Lがデスノートを拾った世界   作:梅酒24

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14話目:光者

■月の家■

 

僕は机に向かっていた。

 

この部屋は、よく人に「綺麗すぎる」と言われる。

だが僕にとってはこれが普通だ。むしろ、乱雑な部屋というものが理解できない。

 

本棚は一直線に並び、教科書も参考書も背表紙の高さまで揃っている。

ほんのわずかなズレでも、視界に入ると妙に気持ちが悪い。

 

秩序というものは、人間の思考を正確にする。

逆に言えば、無秩序は思考を鈍らせる。

 

僕の机の上には、その秩序の中心のようにして一冊の黒いノートが置かれていた。

 

 

黒く、静かで、

どこか不気味なほど無機質な表紙。

 

僕はペンを指の間でくるりと回していた。

これは癖というより、思考の歯車のようなものだ。

 

考えが深くなるほど、手は自然に動く。

 

僕はここ一週間の出来事を整理していた。

 

世界中の犯罪者が死ぬ。

次々と。

 

しかもその死因は、すべて同じ。

 

心臓麻痺。

 

新聞もテレビも、まるで熱病にかかったようにこの話題を繰り返している。

 

人々は恐れている。

 

しかし同時に、

どこかで喝采を送っている。

 

犯罪者だけが死ぬ。

 

それはまるで――

 

神の裁き。

 

僕は目を細めた。

 

――神。

 

その言葉は曖昧すぎる。

 

神などというものが存在するなら、

この世界はもっと秩序だったものになっているはずだ。

 

現実にはそうではない。

 

この世界は混沌だ。

 

だが。

 

混沌の中にも必ず法則はある。

 

顔。

名前。

情報の公開範囲。

 

僕はこの一週間で集めたデータを思い出していた。

 

犯罪者の情報公開率。

死亡時間の分布。

地域別の報道頻度。

 

それらをすべて表にして、

統計処理をした。

 

相関関数。

 

結果は――

 

0.93。

 

非常に高い。

 

つまり。

 

キラは無作為に殺しているわけではない。

 

顔と名前。

 

その両方が揃った人間だけが死んでいる。

 

その時だった。

 

ガーッ……

 

突然、テレビの画面が切り替わった。

 

僕は顔を上げる。

 

「ん?」

 

画面にはニュースキャスターが映っていた。

 

だがその顔には、普段のニュースにはない緊張が浮かんでいる。

 

「番組の途中ですが」

 

「ICPOからの全世界同時特別生中継を行います」

 

僕の眉がわずかに動いた。

 

「日本語同時通訳はヨシオ・アンダーソン」

 

画面が変わる。

 

そこに現れた男。

 

ミディアムの髪。

整ったスーツ。

 

どこにでもいそうな顔。

 

だが、その男はとんでもないことを言った。

 

「私は全世界の警察を動かせる唯一の人間」

 

一瞬の沈黙。

 

「リンド・L・テイラー」

 

「通称――L」

 

僕の背筋に冷たいものが走った。

 

「な……」

 

思わず立ち上がる。

 

「なんだこいつ……!?」

 

しかし次の瞬間、

僕の脳は猛烈な速度で回転していた。

 

――危険だ。

 

この男は。

 

極めて危険だ。

 

僕は瞬時に計算する。

 

顔。

名前。

 

両方が揃っている。

 

つまり。

 

もしキラがこの番組を見ていたら。

 

この男は死ぬ。

 

僕は唇を噛んだ。

 

――だが。

 

妙な点がある。

 

全世界同時生中継。

 

それはつまり、時差がある。

 

ブラジルなら十二時間。

ヨーロッパでも数時間。

 

もしキラの居場所が分からないなら、

こんな放送は意味がない。

 

夜中の国では誰も見ない。

 

つまり――

 

どこかの地域に当たりをつけている。

 

その瞬間だった。

 

リンドLテイラーが突然胸を押さえた。

 

「ぐっ……!」

 

顔が歪む。

 

手が震える。

 

そして。

 

ドサッ。

 

机に倒れた。

 

動かない。

 

僕は息を呑んだ。

 

――やはり。

 

二人のSPが男を運び出す。

 

黒いスーツ。

サングラス。

 

顔を隠している。

 

僕の思考がさらに加速する。

 

――顔を隠している。

 

――向こうも条件に気づいていた?

 

だが。

 

別の疑問が浮かぶ。

 

――なら。

 

――なぜあの男は顔を出した?

