【ニ番カタパルトのアンカーに軽度の金属疲労・レール部分に多少の劣化有り・配線等に断裂の恐れは無し・一番カタパルトと同様、総じて早急に対処すべき案件は見られない。各箇所の測定結果に関する正確な数値は、下記の図表を参参照すること。また、カタパルトに接続されている待機用施設に若干の】
「――ん?」
ふと長いカタパルトの向こう側から聞こえてきた断続的な破砕音に、夏希はキーボードを叩く手を止めて視線を上げた。夏希が現在座っているのは、第三アリーナのIS射出用カタパルトの中腹。本日解放されているのはここ第三アリーナであるため、IS同士の戦闘音が聞こえてくるのは不思議なことではない。しかしその音は、模擬戦を行っているにしてはいささか激し過ぎた。地響きを伴うような重砲の発射音、衝突音、破砕音……訓練とは思えないほどの荒々しい音の数々に、夏希は怪訝そうな表情を浮かべながらゆっくりと立ち上がった。
(なんだろう、少し見に行くか)
夏希はひとまず、学園から依頼されたカタパルト周辺の設備検査を中断すると、作業用の階段を上ってピットの入り口から顔を覗かせる。そして、目の前に広がる光景に驚きの表情を浮かべた。
(あれは、ブルーティアーズと甲龍……それと、ボーデヴィッヒさんのISか?)
アリーナの中心で、三機のISが交錯する。ブルーティアーズの光学兵器と、甲龍の衝撃波砲。世界最先端となる第三世代機の専用武装を容赦無く撃ち込まれているシュヴァルツェア・レーゲンは、しかしそのほとんどを回避すると、空中を飛び回るBT兵器に右手を翳した。瞬間、まるで空中に縫い付けられたかのようにBT兵器の動きがピタリと停止する。その異常事態に目を見開くセシリアを尻目に振るわれたワイヤーブレードが、二基のBT兵器を真っ二つに引き裂いた。その光景に心当たりがあった夏希は、心中で小さく驚嘆の吐息を漏らす。
(あれは、AICか? 実用化してたのか……)
それは、シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されている慣性停止能力と呼ばれる特殊機能によるものであった。物体が外界に及ぼす作用を完全に遮断することによって、反作用による運動を停止させるその能力は、特に射出時の慣性で飛行する実弾兵器やジェットエンジンを搭載したほぼ全てのISに対して、絶対的とも言える制圧能力を発揮する。アクティブ・イナーシャル・キャンセラー実用化の研究をドイツが行っていることは夏希も耳にしたことがあるが、それがISに搭載可能な段階に至っていたことは完全に予想外だった。そしてそれはセシリアも同様だったようで。呆けたように空に佇むセシリアを、鈴音が横から抱きつくようにしてその場から退避させる。直後、鈴音のすぐ背後をレールカノンの閃光が貫いた。シールドを震わせる大威力の砲撃に、鈴音の背筋が凍りつく。
間一髪危機から脱し、我に返ったセシリアが鈴音の腕の中から飛び上がる。再び左右に散会する二人を視線で追いつつ、降り注ぐレーザーライフルを掻い潜りワイヤーブレードを伸ばすらうら。鞭のようにしなるワイヤーは、風を切りながら目の前のセシリア、ではなく、背後から躍りかかる鈴音の腕に巻きつくと、反応が間に合わない鈴音を容赦無く地面に叩き付けた。だが、ラウラの攻撃はそれだけに止まらない。拘束された鈴音を救出しようと、セシリアがレーザーライフルの照準をシュヴァルツェア・レーゲンへと向ける。だがラウラは、まるでその行動を読んでいたかのように甲龍を手元に引き寄せると、鈴音の体を盾にしながらレールカノンをブルーティアーズに撃ち込んだ。突然射線に入り込んだ甲龍の姿に硬直してしまっていたセシリアは、その一撃を寸での所で回避する。そして被弾を免れたセシリアに、ラウラによって投擲された甲龍が凄まじい速度で衝突した。
やはり、根本的に戦い方が違う。二人の代表候補生を手玉に取るその手腕に、夏希は内心で称賛を送った。ISと言う“競技”に見合った華やかな戦いを行う他国のIS操縦者達と異なり、ドイツの戦闘機動はどこまでも現実的だ。パフォーマンスを一切排除した機動。それは、純軍的なIS運用の分野で世界から一歩抜きん出ているドイツらしい戦闘概念である。そして、ラウラの動きはそんなドイツの戦闘機動の中でも、ある意味極まった場所にある。明らかに一対多数を意識した戦術。敵の僚機を引き寄せて盾にする狡猾さ。そして、容赦も躊躇いも無い攻撃。敗北が死へと繋がる世界を知るラウラの戦術は、どこまでも正しかった。だが……
