鋼の天蓋   作:箪笥の角

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説得力を持たせることができたか、かなり心配な第七話です。いささか急展開な気もしますが、楽しんでいただければ幸いです。
4/23 多少記述の追加を行いましたが、内容は変わっていないので読み直さなくても問題はありません。


第漆話 心の行方

「暮、桜? そんな、どうして……」

 

 夏希の呟きが、アリーナの空に溶ける。その言葉に応える者は無く。暮桜を模したISは、漆黒の太刀を構えると、不気味な沈黙を保ったまま廻天に切り掛かった。風の如き踏み込みから放たれる致命の一撃。それを夏希は身を捻ることで間一髪回避すると、スラスターを噴射しながら後退し、黒いISの斬撃に合わせて近接武器を実体化させようとする。慣れない武装の実体化に神経を使いつつ、それでもどうにか間に合いそうだと小さく息を吐く夏希。だが……

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 突如ハイパーセンサーに飛び込んできた少年の叫び声に、夏希の集中力は大きく乱された。右手に集束した光が、形を成さず霧散する。黒いISはその隙を見逃すことなく、姿勢を崩した廻天にブレードを突き立てた。

 

「っ!?」

 

 左肩を打つ衝撃に、夏希は息を詰まらせる。模造品である黒い太刀は、廻天の肩部装甲を貫くまでには至らなかった。だがそれでも、搭乗者である夏希に痛みを与えるには十分な威力であった。

 久方ぶりに感じる苦痛に表情を歪ませながらも、夏希は再度武装を展開する。僅かなタイムラグの後に廻天の右手に現れたのは、西洋の騎士を思わせる長大な突撃槍。夏希がそれを力任せに振り回すと、黒いISは大きく後退し距離を開けた。その予想通りの行動に夏希は安堵の息を漏らすと同時に、当って欲しくない考えが的中してしまったことに、小さく舌打ちを漏らす。だが何にせよ、これで多少の余裕は生まれた。

 アサルトランスを油断無く構えながら、夏希は先ほどの声の主に視線を向ける。遮蔽シールドを隔てたアリーナの一角。そこにはオレンジ色のISに取り押さえられている純白のIS――抜身の刀を振りかざして拘束を解かんとする一夏の姿があった。

 

「一夏、駄目だよ! ここで遮蔽シールドを壊したら観客席にまで被害が!」

 

「離してくれシャルル! あいつは、あのISだけは、俺が倒さなきゃいけないんだ! あの姿は、あの太刀筋は、千冬姉だけのものだ!」

 

 湧き出る怒りを言葉に乗せ、一夏は黒いISに向かい声を上げた。だが、黒いISはその言葉を嘲笑うように、悠々と太刀を振るい続ける。斬り、薙ぎ、払い、乱れ突き。黒いISの攻撃は、夏希にとって全てが致命傷と成り得るもので。焦りを滲ませた表情でアサルトランス振るい斬撃の雨を捌き続けながら、夏希は一夏とシャルル、管制室の三者に通信を繋いだ。

 

≪止せ、一夏! 今お前が来るのは不味い!≫

 

 今にも零落白夜で遮蔽シールドを切り捨てて突っ込んで来かねない一夏を押し止めようと、夏希は強い口調で言葉を発した。だが、頭に血が上った一夏がその言葉に応じるはずも無く。一夏は声を震わせながら、静止の言葉を投げかける夏希に噛み付いた。

 

≪夏希!? 何で止めるんだよ! あいつは千冬姉を!≫

 

≪織斑先生のためにボーデヴィッヒさんを殺す気か!?≫

 

 殺す。その言葉を耳にした一夏は、動きをピタリと止めた。

 

≪どういう、ことだよ≫

 

 大きな困惑を湛えた一夏の言葉。それに夏希は、黒いISとの鍔迫り合いを演じながら答える。

 

≪恐らくこの黒いISは、既にシールドを展開していない。こいつはシュヴァルツェア・レーゲンとして戦っていた時のシールドエネルギーを引き継いでいるんだ。っ、だから! 殺傷力のある武装を使えば、ボーデヴィッヒさんは……!≫

