Lがデスノートを拾った世界   作:梅酒24

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21冊目:信条

机の上にノートを広げたまま、私はしばらく指を止めていた。

 

静かな部屋だった。

しかし静寂というものは、ただ音が無いだけではない。

思考が深く潜るとき、世界そのものが息を潜める。そんな感覚がある。

 

今、私の頭の中にはいくつもの線が走っていた。

それは糸のように細く、しかし確実にどこかへと繋がっている。

 

私はノートを見つめながら、今後の展開をどのルートに進めるべきかを考えていた。

 

背後で、リンゴをかじる音がする。

 

「さっそく、ライトと出会わせた捜査官の名前を書くって訳か?」

 

リュークの声だ。

無遠慮で、どこか楽しげな声。

 

私は顔を上げずに答えた。

 

「いや違いますよ」

 

黄色のマカロンを一つ、口に運ぶ。

甘さが舌に広がる。

 

続けて、隣にあった紫色のマカロンを口に入れた。

 

まだ黄色の甘味が残っているところへ、紫の風味が重なる。

二つの味が口の中で奇妙に混ざり合う。

 

私はその感覚を楽しみながら言った。

 

「彼の名前を書くのは、一週間後です」

 

リュークが首を傾げた気配がした。

 

「?」

 

無理もない。

死神にとって、人間の思考というものはしばしば理解不能だろう。

 

私は指先でノートの端を軽く叩きながら続けた。

 

「会ってすぐに書くよりも」

 

「もっと多くの警察関係者を動かしてからの方がいい」

 

「そして一週間後」

 

「彼の名前を書く時には――」

 

私は一瞬言葉を止めた。

 

「夜神月が、日本に入ったFBI全員の顔写真ファイルを入手してからです」

 

リュークは沈黙した。

 

理解できていない沈黙だった。

 

私は小さく笑った。

 

「まあ、楽しみはその時まで取っておいてください」

 

「いずれ分かります」

 

「まずは、刑務所の犯罪者で実験を続けます」

 

そう言いながら私はノートのページを指でなぞる。

 

そして心の中で思う。

 

――とりあえず横読みすると

 

「えるしっているか」

 

となる文章の続きを書いておきましょう。

 

その続きは。

 

「死神は」

 

「りんごしか食べない」

 

もちろん私は知っている。

 

だが重要なのは、私が知っていることではない。

 

警察がそれに気づくかどうかだ。

 

もしこの程度の仕掛けすら見抜けないのであれば。

 

その時点で。

 

彼らは捜査から切り捨ててもよい。

 

ピピピ。

 

ノートパソコンが音を立てた。

 

画面に、黒ずくめの男のアイコンが現れる。

 

「L」

 

私は一瞥した。

 

連絡が来ることは予測していた。

 

「なんだワタリ」

 

「また遺書のような物を残した犠牲者が出ました」

 

私は小さく息を吐いた。

 

――やっと見つけたのか。

 

予想よりも遥かに遅い。

 

私は言った。

 

「画像を送ってくれ」

 

数秒後、画面に文字が表示された。

 

私はそれを読み上げる。

 

「死神は……」

 

私はわざと少し考えるような声で言った。

 

「死神が存在するとでも言いたいのか?キラ……」

 

ワタリとの通話中だからだ。

 

探偵という職業は、時に芝居が必要になる。

 

その背後で、リュークが大声で笑った。

 

「おいおい、それをお前が言うか」

 

私は横目で彼を見た。

 

なるほど。

 

人間のすっとぼけというものは、死神にとっても滑稽らしい。

 

私は淡々と言った。

 

「ワタリ」

 

「これからも何か書き残す者が出るかもしれない」

 

「刑務所から目を離さないよう警察に伝えてください」

 

「分かりました」

 

通信が切れる。

 

私は少しだけ肩を落とした。

 

――刑務所をきちんと監視していれば

 

もっと早く連絡が来ていたはずだ。

 

警察という組織は、どうしてこうも鈍いのだろう。

 

私はピンク色のマカロンを口に入れた。

 

甘さが広がる。

 

そして思考を切り替える。

 

――さて。

 

問題の本質に戻ろう。

 

私は今、犯罪者を裁いている。

 

だが。

 

私は犯罪者が一人もいない世界を作りたいわけではない。

 

そんな世界は非現実的だ。

 

人間という生き物は、必ず罪を犯す。

 

しかし。

 

このノートを使うと決めた以上。

 

誰かを殺さなければならない。

 

その事実だけは変わらない。

 

では。

 

誰を殺すのか。

 

犯罪者だから殺していいのか?

 

もちろん違う。

 

犯罪者も。

 

一般人も。

 

同じ人間だ。

 

だが。

 

もし世間にアンケートを取ればどうなるか。

 

「犯罪者と、犯罪を犯したことのない人」

 

どちらが死ぬべきか。

 

おそらく。

 

多くの人間は前者を選ぶ。

 

つまりこれは。

 

一般論だ。

 

私はその一般論に乗ることにした。

 

深く考えないために。

 

もちろん。

 

無罪で逮捕された者もいるだろう。

 

運が悪く、このノートで死ぬ人間もいるだろう。

 

しかし。

 

それは。

 

統計の誤差だ。

 

私はさらに考える。

 

もし本当に平等を求めるなら。

 

ダーツを投げて。

 

刺さった人間を殺す方法もある。

 

それはある意味、最も公平だ。

 

私はふと昔の記憶を思い出した。

 

適当に投げたダーツが、体格のいい不良青年の写真に刺さった。

 

確か。

 

どこかのアイドルグループのメンバーのあだ名に似ていた気がする。

 

だから少しだけ記憶に残っている。

 

だが私はその方法を選ばなかった。

 

理由は単純だ。

 

統一感。

 

犯罪者だけを殺す。

 

そうすれば。

 

犯人像が出来上がる。

 

狂った正義感の持ち主。

 

悪を根絶しようとする存在。

 

警察は犯罪者に注目する。

 

一般人は恐れる。

 

犯罪をすれば殺されるかもしれない。

 

それだけで抑止力になる。

 

しかし。

 

ここで問題がある。

 

普通に考えれば。

 

警察は犯罪者を重点的に調べるべきだ。

 

だが日本の警察は違った。

 

私が再三忠告したにもかかわらず。

 

横読みメッセージすら自力で見つけられなかった。

 

私が誘導して、ようやく気づいた。

 

私はノートを閉じた。

 

そして静かに呟いた。

 

「私の実験で重要なのは」

 

「正確な情報です」

 

警察が犯罪者に注目しなければ。

 

実験のデータが歪む。

 

だから私は。

 

警察の視線すらも。

 

設計する。

 

世界は盤上だ。

 

犯罪者は駒。

 

警察も駒。

 

FBIも駒。

 

そして。

 

夜神月も。

 

私は椅子の背にもたれた。

 

そして静かに笑った。

 

「さて」

 

「次の一手は――」

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