薄暗い部屋の中で、私は椅子の上にいつものように膝を抱えて座っていた。
世界中のどこにも属していないようなこの部屋は、窓も少なく、外界の時間の流れをほとんど感じさせない。だが机の上のパソコンだけは、無数の情報を絶え間なく吐き出し続けていた。
その光が、私の顔をぼんやりと照らしている。
「ワタリ。FBIが調べ始めた警察関係者リスト、確かに受け取った」
私は静かにそう言った。
返事はない。だがワタリは必ず聞いている。あの老人は、世界のどこにいても私の言葉を逃さない。
画面に表示されている数字を見て、私はわずかに首を傾げた。
――警察の中だけで、捜査本部の情報を得られた者が……141人。
想像していたよりも多い。
私はテーブルの上に積まれた分厚い冊子を手に取った。
それは141人分の警察関係者の資料である。顔写真、家族構成、生活圏、勤務履歴、性格傾向――あらゆる情報が整然と並んでいる。
私はページをめくりながら、もう片方の手でアイスまんじゅうを食べていた。
冷たいアイスの中に、ぎっしりと詰まった粒あん。
甘味が舌の上でゆっくり溶ける。
私はこういう甘いものが好きだ。
考え事をする時、糖分は実に都合がいい。
――この141人の中にいるか。
あるいは。
――この141人の身近な場所に。
必ずいる。
私はそう確信していた。
生贄羊用のキラ役。
まだ名も顔も分からない、キラ。
だがこの世界のどこかに、確実に存在している。
冊子のページをめくりながら、私はぼんやりと考えていた。
――しかし。
キラ事件の捜査をしながら、私は別のことも考えていた。
私の机の上には、一冊の黒いノートがある。
デスノート。
人間の名前を書けば死ぬ。
そんな荒唐無稽な道具を、私はすでに手に入れていた。
だが私は、その性能をすべて試しているわけではない。
「……念のため、このデスノートの性能を試してみましょうか」
私は小さくつぶやいた。
「『死因を書くと、更に6分40秒、詳しい死の状況を記載する時間が与えられる』……まず、この“死の詳しい状況”というものが、どの範囲まで自由にできるのか」
その時、後ろから声がした。
「L、お前のことだから色々試してるのかと思ってたぞ」
振り向くと、リュークが椅子の背に腰かけてリンゴをかじっている。
死神。
常識的に考えれば、この状況そのものが狂っている。
しかし私はすでに慣れていた。
私はアイスまんじゅうを食べ終え、その棒を口にくわえながら答えた。
「本来なら、隅々まで調べておくべきでしょう」
少し考えてから、続ける。
「ですが……Lという地位を持ちながらキラであるというのは、なかなか退屈なんですよ」
リュークが笑う。
「退屈?」
「ええ」
私は椅子の上で体を丸めながら言った。
「私はおそらく死ぬことはないでしょう」
「追い詰められる状況にもならない」
「だからでしょうね。必要になった時に初めて試す、という気持ちになってしまう」
私は画面の向こうの世界を見つめた。
犯罪。
殺人。
陰謀。
世界は混沌としている。
だが私の人生は、あまりにも退屈だった。
もし私がこのノートを拾わず、別の誰かが手にしていたなら。
きっと私は。
――もっと面白い人生を送れていたかもしれない。
だが。
私は密かに期待している。
L=キラ
そう考え、私と同じ土俵に立ち、命を懸けて勝負する人間が現れることを。
そんな相手が、この世界のどこかにいることを。
私はそう思うだけで、少しだけ心が躍るのだった。
その頃。
警視庁。
『悪犯罪特別捜査班』の部屋で、一人の男が電話を取っていた。
夜神総一郎。
キラ事件捜査本部の中心人物。
「……ああ私だ」
受話器の向こうからの報告を聞き、彼の表情が変わる。
「また刑務所内の犯罪者が六人……」
「心臓麻痺か……キラだな……」
そして。
「何!?」
電話の向こうの声が続く。
『いえ、死因は心臓麻痺なのですが……その直前の行動が妙で……』
総一郎は眉をひそめた。
『一人は壁に絵を描いていました』
『一人は遺書のようなものを書いていて……』
「待ってくれ」
総一郎はパソコンを開いた。
「その状況は詳しくデータに入れておきたい。ゆっくり頼む」
メールが届く。
添付ファイルは三枚の写真。
一枚目。
刑務所の壁に、血で描かれた図形。
○の中に☆。
二枚目。
紙に書かれた文章。
かんがえ
ると
いずれしけいになるか
てまねきしているあい
つにころされるだけだ。
しってい
る。おれは、キラのそんざいを
えものにされる。
三枚目。
男子トイレ。
五つ並ぶ小便器の前で、男がうつ伏せに倒れている。
牢から脱走し、なぜか職員用トイレで死亡していた。
その頃。
別の場所で、夜神月が父のパソコンを覗いていた。
――キラに怯えた文章。
いや。
すべてひらがなで、不自然な改行。
上の文字だけ拾えば。
えるしっているか
月は目を細めた。
――ただの犯罪者の行動とも取れる。
だが。
キラは死の時間を操れる。
もし。
死ぬ直前の行動も操れるとしたら?
犯罪者で実験している。
何をするつもりだ……。
その頃。
私はその情報をすでに見ていた。
警察の極秘データ。
すべて。
「見てください、リューク」
私はパソコン画面を指差した。
「すでに六人のテスト結果が入力されています」
リュークが三個目のリンゴをかじる。
「どういう結果だ?」
私は淡々と説明した。
「一人は脱走し、指定したトイレへ行きました」
「一人は壁に、私が書いた通りの図形を描いた」
「もう一人は、ノートに書いた文章をそのまま書いた」
私は続ける。
「この三人は、ノートの指示通り行動しています」
「死亡時刻も、おそらく一致している」
少し間を置いた。
「残り三人は、無理な条件を書いてみました」
リュークが面白そうに身を乗り出す。
「例えば?」
「“今日の午後六時、フランスのエッフェル塔前で死ぬ”」
私は肩をすくめた。
「当然ですが、日本の刑務所にいる人間が三十分でフランスには行けません」
「結果は、六時にただ心臓麻痺」
「次は、刑務所の壁にXの似顔絵を描く」
「ですが知らない人間の顔は描けないようです」
私はさらに続けた。
「最後に、“俺はLが日本警察を疑っていることを知っている”と書かせようとしました」
私は指を組んだ。
「ですが、これは書かれなかった」
「つまり」
「本人の知らない情報や、考えもしないことは書けない」
リュークが感心したように言う。
「ほう」
私は小さく笑った。
「デスノートでも、ありえないことはできない」
「ですが」
「その人間がやってもおかしくない範囲なら、いくらでも操れる」
私はモニターを見つめた。
「まあ……これはテストのテストですが」
リュークが聞く。
「次は?」
私は静かに言った。
「次のテストで決まります」
そして付け加えた。
「結果は明日の朝刊で十分でしょう」
「警察も、これをキラとは結びつけない」
夜は過ぎ。
世界が静かに朝へ向かう。
次の日。
窓の外から。
すずめの声が、ちゅんちゅんと聞こえてきた。