公園の空気は冷えていた。
冬の午後は、どこか現実感が薄い。
白い空。
乾いた木々。
遠くで遊ぶ子供の声。
そのすべてが、まるで舞台装置のように思える。
僕はベンチに座りながら、スマートフォンを耳に当てていた。
その前に――
僕は美空ナオミさんに、知っていることをすべて話していた。
もちろん、それは慎重に選んだ言葉だった。
しかし内容は、ほとんど事実だ。
レイ=ペンバーに調べられていたのは僕自身であること。
そして僕自身はキラではないこと。
さらに――
L=キラという可能性を、僕が考えていること。
そして。
あのバスジャック事件で目撃した、
死神という存在。
普通なら笑い飛ばされる話だろう。
しかし美空さんは違った。
彼女はFBIだった。
常識の外にある出来事を、
完全に否定するような人ではない。
そして。
僕の話を聞いたあと、
彼女は少しだけ沈黙した。
それから静かに言った。
「予想通り……誰かが侵入した形跡があったのですか?」
僕は周囲を見回した。
公園には数人の人間がいる。
老人。
犬を散歩させる女性。
遠くのベンチでスマートフォンを見ている青年。
怪しい人物はいない。
そう確認してから、僕は答えた。
「ええ」
僕はゆっくり言葉を選んだ。
「確か美空さんは、僕の家を別の場所から監視カメラで撮影していましたよね?」
わざと少し軽い口調で言う。
だが頭の中では、
すでに次の手を組み立てている。
「誰が、いつ侵入したのかを割り出していただけませんか?」
通話の向こうで、美空さんが小さく息を吸う音がした。
それから。
「監視カメラと盗聴器が設置された時間は絞れますか?」
僕はすぐに答えた。
「僕が学校へ行くために家を出たのは、七時三十分」
少し間を置く。
「帰宅したのは十五時三十分です」
僕は昨日の行動を頭の中で再生する。
時計の針。
家を出た時間。
玄関の音。
すべて正確に思い出せる。
「昨日は仕掛けられていませんでした」
「ですから、この時間帯に設置されたのは確実です」
僕はさらに続ける。
「ただし……」
「僕が学校へ行ったあとも、母さんは家にいました」
家の状況を思い浮かべる。
「それから僕は受験生です」
「部活動もありません」
「つまり学校が終わる時間も、中学生のさゆより早い」
少しだけ笑う。
「急いで帰れば、十五時ということもありえます」
通話の向こうで、美空さんが小さく頷いた気配がした。
「監視カメラや盗聴器を仕掛けるなら」
彼女が言う。
「絶対に誰にもばれてはいけません」
声は落ち着いている。
さすが元FBIだ。
状況整理が早い。
「そして」
彼女は続ける。
「仕掛けるなら家族の行動時間を把握している」
僕は無言で聞いていた。
「月君のお父さんが、一枚噛んでいるかもしれませんね」
その言葉に、僕は少しだけ目を細めた。
やはり。
同じ結論に辿り着く。
「そうなると……」
美空さんは言う。
「十四時三十分くらいに絞って調べればいいでしょうか?」
僕はすぐに答える。
「母さんは十二時に昼食を取ります」
「そのあと習い事に行きます」
僕は公園の地面を見つめた。
砂の上に、風が小さな線を作っている。
「つまり」
僕は言った。
「十二時から十四時三十分の間に」
「怪しい人物がいなかったか調べてください」
それから付け加える。
「もし見つからなければ」
「その前後も調べてください」
通話の向こうで、美空さんが少し笑った。
「一、二時間あれば」
「誰が侵入したのかは報告できると思います」
それから彼女は少し声を落とした。
「ただし」
「設置した人物の正体まで調べるなら」
「もう少し時間がかかるかもしれません」
僕は首を横に振る。
もちろん彼女には見えないが。
「今は」
僕は言った。
「どんな人物が侵入したのかだけで構いません」
少し間を置く。
それから自然に言葉が出た。
「ありがとうございます」
僕は言う。
「頼りにしています」
通話の向こうで、彼女が少し黙った。
