鋼の天蓋   作:箪笥の角

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第弐話 穏やかな空気の元で

 昼休み。陽光が優しく降り注ぐ屋上で、丸テーブルを囲んで六人の男女が昼食に勤しんでいた。決して狭くは無い敷地は欧州の街路を思わせる石畳が敷き詰められ、規則的に配置された花壇には色とりどりの花が咲き乱れる。学校の屋上と言うよりはカフェのオープンテラスと言われた方がしっくりくるこの場所には、現在一夏、箒、セシリア、鈴音、シャルル、夏希以外の人影は無い。本来であればこの季節は、昼時の語らいの場として多くの女子達がこの場所に訪れるのであるが、彼女達は転校生二名の追撃のため食堂へと集まっている。しかし残念ながら、目当ての存在は全く違う場所で食事中であり、彼女達の目論見が当たる事は決して無い。

 さて、そんな二人の転校生、すなわちシャルルと夏希であったが、二人で並び一夏と向き合いながら、どうにも居心地の悪い思いをしていた。一夏の隣に座る箒から発される不機嫌そうな威圧感と、セシリア、鈴音の抜け駆けは許さない的な目が笑っていない笑顔が、二人に嫌な重圧を与えているのだった。

 

「……ええと、本当に僕が同席してもよかったのかな?」

 

 何処と無く困ったような表情で、シャルルが口を開く。その発言は、彼なりに場の空気を最大限に読んだ上でのものであったが、肝心の一夏はそんな事など露知らず、あっけらかんとした表情で笑いながら、シャルルの問いに答えた。

 

「よくないわけあるか。同じ男子なんだし、仲良くしようぜ」

 

 そう言うこと言ってるんじゃねぇんだよ、と二人が思ったかは定かでは無いが、秒単位で重さを増す空気に、夏希とシャルルは今すぐにこの場所から逃げだしたい衝動に駆られた。同時に、その中心にあって顔色一つ変えない一夏に対して、驚愕の念を抱く。何故平気なのか、と。

 

「んんっ! そう言えばわたくし、たまたま早く起きたので今日はサンドイッチを作って来ましたの。よかったら如何ですか?」

 

 そんな膠着した雰囲気の中、まず先陣を切ったのは英国代表候補生、セシリア・オルコット。『たまたま』と言う言葉を殊更に強調しながら、ドンッ音を立てて一夏の前に置かれたのは、数種類のサンドイッチが入ったバスケット。まるで教本に載っているお手本のように並べられた一口サイズのサンドイッチに、夏希は小さく感嘆の吐息を漏らした。得意げに胸を張るセシリアであったが、面白くないのは残る二人。続いて箒がテーブルの上に弁当箱を置き、バスケットを押し退けるようにして一夏の前に突き出した。

 

「私も弁当を作ったのだが、偶然多く作りすぎてしまってな。食べたいならやるぞ、一夏」

 

 箒の弁当は、バリエーションと色合いに気を使った明らかな力作であった。ほうれん草の胡麻和えや鳥の唐揚げ、出汁巻き卵など、一般的ではあるが地味に手間がかかる料理が、見た目にも配慮して並べられている。この弁当を作るのにどれほどの労力を費やしたかは、和食に詳しくないシャルルにも理解できた。故に、本人でさえ意図せずに賞賛の言葉が口からこぼれたのも、至極当然の事であった。

 すごい、と言うシャルルの言葉に、当然だとでも言うように鼻を鳴らす箒。そんな彼女に視線を向け、次いでセシリアを一瞥した鈴音は、勝利を確信したような表情でタッパーを一夏に突きつけた。

 

「ほら、一夏の分よ。あんた、前に酢豚食べたいって言ってたから、仕方なく作って来てあげたわ」

 

「おお!」

 

 目を輝かせながら一夏がタッパーの蓋を開ける。その中身を見た瞬間、夏希は思いっきり噴き出してしまった。

 

「ぶっっっ!!!」

 

「って、なんであんたはあたしの時だけそんな反応するのよ!!」

 

「いや、だってさ……」

 

 タッパーの中には、隙間無く詰め込まれた酢豚のみ。副菜も、白米すら無く、完全無欠にオンリー酢豚である。いくら以前食べたがっていたとしても、それだけ永遠食べさせられるのはどうなのか。夏希は少しばかり呆れた表情で言葉を続けた。

 