 

 繰り出される剣戟に、廻天のシールドエネルギーがじわじわと削られて行く。今の所致命傷こそ防いではいるが、蓄積した疲労と痛みから、いつまで耐えることが出来るかもわからない。だがその状況でも、夏希は思考することを止めなかった。それはただの可能性だ。しかしその可能性が現実となってしまえば、一つの命がここで終わってしまうかもしれない。その未来を回避するために、夏希は黒いISの攻撃をただひたすらに耐え続けていた。

 

≪くっ……!≫

 

 一方の一夏もその未来に思い至ったのか、振り上げた雪片を力無く下して悔しそうに呻いた。夏希の言う通り、白式には相手を倒さずに無効化することが出来る武装は搭載されていない。それどころか、燃費が悪く耐久力に不安がある白式と、そもそも受け手に回る戦いを得意としていない一夏では、今の夏希のように攻撃を受け続けることすら困難だろう。

 

≪だ、だけどそれは夏希も一緒だろ!? だったら、みんなで協力した方が!≫

 

 しかし、それでも諦め切れない一夏は、引き下がることなく夏希に言い募る。だがその言葉は、突如響いた第三者の声に遮られた。

 

≪残念だが、アリーナ内部へと続くルートは全て閉鎖されている。アリーナ内の生徒の避難誘導も終わっておらず、またあのISが学内に侵入する危険性があることを考えれば、ゲートのロックを解除するわけにはいかない≫

 

 それは、管制室の千冬の言葉だった。背後の喧騒をまるで無いもののように扱いながら、尚も言葉を続けようとする一夏に冷たく言い捨てた。

 

≪けど、それじゃあ!≫

 

≪聞き分けろ、一夏! お前は私の名誉とやらのために生徒達を危険に曝すつもりか!≫

 

 その、どこか悲鳴じみた一喝に、一夏は今度こそ何も言い返せなくなる。姉のためを思った行為が、却って千冬を苦しめてしまっている。その事実に歯噛みする一夏の気持ちを思い、千冬は悔しげに息を吐いた。だが、今はそれよりも優先すべきことがあると思考を切り替え、回避と防御に専念する夏希に声をかける。

 

≪鹿島。ラウラのことだが、それは事実か?≫

 

≪確定では、ありませんが! 廻天の体当たりにシールドが反応しなかったことと、こちらの攻撃に対して過剰に反応していることから、っぅ! シールドエネルギーが枯渇していると、判断しました!≫

 

 天頂からの振り下ろしに対し、夏希はアサルトランスを頭上に掲げることで応じた。押し込まれるブレードの圧力に、アサルトランスの刀身がみしみしと音を立てる。このままでは圧し折られる。そう判断した夏希は、大袈裟な動作で黒いISに向かって蹴りを放った。夏希の予想通りに黒いISは蹴りを回避するため大きく後退し、両者の間合いが再び広がる。

 

≪可能性があるのであればそれでいい。鹿島、今からそのことを教員に通達し、鎮圧用の武装に換装する。だが、暴徒鎮圧の訓練を受けている教員を招集するのに多少時間が必要だ。それまでの時間稼ぎを頼めるか?≫

 

≪……やってみます≫

 

 千冬の言葉に頷いて、夏希は思考を巡らせる。黒いISの相手をするのは、確かに夏希がやらなければいけないことである。しかし、実際問題それが可能かどうかを考えた時、夏希は自信を持って肯定することが出来なかった。

 現在夏希が取っている戦法は、黒いISが搭乗者であるラウラの生命を第一に行動していると言う前提の上に成り立っている。ラウラの意識がどうなっているのかは夏希にはわからないが、もし黒いISがラウラの生命よりも夏希を倒すことに重点を置いて動き始めた場合、夏希はラウラを傷付けずに攻撃を耐え続ける自信は無かった。それに、アサルトランスの耐久力のこともある。アサルトランスは、最大加速からの突撃戦法に耐え得るようにかなりの強度を誇っている。しかし、黒いISの攻撃を受け続けていつまでも無傷でいられると思うほど夏希は楽観的ではない。現に、幾度と無く繰り返された斬撃により、アサルトランスの刀身には明らかな歪みが生じていた。そして、廻天にはこの武器の他にある程度の強度を持つ装備は搭載されていない。そのため、アサルトランスが破壊されてしまえば戦闘の継続は絶望的であった。

