Lがデスノートを拾った世界   作:梅酒24

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26冊目:射殺

「おっ。これって……あの時のやつか……?」

 

 

モニターの青白い光が、薄暗い部屋の空気を静かに照らしている。

ホテルの一室。

外界から切り離された、思考のための密室。

 

私は椅子の上でいつものように膝を抱え込み、顎をその上に乗せながら画面を見つめていた。

甘い菓子の皿は既に半分ほど空になっている。

 

画面に映っているのは――

 

バスジャック事件の映像。

 

私は同じ場面を何度も巻き戻していた。

 

何度も。

 

何度も。

 

何度も。

 

普通の人間なら一度見れば済む映像でも、私にとっては違う。

事件の真実というものは、往々にして、こうした些細な映像の片隅に潜んでいる。

 

人は真実を隠す。

しかし。

 

無意識は嘘をつけない。

 

この映像は、ウェディが取り付けた監視カメラのものだ。

彼女は小柄で俊敏な女だが、その仕事は極めて正確である。

 

設置から回収まで、完璧だった。

 

私は指先で再生ボタンを押した。

 

――あの男は……

 

画面の中に、ある人物が映る。

 

私は机の上に置いてあるファイルを手繰り寄せた。

 

分厚い書類の束。

そこにはFBI捜査官と書かれている。

 

パラ……

パラ……

 

紙をめくる音が、静かな部屋に妙に大きく響く。

 

そして。

 

あるページで手が止まった。

 

――レイ=ペンバー。

 

私は目を細めた。

 

日本に入った十二人の捜査官の一人。

 

私は再び映像を見る。

 

――たまたま居合わせたのか……?

 

バスの乗客は少ない。

 

空席がいくつもある。

 

にもかかわらず。

 

レイ=ペンバーは、ある席に座る。

 

前には若い男女のカップル。

 

そして。

 

その真後ろの席。

 

私は顎を膝に押しつけながら、小さく息を吐いた。

 

――妙ですね。

 

心理というものは、面白い。

 

人間は基本的に、他人と距離を取りたがる生き物だ。

 

例えば電車。

 

空席が多い状況で、見知らぬ人の隣に座る人間は少ない。

ほとんどの人は、空いている席を選ぶ。

 

私は再び映像を見る。

 

空席は多い。

 

だがレイ=ペンバーは。

 

わざわざカップルたちの真後ろに座る。

 

これは偶然か?

 

私は首を小さく傾けた。

 

――偶然ではありませんね。

 

そこへ。

 

画面の中で、夜神月が話し始める。

 

私はその言葉をじっと聞いた。

 

「乗客は犯人を除いて七人」

 

「空席の方が多い状況」

 

「なのに僕たちの真後ろに座る」

 

「違和感を感じます」

 

私は思わず口元を歪めた。

 

――ほう。

 

画面の中の青年は続ける。

 

「電車でも空席があるのに見知らぬ人の横に座ることはほとんどない」

 

「心理的に空いている席に座る」

 

「しかし理由があれば別だ」

 

そして。

 

その言葉は、鋭い刃のように落ちた。

 

「この状況で真後ろに座るのは理由がある」

 

「つまり共犯だからだ」

 

私は目を細めた。

 

画面の中の月は、穏やかな表情のまま言う。

 

「どうしました?」

 

「図星でした?」

 

沈黙。

 

映像はそこで止まる。

 

私はしばらく画面を見つめたままだった。

 

そして、ゆっくり呟いた。

 

――夜神月。

 

――鋭い洞察力ですね。

 

その思考は、かなり論理的だ。

 

高校生にしては出来すぎている。

 

私は机の上の資料を引き寄せた。

 

――少し。

 

――調べてみますか。

 

その時、別の報告が入った。

 

FBI捜査官、全員死亡。

 

それは警察内部に、静かな恐怖を生んだ。

 

FBIが殺された。

 

ならば次は。

 

警察かもしれない。

 

警察庁では動揺が広がっていた。

 

夜神総一郎は部下たちの前に立ち、静かに言った。

 

「自分の人生や家族を考えて」

 

「捜査から外れたい者は外れてくれ」

 

結果。

 