 

その時だった。

 

ガガガ……

 

テレビからノイズ。

 

そして別の声。

 

機械音。

 

「もしやと思って試してみたが……」

 

「まさか本当に……」

 

僕の瞳が見開かれる。

 

「キラ」

 

「お前は直接手を下さず人を殺せるのか」

 

「何っ」

 

僕は机に手をついた。

 

声が続く。

 

「よく聞け」

 

「キラ」

 

「もし今お前がテレビに映っていた男を殺したのなら」

 

「それは今日処刑予定だった死刑囚だ」

 

「私ではない」

 

僕の思考が一瞬止まった。

 

――死刑囚。

 

声は続く。

 

「テレビにもネットにも出ていない」

 

「極秘の犯罪者だ」

 

「さすがのお前でも知らなかっただろう」

 

そして。

 

「だが」

 

「Lという私は実在する」

 

「さあ」

 

「私を殺してみろ」

 

僕は歯を食いしばった。

 

――やはり。

 

顔と名前。

 

それが条件だ。

 

そしてこのLも、そのことを理解している。

 

だが。

 

僕の眉がわずかに動いた。

 

死刑囚を実験台にする。

 

倫理観の欠如。

 

あるいは。

 

それほどまでに強引な人間。

 

この男は危険だ。

 

そしてさらに言葉が続く。

 

「この中継は全世界同時中継と銘打った」

 

「だが」

 

「実際には日本の関東地区にしか放送していない」

 

僕の瞳が鋭く光った。

 

「やはりか……」

 

「お前は今」

 

「日本の関東にいる」

 

さらに続く推理。

 

新宿の通り魔。

最初の犠牲者。

 

日本でしか報道されていない事件。

 

Lは言った。

 

「キラ」

 

「お前は日本にいる」

 

僕は静かに息を吐いた。

 

――概ね。

 

――僕と同じ推理だ。

 

だが。

 

僕は別の角度からも考える。

 

Lの推理は美しい。

 

だが。

 

美しすぎる。

 

最初の殺しが新宿の通り魔だという証拠はない。

 

世界では毎日、心臓麻痺で死ぬ人間がいる。

 

偶然が重なっただけかもしれない。

 

さらに。

 

Lは言った。

 

実験台。

 

その言葉。

 

それはまるで、

最初から殺す能力があり、

試しに使ったかのような言い方だ。

 

普通は考えない。

 

だが。

 

もし――

 

L自身がキラなら?

 

すべて自演になる。

 

僕は首を振った。

 

――まだ強引だ。

 

可能性の一つに過ぎない。

 

 

***数日後***

 

僕は再びノートを見た。

 

そしてパソコンを開く。

 

父のパソコンに侵入する。

 

もちろん痕跡は残さない。

 

警察の捜査情報が画面に表示された。

 

僕は読み進める。

 

――キラは学生の可能性。

 

その翌日。

 

二日連続。

 

一時間ごとに二十三人。

 

僕は目を細めた。

 

――死の時間を操れる。

 

そして。

 

もう一つ。

 

キラは警察の情報を知っている。

 

つまり。

 

警察内部。

 

あるいは。

 

警察関係者の身内。

 

僕の指が止まる。

 

――キラの狙いは何だ?

 

警察の情報が漏れている。

 

この事実は無視できない。

 

僕は静かに考える。

 

――警察に知らせるべきか。

 

匿名で。

 

内部告発として。

 

父さんに相談することもできる。

 

だが。

 

僕は首を振った。

 

――それはできない。

 

ハッキングが知られる。

 

それはまずい。

 

僕の瞳が静かに光る。

 

――僕が狙っているのは。

 

――その先だ。

 

確かめたいことがある。

 

僕はキーボードに手を置いた。

 

そして小さく呟いた。

 

「……匿名で送るしかないな」

 

 

***数日後***

 

玄関の前に立った。

 

夕暮れの空気は妙に静かで、街の音までもどこか遠くに押しやられているように感じられる。

家の前の小さな道路、街灯、郵便受け、すべてがいつもと同じ姿をしているのに、今日はその一つ一つが妙に意味ありげに僕の目に映った。

 

――後ろを振り返りたい。

 

その衝動は確かにあった。

 

だが僕は振り返らない。

 

振り返った瞬間、人間の心理は露骨に現れる。

尾行者がいると仮定した場合、僕の動揺は相手に余計な情報を与える。

 

それならば――

 

気づいていないふりをする方がいい。

 

その方が、相手は安心する。

安心すれば、人間は必ず油断する。

そして油断は、情報を落とす。

 

僕は何事もない顔で玄関の前に立っていた。

 

――尾行者。

 

僕はその存在をほぼ確信していた。

 

しかし、キラではない。

 

キラが僕を尾行する理由はない。

むしろ危険が増すだけだ。

 

キラという存在は、姿を見せないことに意味がある。

 

そう考えると、もっとも筋が通るのは――

 

Lの存在だ。

 

Lが日本の警察を調べている。

 

しかも、日本の警察自身ではなく、外部の組織を使って。

 

もしLが本当にキラを追っているなら、警察関係者を調べる理由はある。

キラが警察内部、あるいはその身内にいる可能性は十分あるからだ。

 

しかし――

 

もし。

 

Lがキラだとしたら。

 

その場合も、同じ行動は説明がつく。

 

内部告発者を探すため。

あるいは、キラを追っているという演技をするため。

 

どちらにしても。

 

Lが警察関係者を調べる理由は存在する。

 

僕はドアノブを握った。

 

