鋼の天蓋   作:箪笥の角

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待っていてくれている方がいるかどうかわかりませんが、第三話です。ご意見やご感想、質問等あれば、遠慮なくお願いします。
追記:ご指摘があった、寮とアリーナの位置関係による間違いを修正しました。


第参話 紙一重

 耳元で静かに響くアラーム音を止め、夏希はゆっくりと体を起こした。ぼんやりとした意識のまま周りを見回せば、そこは住み慣れた我が家でも研究所の缶詰部屋でもなく、キチンと整頓された、まるでホテルのような豪華な一室。一瞬自分の居場所が分からなくなり混乱した夏希であったが、隣のベッドで眠る少年の姿を確認したことでようやく己の境遇を思い出すことに成功した。

 

(ああ、そう言えば俺昨日から学生なんだっけ)

 

 一度大きく伸びをして、ぐっすりと眠るルームメイトを起こさないように静かにベッドから降りる。時刻は午前七時十五分、洗顔を終え、朝のHRまでの予定を頭の中に描きながら、夏希は研究所から持ち込んだ私物のノートパソコンの電源を点けた。まず受信ボックスを開き、急を要するメールが無いことを確認すると、一通一通中身に目を通していく。メールの送信者はほとんどが研究所の同僚で、その内容は、いきなり学生生活に放り込まれることになった夏希の身を案じるもの。中には女子校に転入したことを茶化すような文面もあったが、結びにはキチンと彼の事を気遣う言葉が書かれているあたり、研究所の面々がどれだけ夏希を大切に思っているかがわかる。

 

(ったく、みんな心配性だな……)

 

 自分を送り出す時の同僚たちの様子を思い出し、夏希は口元に小さな笑みを浮かべた。初めてのお使いか、はたまた今生の別れか。大袈裟だとは思うものの、それでもやはり見送ってもらえるのは嬉しいもので。その時に撮った、第八室の職員達による集合写真は、現在夏希のノートパソコンのデスクトップとなっているのであった。

 

「ぅん……」

 

 メールの確認を終え、パソコンの電源を切って一息吐いたところで、夏希は布を擦り合わせる音を耳にした。床を蹴り、椅子を半回転させて後ろを向けば、そこには上半身だけを起こした姿勢で、焦点の定まらない視線を夏希に向けるルームメイトの姿。多分寝起きの自分もあんな様子だったんだろうな、と内心で苦笑しながら、右手を上げて挨拶をする。

 

「おはよう、シャルル」

 

「……おは、よ」

 

「もうすぐ朝食だから、顔洗って来るといいよ」

 

 未だ半分夢の中にいる友人を洗面所へと促し、手持無沙汰になった夏希は無言で椅子を回し始めた。足で加速をつけて、膝を抱えてくるくるくるくる――目が回った。

 

「な、夏希、おは――どうしたの?」

 

「……いや、なんでも」

 

 数瞬前の自分の軽はずみな行動を後悔しながら机に突っ伏す夏希に、シャルルが戸惑った様子で声をかけた。まさか椅子で回ってたら目を回した、なんて言えるはずもなく、平静を装ってシャルルへと向き直る夏希に、彼は少し恥ずかしそうな表情で口を開く。

 

「えっと、その、僕、少し朝が弱くて、だから……」

 

「あー、うん、別に気にしなくていいと思うぞ。多分、俺が後に起きてたら今のシャルルみたいになっていただろうし」

 

 夏希のその言葉は、フォローでもなんでもなく本心から出たものだった。彼自身、寝起きはあまり良い方ではないし、今のシャルルよりも遥かにタチが悪い同僚も知っている。人を殺せそうな目で研究所内を徘徊する女性技師を見たときは、本気で物陰に隠れて震えてしまったものだ。

 だがそれでもシャルルの気は晴れないようで。頬を僅かに染めながら俯くルームメイトの姿に苦笑しながら、夏希は腕時計を手に立ち上がる。足のふらつきは既にない。

クローゼットからハンガーに掛けられた制服を取り出し、再び洗面所へ。服を着替え、腕時計を巻き、最後に待機状態のISであるドッグタグを首から下げれば準備完了。パジャマを適当にたたみ、扉によりかかるようにしてドアを開ける。入れ替わるように洗面所へと入っていったシャルルを見送って腕時計を確認すれば、時刻は七時四十五分。ちょうど食堂が開く時間で、今行けば席探しに時間をかけることなく朝食を食べることが出来るだろう。当然夏希はその事を知らないが、それでも早い時間の方が人が少ないことくらい予想がつく。別段急ぐ必要があるわけでもないが――女子生徒の群集に囲まれることは、機能の夕食の時点で既に諦めた――朝食は余裕を持って食べたい。そんなことを考えながらベッドに腰掛けて待つこと数分。静かに扉を開けて洗面所から出て来たシャルルは、夏希と違って丁寧にたたまれたパジャマをベッドの上に置くと、昨日と同じ爽やかな笑みを浮かべて夏希に声をかけた。