「あれは、少し不味いな」
遠目でもわかるほどはっきりと、ラウラの顔に浮かぶ愉悦の表情を目にした夏希は、背筋を震わせながらそう呟いた。停止結界で捕えた鈴音にプラズマ手刀を叩き込み続けるラウラの笑みに、夏希は見覚えがあった。
ISと言う強大な力を手にした人間の中には、暴力を振るうことに何の忌避も抱かなくなる者が時々現れる。日常のふとした瞬間に、少し気に入らないと力を行使する。IS操縦者に選ばれたことにより生じる選民思想と力への依存。そんな思考を抱く者が最後に辿り付くのが、他者を傷付けることに喜びを見出すと言う、極めて暴力的な感情であった。技術者として、また研究者として、多くのIS操縦者を目にしてきた夏希は、そのような人間を何人も見てきた。そして、今のラウラの姿が、彼女達の姿と結びついて見えた。流石に代表候補生にまで上り詰めた操縦者で、一方的な暴力を楽しむ人間を見るのは夏希も初めてであるが、それについては何を言っても仕方がない。ただその可能性がある。それだけで夏希が動くには十分なのだから。
「……頼む、廻天」
制服をその場に脱ぎ捨てISスーツ姿になった夏希は、ピットの物陰に隠れて廻天を呼び出すと、使い慣れたスナイパーライフルを右手に実体化して外の様子を伺い始めた。満身創痍のセシリアと鈴音に対し、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンは目立つダメージを負っていない。ブルーティアーズに搭載されたBT兵器はその半数以上が欠損し、虎の子のミサイルビットも不発、更にスターライトmkⅢのエネルギーも底を尽きかけている。鈴音の甲龍に関しては更に悲惨な状況で、二基の龍咆は完全に破壊され、双天牙月の刃は片方が根元から圧し折られている。要所を覆っていた装甲も砕かれ、最早元の形状を識別できないほどの損傷を受けていた。それでもなお膝を折らないのは、彼女達の気性故のことか、それともまた別の要因があるのか。夏希にはそれを判断することは出来ないが、それでもこのまま放っておけば良くない結果になることは容易に想像出来た。
最後の足掻きとばかりに、鈴音がラウラの懐へと突貫する。ラウラは冷笑を浮かべながらそれを一瞥すると、無造作に右手を突出しその動きを止める。それは鈴音にとって、最後のチャンスを失ったも同然。だが鈴音は、自身を嘲笑うラウラに凶暴な笑みを浮かべた。瞬間、甲龍の背後に隠れていたセシリアが、鈴音を追い越し零距離まで潜り込む。それは自爆覚悟の特攻。気付かれれば全てが水泡に帰するこの奇策は、しかしラウラの裏をかくことに見事成功したようで。驚愕に目を見開きつつ、咄嗟に突き出されたレーザーライフルと自分との間に右腕を滑り込ませるラウラを一瞥することも無く、セシリアはスターライトmkⅢに残る全てのエネルギーを集束させ、シュヴァルツェア・レーゲンに叩き込んだ。
青い閃光がアリーナを満たす。その光景を呆然とした表情で眺めていた夏希は、自分が無意識の内に物陰から身を乗り出していたことに気付くと、慌てて扉の陰に身を隠した。至近距離から放たれた極大威力のレーザーは、シュヴァルツェア・レーゲンに対して致命打を与えたことを予期させるには十分なもので。どうやら先ほどの心配は杞憂だったようだと、夏希は踵を返そうとした。だが、ハイパーセンサーに映る光景が、夏希の足を止めさせた。
光が消え、未だ沈まぬ黒が平坦な表情を浮かべながら、絶望に彩られた二人の姿を見下ろしている。あれだけの攻撃を受けて、右腕の装甲以外に目立った損傷が見られない。その事実に心が折られそうになりながらも、何とか再起動を果たしたセシリアがインターセプターを呼び出して追撃を加えようとする。だがそれよりも早く振るわれたプラズマ手刀が、ブルーティアーズと甲龍のシールドエネルギーを全て削り取った。
「……杞憂ならいい。だけど、もしもの時は」
フェイスガードの下で小さく呟き、夏希は腕に抱いていたスナイパーライフルを構えた。足はしっかりと地面に着き、上半身はISの補助によって完全に固定する。スコープの先に見るものは、墜落した二人をゆっくりと追うラウラのシュヴァルツェア・レーゲン。レーダー照射により気付かれる危険性を排除するため、狙撃はマニュアル操作で行わなければならない。射撃武器の扱いに自身の無い夏希にとっては非常に難易度が高いが、どうせこちらのロックオンに気付かれた時点で当てることなど出来そうもないので、駄目で元々だ。