「他のおかずがどうとか言わないけどさ。せめてご飯ぐらいは用意した方がよかったんじゃないか?」

 

「う…………」

 

 忘れてた、とでも言いたげな様子で、鈴音は気不味げに視線を逸らした。どうやら、酢豚に集中するあまり他のことを完全に失念していたようで。だがそんな鈴音に、一夏は嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

「気にすんなよ、鈴。俺、酢豚大好きだし」

 

「い、一夏……」

 

 一夏の真っ直ぐな視線に、顔を赤らめながら向き合う鈴音。シャルルはそんな二人を興味深げに観察し、箒とセシリアは面白くなさそうに眉根を吊り上げた。そんなギャラリーを後目に、一夏は「それに」と言葉を続ける。

 

「ご飯なら箒のがあるからな」

 

 名案だとでも言いたげに胸を張る一夏。その瞬間、屋上の空気は確かに凍り付いた。

 

「そ、そうね……はは……」

 

「その、元気出してくださいまし!」

 

「大丈夫だ! まだ、まだ次がある……!」

 

「……不憫な」

 

 夏希は、心の底から呟いた。まるでこの世の全てに絶望したかのように肩を落とす鈴音を全力で励まそうとする、本来敵であるはずの二人。そのあまりにも涙ぐましい光景に、シャルルは心の中で十字を切った。

 ちなみに、その原因である一夏は不思議そうに首を傾げている。

 

「……ねえ、夏希」

 

「……何だ?」

 

「一夏って、もしかして……」

 

「ああ、もしかしなくても……」

 

 出会って半日も経っていないにも関わらず、二人の中での一夏のパーソナリティーは『救いようの無い朴念仁』になった。屋上の空気が、先ほどとは異なるベクトルで重く沈んだ。

 

「あ、ね、ねえ、そう言えば夏希の所属って日本の研究所なんだよね!?」

 

 そんな際限無く暗くなって行く雰囲気をどうにかするために、シャルルが殊更に明るい調子で夏希に話題を振る。瞬時に行われるアイコンタクト。夏希は視線で小さく頷いて見せると、少々しどろもどろになりながらもシャルルの問いに答えた。

 

「あ、あー。うん、そう、国からの資金で運用されてる、完全な国家機関だな。と言っても、俺を含めて研究所の人間は、公務員じゃなくて民間登用なんだけど」

 

 視線が夏希に集まり、空気が僅かに軽くなる。シャルルがほっとしたように息を吐いた。

 

「あ、でも国技研は確かに国の機関だけど、第一から第五までは、むしろ企業が合同で研究を行うような場所になってるから独立して動いてるわけじゃないんだ。国技研の仕事は技術の研究と集積、管理が主で、集められた技術のパテント管理みたいなことをやっている。そんなわけで、国技研は基本的に単独でISの製作を行ってなくて、何処かの企業に人員を派遣し、見返りに技術の管理を任される、みたいな場所なんだ。第八以外はね」

 

 そこで一度言葉を切って、鞄から取り出した栄養スティックの包装を剥がして一口かじり、ミネラルウォーターで無理矢理胃に流し込む。過不足無く栄養が取れるため、栄養補給と割り切ってこの手の食品を愛用している夏希であったが、味や食感に関しては全く好ましく思っていなかったりする。

 

「なるほど、国技研が特許管理を行っているのだな。それで、第八以外と言うことは……」

 

「多分、篠ノ之さんの考えている通り。例外的に、我が第八研究室だけは独自でIS開発を行っている」

 

 箒の言葉に、夏希は頷いた。そこに疑問を投げ掛けるのは、夏希の隣に座るシャルル。首を傾げながら、しかし、どこか確信したような声音で問いかける。

 

「それじゃあ、夏希のISは自分達で作ったって事?」

 

「その通り。企業の技術も参考にしているから全く独力とも言えないけどね」

 

 あくまで独力ではないとアピールする夏希であったが、それでも五人の感心を買うには十分だったようだ。

 通常、パイロットにとってISは、与えられるものである。白式然りブルーティアーズ然り、それが企業か国家かの違いこそあれど、本質的には搭乗者が設計に携わるものではない。餅は餅屋、と言うと少し語弊はあるが、IS技術者と操縦者の二つが、近いようで非常に遠い専門職である以上、この二つを高い水準で両立出来る人間は非常に少ないのだ。

 