 

「お待たせ。それじゃあ食堂に行こうか」

 

「おー、行こう行こう」

 

 昨夜の内に決めていた通り、二人揃って食堂に向かう。寮の廊下は人影が疎らで、時折話し声が聞こえるもののあまり騒いでいる様子は見られない。果たしてこれは時間帯が早いからか、はたまた寮長室がすぐ近くにあるからか。どちらが答えなのか夏希には判断が付きかねたが、どちらにせよ初日のテンションで取り囲まれるよりはずっといい。すれ違う生徒と挨拶を交わし、談笑しながらゆっくりとした足取りで食堂へと向かうシャルルと夏希。その後ろを、鼻息を荒くした女子達がストーキングしていることに、彼らは終ぞ気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

                    鋼の天蓋

                  第参話 紙一重

 

 

 

 

 

「本日の授業はこれで終了となるが、明日の整備実習に向けて、各自予習を怠らないように。最低限、昨日教えたバグ取りくらいは出来るようにしておけ。整備士を志さなくとも、あの程度は覚えていなければ話にならないからな。それと、今日提出してもらったレポートは今週中に返却する予定だ。手を抜いた人間は相応の評価になるので、心しておくように。……ああ、忘れていた。織斑、デュノア両名はこの後すぐに職員室に来るように。明日からのアリーナ使用申請について、少し話がある。では、解散」

 

 千冬のその言葉によって、夏希の放課後の予定は突如白紙へと転じた。本来なら一夏の案内の元、シャルルと一緒に学園内を色々散策するつもりであったのだが、職員室に呼び出されてしまっては流石にどうしようもない.

 

「悪い、夏希。千冬姉に呼ばれたから行かなきゃ」

 

「ごめんね、折角みんなで学校を回ろうって言ったのに」

 

「気にしないでいいよ。学校を回るなら一人でも出来るし、先生に呼ばれたなら仕方ない。俺の事は気にしないで行ってきてくれ」

 

「おう、それじゃあまた夕飯の時な」

 

「また部屋で」

 

「ん、またな」

 

 シャルルと一夏を見送る夏希。そこに声をかけてきたのは、夏希にサンドイッチに対する微妙なトラウマを植え付けたセシリアだった。

 

「夏希さん、これからご予定はありまして? よろしければ、私たちと一緒にアリーナに行って、訓練がてらお二人を待ちませんこと?」

 

 私たち、と言うのは多分箒と鈴音の事だろう。どうせやることも無いし、この場所に取り残されるくらいなら多少気心の知れている相手と一緒に行動した方がいいと考えた夏希であったが、すぐに有る事に思い至り彼女の申し出を断ることにした。

 

「誘ってくれるのは有り難いんだけど、俺はまだアリーナの使用許可が下りてないんだ。だから、残念だけど今日のところはアリーナに入れない」

 

「そう、残念ですわね。夏希さんのIS、色々と興味があったのですが」

 

「週末までには申請が通ると思うから、その時に頼むよ」

 

 ゆらゆらと手を振りセシリアと箒を見送って、夏希は本格的にやることが無くなった。このまま教室でぼんやりしていると言うのは有り得ないとして、一人で学校探検するのもなんだか気が引ける。先ほどは自分一人でも学校を回れると口にした夏希であったが、正直に言えば、そんな腹を空かせたライオンの檻に自ら飛び込むような真似をする気は全くなかった。昨日行われたシャルルと一夏の追走劇の話は、既に本人たちから聞いている。もし仮に夏希が単独で校内に繰り出せば、彼らの二の舞になることは想像に難くない。そして逃げ切る自信が皆無な以上、彼がその選択肢を採用することは有り得なかった。

 

(出来れば図書館に行きたいんだけど、イマイチ場所分からないんだよな。購買は特に行く必要ないし、食堂行ったところで何やるわけでもないし。やっぱり部屋で引き籠っているしかないのかな)

 

 小さく溜息を吐いて、夏希は鞄を手に立ち上がる。ちょうどメールを返す時間が欲しいとも思っていたし、宿題、と言うか、国技研から持ってきた仕事もある程度残っている。これは意外に有意義な時間の使い方が出来るかもしれない。そう考えながら、夏希は一歩踏み出そうとして、制服の端が誰かにつままれていることに気付いた。