トリガーガードに指を掛け、銃身を抱え込むようにして照準を合わせる。自身が狙われていることに微塵も気付いていないラウラは、既に戦闘能力を失ったセシリアと鈴音に、嗜虐的な表情を浮かべながら近付いて行く。そして、殊更に見せ付けるようにゆっくりとプラズマ手刀を振り上げ――
「当たれ」
音を置き去りにして放たれた弾丸が、シュヴァルツェア・レーゲンの腰部装甲を打ち砕いた。
鋼の天蓋
第陸話 闘争の行方
突然響き渡った警告音に、ラウラの精神は著しい混乱をきたした。シュヴァルツェア・レーゲンのダメージコントロールシステムが作動し被弾箇所へのエネルギー供給をカット、衝撃を受けて姿勢を大きく崩した機体は、オートバランサーにより即座に戦闘可能な体勢へと修正される。
ロックアラートが反応しない遠距離からの攻撃。ラウラの意識外から行われた完全な奇襲により、二人掛かりでも目立ったダメージを与えることが出来なかったシュヴァルツェア・レーゲンの装甲が、大きな損傷を受けた。
「クッ!」
だが、ラウラもされるがままではない。乱れた思考を意思の力で抑え込み、被弾箇所から即座に弾道を計算、二射目を狙っているであろう狙撃手に向けて、レールカノンを叩き込む。だがそれは、開け放たれたピットの内壁を粉砕するだけに留まり、狙撃手を傷付けることは叶わない。一所に留まる狙撃手など三流にも満たない。上官の言葉を今更ながらに思い出したラウラは、周囲を旋回しながら疾走する機影に向け、三本のワイヤーブレードを放った。それらは複雑な軌道を描きながら、碧いIS、廻天を包囲するように飛翔する。そしてその内の一本が廻天を捕えようとした刹那、廻天は急激に軌道を変え、ラウラの下へと一直線に突撃を開始した。
ワイヤーブレードの間を潜り抜け、廻天が空を駆ける。だがそれは誰の目にもわかるような下策であり。
「愚かな!」
ラウラはその行動を嘲笑いながら、右腕を突き出し廻天に不可視の力線を纏わせようとする。停止結界は、一対一の戦いにおいて使用者に絶大なアドバンテージを約束する。如何なるISであろうとも、一度停止結界に捕えてしまえば再び動くことは叶わないのであるから、ラウラとしては停止結界の内側に相手を誘い込むことさえ考えていればいい。そうすれば、相手は無防備なまま殴られ続けるサンドバックと化す。その未来を予想し、口元に笑みを浮かべたラウラは、しかし次の瞬間、驚愕に目を見開くことになる。
「何だと!?」
まるで停止結界の範囲を見切っていたかのように、廻天がラウラの眼前で跳ね上がるように一気に高度を上げた。そして、それを目で追うラウラの視界に、鈍色の塊が飛び込んできた。
(あれは……まさか!)
その物体の正体に思い至ったラウラは、スラスターを吹かして急いでその場から離れようとする。だが、彼女が動き出すよりも早く、轟音を伴う爆炎がシュヴァルツェア・レーゲンを飲み込んだ。それは、IS用の一般的な武装である時限信管式手榴弾だった。単純な構造故に火力に優れるこの武装は、事前に起爆時間を設定しておくことが可能である。そして廻天に搭載されている手榴弾は、交差時に即起爆が可能なように、信管の起爆時間が平均よりも大幅に短く設定されている。そのためこの手榴弾は投擲に全く向かないが、先ほどのように運用した場合、ほぼ必中と言ってもいい奇襲性能を発揮するのであった。
「くっ、あああああああああああ!」
しかし、その一撃もシュヴァルツェア・レーゲンに致命傷を与えるには及ばず。咆哮とともに炎を吹き飛ばし、ラウラはレールカノンを上空の廻天に向けて連続して撃ち込む。夏希はそれを大きな弧を描くようにして回避すると、一夏との戦闘では起動しなかった腰部の大型推進機に火を灯し、機体を大きく加速させた。
猛スピードで後方へと流れる観客席を視界の隅に捉えながら、夏希は右手にアサルトライフルを実体化させる。アリーナの上空を時計回りに旋回しながら、狙う敵は眼下のシュヴァルツェア・レーゲン。ワイヤーブレードを容易く振り切るほどの速度を維持しながら、夏希はラウラに向けてアサルトライフルの引き金を引いた。
「嘗めるなぁぁぁぁぁぁぁ!」
ラウラは攻撃を一時中断し、右手を翳して弾丸を押し止める。だが、停止結界を維持し続ける最中にも、夏希はその位置を大きく変えていて。全周囲から降り注ぐ弾丸の雨に、ラウラの動きが完全に停止する。そして、ラウラの意識が自分に向いたタイミングで、夏希は地上の二人に向けて秘匿通信を繋いだ。