「そう言えば夏希のIS、かなり特殊な感じみたいだったけど……!?」

 

 不意に、一夏の声が途切れた。不審に思った全員の視線が一夏の方へ向くと、そこには卵サンドらしき物を片手に硬直する少年の姿が。一体どうしたというのか。怪訝に思った夏希は、セシリアに確認を取ってサンドイッチを一切れ手に持った。それはどうやらハムサンドだったようで、レタスの緑とハムのピンクが色鮮やかな、市販のものよりも美味しそうなものであった。

 

「っ!?」

 

 見た目は。一口食べた瞬間に舌の上に広がる、何とも言えない生臭さと歯が溶けそうなほどの甘さ。一瞬遅れて去来する、どう考えてもマスタード的な物ではない辛さ。と言うか、ハムだと思ってた物でさえハムじゃなかった。一体これから何を信じればいいのか。夏希は絶望した。

 

「な、夏希!? しっかりして夏希!」

 

「っっっっっ!」

 

 声にならない叫びを上げ、水でサンドイッチ(偽)を腹に押し込めたあと、残っていた栄養スティックを三本一気に租借して飲み込む。口の中の水分がごっそり持って行かれるが、あの味を残して置くよりはずっとマシだろうという判断であったが。

 

(あ、味が消えない……!)

 

 強烈な臭みが、未だ口の中に居座り続けている。栄養スティックの濃い味と消え去った水分のせいで、夏希の口の中はなんだか愉快な事になっていた。何か味の濃い物が欲しいところだが、残念な事に、夏希は栄養スティック以外の食物を用意していない。後は水を飲んで味を薄める以外に方法は無いのである。

 

「……酢豚食べる?」

 

 そんな様子に見かねた鈴音が、酢豚の入ったタッパーを夏希の前に差し出す。まさに天の助け。夏希が肉の一つを手掴みで口の中に放り込むと、良く味付けされた豚肉と甘酢の香りが、咥内に満ちるあらゆるエグ味を浄化した。

 

「……今度から鈴音様って呼んでいいですか?」

 

「さ、様はいらないし普通に喋れ!」

 

 至極真面目な表情の夏希に顔を赤くする鈴音。執事フェイスが似合いすぎだった、とは後の鈴音の弁。

 

「……で、だ」

 

 気を取り直して。一夏も復活したところで、先ほどの惨劇の元凶であるセシリアに視線を向ける一同。そこには、B.L.Tサンド片手にテーブルに突っ伏す少女の姿が。よく見ると全身が小刻みに震えている辺り、恐らく彼女の味覚がおかしいわけでは無いのだろう。その事に少し安堵しつつ、黙って彼女の復活を待つ夏希であった。

 やがて。

 

「わ、悪くは、ありません、わね」

 

「味覚バカの称号が欲しいか?」

 

「ごめんなさい」

 

 生まれたての子鹿のように身を起こし、死期を迎えた老人のような声で戯言をのたまうセシリアを、夏希はバサリと切り捨てた。今回ばかりは一夏もフォローできないようで、口元を引き吊らせながら二人のやり取りを見ている。

 

「と言うか、何でこんな事になるんだ? 一体何見て作った?」

 

「その、写真の通りになればいいと……」

 

「うん、写真だけじゃなくてレシピも見ような頼むから」

 

 何故ただパンに具を挟むだけのサンドイッチでこんな壊滅的な物品が出来上がるのか。夏希は英国貴族と言う存在に恐怖し、同時に舌が死んでいた訳ではないことに感謝した。味覚がおかしい人間には、そもそも何を言っても無駄なのだから。

 

「それと、味見はしようね? 誰かに食べさせるんだったら、やらなきゃダメだよ?」

 

「わ、分かりましたわ……」

 

 シャルルのアドバイスに、大きく肩を落とすセシリア。その姿に、被害者二人は安堵の息を漏らした。

 

「……ちなみに、このハムみたいでハムじゃないものは何だ?」

 

「ええと、ちょうどいい物が無かったので、桜大根と言う物を……」

 

「確かにピンクだけどさぁ。ピンクだけどさぁ……!」

 

 むしろ、ハムが無くて何故桜大根があるのか。夏希は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

 

 

 

 

 

 

                  鋼の天蓋

             第弐話 穏やかな空気の元で

 

 

 

 

 

 

「あ、鹿島君にデュノア君。お二人の部屋のことでお話があります」

 