 神速の薙ぎ払いを回避し、更に深く考える。しかし、どれだけ考えても、教師陣の到着が早まることを祈る以外に、夏希に取れる手段は無かった。その間にもアサルトランスの損傷は大きくなって行き、防ぎ切れなかった攻撃によってシールドが減少し続ける。通信の向こうから聞こえる教師達の焦ったような声は、夏希の不安をただただ煽るばかりで。

その時だった。

 

≪夏希、聞こえる!?≫

 

 シャルルからの呼び掛けに、夏希は小さく息を飲む。もしや何かトラブルが発生したのか。そう身構える夏希に掛けられた言葉は、しかし彼の予想とは全く異なっていた。

 

≪お願い、夏希! ボーデヴィッヒさんを助けてあげて!≫

 

 シャルルの言葉はただそれだけの、ともすれば無責任にも思えるものであった。だがその言葉に、夏希の脳裏に天啓が如き閃きが生まれた。

 

(助ける、そう、助けるんだ。何も時間稼ぎだけに終始する必要は無い。ボーデヴィッヒさんを助け出すことが出来れば、あのISは止まるんだ)

 

 その考えは、黒いISがラウラの意思で動いていないことが前提であった。

夏希には、黒いISをラウラが操縦しているとはどうしても思えなかった。眼前に立つ黒いISの機動と、今まで見てきたラウラの機動にあまりにも共通点が無さ過ぎるのだ。断言することは出来ないが、黒いISは自律機動状態である可能性が極めて高い。夏希はそう考えると、通信機の向こう側にいる千冬に提案する。

 

≪織斑先生。もし先ほどの仮説が正しければ、あの黒いISからコアを引き抜くことで機能を停止させることが出来るかもしれません≫

 

≪勝算は?≫

 

 間髪入れずに問いを返す千冬に、夏希は牽制のためにアサルトランスを振り回しながら言葉を続ける。

 

≪低くは無いかと。失敗する条件は、コアを分離させてもISが動き続けた場合と、そもそも黒いISのシールドが健在だった場合の二つです。前者はまず考えられないと思います≫

 

≪そして後者の場合、現状の装備で鎮圧部隊を投入することが可能となる、か。時間稼ぎは難しいか?≫

 

≪槍の損傷を考えると、二分以上は厳しいです≫

 

 ブレードを受け止めたアサルトランスが、音を立てて軋む。あとどれだけ全力の攻撃を受け切れるか、夏希には判断が付かなかった。

 

≪……いいだろう、責任は私が取る。近隣の教員は既に通常武装の上配備が完了している。いざとなればある程度持ち堪えることも可能だ。存分にやれ≫

 

 僅かな思考の後、千冬は許可を下した。その言葉にもう一度廻天の状態を確認する夏希。そこに、千冬が静かに言葉を続ける。

 

≪鹿島……ボーデヴィッヒを頼む≫

 

 それは教師としてではなく、織斑千冬としての言葉だった。囁くような、しかし確かな熱を持った言葉に、夏希は静かに頷いた。

黒いISの機動は織斑千冬の模倣である。しかし、ラウラの身体能力、体の構造が枷となり、理想とする動きには遠く及んでいない。夏希が今の今まで攻撃を耐えることが出来ているのは、その動きの劣化によるところが大きい。また、自律稼働であるが故の思考の脆弱性、行動パターンの単純さも見て取れる。付け入るべきはこの二点。夏希は思考を巡らせながら、黒いISの行動パターン把握に努めた。

 

(やっぱり反応が過剰だな、フェイントも何もあったもんじゃない。これなら少し隙を作れば素直に突っ込んで来てくれそうだ。……一度試してみるか)

 

黒いISの斬撃を受け止め、夏希は防御態勢を僅かに崩した。それは見るからに作ったような隙であり、多少心得のある人間からすれば、罠の存在があからさまに透けて見えるものだった。だが、プログラムで制御された黒いISは、その隙に躊躇いもせず飛び付くと、横薙ぎの一撃を廻天に放った。

 

(来た!)

