Lがデスノートを拾った世界   作:梅酒24

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第18庁:交渉

警視庁の一室は、昼だというのにどこか薄暗かった。

 

窓から差し込む光は鈍く、机の上に積み重なった書類の山に影を落としている。

その影はまるで、無数の思案が形を得て積み上がったようにも見えた。

 

私は椅子に深く腰掛けていた。

 

警察という職業は、奇妙なものだ。

日常は静かに流れる。だが、ある瞬間、突然それが破れる。

 

その破れ目から――

人の悪意が顔を出す。

 

その時だった。

 

「局長、大変です!」

 

慌ただしい足音と共に、松田が部屋へ飛び込んできた。

 

私は顔を上げた。

 

「なんだ、松田」

 

松田は少し息を切らしていた。

 

「何者かがバスジャックをし、1億円の要求をしてきています!」

 

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が僅かに硬くなる。

 

しかし顔には出さない。

 

警察官というものは、まず冷静でなければならない。

 

「なんだと……」

 

私は静かに立ち上がった。

 

「松田、私に代われ」

 

受話器を取る。

 

「はい。はい……スペースランド行きのバス……」

 

その言葉を聞いた時だった。

 

胸の奥に、微かな違和感が走った。

 

――スペースランド。

 

確か。

 

今日。

 

月もそこへ行くと言っていた。

 

私は無意識に机の端へ手を置いた。

 

月にはいつも言ってある。

 

外出時は携帯電話の電源を切るな。

 

それは父としての忠告であり、警察官としての習慣でもあった。

 

もし。

 

もし電話が繋がらないなら。

 

私はすぐに携帯を取り出し、月へ電話をかけた。

 

呼び出し音。

 

そして。

 

無機質な機械の声。

 

「おかけになった番号は現在、電波の届かないところにいるか電源を切っているため――」

 

そこで私は通話を切った。

 

ゆっくり息を吐く。

 

――スペースランドで電波の届かない場所はない。

 

そこへ行く途中にもない。

 

つまり。

 

電源を切っている。

 

あるいは――

 

切らされている。

 

私は一瞬だけ目を閉じた。

 

胸の奥で、父としての感情が波のように立ち上がる。

 

しかしその波を、私は押し殺した。

 

今ここで動揺してはならない。

 

私は父である前に、警察官だ。

 

その時だった。

 

携帯が震える。

 

メール受信。

 

送り主を見た瞬間、私は画面に視線を落とした。

 

――月。

 

件名:犯恐 乗7

 

本文はない。

 

たった四文字。

 

だが。

 

私は思わず息を呑んだ。

 

――時間が無かったのだろう。

 

犯人に携帯を切れと言われた。

 

その、ほんの数秒。

 

不自然にならない僅かな時間で。

 

私にメッセージを送った。

 

そして。

 

四文字。

 

その四文字を、月は選んだ。

 

私は机に手をつき、考える。

 

犯――犯人。

 

恐――恐田?

 

名前か。

 

ニュースで見た銀行強盗の犯人。

 

乗――乗り物。

 

月が乗る可能性のある乗り物。

 

電車。

 

バス。

 

タクシー。

 

そして。

 

7。

 

日にちではない。

 

時間でもない。

 

考えろ。

 

月はスペースランドへ行くと言っていた。

 

人数か?

 

タクシーに七人は多い。

 

電車では少ない。

 

ならば――

 

バス。

 

乗客七人。

 

運転手を入れて八人。

 

そこに犯人。

 

私は小さく呟いた。

 

「そうか……」

 

月。

 

お前はそこまで読んでいるのか。

 

父として誇らしくもあり。

 

同時に。

 

胸が締め付けられる。

 

自分の息子が――

 

人質の中にいる。

 

それでも。

 

私の役目は一つだ。

 

全員を救う。

 

月も。

 

他の市民も。

 

数分後。

 

私は電話を取った。

 

「警視庁捜査一課の夜神だ」

 

電話の向こうで男が笑った。

 

「ああ、夜神か。どうだ1億円は用意できたか?」

 

私は静かに答える。

 

「今、用意している」

 

「だが警察といえど、すぐには難しい」

 