≪セシリアさん、鈴音さん、二人とも引いてくれ!≫
≪な、あ、あたしはまだ……!≫
怒鳴るような夏希の言葉にそう返すのは、双天牙月を支えに立つ鈴音であった。セシリアの全力射撃による余波と、直後のプラズマ手刀による一撃で、甲龍はその機能をほぼ完全に停止している。最低限の生命維持装置は稼働しているものの、このまま戦闘を続行すれば大きな怪我を負うことは免れないだろう。そして、鈴音も当然それは理解している。しかし、彼女のプライドがここで引くことを許さない。
≪いえ、リンさん、ここは引くべきですわ≫
しかし、いきり立つ鈴音に対してセシリアは冷静であった。銃身が折れ曲がったスターライトmkⅢを粒子化し、セシリアは鈴音の肩に手を置くと、悔しさを滲ませる声で言葉を続ける。
≪わたくしもリンさんも、既にエネルギーが枯渇しています。残る武器と言えば、わたくしのブルー・ティアーズが一基とインターセプター、リンさんの双天牙月のみ。あれを相手に接近戦を挑むのは、あまりに無謀すぎます。……悔しいですが、このままでは足手纏いにしかなりませんわ≫
足手纏い、と言う言葉に鈴音は顔を歪ませた。それは明らかな事実であり、自分がここにいては、あの気のいい友人に大きな傷を与えてしまう。
鈴音は一度大きく息を吸い込むと、空中に停滞するラウラに鋭い視線を向ける。今度やる時はタダでは済まさない。心中でそう誓いを立てると、双天牙月を粒子化してPICを再度起動させた。
≪っ、わ、わかったわよ! けど夏希! そこまで言うなら負けんじゃないわよ!?≫
≪わかってるよ。ピットに入ったらゲートを閉じておいてくれ。そうすれば追撃できない≫
≪わかりましたわ!≫
そう言うや否や、セシリアは鈴音の肩を支えると、なけなしのエネルギーをスラスターに回し、夏希が出て来たピットに向けて撤退を開始する。そしてそれに気付いたラウラは、停止結界の維持を破棄して、二人を逃がすまいとレールカノンの砲身を逃げる背中に突き付けた。
「くっ、逃がすか!」
「させねぇよ!」
だが、それを許す夏希ではない。ラウラが二人に対して追撃を行うと予想していた夏希は、即座に武器を切り替える。アサルトライフルを粒子化し、新たに取り出した武器は試作型の大型レールガン。夏希は推進機を停止し素早くラウラを照準すると、両腕で保持したレールガンの引き金を引いた。
円環加速器により桁外れの速度を得た徹甲弾が円筒形の銃身から放たれ、空気を切り裂きシュヴァルツェア・レーゲンへと突き進む。レールとの摩擦熱で溶解を始めていた弾丸は、しかし、その威力を損なうことなく目標へと着弾し、浮遊するスラスターの一方を軽々と貫いた。
「がああああああああ!?」
弾丸が機関部を貫通したことにより、スラスター内部でエネルギーが暴走し大きな爆発を引き起こす。内圧の上昇により炸裂し、細かな鉄片と化したスラスターの外部装甲がラウラの全身に突き刺さり、推力の減衰したシュヴァルツェア・レーゲンがその高度を緩やかに落としていった。
(よし、何とか逃げ切れたか)
夏希はゆっくりと閉じて行くゲートを一瞥すると、武装をアサルトライフルに切り替え推進機を再度スタンバイ状態に移行する。そして、加速を開始しようとした廻天の右足に、ワイヤーブレードが絡みついた。
「捕まえ、たぞ……!」
地の底から響くような声。夏希の意思と無関係に、廻天がラウラの下へと引き寄せられる。慌ててその拘束から逃れようとする夏希であったが、最も出力のある腰部推進機は最大加速まで一定の時間を要するため、ワイヤーブレードの力に抵抗することが出来なかった。そしてラウラは、一気に勝負を決めるためワイヤーブレードを巻き取りつつ廻天に接近戦を仕掛ける。あの手榴弾による攻撃も、廻天の回避方向を制限してしまえば放つことが出来ないはずだ。そして、正面からの攻撃であれば全て停止結界によって対処することが可能であるから、接近戦を挑むデメリットはほとんど存在しないだろう。ラウラはそのように判断すると、不安定なスラスターの出力を更に引き上げ、夏希の懐へと飛び込んで行った。
それは、確かに正しい判断だった。前方への推力に偏った性能を持つ廻天は、その特性上、廻天よりも巡航速度で劣る相手や、弾幕を展開できる武器を持たない相手に対して無類の強さを発揮するが、前方以外に対する加速力の貧弱さから、正対しての撃ち合いには滅法弱い。そして、実弾武器を封じられた夏希に逆転の目は無かった。
(死ななきゃ安い、ってな!)