 

「ん?」

 

 何事かと振り向く夏希。その視線の先には、ゆったりを通り越してぶかぶかな制服を着た赤毛の女子生徒が一人。制服の袖を盛大に余らせたまま器用に夏希の服をつまむ少女は、にへらと力の抜けた笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「かっし~かっし~、このあとひま~?」

 

 かっしーってなんだ。先日の整備実習で二言三言話しただけで妙なあだ名を付けられてしまったことに内心驚愕しながらも、夏希は努めて平静に言葉を返す。

 

「えっと、たしか布仏さんだっけ」

 

「本音でいいよ~かっし~。あだ名でも可~」

 

 ほにゃり。そんな擬音が付きそうな笑顔をする本音の事を、夏希は不思議な雰囲気の女の子だと評価した。馴れ馴れしいのにそれが気にならない。話していても気負わなくて済む。何となく肩の力が抜けるのを感じた夏希は、本音の笑顔に釣られるように小さく笑みを浮かべながら、鞄を床に置いて机に寄り掛かった。

 

「じゃあ、本音さんって呼ばせてもらうよ」

 

「む~、本音でいいのに~」

 

「や、流石に呼び捨てはちょっと」

 

 その答えにまじめまじめ~と返しながら、何が楽しいのか夏希の制服の裾を引っ張る本音。ご丁寧に持つ位置を変えているが、何がしたいのか夏希にはわからなかった。わからなかったが、とりあえずこう言うキャラなのだと納得しておくことにした。

 

「でねでねかっし~。よかったら私が学校を案内しようかなって思うんだけど~、ひま~?」

 

 その申し出は渡りに船だった。誰かと一緒にいれば流石に女子の大群に襲われることは無いだろうし、本音なら話していても何故かあまり緊張しない。少なくとも、遠巻きに凄まじい視線を向けてくる女子達と比べれば、遥かに。

 

「いいのか? なら、案内してもらおうかな」

 

「お~!」

 

 どうせ部屋に戻っても暇なだけだと、夏希は本音の提案を受ける事にした。途端に教室内にざわめきが満ちるが、気にしないことにした。

 

「くっ、先を越された!」

 

「あんなに堂々と近付くなんて……。のほほんさん、恐ろしい子!」

 

「私に、私にほんの少しの勇気があれば!」

 

 気にしないことにした。

 恐らく本音のあだ名であろうのほほんさんと言う言葉に妙に感心しながら、彼女の先導の元教室から外に出る。本音の歩幅は夏希と比べて狭く、歩く速さもゆっくりなため、自然と二人並んで歩く形になる。のんびりした性格の本音であるが、どうやら中々話好きな性格らしく、袖を揺らしながら楽しそうに話かけてくる本音に、夏希は丁寧に言葉を返していく。彼女の話す内容は、義務教育を半ばすっぽかして研究所に出入りしていた夏希にとって非常に新鮮なものであり、それ故に話を聞く姿勢もいつもよりも熱心なものになる。それに気をよくしたのか、本音の口もいつもより饒舌になり、いつしか学校案内よりも会話の方が主体となっていた。

 

「ここが家庭科室だよ~。まだ授業で使ったことないけど~、調理部にたまにお邪魔するんだ~」

 

 しかしそれでもキチンと説明を続けるのが、本音の真面目なところか。お菓子が美味しいんだ~、と嬉しそうに語る本音に、夏希は頷きながら家庭科室に視線を向ける。今日は調理部の活動日ではないのか、扉の向こうに人の気配はない。麺類をゆでる程度の料理スキルしか持ち合わせていない夏希にとって、調理部など別世界の存在であるから、少しだけ興味はあったのだが、活動していないなら仕方がない。いずれ何かしらの部活に所属することになるのだろうし、その時にまた見に来ればいいだろう。そう考えて、夏希は次の場所に出発した。

放課後の校舎は、部活のためか思ったよりも人影が疎らだ。勿論後ろを着いてくる女子生徒達もそれなりにいるが、会話の方に集中していれば特に気になることも無い。本音が姉の事を話し、お菓子が好きだと語り、ぬいぐるみをたくさん持っていると自慢し、友人たちとのエピソードを口にすれば、夏希は研究所のこと、同僚のこと、先日の実習のこと、クラスの印象などを話題にする。あっちへふらふらこっちへふらふら。夏希と本音は和やかな雰囲気を撒き散らしながら、どこへともなく歩き回った。

 

「……あ、もうこんな時間か」

 