 

左方の大型推進機に、近接ブレードが大きくめり込む。その衝撃の大きさに顔を歪めた夏希であったが、全ては想定の範囲内で。

 

「これで、逃げられない!」

 

 ブレードを握る手首を左手で掴み、夏希は口角を吊り上げた。流体装甲の中に廻天の指が沈み込み、その下にある薄い皮膜に到達する。シールドが無くなっているとは言え、最低限の保護機能は働いているようだ。ひとまずラウラの腕を握り潰す心配が無くなったことに安堵すると、夏希はブレードを引き抜こうともがく黒いISに向け、右腕を突き出した。

 

「見つけた……!」

 

 胸の中心に沈んだ右手が、硬い物体に到達する。その瞬間、黒いISの動きが一層激しくなり、推進機を分断するブレードが更に深く装甲を抉った。だがそれでも、廻天にとっては僅かな痛痒にも成り得ない。夏希は右腕に更に力を籠め、フェイスガードの下で目を細めた。そして

 

「ああああああああああああああ!」

 

 裂帛の気合いとともに、夏希は手の中のISコアを力任せに引き抜いた。

 

 

 

 

 

                   鋼の天蓋

                 第漆話 心の行方

 

 

 

 

 

四方を壁に囲まれた、狭く簡素な一室。生徒指導室と銘打たれたその部屋は、防諜のために学園深部に設けられ、最低限の調度品すら存在しない、異様な圧迫感を受ける場所だった。多くの生徒から恐れられ学園の風紀の維持に一役買っているその部屋に足を踏み入れた夏希は、本音がこの部屋を地獄の説教部屋と呼んでいた理由を改めて理解した。確かに、生徒指導の教師とこの部屋で二人きりと言うのは、下手な懲罰よりもよっぽど堪えるだろう。ましてや、その指導役があのブリュンヒルデなのだから、その威圧感は推して知るべし。夏希は、あの夜生徒指導室に引き摺られて行った一夏と鈴音に深く同情すると同時に、絶対にここに呼ばれるような真似はしないと心に誓った。

 

「いい心掛けだ」

 

 その内心を推し量ったのか、千冬は一度頷くと備え付けの椅子に腰を下ろした。そして、夏希がテーブルを挟んだ対面に座ったのを確認すると、手にした資料を夏希の前に置き口を開いた。

 

「早速だが、学園側の決定を伝える。鹿島夏希実務主任に対し、学園は政府に提出するものと同等の情報を提供することに決定した。ただしこれは鹿島夏希技術主任の任意であり、情報を受け取らない場合はこれを秘匿するものとする。情報を受け取る場合は、指定の誓約書にサインを行うこと。なお、この情報には第一級秘匿義務が付随し、第三者に吹聴した場合は懲役義務が発生する」

 

「質問があります。第三者とは、どこまでのラインを指しますか?」

 

「関係者は二枚目の紙に全て記されている。そこに名前の存在しない人物を第三者として扱う」

 

 その言葉を聞き、夏希は指示された書類に目を通す。そこにラウラと千冬、そして何人かの見知った相手の名前があることを確認し、紙を再び書類の束に戻した。

 

「他に質問は?」

 

「ありません」

 

「では、情報を受け取る場合は誓約書にサインを。そうでない場合は、誓約書をこの場で破り捨てろ」

 

 差し出された誓約書に、夏希は躊躇うことなく自分の名前を書き込んだ。千冬はそれに満足そうに頷くと、誓約書を書類ケースにしまい、新たに分厚い紙束をテーブルの上に乗せた。

 

