Lがデスノートを拾った世界   作:梅酒24

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第17話:占拠

僕は家を出る前、鏡の前にしばらく立っていた。

 

普段より少しだけ整えた髪。

シンプルだが、きちんとした服装。

 

いかにも――

休日の高校生の外出という姿だ。

 

わざとらしくならない程度の「おしゃれ」。

それが重要だった。

 

玄関の扉を開け、外へ出る。

春の空気が、ほんの少し湿った匂いを含んで僕の頬を撫でた。

 

僕は静かに歩き出す。

 

目的地は、家から数分の場所にあるバス停。

 

――おそらく今日が最初の土曜日。

 

もし僕を疑っている人間がいるなら。

もし警察関係者を調べている組織があるなら。

 

尾行は必ず続いている。

 

僕はそう考えていた。

 

平日は学校と塾。

行動パターンは単純だ。

 

しかし休日は違う。

 

自由行動。

 

だからこそ――

監視する側は必ずついてくる。

 

そして今日は。

 

バスに乗る。

 

バスという乗り物は、実に面白い空間だ。

 

密室に近い。

そして狭い。

 

尾行者は距離を保てない。

 

乗るしかない。

 

つまり。

 

同じ車内に入る。

 

僕はそう計算していた。

 

ただ――

 

一つだけ問題がある。

 

ナミコを巻き込むことだ。

 

危険かもしれない。

 

それでも僕は彼女に声をかけた。

理由は簡単だ。

 

自然だからだ。

 

高校生の休日。

デート。

 

これほど普通の行動はない。

 

バス停が見えてきた。

 

その時だった。

 

「夜神くーん!」

 

元気な声。

 

振り向くと、ナミコが手を振っていた。

 

僕は一瞬だけ驚いた。

 

塾で見る姿とは、まるで違う。

 

ミニスカート。

ロングブーツ。

 

いつもよりずっと華やかな格好だった。

 

「ごめん、遅かった?」

 

僕は自然な笑顔を作って言った。

 

ナミコは首を振る。

 

「ううん!まだ5分前だよ!」

 

「スペースランドなんて中学生以来だから楽しみー」

 

そして、少し照れたように言った。

 

「夜神君と……二人きりだし」

 

僕は軽く笑った。

 

しかしその裏で、頭は別のことを考えている。

 

――尾行者はいるか。

 

その時。

 

少し離れた場所。

 

電柱の影から、二人を見ている男がいた。

 

レイ=ペンバー。

 

彼は静かに観察していた。

 

――平日は学校と予備校。

 

――休日はデート。

 

普通すぎる。

 

あまりにも普通だ。

 

夜神局長の息子。

 

夜神月。

 

真面目な受験生。

 

疑う要素はほとんどない。

 

レイは小さく息を吐いた。

 

――この家族の娘まで調べる必要はないな。

 

――今日一日見れば十分だ。

 

その時。

 

バスが到着した。

 

レイは少し駆け足で乗り込む。

 

僕とナミコは後ろから二番目の席に座った。

 

一番後ろは五人席。

 

空いている。

 

僕はそこを見た。

 

――尾行者なら必ず後ろに座る。

 

そう計算していた。

 

そして。

 

予想通り。

 

レイ=ペンバーは僕たちの後ろに座った。

 

バスの扉が閉まりかけた、その瞬間。

 

「待て!」

 

一人の男が走ってきた。

 

プシューッ。

 

扉がもう一度開く。

 

男が乗り込んできた。

 

人相の悪い顔。

 

目の下には濃いクマ。

 

背はそれほど高くない。

 

髪は――

 

妙に丸く膨らんだ、玉ねぎのような形。

 

男はポケットに手を突っ込んだまま歩いてくる。

 

僕はその顔を見た瞬間、わずかな違和感を覚えた。

 

――どこかで見た。

 

だが。

 

今はそれよりも――

 

後ろの男。

 

尾行者。

 

そちらに意識を集中しようとした。

 

その時だった。

 

男がポケットから何かを取り出す。

 

黒い塊。

 

そして。

 

カチャ。

 

金属音。

 

男はその物体を運転手の頭に押し付けた。

 

運転手が小さく声を漏らす。

 

「えっ……」

 

次の瞬間。

 

男が叫んだ。

 

