Lがデスノートを拾った世界   作:梅酒24

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27話目:鳥眼

僕はモニターの前で、ほとんど身動きもせずに座っていた。

 

机の上には冷えたコーヒー。

飲みかけのまま、もう二時間ほど放置されている。

 

視線はずっと同じ映像に固定されていた。

 

――バスジャック事件の映像。

 

もちろん、父のパソコンから手に入れたものだ。

警察庁の内部資料。

普通の人間なら決して見ることのできないデータ。

 

だが、僕にとってハッキングなど特別な行為ではない。

ただの手段にすぎない。

 

僕は再生バーを少し戻した。

 

同じ場面を、何度も、何度も、何度も見ている。

 

研究者というものは、往々にして異常な執着を持つ。

普通の人間が見逃す些細な違和感を、徹底的に掘り下げる。

 

そして今、僕の頭の中にはひとつの疑問が渦巻いていた。

 

――気になる場所がある。

 

映像の中で、犯人が舌打ちをする。

 

「けっ……」

 

男は苛立ったように紙を睨む。

 

「買い物メモかよ」

 

紙をぐしゃりと握り潰す。

 

「くだらねぇ」

 

その目が、乗客を一人一人舐め回すように見ていく。

 

「いいか……」

 

「今度妙な動きをしたら――」

 

そして。

 

その瞬間だった。

 

男の目が止まる。

 

視線が後方へ固定される。

 

瞳孔が開く。

 

僕はそこで一時停止を押した。

 

画面を拡大する。

 

フレーム単位で確認する。

 

――明らかに。

 

――僕たちには見えない何かを見ている。

 

最初は、単純な推測だった。

 

あのバスはパニック状態だった。

犯人は麻薬中毒者。

 

だから。

 

幻覚。

 

それが一番合理的な説明に思えた。

 

だが。

 

僕はもう一度映像を再生する。

 

犯人の目。

 

その瞳孔の開き方。

 

僕は机に肘をついた。

 

――違う。

 

これは麻薬中毒者特有の反応ではない。

 

むしろ。

 

もっと動物的な反応だ。

 

例えば――

 

カラスの目。

 

鳥類は危険を察知すると、瞳孔が瞬間的に大きく開く。

捕食者を見つけたときの反応。

 

つまり。

 

犯人は何かを視認している。

 

「な……」

 

男の声が震える。

 

「なんだてめぇは!!」

 

突然叫ぶ。

 

「そこの一番後ろの奴!!」

 

画面の中でレイ=ペンバーが肩を震わせる。

 

――見られた?

 

彼はコートの内側に拳銃を隠している。

 

撃つべきか。

 

撃たないべきか。

 

その判断をする一瞬。

 

しかし。

 

犯人の指は。

 

レイとは別の方向を指している。

 

「ふざけやがって……!」

 

男は後ずさる。

 

「い……いつからそこにいたァァ!!」

 

僕は映像を止めた。

 

そして後部座席の画面を拡大する。

 

犯人から見て。

 

後頭部の右側にはレイ=ペンバー。

 

左側には。

 

――顔が映っていない人物。

 

座り方は。

 

体育座り。

 

髪はぼさぼさ。

 

それだけ。

 

それ以上の情報は何もない。

 

カメラの角度。

 

乗客の影。

 

座席の死角。

 

すべてが絶妙に重なり。

 

顔だけが映っていない。

 

僕は小さく息を吐いた。

 

――これは偶然か?

 

僕自身も、その人物を一瞬しか見ていない。

 

しかも。

 

バスのカメラには一度も顔が映っていない。

 

それは確率的にどれほどのものだろう。

 

僕はさらに映像を確認する。

 

犯人の視線。

 

それは後部座席の中央に向いている。

 

だが。

 

そこには誰もいない。

 

僕は別の作業に移った。

 

映像の明度を変える。

 

ノイズを除去する。

 

音声を分解する。

 

周波数分析。

 

不可解な音がないか。

 

だが。

 

結果はすべて同じだった。

 

何もない。

 

僕は椅子にもたれた。

 

そして思った。

 

人間は、視覚についてほとんど理解していない。

 

例えば。

 

利き目。

 

片目を隠して文字を見るだけで分かる簡単なものだ。

 

だが。

 

それすら知らない人間が大半だ。

 

僕はさらに思考を進める。

 

色。

 

この世界の色とは何だろう。

 

人間は世界をカラフルだと思っている。

 

しかし。

 

本質的には違う。

 

世界はただ光を反射しているだけだ。

 

犬や猫は白黒の世界を見ていると言われる。

 

それはある意味で正しい。

 

色とは。

 

脳が作る錯覚だ。

 

人間は三種類の錐体細胞。

 

赤、緑、青。

 

その組み合わせで色を認識する。

 

だが。

 

それは決して優れた能力ではない。

 

例えば。

 

トナカイ。

 

カラス。

 

亀。

 

これらの生物は。

 

紫外線を見ることができる。

 

紫外線。

 

人間には透明に見える光。

 

だが実際には。

 

紫色だ。

 

ただ。

 

人間の目がそれを認識できないだけだ。

 

つまり。

 

世界には。

 

人間には見えない色が存在する。

 

動物が突然何かに反応する。

 

人間には何も見えない。

 

だが彼らには見えている。

 

それは珍しいことではない。

 

僕は机の横のケージを見た。

 

中で。

 

数匹のカラスが鳴いている。

 

そう。

 

僕はカラスを捕まえてきた。

 

トナカイはさすがに無理だった。

 

亀は反応するか分からない。

 

だから。

 

カラス。

 

実験は簡単だった。

 

問題の映像を再生する。

 

その瞬間。

 

カラスたちは一斉に騒ぎ始めた。

 

カアカアと。

 

まるで。

 

何かを恐れるように。

 

僕は静かに呟いた。

 

つまり。

 

そこには。

 

人間の見えない何かがいた。

 

この現象をキラと結びつけるのは。

 

確かに強引かもしれない。

 

だが。

 

キラの殺しは。

 

すでに合理性の外にある。

 

常識を越えている。

 

だから。

 

もう一つ。

 

思い当たるものがある。

 

囚人が残したメモ。

 

僕はその言葉を思い出す。

 

「えるしっているか」

 

「死神は」

 

「りんごしかたべない」

 

僕はゆっくり呟いた。

 

――死神。

 

もし。

 

あのバスに。

 

死神が乗っていたとしたら。

 

そして。

 

何らかの理由で。

 

犯人を死に導いたとしたら。

 

それは。

 

荒唐無稽な空想だろうか。

 

僕は首を横に振る。

 

いいや。

 

少なくとも。

 

カラスの実験によって。

 

人間に見えない何かが存在する可能性は示された。

 

それが何なのか。

 

まだ分からない。

 

だが。

 

僕の直感が告げている。

 

この不可解な現象。

 

キラ。

 

死神。

 

それらは。

 

どこかで繋がっている。




別のベクトルからの死神の見つけ方
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