「一千万円ならもうすぐ集められる」

 

その時だった。

 

電話の向こうで叫び声が響いた。

 

「うあああああああああ!」

 

私は一瞬、目を見開いた。

 

聞き慣れた声。

 

月だ。

 

胸が激しく打つ。

 

しかし。

 

私は表情を変えない。

 

「なんだ!叫ぶのをやめろ!」

 

犯人が怒鳴る。

 

そして別の声。

 

落ち着いた声。

 

「彼はパニックを起こしているようだ。私が面倒を見る」

 

私は理解した。

 

――演技だ。

 

月は私が電話に出ていることを知らせた。

 

さすがだ。

 

私は静かに言った。

 

「今、男性の叫び声が聞こえた」

 

「人質は無事なのか?」

 

「ああ。ただのパニックだ」

 

「まだ誰も殺してねぇ」

 

「今はな」

 

私は続ける。

 

「人質を三人解放してくれ」

 

「そうすれば一千万円を渡す」

 

これは交渉の常套手段。

 

一人ではない。

 

多めに言う。

 

犯人は怒鳴った。

 

「駄目だ!1億円と交換だ!」

 

私は少し間を置いて言った。

 

「では逆に聞こう」

 

「1億円で全員解放する保証はあるのか?」

 

沈黙。

 

私はさらに言葉を重ねる。

 

「それに、そろそろ空腹ではないか」

 

「バスを走らせ続けるのか?」

 

「なら弁当も用意しよう」

 

「1000万円と弁当」

 

「その代わり――」

 

私はわざと自然な口調で言った。

 

「人質四人を解放してくれ」

 

そして。

 

さりげなく。

 

「犯人一人で七人を管理するのは大変だろう」

 

電話の向こうで息を呑む音。

 

――効いた。

 

私は心の中で確信した。

 

単独犯。

 

人質七人。

 

間違いない。

 

犯人が怒鳴る。

 

「くそぉ!」

 

そして遠くで叫んだ。

 

「一番後ろの二人!カーテンを閉めろ!」

 

私は静かに息を吐いた。

 

やはり。

 

単独犯。

 

私は言った。

 

「どうする?交換は?」

 

犯人は唸った。

 

「人質四人は多すぎる!」

 

「一人だ!」

 

「弁当に睡眠薬とか入れるな!」

 

私は答える。

 

「分かった」

 

「新人の婦警に行かせる」

 

だが犯人は叫んだ。

 

「駄目だ!一般人にしろ!」

 

私はゆっくり首を振った。

 

「それはできない」

 

「警察にもできることとできないことがある」

 

私は静かに言う。

 

「我々は人質を救いたい」

 

「だが一般人は巻き込めない」

 

これは警察の誇りだ。

 

市民を守るために警察がある。

 

市民を危険に晒すためではない。

 

沈黙。

 

やがて犯人が言った。

 

「……分かった」

 

「人質一人」

 

「1000万円と弁当」

 

「新人婦警に持ってこさせろ」

 

私は頷いた。

 

「分かった」

 

そして言う。

 

「子供や女性がいるなら優先して解放してほしい」

 

犯人が舌打ちする。

 

「子供はいねぇ」

 

「女を一人返す」

 

私は電話を置いた。

 

その後。

 

廃工場。

 

人質交換。

 

解放された少女が、震える手でメモを差し出した。

 

「これ……月君からです」

 

私は紙を受け取る。

 

そこには。

 

座席配置。

 

乗客の位置。

 

共犯者の可能性。

 

そして。

 

最後の一文。

 

ガソリン残量 10ℓ

 

私はその文字を見て、静かに目を閉じた。

 

月。

 

お前は。

 

父である私を信じているのだな。

 

私はゆっくり顔を上げた。

 

「そうか……」

 

逃げ続けても。

 

ガソリンは尽きる。

 

その瞬間。

 

この事件は終わる。

 

私は部下たちを見回した。

 

「準備しろ」

 

声は静かだった。

 

だが。

 

その中には警察官としての決意と。

 

父としての祈りが。

 

深く。

 

重く。

 

込められていた。





オリジナル。交渉編を長く書きたかったけど、サブストーリーなので1話完結です。
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