残ったのは――

 

五人。

 

夜神総一郎。

松田。

相沢。

宇生田。

模木。

 

その覚悟を認め、私は彼らをホテルへ招いた。

 

部屋のドアが開く。

 

私は立っていた。

 

白いロングTシャツ。

 

白いズボン。

 

裸足。

 

髪は相変わらずボサボサだ。

 

私は右足の指で左足のかゆいところを掻いていた。

 

警察官たちは順番に挨拶する。

 

まず夜神総一郎。

 

警察手帳を開き、私に見せた。

 

「警察庁の夜神です」

 

続いて。

 

「松田です」

 

「相沢です」

 

「宇生田です」

 

「模木です」

 

私は彼らの顔をじっと見た。

 

無言で。

 

じっと。

 

観察する。

 

――警察庁の人間は……

 

――馬鹿なのか?

 

私は右手を上げた。

 

人差し指を伸ばす。

 

拳銃の形。

 

そして。

 

夜神総一郎に向けて。

 

「バーーーン!!」

 

私は銃を撃つ真似をした。

 

相沢が怒鳴った。

 

「何ふざけてるんだ!!」

 

私は顔を近づけて言った。

 

「もし私がキラだったら」

 

「死んでますよ?」

 

「夜神総一郎さん」

 

部屋の空気が凍る。

 

――もちろん。

 

殺すつもりはありませんが。

 

夜神総一郎は息を飲んだ。

 

その通りだったからだ。

 

警察内部では。

 

L=キラ説も囁かれている。

 

私は静かに彼らを見渡した。

 

この中に。

 

裏切り者はいるのか。

 

それとも。

 

本当にただの正義の警察官なのか。

 

私は甘い菓子を一つ口に入れながら思った。

 

――さて。

 

――ゲームを始めましょうか

 

私は夜神総一郎の顔をじっと見つめていた。

 

人間の顔というものは、思っている以上に多くのことを語る。

恐怖、決意、迷い、偽装。

 

それらは言葉よりも先に、表情の筋肉に現れる。

 

キラ事件が始まって以来、私は何百人という人間の顔を見てきた。

犯罪者、警察官、政治家、記者。

 

そして今、私の前には五人の警察官がいる。

 

命を賭けてキラを追うと決めた者たち。

 

――本当にそうでしょうか。

 

私は声のトーンを少し落とした。

思考をそのまま言葉に落とすように、ゆっくりと話す。

 

「キラが殺人に必要なのは顔と名前」

 

一瞬だけ間を置く。

 

「そんなことは、もう分かっているはずです」

 

常識的に考えれば。

 

顔と名前だけで人が死ぬなどという話は、荒唐無稽な怪談の類だ。

 

呪い。

妖怪。

古典的な迷信。

 

だが。

 

現実はどうだ。

 

世界中の犯罪者が、同じように死んでいる。

 

心臓麻痺。

 

顔と名前が報道された直後に。

 

私は続けた。

 

「常識的に考えれば」

 

「顔と名前だけで人は殺せません」

 

「しかし現実に、今それだけの情報で犯罪者が死んでいる」

 

私は彼らを見渡す。

 

「ならば」

 

「これはそういう殺人方法だと考えるしかない」

 

部屋の空気が少しだけ重くなった。

 

論理というものは、ときに恐ろしい。

人は理屈で追い詰められると、超常現象さえ受け入れざるを得なくなる。

 

私は言った。

 

「命を張って捜査する者は、もう我々だけです」

 

「不用意に名前を出さないでください」

 

「命は大切にしましょう」

 

松田が首を傾げた。

 

この男は、ある意味で貴重な存在だ。

思ったことをそのまま口に出す。

 

「名前が必要?」

 

「顔は聞いていましたが、そんな話出てましたっけ?」

 

総一郎が答えた。

 

「名前が分からない」

 

「あるいは名前を間違われて報道された大物犯罪者」

 

「その全員が死を免れている」

 

「本部でも言われていたことだ」

 

私は彼らの会話を背中で聞いていた。

 

椅子には座らない。

 

私は床にしゃがみ込み、膝を抱えたまま体を揺らしている。

 