 ふと腕時計に視線を落とした夏希は、予想以上に時間が経っていたことに少し驚きながら呟いた。

閑散とした校舎内を散策し、本音の丁寧な説明に相槌を打ったり質問を返したりしながら歩いていると、いつの間にか夕食間際の時間になっていた。主要な施設はほとんど回り終え、残っているのは滅多に使わないであろう特殊教室のみ。

このあたりが締め時か。どちらからともなく寮の方向へと足を向け、エントランスへとたどり着く。壁に寄り掛かり小さく息を吐いた本音に、夏希は声をかけた。

 

「ありがとう、本音さん。今日は助かったよ」

 

「いいよ~。私も楽しかったし~」

 

 本音はそう言って柔らかく微笑んだ。

 

「もう時間だから、今日はこれまでだね~」

 

「そうだね。俺はこれからシャルル達を待って夕食に行くけど、本音さんもどう? 今日のお礼に奢るよ」

 

 お礼と言うには在り来たりだけど。夏希はそう言って小さく笑った。

 

「お~、太っ腹~。でも、ごめんね~、今日はお姉ちゃんの所に行くんだ~」

 

 心底残念そうに言う本音。心なしか、左右に結った髪が萎れているようにも見える。その姿に夏希は苦笑しながら、なら仕方ないと頭を掻いた。

 

「じゃあ、奢るのはまた別の機会だな。あと、何かあったら言ってくれ。俺に出来ることなら手伝うから」

 

「うん、ありがと~! それじゃあ、また明日~!」

 

 余った袖をぶんぶん振り回しながら、二階へと続く階段を上っていく本音。顔をこちらに向けたままで転んだりしないだろうかと心配になった夏希であったが、どうやらそれは杞憂だったようで。上階に消えていった本音を見送り、夏希は自室へと向かおうとして、後ろから聞こえた自分の名を呼ぶ声に、踏み出しかけた足を止めた。

 

「おーい、夏希ー!」

 

 声の主は、授業後すぐに職員室へと向かった一夏だった。一瞬放課後の用事が今までかかっていたのかと考えた夏希であったが、その後ろからアリーナに向かったはずの三人が現れたのを見て、すぐにその考えを否定した。

 

「みんなお疲れ。もう用事は終わったのか?」

 

 首からタオルをかけ、僅かに顔を上気させた一夏と、特に変わった様子の無いシャルル。その対照的な姿に少し怪訝な表情を見せながら、夏希は彼らに問う。それに対して一夏は、爽やかな笑顔を浮かべて答えた。

 

「おう、意外に早く終わったぜ!」

 

「特に書類に不備があったわけでもないから、三十分くらいで解放されたよ。それで一回教室に戻ったんだけど、夏希がいなかったからアリーナに行ったんだ」

 

「アリーナ?」

 

 シャルルの丁寧な補足に、夏希は首を傾げた。

 

「ああ、そうだ。すっかり忘れていたのだが、アリーナに入るだけなら特に申請はいらないらしい。もちろん、入れる場所は限られているが」

 

「そうみたいだね。だから、みんなの模擬戦を見学させてもらったんだ」

 

 箒が続けて言うには、どうやらアリーナの使用許可を得ている生徒と一緒であれば、指定された待機所までは入ってもいいらしい。もちろんISを勝手に起動しないことが条件だし、遮蔽シールドで区切られたセーフティーゾーンの外に出ることも出来ないが、それでも完全に締め出されるわけでは無いようで。明日からの放課後の過ごし方が計らずとも決定した夏希は、そうだったのかと相槌を打った。

 

「ところで、夏希はのほほんさんと何してたんだ? 知り合いだったのか?」

 

 やはりのほほんさんとは本音のことであったらしい。そして、そのあだ名を一夏まで知っていると言うことは、かなり広く認識されているあだ名なのだろう。

 のほほんさんと言う名前を言い出したのが一夏であると知らない夏希は、その的を射たネーミングセンスに内心で賞賛を送りながら、一夏の問いに言葉を返した。返そうとした。だが、彼が口を開くよりも早く、鈴音が首を傾げながら言葉を発した。

 

「誰、そののほほんさんって」

 

「わたくし達のクラスにいる、本音さんのことですわ。とてものんびりした方ですの」

 

 鈴音の問いに、セシリアが答える。

 

「ふーん。……あ、ゴメン夏希。続けて続けて」

 

「ああ、みんなと別れた後、本音さんに学校を案内してもらったんだ。一通り学校を回ってこの時間ってわけ」

 

 言葉を遮られた事を気にする様子もなく、先ほど飲み込んだ答えを口にする夏希。昨日話しただけでいきなりあだ名を付けられたことを告げると、本音を知る全員が納得したように頷いた。

 

「まあ、のほほんさんだからな。俺なんか初日から“いっちー”だし」

 