「こちらの書類が、秘匿義務の生じる情報だ。先に渡したものはその中でも重要性の低いものを抜粋した報告書であり、こちらには大きな義務は発生しない。まあ、声高に話す内容でもないがな。良識の範囲内でなら、口にしてもいい。ああ、それと先ほどの名簿は回収させてもらう。同じものが重要書類の中にも入っているから、そちらを確認しておけ。部屋の金庫は機能しているな?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 名簿を受け取りながら問い掛ける千冬に、夏希はベッド脇の金庫を思い浮かべながら答えた。

 

「さて。では本題だ」

 

 その言葉とともに、二人は姿勢を正して改めて向かい合う。張り詰めた空気が、狭い室内に満ちた。

 

「学園の調査により、シュヴァルツェア・レーゲンの管制プログラム上に、ヴァルキリートレースシステムの痕跡を発見した」

 

「それは、条約で禁止されている……?」

 

 夏希の問いに、千冬は頷いた。

 

「そうだ。巧妙に隠されていたが、一度起動したことにより隠蔽が緩んでいた。技術部の調査によると、このVTシステムは管制プログラムの根底に着床しているものでは無く、もっと浅い部分に存在していたらしい。ドイツ本国に問い合わせたところ、ボーデヴィッヒがIS学園に入学する一月ほど前、プログラムの更新を行ったとのことだ。その時にVTシステムがインストールされたものと見ている」

 

「随分と反応が早いですね。事態の鎮静化から三時間程度しか経っていないのに」

 

「それだけ危機感が強い、と言うことだろう。ともすれば、ISコアの所有権を剥奪される危険性もあるのだからな」

 

 いつもこれくらい対応が早ければ楽なのだがな、と千冬は溜息を吐いた。

 

「プログラムの更新を行ったのはドイツ軍だが、製作者の中に数名、連絡が取れない者がいるそうだ。彼らの中にブルダリッチ少尉の登用した者が複数見られ、現在ブルダリッチ少尉の事情聴収を行っている。それと並行して、ブルダリッチ少尉と親しいクライネルト社会民主党議員の聴収も進行中だ。ブルダリッチ少尉は中立派に属する人間だが、クライネルト社会民主党議員はIS軍事利用反対派に籍を置いている。恐らく、クライネルト社会民主党議員が軍の権威失墜を企てて計画したのではないか、と言うのがドイツ軍の見解だ」

 

「随分とわかりやすい」

 

「体のいいスケープゴートだろう」

 

 そう事も無げに言い切る千冬に、夏希は苦笑を漏らした。

 

「ドイツ軍の方針は、ボーデヴィッヒを被害者としてある程度の情報を世間に公表し、軍の信用失墜を最小限に止めると言うものだ。完全に隠蔽するには、あまりにも目撃者が多過ぎる。そのため、『陰謀に翻弄され不名誉を負った悲劇の軍人』としてラウラを担ぎ上げようと言う魂胆らしい。まったく、こう言うところにだけは頭が回るのだから救えない」

 

 千冬は吐き捨てるようにそう言った。千冬にとって、ラウラは手間のかかる弟子のような存在であった。その言動から冷酷な人間だと勘違いされやすい千冬であったが、その内面は情に厚く、特に身内に対しては人一倍目を掛ける性格である。故に千冬は、ラウラが政治の駒として利用されることに深い憤りを感じていた。しかし、それを表に出したのも一瞬のこと。すぐに思考を切り替えると、千冬は言葉を続けた。

 

「ボーデヴィッヒは現在、特別医務室に搬送されている。外傷は軽度の打撲と疲労程度で、今日中にでも目覚めるだろうと言うことだ。今後の対応はボーデヴィッヒ本人から話を聞いた後に決定するとのことだが、VTシステムの搭載が本人の意思によるものでは無いと確認が取れた場合、身柄は学園預かりとなるだろう。この一件で奴の命を狙おうとする者が出ないとも限らないし、そうでなくとも必要以上に政治の道具にさせるつもりも無い。当面は私が保護観察官となるから、必要であれば私に相談しろ。それと、この事件に関する渉外も私が行うので、覚えておくように」