後ろ向きのまま。

 

それでも、彼らの表情は見えている。

 

鏡越しに。

 

ガラス越しに。

 

人の反応は観察できる。

 

――警察庁のレベルを測るには。

 

――このくらいの距離がちょうどいい。

 

私は彼らを席に座らせた。

 

テーブルの上にはティーカップが五つ。

 

私は椅子の上に体育座りで腰掛けた。

 

「適当に掛けてください」

 

松田は一瞬、突っ込みたそうな顔をした。

 

だが、別のことを言った。

 

「今思ったのですが」

 

「顔と名前が必要なら」

 

「メディアの犯罪者報道を規制すれば」

 

「犠牲者を抑えられませんか?」

 

その瞬間。

 

他の四人の表情が明るくなった。

 

「松田の言う通りだ」

 

「確かに」

 

「気付かなかった」

 

私は黙った。

 

数秒。

 

沈黙。

 

――この人たちは。

 

――その先を考えないのですか。

 

私はゆっくり言った。

 

「そんなことをしたら」

 

「一般人が殺されます」

 

四人が同時に顔を上げた。

 

「一般人?」

 

「なぜ?」

 

私は視線を少し落とした。

 

そして呟くように言う。

 

「キラは幼稚で負けず嫌いです」

 

少し笑う。

 

「そう」

 

「私も幼稚で負けず嫌いです」

 

だから分かる。

 

キラの思考が。

 

私は思い出す。

 

リンド・L・テイラー事件。

 

あの瞬間。

 

キラは試された。

 

挑発された。

 

そして。

 

ためらわずに殺した。

 

私は言った。

 

「それまで犯罪者しか殺していなかったと思われるキラは」

 

「テレビに出たテイラーを即座に殺しました」

 

「そして私が」

 

「キラは関東にいる」

 

そう言った瞬間。

 

犯罪者の死亡は、日本へ集中した。

 

これは何を意味するか。

 

単純だ。

 

キラは挑発に反応する。

 

私は続ける。

 

「もしメディア規制をしたら」

 

「キラはこう考える」

 

私はキラの声を真似するように言った。

 

「悪人を出さないなら」

 

「罪の軽い者」

 

「あるいは」

 

「罪のない者を殺す」

 

部屋の空気が凍る。

 

私は肩をすくめた。

 

「それがキラです」

 

そして。

 

私は次の案を口にする。

 

「どうせマスコミを使うなら」

 

「こういうのはどうでしょう」

 

私は指を立てた。

 

「FBI殺しにアメリカ激怒」

 

「世界中から」

 

「捜査官一五〇〇人」

 

「日本に投入」

 

部屋が静まり返る。

 

私は淡々と言う。

 

「これでキラは」

 

「外にいる人間すべてが敵に見える」

 

「心理的に追い詰められる」

 

「そして必ず」

 

「何らかの反応をする」

 

沈黙。

 

長い沈黙。

 

冷蔵庫のコンプレッサーの音が、小さく唸っている。

 

総一郎たちは私を見ていた。

 

尊敬。

 

驚愕。

 

恐怖。

 

そのすべてが混ざった目だ。

 

松田が笑った。

 

「面白い……」

 

「実際は七人しか動いてないのに一五〇〇人か」

 

「FBIと違って実在してないし」

 

「リスクも少ない」

 

総一郎は深く頷いた。

 

「さすがだ竜崎」

 

「この案、すぐ上に掛け合ってみる」

 

竜崎。

 

それが今の私の名前だ。

 

私は黙った。

 

――なんなんでしょう。

 

――日本の警察庁は。

 

この案は。

 

キラを欺くためのただの心理操作だ。

 

子供騙しに近い。

 

本来なら。

 

もっと疑うべきだ。

 

だが。

 

彼らは素直に信じている。

 

私は静かに言った。

 

「キラがこれに反発したら」

 

「どうなりますかね?」

 

松田が答えた。

 

「反発しようにも……」

 

言葉が続かない。

 

私は彼らを観察した。

 

一人一人。

 

目。

 

呼吸。

 

指の動き。

 

――この中に。

 

――私のスケープゴートになれる人物は。

 

……いませんね。

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