真っ白な情景の中に、僕たち二人の影だけが浮かんでいた。
雪だ。
空から落ちる白い粒が、街を静かに覆い尽くしている。
歩道も、街路樹も、車道の端も、すべてがぼんやりと白く滲んでいる。
僕と彼女は、その中を並んで歩いていた。
高層ビルの影に入ると、急に空気が冷たくなる。
僕は無意識にポケットへ手を入れた。
――結論は間違っている。
推理の過程は、ほぼ真実だ。
僕は彼女の横顔をちらりと見た。
この女は、危険だ。
もし――
キラ=Lならば。
彼女は始末される可能性がある。
いや。
それだけではない。
死の時間や行動を操れるならば、
婚約者を失った女性という状況は、むしろ都合がいい。
絶望した婚約者。
自殺。
そういう筋書きに仕立てることも可能だ。
つまり。
彼女は、簡単に消される。
(警察にこの情報が伝わってはいけない)
僕は瞬時に結論を出した。
だが。
問題はそこからだった。
彼女を警察へ行かせない。
そのための言葉が――
すぐに思いつかない。
これは珍しいことだった。
僕は基本的に、会話の組み立てを瞬時に作れる。
だが今回の相手は、
警戒心が強い。
下手な言葉を使えば、
むしろ疑われる。
だが――
時間さえあれば。
誘導できる。
その自信はあった。
僕は道路脇で立ち止まった。
ポケットからメモ帳とペンを取り出す。
「あなたの話をもう一度、よく検証したいのですが……」
彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
それから僕は、彼女の話を整理する形で質問を続けた。
バスジャック事件。
そして――
彼女の名前。
間木照子。
彼女は淡々と話していた。
声は落ち着いている。
表情も変わらない。
隙がない。
まるで。
書類の報告でもしているかのようだ。
(これ以上は同じ話になる)
僕はそう判断した。
そして。
彼女も同じ結論に達したらしい。
「そろそろ戻ってみます」
彼女は言った。
「もう誰かいるかもしれません」
「えっ」
思わず声が出た。
――くそっ。
引き止めるのも不自然だ。
どうする。
このままじゃ。
落ち着け。
相手は女だ。
最悪の場合――
力づくで。
(馬鹿な)
僕はすぐにその考えを打ち消した。
今日は正月。
普段より人は少ないが、
それでも周囲に人はいる。
それに。
Lがキラというのは、
あくまで可能性だ。
まだ確定ではない。
しかし。
僕は歩きながら考え続けていた。
そのせいか。
気がつくと。
彼女との距離が少しずつ離れていた。
白い雪の道の中で。
彼女の背中が、ゆっくり遠ざかる。
そのとき。
僕の中で。
奇妙な感覚が生まれた。
――彼女をLの所へ行かせてはいけない。
理由は説明できない。
いわゆる。
男の直感。
だが僕は、直感というものを非合理的だとは思っていない。
むしろ逆だ。
直感とは。
人間の脳に蓄積された膨大な情報と経験が、
一瞬で計算を終えた結果だ。
つまり。
最も合理的な答えが瞬時に出ている状態。
僕は足を止めた。
その瞬間。
頭の中で、何かが繋がった。
そうか。
女の直感を使えばいい。
現時点で。
彼女は僕を信用していない。
興味もない。
それは彼女の話し方で分かる。
淡々としている。
感情がない。
まるで事務処理だ。
だが。
もし。
彼女が興味を持つ話をすれば。
そして。
彼女自身の心情を細かく読み取りながら、
その感情をくすぐり続ければ。
突破口は生まれる。
そして。
彼女が。
女の直感で僕を信用できると判断すれば。
警察には行かない。
僕は彼女に声をかけた。
「本部に誰もいないというのは、おかしいと思いませんか?」
彼女は振り向いた。
「ええ」
少し考えてから言う。
「変だとは思いました」
(よし)
僕は心の中で頷いた。
まず「はい」と言わせる。
それが重要だ。
一度肯定させれば、
次の話は自然につながる。
たとえそれが嘘でも。
一貫性が生まれる。
僕は言った。
「キラ事件の捜査本部は」
「担当する人間が分からないシステムを取っているんです」
本当は知らない。
だが。
父さんに電話が繋がらない。
受付ですら居場所が分からない。
この状況から考えれば――
その可能性は高い。
そして。
偶然にも。
それは事実だった。
彼女の表情がわずかに動いた。
ほんの少し。
だが確実に。
心が揺れた。
(まだだ)
僕は思った。
まだ足りない。
彼女は簡単な女ではない。
もっと。
押す必要がある。
僕は彼女の情報を思い出した。
婚約者。
FBI。
殺された男。
そのとき。
閃いた。
そうだ。
これだ。