「私は気付いたら“せしりー”と呼ばれていましたわ。こう、あの力の抜けた感じで呼ばれると拒否できない感じがしまして」

 

「お前達の方が随分マシだろう。私など“もっぴー”だぞ。まったく、いったいどこからそんな語感が出てくるのだ」

 

「も、もっぴー!?」

 

 あんまりと言えばあんまりなあだ名に、今のところ関わりのない鈴音が素っ頓狂な声を上げて笑い出す。その光景を目にした夏希は、既に本音から“りんりん”と言うパンダのようなあだ名を付けられていることを黙っているか否かを考えてはじめた。

 

「あ、鈴も“りんりん”って呼ばれてたぞ」

 

 対する一夏は、脊髄反射じみた速さで鈴音のあだ名をばらした。

 

「何よそのパンダみたいな名前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 案の定と言うか、両手を振り上げて叫び出す鈴音。そこに更なる追撃がかかる。

 

「いい名前ではないですか、りんりん。分かりやすくて素敵ですわよ、りんりん」

 

「そうだぞ、りんりん。私と違って素直な名前じゃないか、りんりん」

 

「うがあああああああ! 何となく可愛い響きなのが逆に苛っとするぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

 頭を抱えて地団太を踏む鈴音。その姿は駄々をコネる子供のようで、少し微笑ましい気分になる。

 ふとそこで、夏希は何となく嫌な予感を覚え、クスクスと笑うシャルルの手を引いて物陰に隠れた。夏希のいきなりの行動に、シャルルは混乱したままその後を付いていく。いったいどうしたのか。シャルルは顔を赤くしながら口を開こうとして。

 

「やかましい!」

 

「んぎゃ!」

「うぐ!?」

「あが!」

「ぐぎゅ!」

 

 四度続いた打撃音を耳にして、その言葉を飲み込んだ。

 

「貴様等、校舎の廊下で馬鹿騒ぎをするなと私は何度も言ったはずだが?」

 

「げぇ、かんうぶ!?」

 

「二度も同じボケをするな馬鹿者。どうやら余程私を怒らせたいらしいな」

 

 生身の人間が耐えられるのか怪しいほど重い打撃音を耳にして、シャルルは身を竦ませる。夏希は息を潜めたまま、事の趨勢を見守った。

 

「ちょ、ちょっと待って千冬さん! あ、夏希とシャルル! 夏希とシャルルがいない!」

 

「お、織斑先生、すみませんでした。つい場所を忘れて騒いでしまいました」

 

「わ、わたくしも申し訳ありませんでした! 以後このような事が無いよう気をつけますわ!」

 

「織斑先生だ、馬鹿者。それと、騒いでいたのは奴らではなく貴様等だろう」

 

 いきなり消えた二人のことを口にする鈴音と、すぐさま謝罪する箒とセシリア。その二者への裁定は、大きく違ったもので。

ズドム、と音を響かせて、鈴音の頭に出席簿が叩きつけられる。鈴音がその場に崩れ落ちたのを凍えるような視線で見届けると、肩を寄せて震える女子二人へと顔を向けた。

 

「篠ノ之、オルコット、貴様等は自分の立場を分かっているようだな。それに免じて今回は許してやるが、次は無いと思え」

 

「は、はい!」

「了解ですわ!」

「あ、ずりぃで!?」

 

 千冬の情けに、二人は胸をなで下ろした。一方の一夏は、余計なことを言ったばかりに三度頭に鉄槌を振り下ろされた。

 

「素直に謝った者と余計な口をきいた者の差だ。二人はもう行っていい。織斑と鳳は生徒指導室だ。もう一度最初から学則をその小さな脳味噌に叩き込んでやる。……ああ、それと、鹿島。良い勘をしているようだな。だが、貴様も騒ぎを起こしたら、こうだぞ」

 

(うへぇ、やっぱり気付いてるよな)

 

 二人の生徒を引きずって去っていく千冬を陰から見送って、夏希は大きく息を吐き出した。助かった。それがこの場に残った者達の共通した感情であった。

 曲がり角から姿を見せた夏希とシャルルに、セシリアは力無く笑いかけた。

 

「……お夕食にしましょうか」

 

「そうだね……」

 

 二人だけで逃げたことについては、最早責める気にもならなかった。自分達が同じ場面に出くわしたら、確実に今の夏希と同じ行動を取るだろうから。

 ひとまず荷物を置くために、各々の自室へと向かう四人。その背に安堵と疲労を重ねながら、IS学園の夜は更けていく。どうか連れて行かれた二人が無事でありますように。夜空に星が一筋流れて消えた。

 

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