この家では、塾から帰る時間帯は玄関の鍵が開いている。

 

金属の冷たい感触。

 

扉を開ける。

 

「ただいま」

 

いつもの声でそう言った。

 

そしてそのまま二階へ向かう。

 

足音も普段通り。

急ぐでもなく、遅くもなく。

 

僕の父――夜神総一郎は警視庁の刑事だ。

 

子供の頃から僕は、その背中を見て育ってきた。

 

父は決して器用な人間ではない。

だが誰よりも正義を信じている。

 

どんなに危険な事件でも、

どんなに理不尽な状況でも、

 

悪を許さない。

 

その姿勢だけは決して曲げない。

 

僕はそんな父を尊敬している。

 

この腐った世界でも、

あの人のような警察官がいる限り、まだ救いはあると思っている。

 

だからこそ――

 

犯罪者は許せない。

 

二階の廊下を歩きながら、僕は思考を続けていた。

 

Lが警察関係者を調べている理由。

 

どれも仮説にすぎない。

 

だが推理とはそういうものだ。

多くの仮説を並べ、その中から最も可能性の高いものを残していく。

 

そして大抵の場合、

 

当たることの方が少ない。

 

僕は自分の部屋の前で立ち止まった。

 

視線をゆっくりとドアノブへ落とす。

 

ドアノブ。

 

鍵穴。

 

扉の隙間。

 

ほんのわずかな違和感も見逃さないように、注意深く観察する。

 

そしてドアノブを回した。

 

扉を開ける。

 

その瞬間。

 

ひらり、と。

 

一枚の紙が床に落ちた。

 

ピンク色のポストイット。

 

僕はそれを見下ろした。

 

――やはり。

 

当然だ。

 

部屋までは入っていない。

 

ポストイットの落ち方、

位置、

空気の流れ。

 

それだけで分かる。

 

部屋の内部には踏み込んでいない。

 

だが。

 

誰かがこの扉に触れた。

 

僕は部屋に入り、上着を床に放り投げた。

 

そして椅子に座る。

 

静かな部屋。

 

机の上には整然と並ぶ本とノート。

 

僕は小さく息を吐いた。

 

――情報が漏れてから、まだ六日。

 

それなのに。

 

僕への尾行がすでに二日。

 

警察関係者を調べている人数は多くないはずだ。

 

せいぜい十数人。

 

仮に十人だとしても。

 

僕が疑われる可能性は低い。

 

なぜなら――

 

僕はキラではない。

 

少なくとも、客観的な証拠は何一つない。

 

それに僕より怪しい人間はいくらでもいる。

 

しかし。

 

もしこのまま何ヶ月も経てば。

 

いずれ彼らは判断するだろう。

 

夜神月はキラではない。

 

そう結論づけて、僕への関心を失う。

 

それは――

 

まずい。

 

僕は机の引き出しを開けた。

 

中から一冊のノートを取り出す。

 

キラ事件のまとめノート。

 

僕自身が作った、膨大な事件の整理だ。

 

ページをめくる。

 

その中で、一つの書き殴りが目に止まった。

 

『キラは幼稚で負けず嫌いではないか?』

 

僕はその文字を見つめた。

 

そして静かに思う。

 

――そうだ。

 

その推理を書いたのは、僕自身だ。

 

なぜそう思ったのか。

 

理由は単純だ。

 

僕自身がそういう性格だからだ。

 

幼い頃から負けたことがない。

 

テストでも、

競争でも、

議論でも。

 

負けるという感覚をほとんど知らない。

 

だから分かる。

 

キラはLの挑発に乗った。

 

リンドLテイラー。

 

あの宣戦布告。

 

それまで犯罪者しか殺していなかったキラが、

躊躇なくテレビに映る男を殺した。

 

そして。

 

Lが「キラは関東にいる」と言えば。

 

日本の犯罪者を中心に殺し始めた。

 

これは。

 

L=キラではない場合のキラの性格分析だ。

 

だが。

 

もし。

 

L=キラなら?

 

すべて自作自演になる。

 

僕はその可能性についても考えていた。

 

なぜそんなことをするのか。

 

その理由も、なんとなく分かる気がする。

 

しかし。

 

どちらにしても――

 

僕はLに会う必要がある。

 

直接。

 

この男と。

 

僕は椅子の背もたれに体を預けた。

 

どうすればLに会えるか。

 

父さんに頼む?

 

それは無理だ。

 

父さんは警察官だ。

そして何より、真面目すぎる。

 

証拠もないのに、僕の話を聞くことはない。

 

だが。

 

もし。

 

会わざるを得ない状況を作るとしたら。

 

それは――

 

僕は目を閉じた。

 

その方法がどれほど危険か。

 

分かっている。

 

一歩間違えれば、

すべてが終わる。

 

それでも。

 

僕は静かに思った。

 

――それしかない。

 

その瞬間から。

 

この事件の歯車は、

本来あるべき形から、

ほんのわずかにずれ始めていた。

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