逸見エリカその人なのでした!どどど、どうしましょう!?助けてください、島田殿〜〜!!




 お母さんが熊本土産を持たせてくれたよ。『誉の陣太鼓』と『武者がえし』。はい、赤星さんにはそれぞれ40箱ずつどうぞ。うん、まだまだあるよ。コンテナに詰めて送ってきてくれたの。小島さんには『栗きんつば』と『風雅巻き』を40箱ずつ。……うん、みんなごめんね。いつもごめんね。本当にごめんね。「こんなにいらない」って言うんだけど、「西住流に遠慮の文字はうんぬん」って押し付けられちゃうの。熊本のこと嫌いにならないでね。
 ……なぁに、エリカさん。エリカさんにはないよ。お土産が欲しかったら“モジャモジャの女の子”からモジャモジャでもなんでも貰えばいいじゃない。知~らない。ふ~~~ん!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。