「このバスは俺が乗っ取った!!」

 

車内の空気が凍った。

 

女性の悲鳴。

 

ざわめき。

 

恐怖。

 

その男の顔を見て、僕は思い出した。

 

――昨夜のニュース。

 

銀行強盗。

 

麻薬常習犯。

 

逃走中。

 

なるほど。

 

都内の事件だったが、この街まで逃げてきたらしい。

 

だが。

 

僕の頭は別のことを考えていた。

 

この事件をどう解決するか。

 

乗客は怯えている。

 

ナミコの肩が震えていた。

 

それは当然だ。

 

拳銃など普通の人間はテレビの中でしか見ない。

 

しかも相手は麻薬中毒。

 

何をするか分からない。

 

僕はナミコの太ももを軽く叩いた。

 

トン、トン。

 

そして紙を渡す。

 

声を出すのは危険だ。

 

紙にはこう書いた。

 

ナミコちゃん大丈夫安心して

犯人の隙をみて僕が

ピストルを持った手を押さえる

こういう時の対処は刑事である

父に教わっている

犯人は小柄で弱弱しい

僕の方が力もある

 

ナミコの目が潤んだ。

 

彼女は思った。

 

――夜神君は本物だ。

 

頭脳明晰。

運動神経抜群。

容姿端麗。

 

そして。

 

こんな状況でも勇敢。

 

好きで良かった。

 

その頃。

 

リュークはバスの中を漂っていた。

 

逆立ちしてみたり、

くるくる回ったり。

 

誰も気づかない。

 

――Lの奴、何がしたいんだ?

 

リュークは乗客を観察する。

 

拳銃の男。

 

夜神月。

 

その後ろの男。

 

レイ=ペンバー。

 

他は――

 

どうでもいい。

 

その時だった。

 

レイが立ち上がる。

 

「危険だ、やめろ」

 

低い声。

 

「その時は私がやる」

 

僕は一瞬だけ振り返った。

 

写真で何度も見た顔。

 

間違いない。

 

尾行者。

 

僕を監視している男。

 

僕は紙に何かを書こうとした。

 

しかし。

 

レイが言う。

 

「大丈夫だ」

 

「走行音がある。小声なら聞こえない」

 

僕は聞いた。

 

「失礼ですが……日本人ではないですよね?」

 

「ああ。日系アメリカ人だ」

 

僕は静かに考えた。

 

――ここが重要。

 

相手の正体を知る。

 

最も確実な方法。

 

身分証。

 

この状況なら出させられる。

 

僕はナミコに目配せした。

 

ナミコが震える声で言う。

 

「共犯じゃない証拠はありますか?」

 

レイが一瞬黙った。

 

僕は続ける。

 

「よくあるケースですよ」

 

「犯人は一人と思わせて後方に共犯者を置く」

 

レイは考え込む。

 

僕はさらに言った。

 

「乗客は七人」

 

「空席が多い」

 

「なのに僕たちの真後ろに座った」

 

「普通は座りません」

 

「つまり――理由がある」

 

僕は静かに言った。

 

「共犯だからだ」

 

レイは沈黙した。

 

そして。

 

カードケースを差し出す。

 

「これが証拠だ」

 

僕はそれを見た。

 

FBI。

 

名前。

 

レイ=ペンバー。

 

――なるほど。

 

LはFBIを使っているのか。

 

貴重な情報だ。

 

僕は小さくうなずいた。

 

「信用します」

 

「銃は?」

 

「持っている」

 

「ではいざという時はお願いします」

 

レイは曖昧に答えた。

 

僕は前を向いた。

 

――レイ=ペンバーは敵ではない。

 

このバスジャックは失敗する。

 

この犯人は素人だ。

 

計画性がない。

 

単独犯。

 

長くは持たない。

 

ならば。

 

警察が動けば終わる。

 

僕はナミコに情報を渡すつもりだった。

 

乗客の位置。

 

犯人の特徴。

 

父に届けば。

 

必ず全員助かる。

 

その時。

 

犯人が叫んだ。

 

「おい運転手!」

 

銃口を押し付ける。

 

「今すぐ警察に連絡しろ!」

 

そして笑った。

 

「そうだなぁ……」

 

「現金一億円用意しろって伝えろ!」

 

バスは、静かに走り続けていた。




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