 放課後。整備訓練で鮮やかな手並みを見せた夏希に女子生徒が殺到し、毎度お馴染みの鬼神降臨イベントが発生した午後の授業の後。何とは無しに一夏の机の周りに集まっていた男二人組に、教室を出ようとしていた真耶が振り向いて声をかけた。談笑の輪に加わりつつ、互いを牽制しあっていた箒とセシリアもその様子にひとまず口を閉じ、集まっていた五人が真耶に視線を向ける。

 

「ええと、鹿島君とデュノア君は相部屋になります。荷物は業者の人が運び込んでくださったので、確認しておいてください。何か困ったことがあったら、私か織斑先生に聞いてくださいね。因みに、1001号室は寮長室で、織斑先生がいらっしゃいます」

 

 二人に鍵を渡し、真耶が言う。

 鬼の寮長、と言う言葉が一夏の脳裏に浮かんだ。夏希はそれなら秩序は守られるかと納得しながら頷き、シャルルは分かりましたと言葉を返した。そして、一夏の頭に出席簿が振り下ろされた。

 

「誰が鬼だ?」

 

「い、言ってねーのに……!」

 

 頭を押さえてうずくまる一夏を見た夏希とシャルルは、この人の前で余計なことを考えるのは止めようと心に決めた。

 

「え、ええと、それじゃあ一度部屋に行こうか。荷物の整理もあるし」

 

「あー、そうだな。寝る間際になって動くのも嫌だし。あと一夏、無事か?」

 

「な、なんとかな……」

 

 教師二名を見送り、よろよろと立ち上がる一夏に手を貸す夏希。その光景を遠巻きに見ていた女子達が、唐突に沸き立つ。

 

「織斑君×鹿島君!? ジャニーズ系とクール系!!?」

 

「ど、どっち!? どっちが攻めなの!?」

 

「いや待って、鹿島君とデュノア君が同じ部屋よ!」

 

「あ、想像したら鼻血が……」

 

「さ、三人で……み、漲ってきたぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

 

 喧々囂々。夏希は尋常ではない寒気を感じ、手早く教科書類を鞄に詰めると廊下へと待避する。そんな彼の後に、怪訝そうな表情の一夏と、僅かに顔を赤くしたシャルル、セシリア、箒が出てきた。

 

「……なあ、どうしたんだ、夏希。妙に急いでるみたいだけど」

 

「一夏、お前は知らない方がいい。あと顔を赤らめるなシャルル。餌になるぞ」

 

「うぇえ!?」

 

 投げ掛けられた言葉に、シャルルの肩が大きく跳ねる。明らかに挙動不審である。

 

「ぼ、ぼぼぼぼ僕は大丈夫だよ!?」

 

 余計に顔を赤くして、慌てて否定なんだかどうかよくわからない言葉を発するシャルル。夏希は何となく、この二人との付き合い方を考え直したほうがいいような気がして、小さく溜息を吐いた。

 

「……まあいいさ。俺の目に付かない所でやってれば」

 

「何をだ?」

 

「…………」

 

 夏希はもう一夏については放置する事にした。説明したところで「なんでそんなことやるんだ?」とか聞かれて終わりだろうし、そもそも説明なんかしたくない。

 ひらひらと手を振って、夏希は話を終わらせる。しかしそれで納得がいかないのが一夏である。だが、自分で意味を考えた所で分からないのは目に見えている。ならば、分からなければ分かる人間に聞けばいいと言う結論に達するのは、当然の帰結と言えた。

 

「なあシャルル。さっきのどういう意味だ?」

 

「ふぇ!?」

 

「…………はぁ」

 

 果たして俺はここでやっていけるのだろうか。編入初日にして、夏希は新生活に得も言われぬ不安を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 夕食の待ち合わせをし、アリーナに向かうらしい一夏達と分かれた夏希とシャルルは、扉に付けられたナンバープレートを頼りに与えられた部屋へとたどり着いた。扉を開けて中に入ると、そこに広がっていたのは想像よりもかなり広々とした、寮と言うよりホテルの一室と言った方がしっくり来そうな空間。夏希は、何となく研究所の仮眠室を思い出し、そして目の前の風景と比べ、凹んだ。同じ税金を投入した施設なのにこの差はなんだ、と。

 

「うわぁ、すごいね」

 