 

「わかりました」

 

 多分無理矢理身柄を引き受けたんだろうな、と思った夏希であったが、それを口に出すことなく頷いた。

 

「私から話すべきことは以上だ。詳しくはこちらの書類に記してあるので、読んでおけ。重ねて言うが、秘匿義務に違反した場合は懲役刑を科せられる。そのようなヘマは犯さないとは思うが、留意しておけ。質問はあるか?」

 

「一つだけ、よろしいでしょうか」

 

 一度言葉を結んだ千冬に、夏希は静かな声で言った。

 

「許可する。なんだ?」

 

「どうしてこの話を自分に?」

 

 夏希の疑問は、ただそれだけだった。一応国技研で責任ある立場に就いているとは言え、夏希はこの件に関しては部外者だ。千冬の物言いから、IS学園生徒としてではなく国技研第八室実務主任としてこの話を聞かされたのだと言うことは理解できたが、何故自分に知らされたのかが全くわからなかった。

 

「それは、VTシステムの調査に鹿島の助力が必要だと上層部が判断したからだ。シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたVTシステムは、私の機動だけでなく、暮桜の姿までも模倣していた。これは本来のVTシステムの機能と大きく異なっている。そのため、新たに大規模な調査が必要だと学園とドイツ軍の間で意見が一致した。後日、そのことについて連絡するので、そのつもりでいろ」

 

「わかりました。ありがとうございました」

 

 千冬に礼を言い、夏希は調査チームについて思考を巡らせる。夏希の得意とする分野はプログラムと駆動系だが、装甲や武装、センサー系についてはあまり造詣が深くない。勿論一般的な研究者と比べれば十分な知識を持っているが、その道の専門家には遠く及ばないのが実情である。夏希は新型VTシステムの調査で特に重要となるのは、流体装甲の管理と武装を含めた形状変化だと考えていた。そのため、自分の知識がどれほど役に立つのか自信が持てなかったのである。

 

(まったく。自己評価が中途半端に低いところは初めて会った時から変わらないな)

 

 一方、夏希の表情から彼の懸念を読み取った千冬は、実務主任と言う地位に就いた今でも変わらない夏希の思考に対し、小さな苦笑を浮かべた。とは言え、鬱陶しいくらいに自信満々なよりはいいかと一人で納得すると、千冬は書類ケースを手に立ち上がった。

 

「話はこれで終わりだ。連絡があるまでは普段通りに生活しろ、わかったな? 間違えても考えを纏めるために徹夜して翌日の授業に支障をきたすことなど無いように」

 

「わ、わかりました」

 

 あっさりと自分の考えを言い当てられた上、しっかりと釘を刺されてしまったことに、夏希は表情を引き攣らせた。千冬はそんな夏希の様子を見届け生徒指導室の扉を開けると、ふと足を止めて、書類を纏めて立ち上がった夏希に向かって口を開いた。

 

「鹿島。これは個人的な頼みだが、出来る限りボーデヴィッヒのことを気にかけてやってくれ。あれは気難しいが、性根は悪い奴ではない。……あのようなことをしでかした以上、信用することは難しいかもしれないが」

 

「お任せください」

 

 千冬の言葉に、夏希は間髪入れずに答えた。

 

「もっとも、あちらから拒絶されなければですが」

 

「それだけで十分だ。あいつには、同じ目線で語り合える相手が必要だ。私では、どこまで行っても教官と部下でしかないからな」

 

 そう口にした千冬の表情は、夏希にはどこか寂しそうに見えた。

夏希としても、ラウラの行動に思う所が無いわけではない。友人をあそこまで傷付けたのだから、それも当然のことである。だが同時に、夏希はラウラと分かり合いたいとも思っていた。故に千冬のこの言葉が在ろうが無かろうが、一度ラウラとはしっかり話し合うつもりであった。そしてひとまず、ラウラが一般の医務室に移動したら見舞いに行ってみようと心に決めた。

 

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