Lがデスノートを拾った世界   作:梅酒24

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20杯目:直感

ホテルの部屋には、奇妙な静けさが満ちていた。

 

都会の夜というものは不思議なものだ。

窓の外には車の音も、人の声もある。だが、密閉された部屋の中では、それらはどこか遠い世界の出来事のように感じられる。

 

私は椅子に腰掛けて、ただ静かに待っていた。

 

待つ、という行為は嫌いではない。

捜査官だった頃、待つ時間というのは決して無駄ではなかった。むしろ、その時間にこそ真実が浮かび上がることが多い。

 

人は、何もしていない時間にこそ本性を見せる。

 

やがて、廊下の向こうから足音が聞こえた。

 

――レイ。

 

私は視線を上げた。

 

鍵が差し込まれる小さな音。

一瞬の間。

 

そして、ドアが開いた。

 

レイが部屋に入ってくる。

 

その瞬間、私は直感した。

 

――何かあった。

 

それは説明できる種類の確信ではない。

ただ、長く人間を観察してきた者だけが持つ、奇妙な感覚だった。

 

レイは私を見ると、軽く息を吐き、そしてすぐにスーツを脱ぎ始めた。

 

ネクタイを外す。

上着を脱ぐ。

 

そのスーツをソファへ放り投げた。

 

私はその光景を静かに見ていた。

 

レイは普段、こんなことはしない。

几帳面な男だ。スーツはきちんとハンガーに掛ける。

 

だが今日は違う。

 

そして彼は椅子に座り込むと、天井を見上げた。

 

大きなため息。

 

その姿を見た瞬間、私は確信した。

 

――やっぱり。

 

レイは今、何かを考えている。

 

話すべきか。

話さないべきか。

 

その判断を迷っている時、彼は必ず天井を見る。

 

それを私は知っている。

 

長い時間を一緒に過ごしてきたからだ。

 

私は静かに口を開いた。

 

「何かあったの?」

 

疑問形ではあるけれど、私の中ではほとんど確信だった。

 

レイは少しだけ沈黙してから言った。

 

「偶然、バスジャックに巻き込まれた」

 

私は一瞬、言葉を失った。

 

――偶然?

 

その言葉が、私の頭の中で妙に引っかかった。

 

けれど、私はすぐには追及しなかった。

 

私は立ち上がり、キッチンの方へ向かった。

 

コーヒーを作る。

 

インスタントコーヒー。

レイはコーヒーにこだわりがない。

 

お湯を注ぎながら、私は考える。

 

偶然。

 

捜査官だった頃、その言葉はあまり信用していなかった。

 

事件の世界では、偶然というものは驚くほど少ない。

 

多くの出来事は、必然の形をしている。

 

私は背を向けたまま聞いた。

 

「バスジャック?」

 

レイは答える。

 

「ああ。二日前に銀行を襲った犯人が、今度はバスジャックさ」

 

「日本も怖い国になったものだ」

 

私は小さく息を吐いた。

 

レイはアメリカで捜査をしていた男だ。

世界の犯罪を知っている。

 

アメリカでは、四十秒に一人が誘拐される。

 

それに比べれば、日本は驚くほど平和だ。

 

だからこそ、彼はこう言うのだろう。

 

けれど、私の思考は別のところに向かっていた。

 

――偶然?

 

もしレイが誰かを調べていたとしたら。

 

そして、その対象がそのバスに乗っていたとしたら。

 

そして、その人物が死んだとしたら。

 

それは偶然ではない。

 

必然だ。

 

私はコーヒーを二つ持ってテーブルへ戻った。

 

「そのバスに、あなたも乗ってたの?」

 

なるべく自然な声で聞く。

 

レイは答えた。

 

「そうさ」

 

「結局犯人はバスから飛び降りて、車に轢かれたけどね」

 

私は一瞬、動きを止めた。

 

犯人は死んだ。

 

事件は事故で終わった。

 

あまりにも綺麗な結末。

 

私はカップをテーブルに置いた。

 

「その犯人、死んだの?」

 

レイは肩をすくめた。

 

「ああ、多分な」

 

「関わらない方がいいと思って見届けなかった」

 

その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かがはっきりした。

 

――やっぱり。

 

私は思わず口に出していた。

 

「それって、本当に偶然だったのかしら?」

 

レイの表情が変わった。

 

驚き。

 

そして、わずかな警戒。

 

私は続ける。

 

「誰かを調べていて、そのバスに乗ったんでしょ?」

 

「そこで犯罪者が死んだ」

 

「……そういうことじゃないの?」

 

レイはうつむいた。

 

その沈黙が、ほとんど答えだった。

 

やがて彼は顔を上げた。

 

「君は確かに優秀なFBI捜査官だった」

 

その言葉を聞いた瞬間、胸が少し痛んだ。

 

「でも今は違う」

 

「君は僕のフィアンセだ」

 

「もう捜査官じゃない」

 

――しまった。

 

踏み込みすぎた。

 

私はコーヒーを見た。

 

すっかり冷めている。

 

気づけば、私は彼に渡すのを忘れていた。

 

私はそれをテーブルに置いた。

 

レイは続ける。

 

「キラ事件には口を出さない」

 

「危険なことはしない」

 

「そう約束しただろう」

 

私は椅子に座った。

 

「分かったわ」

 

「つい癖で……ごめんなさい」

 

レイが私を心配していることは分かっている。

 

彼は優しい人だ。

 

本当に優しい。

 

日本人の男性より、日本人らしいほど真面目な人。

 

だから私は彼と結婚しようと思った。

 

だから両親にも紹介できると思った。

 

レイは少し笑った。

 

「ああ……ごめん」

 

「そんなに気にするな」

 

「家族ができたら忙しくなる」

 

「捜査官の癖なんて出る暇もなくなるさ」

 

そして彼は話題を変えた。

 

「それより」

 

「君のお父さんに何て挨拶したら好感度が上がるかな」

 

私は思わず笑った。

 

「ふふふ」

 

今日、初めての笑顔だった。

 

けれど。

 

私の頭の中では、別の思考が静かに動いていた。

 

レイは何かを隠している。

 

それは間違いない。

 

バスジャック。

 

偶然。

 

犯人の死。

 

そして。

 

キラ事件。

 

それらがどこかで繋がっている。

 

そんな気がしてならない。

 

私はコーヒーを一口飲んだ。

 

もう冷めていた。

 

そして、心の中で静かに思った。

 

――レイ。

 

あなたはいま、何を追っているの?

 

その答えは、まだ見えない。

 

けれど。

 

かつて捜査官だった私の直感が、静かに囁いていた。

 

この出来事は、まだ終わっていない。

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