 夏希の横に並んだシャルルも、呆気にとられたように言葉を発する。彼の脳裏にあった、一般的な学生寮に対するイメージが、この豪華な一室に塗り変えられた。広々とした室内に、寝心地の良さそうなベッドと、大きなシステムデスク、クローゼット、大画面のテレビモニターなど、おおよそ必要な家具は全てが、必要以上に最高品質のもので揃えられた部屋だった。

 

「窓デカ……」

 

「あ、キッチンもあるんだ。うわぁ、冷蔵庫大きいなぁ」

 

「何だこのバスルーム。実家のより広いぞ」

 

 世界各国の淑女が生活することを想定しているだけあって、流石に豪華な一室。一瞬、このレベルの部屋を借りるとなったら一ヶ月どの程度になるんだろうと思った夏希であったが、すぐに考えるのを諦めた。研究関連では億単位の金額を平気で要求する癖に、それ以外だと十万以上はすべて『いっぱい』なのである。

 

「……シャルル。とりあえず荷物片付けよう」

 

「……そうだね」

 

 一通り驚愕した後、二人は壁際に置かれた段ボールの仕分けに入った。量としてはそう多くない。元々研究以外に趣味らしい趣味の無い夏希と、必要最低限の物しか持ち込んでいないシャルルの組み合わせであるから、当初彼らが想定していたよりも遥かに早いペースで荷物整理が進んで行く。

 

「夏希はどっちのベッドで寝る?」

 

「特に希望は無いけど……シャルルは?」

 

「僕もどっちでも……じゃあ、窓の方貰っていいかな?」

 

「ん。机はベッドに近い方を使おう。冷蔵庫は適当でいいか?」

 

「うん、大丈夫。後は、お風呂の順番とかかな」

 

「そこは別にいいんじゃないか?」

 

「ううん、僕って結構お風呂長いから、夏希が先に入った方がいいと思うよ」

 

「そうか? じゃあ、そうさせてもらうよ」

 

 途中、いくつかの事項を決めつつ、段ボールの中身を片付けて行く二人。衣服をクローゼットに入れたり筆記用具類を机に置いたりしている内に、気が付くと時刻は夕食前になっていた。

 

「……ふう、これでいいか。あんまり時間かからなかったな」

 

「僕も終わったよ。後は売店とかで買い足していけばいいかな」

 

「そうだな。……夕食まではまだ微妙に時間あるけど、どうする?」

 

 黒いデジタル式腕時計に目を落とした夏希が、ベッドの上に両足を投げ出して座るシャルルに問いかける。シャルルは枕元に置かれた時計で時刻を確認すると、僅かに目を見開いた。

 

「あ、もうこんな時間。でも、結構早く終わったかな。……んー、ちょっと早めだけど食堂行く?」

 

「……考えてみれば、食堂って教室より人数多いよな。今更だけど気が重い」

 

 昼間の騒ぎを思い出し、夏希は顔を顰めた。

 

「え、なんで?」

 

「いや、だって俺ら男だし。またあの視線に晒されるかと思うと……」

 

 大きな溜息を吐き出す夏希であったが、シャルルの方は彼の言葉にはピンと来なかったようで。きょとんとした表情で小さく首を傾げるシャルルに、夏希は胡乱げな視線を向けた。

 

「ああ、そう言えばそうだったね」

 

「……お前、自分の性別忘れてないか?」

 

「え、あ、いや、そうじゃないよ」

 

 そう言葉を詰まらせるシャルルであったが、それも一瞬のことで、すぐに表情をいつもの紳士然としたものに変えると、小さく苦笑しながら口を開いた。

 

「ほら、僕ってデュノア社社長の息子でしょ? だから、同年代の女の子には結構会ってて」

 

「それで慣れた、と」

 

 紳士君は違うね、と夏希はふてくされたように言った。

 

「それを言うなら、夏希はどうなの? 国技研の主任なんでしょ?」

 

「ウチはプロジェクトチーム全員年上だし、あそこまで人数も居ない。パワフル過ぎるんだよ、この学校の連中は」

 

「あはは」

 

 室内に明るい笑い声が響く。夏希は憮然とした表情で息を吐いた。そんな夏希の様子を見て、シャルルはもう一度笑い声を上げ、つられて夏希も笑みを零す。室内に満ちる穏やかな空気。それは、一夏達が二人を夕食に誘いに来るまで続いていた。

 

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