「捜査している人間が、一般人でも分かるようなずぼらな体制では――」
僕はゆっくり言葉を選びながら続けた。
「あなたの婚約者を襲った悲劇を、また繰り返すこともある」
雪は相変わらず静かに降っている。
その白い静寂の中で、僕の声だけが妙にはっきり響いた。
「だから警察庁で“本部に誰もいない”と言われたんです。警察庁の受付の人間ですら、本部の人間がどこにいるか知らない。つまり……」
僕は頭の中で、物語を組み立てていた。
筋が通る物語。
人は論理よりも、
納得できる物語に動かされる。
そして。
僕はあえて――
婚約者の話を出した。
悲劇。
その言葉は、彼女の心の奥に触れる。
悲劇を繰り返してはいけない。
それはきっと、
彼女が一番強く思っていることだからだ。
「永遠に」
彼女が言った。
「直接話をすることはできないということですね」
彼女は僕の目を見つめていた。
じっと。
逃げ場のない視線。
その瞳には、
ただの悲しみではない。
強い意志が宿っている。
――流れが変わった。
僕は確信した。
彼女は。
どうしてもキラを捕まえたい。
そして。
今、僕の話に食いついた。
ならば。
ここでやるべきことは一つ。
沈黙。
僕は何も言わなかった。
沈黙は、相手に質問を生ませる。
人は空白を埋めたくなる。
そして案の定。
彼女は口を開いた。
「なぜ、そんなに詳しく知っているんですか?」
来た。
僕の目がわずかに見開かれる。
「それは……」
僕は大きく息を吸った。
胸の奥が少しだけ熱くなる。
ここが正念場だ。
「僕も」
「捜査本部の一員だからです」
言葉は静かに出た。
しかし。
その一言は大きい。
僕は続けて説明した。
父が捜査本部の長であること。
そして。
高校生のときに二つの事件解決に関わったこと。
その結果。
特別に出入りを許されていること。
普通なら。
信じない。
高校生が捜査本部に出入りするなど、
荒唐無稽だ。
だが。
今回は違う。
彼女はすでに。
警察庁の受付で聞いている。
事件解決の話。
そして。
僕が夜神局長の息子であること。
つまり。
警察側の人間が、
僕の存在を認めている。
コネ。
そして実力。
その両方があるなら。
捜査本部にいてもおかしくない。
彼女なら、そう考える。
僕は心の中で安堵した。
これで。
うまく誘導すれば。
彼女がLに近づくことを防げる。
そう思った。
その瞬間だった。
「私も」
彼女が言った。
「二年前、アメリカのある事件でLの下で働いたことがあります」
僕の思考が止まった。
「この人は信頼できる」
彼女は言った。
「どんな事件でも、必ず解決してくれると確信しました」
「!!!!」
僕の中で何かが弾けた。
「Lの下で働いた!?」
「つい三か月前まで」
彼女は淡々と言う。
「私もFBIの捜査官でしたから」
――これだ。
僕の思考が一瞬で回転し始めた。
利用できる。
「なるほど……」
僕は感心したように言った。
「どうりで」
「キラを追う姿勢や行動が、素人とは違うと思っていました」
彼女を見つめる。
「核心に迫りながらも、常に慎重で賢明だ」
僕は微笑んだ。
「僕も見習いたいところです」
――相手を褒める。
持ち上げる。
これは。
父さんの部屋にあったゲームで学んだことだ。
女の子を攻略するゲーム。
あれは案外。
現実にも応用できる。
「あなたには」
彼女が言った。
「Lに似たもの……近いものを感じました」
その言葉は。
不思議な重みを持っていた。
二人は。
容姿も。
性格も。
まるで違う。
だが。
辿り着く思考の先は、同じ。
「!」
僕の胸の奥が一瞬ざわめいた。
――Lと同じ。
もし。
Lがキラなら。
僕も。
きっかけさえあれば。
キラになっていたかもしれない。
確かに僕は思ったことがある。
犯罪者がいなくなればいい。
だが。
だからといって。
犯罪者だとしても。
命を軽々しく奪っていいわけではない。
しかし。
彼女の言葉には。
妙な重みがあった。
僕は考えるのをやめた。
今は。
余計な思考は邪魔だ。
僕は彼女を見つめた。
そして。
自然に。
言葉が出た。
「一緒に捜査しませんか?」
自分でも驚くほど。
言葉は滑らかだった。
喉の奥から。
すっと出てきた。
僕は続けた。
運命。
偶然。
出会い。
そういう言葉を巧みに織り交ぜながら。
彼女の心を押していく。
そして。
彼女は。
少しずつ。
その気になっていった。
念のため。
僕は言った。
「身分証を見せてもらえますか」
彼女は迷わず差し出した。
それを見た瞬間。
僕は確信した。
この女は。
できる。
カードに書かれていた名前。
それは。
美空ナオミ。
偽名を使った理由など。
聞くまでもない。
その程度の慎重さを持つ女だということは――
もう。
十分に分かっていた。