それが、正攻法であれば。
シュヴァルツェア・レーゲンにワイヤーブレードで引き寄せられる中、夏希はアサルトライフルから持ち換えたサブマシンガンを連射しながら、左手に手榴弾を実体化させる。それは起爆時間を短縮したために投擲ができないもの。しかし夏希は、手榴弾の安全ピンを片手で迷わず引き抜くと、空中に停滞するサブマシンガンの弾丸によって判明した停止結界の範囲に引き込まれる直前に、ラウラの鼻先に手榴弾を突き付けた。
「歯ぁ食いしばれ!」
「貴様、何を!?」
夏希の掌から手榴弾が零れ落ちる。瞬間、互いに触れ合うほどの至近距離で、巨大な爆発が巻き起こった。
「あがっ、いっつつつ……」
吹き飛ばされた廻天が、地面を削りながらようやく動きを止めた。許容量以上のダメージを受けたことで全身を覆う装甲は大きな損傷を受け、特に左腕の装甲に至っては膨大な熱量によってほぼ完全に融解していた。それでも操縦者に目立った外傷がないのは、流石は絶対防御と言ったところか。夏希は改めてISのテクノロジーに感動すると、空に浮かび上がりダメージチェックを行いながら、倒れ伏すシュヴァルツェア・レーゲンへと視線を向けた。
(左腕装甲及び後退用のスラスターが大破、その他の部位の装甲が中破判定か。右足のランディングギアと三番カメラの機能不全は戦闘には影響無し。大型推進機が出力低下程度で済んだのは大きいな。シールドエネルギーもまだ三割ほど残ってるし、十分戦闘は可能だろう。まだ、シュヴァルツェア・レーゲンが動ければの話だが)
MP9を右手に呼び出し、警戒しながらラウラの下に近付いて行く。至近距離からの手榴弾の爆発とスラスターの誘爆を受けたシュヴァルツェア・レーゲンは、その外装を大きく損傷している。その中でも、特に推進機系へのダメージが集中しており、例え動けたとしても満足に戦闘できないことは誰の目にも明らかだった。
ラウラに動きが無いことを確認すると、夏希は武器を下ろして安堵の息を吐いた。与えたダメージがほぼ全て奇襲や不意打ちによるものだったことに多少思う所があった夏希であったが、どれもラウラの暴挙を止めるためのものであったと自分を納得させると、救護員を呼ぶために管理室に通信を繋ごうとして――
「……え?」
シュヴァルツェア・レーゲンから湧き出るように現れた黒い流体を目にし、夏希は呆けたような声を上げた。
黒い何かに覆われたシュヴァルツェア・レーゲンが、紫電を纏いながら空中に浮かび上がる。それは、不規則に蠢動を続けながら次第に明確な形状を成していき……
「あれは、何故」
夏希がそう呟いた刹那、シュヴァルツェア・レーゲンだったものの姿が唐突に掻き消えた。背筋を震わせる悪寒に従い、背後に向けてMP9を構える。だがその手が引き金を引くことは無く。
「があ!?」
閃光と化した一振りの太刀により、廻天の腕部装甲はあっさりと切り捨てられてしまった。MP9ロスト。無手の廻天を好機と見たのか、黒いISは更なる追撃を試みる。だが、夏希は苦悶の表情を浮かべながらも怯むことなく廻天を前進させ、黒いISに体当たりを食らわせた。
夏希の肩に、緩衝剤を叩いたような柔らかい感触が届く。弾かれたように後退し、近接攻撃用のブレードを構える黒いIS。そのシルエットは、ISに携わる者であれば誰もが一度は見たことのある、戦う者たちの目指すべき終着点。今なお全てのIS操縦者達の頂点に君臨する戦乙女の姿に酷似していた。
「暮、桜? そんな、どうして……」
夏希の呟きが、アリーナの空に溶ける。その言葉に応える者は無く。暮桜を模したISは、漆黒の太刀を構えると、不気味な沈黙を保ったまま廻天に切り掛かった。