一週間後。
その日、私は椅子に深く沈み込みながら、部屋の中央に設けられたモニターの光景を眺めていた。
もちろん私はそこにはいない。
だが、そこにいるふりはしている。
それが「L」という存在だ。
世界最高の名探偵。
姿を見せない推理の怪物。
そして――
私は心の中で静かに笑う。
同時に、キラでもある。
この二重の仮面は、実に愉快だ。
いや、愉快というより、むしろ奇妙な芝居と呼ぶべきだろう。
私は舞台の外に立ちながら、舞台の上の役者を演じている。
観客は誰一人、そのことに気づかない。
モニターの向こうでは、日本警察の会議室が混乱に包まれていた。
夜神総一郎の額から汗が流れ落ちる。
「何?FBIが?」
部下が慌てた声で言う。
「はい!東京で四人、神奈川で二人、千葉・埼玉で一人ずつ!皆、心臓麻痺です!」
室内にざわめきが走る。
「FBI捜査官が日本で心臓麻痺?」
「なんだって?」
人間というものは面白い。
一人が混乱すると、それは瞬く間に伝染する。
理性など、実に脆いものだ。
ワタリは静かにノートパソコンを閉じ始めた。
「その捜査官の手帳から、日本警察を調べていた形跡が……」
「ど……どういうことだ?」
「今すぐFBIに連絡を取れ!」
声が飛び交う。
混乱。
疑念。
恐怖。
私はその光景を見ながら、椅子の上で膝を抱えた。
実に素晴らしい。
まるで私が仕組んだ劇のようだ。
いや。
もちろん――
私が仕組んだのだが。
ワタリは何も言わず部屋を出た。
廊下は静かだった。
ピピピ。
携帯電話が鳴る。
「ワタリ。私だ。Lに繋いでくれ」
FBI長官の声。
私はその声を聞いた瞬間、ほんのわずかに目を細めた。
――来ましたね。
筋書通りです。
ワタリは私に回線を繋ぐ。
「L、日本から捜査官が死亡したとの知らせが入った」
長官の声には緊張があった。
私は耳を澄ませる。
呼吸。
声の高さ。
言葉の速さ。
どれもわずかに乱れている。
「念の為、日本に入った捜査官十二人全員に連絡を取ったが……誰とも連絡が取れない」
私はゆっくりと言った。
「キラに全員殺されたとしか思えませんね」
――もちろん。
私が殺したのですが。
だが、その事実は世界のどこにも存在しない。
それがデスノートの恐ろしいところだ。
私は声の調子を整えた。
「長官、落ち着いて聞いて下さい」
長官は落ち着こうとしている。
だが、完全ではない。
声が少し高い。
呼吸が荒い。
話す速度が早い。
つまり彼は、必死に冷静を装っているだけだ。
私は話を短く終わらせるため、核心を突く質問をした。
「日本に入った捜査官全員の顔を知っている者は?」
「いや……」
「そのファイルを持っている者は?」
長官が答える。
「昨日までは私だけだったのだが……」
私はわざと聞き返す。
「昨日までは?」
もちろん分かっている。
だが、推理というものは相手に語らせることが重要だ。
長官が言う。
「今日、日本に入った仲間を確認したいと言う者がいて、その捜査官にファイルを送った……」
私は声を張り上げた。
「それです!!」
わざとだ。
少しオーバーに。
舞台の俳優のように。
背後でリュークが笑っている。
「とんだ茶番だな」
私は続ける。
「キラはその捜査官に接触し!」
「何らかの方法でそのファイルを盗み見た!!」
もちろん。私だ。
だが私は続ける。
「ファイルを送った捜査官は誰ですか?」
長官は沈黙した。
ほんの少し。
だが私はもう答えを知っている。
「その捜査官は……」
そして。
「日本に入った捜査官全員だ」
私は静かに言った。
「全員……」
長官は説明する。
「急に皆、日本に入った仲間を知りたいと言い出した」
「私は、彼らが皆でファイルを共有するつもりだと思った」
私は心の中でため息をついた。
――なるほど。
確認もしなかったのですね。
それでFBI長官とは。
驚くべき組織だ。
長官は続ける。
「最初の四人には私が直接ファイルを送り」
私は頭の中で補足する。
――そして残りは。
面倒になって。
その四人から回させた。
長官は言った。
「あとは残りの者へ渡せと指示した」
私はしばらく黙った。
そして言う。
「つまり」
「全員がファイルを持っていた」
私はゆっくり続ける。
「もしキラが」
「死の直前の行動を操れるとしたら」
「誰かのファイルを見た後」
「全員にファイルを持たせることも可能です」
長官が沈黙する。
私は待った。
この言葉を。
「L……申し訳ないが」
――来ましたね。
筋書通り。
「FBIは日本での捜査を打ち切る」
私は静かに頷いた。
長官の声は、少し軽くなっていた。
私は思う。
――今、この男は安心している。
もちろん表向きの理由は並べるだろう。
捜査官の安全。
国際問題。
情報不足。
だが本当の理由は一つだ。
自分が死にたくない。
それだけだ。
私は小さく呟いた。
リュークだけに聞こえる声で。
「この長官は」
「今、安堵しているでしょうね」
「理由は立派な言葉で並べるでしょうが」
私は肩をすくめた。
「結局は」
「自分の命が惜しいだけです」
リュークは腹を抱えて笑った。
そして私は、再び椅子の上で膝を抱えた。
名探偵Lはキラを追う。
だがその実態は。
キラがキラを追っている。
私は口元を少し歪めた。
世界中の警察が必死に追っている怪物。
その怪物は今――
この部屋で、静かにマカロンを食べている。