その沈黙には、どこか温度があった。
僕は感じ取っていた。
彼女は。
僕を信用し始めている。
だが。
僕の頭の中では、別の思考が続いていた。
――監視カメラ。
――盗聴器。
いずれ来るとは思っていた。
Lなら必ずやる。
一見すれば。
監視カメラや盗聴器で、キラらしい行動を見つけるため。
しかし。
本当の目的は別だ。
僕がキラっぽい行動をすれば。
僕をキラにする。
逆に。
何もしなくても。
「キラは監視カメラがあってもうまく殺している」
そう言い訳できる。
Lなら。
いくらでも理屈を作れる。
そして。
捜査本部の人数は限られている。
つまり。
監視できる家族は。
二、三家族が限界。
レイ=ペンバーが調べていた家族。
その中にキラがいると仮定するなら。
監視対象は。
二家族。
そこまで来れば。
結論は一つ。
もしLがキラなら。
僕をキラに仕立て上げるのも。
時間の問題だ。
そのとき。
スマートフォンが震えた。
LINEの着信。
僕は顔を上げた。
周囲を確認する。
左。
右。
前方。
後方。
怪しい人物はいない。
僕は通話ボタンを押した。
「もしもし……」
通話の向こうから声が返る。
「分かったよ」
僕は無言で聞く。
「十三時三十分ごろ」
「黒いスーツにサングラスの人物が一人」
「月君の家に入ってる」
僕はゆっくり息を吐いた。
やはり。
「鍵を開けるのに十数秒」
声は続く。
「スペアキーなら十秒もかからない」
「つまり」
「非合法な方法で開けている」
僕は頷いた。
想定通りだ。
「さらに言えば」
「十数秒で開けるのは相当のプロ」
僕は心の中で呟いた。
――だろうな。
潜入は完全にプロ。
ただし。
僕の仕掛けたドアノブやシャー芯に気付かなかった。
つまり。
鍵やセキュリティ専門のプロ。
それ以外は、普通の人間。
だが。
僕は一つの言葉に引っかかった。
「サングラスの人」
僕はゆっくり言う。
「今の言い方ですが」
少し間を置く。
「“サングラスの人”と言いましたよね?」
「ニュースなら普通」
「黒ずくめの男とか、中肉中背の男と言うはずです」
僕は静かに続ける。
「“人”と言ったのは」
「性別が分からないという意味ですか?」
通話の向こうで、少し笑う声。
「さすが月君」
「その通り」
僕はベンチに深く座り直した。
「身長は推定170cm」
彼女が言う。
「ただ……」
「気になる点がある」
僕は聞き返す。
「気になる点?」
「とても華奢な体型」
彼女は言った。
「もちろん170cmなら男性の可能性も高い」
「でも」
「靴が女性用」
僕の目が細くなる。
「黒いブーツ」
「男性が履く人もゼロではない」
「でも」
「私は女性の可能性が高いと思う」
少し間。
「170cmの女性は珍しいけどね」
僕はすぐに答えた。
「外国人女性ならありえます」
美空さんが黙る。
僕は続ける。
「日本人女性の平均身長は158cm前後」
「170cmは珍しい」
「ですが」
「外国人ならむしろ普通です」
通話の向こうで、美空さんが言う。
「日本の警察に外国人っている?」
僕は少し考える。
そして答えた。
「ほとんどいません」
警察。
消防。
自衛隊。
公安。
それらは基本的に日本人だ。
つまり。
外国人が不法侵入。
盗聴器設置。
監視カメラ設置。
これは。
Lが犯罪者を使っている可能性。
僕の思考は一気に繋がる。
もしこの女性が犯罪者なら。
Lと密接な関係にある。
そして。
犯罪者を使って不法捜査。
それだけでも。
十分に起訴できる。
僕はゆっくり言った。
「Lが外国人犯罪者を使って」
「不法捜査をしている可能性があります」
僕は続ける。
「できれば」
「その女性を調べてください」
「写真でも構いません」
「滞在時間でも構いません」
「些細なことでもいい」
それから付け加える。
「そして」
「この前紹介した美空ナオミさん」
「元FBI捜査官です」
「彼女にも調べてもらってください」
僕は低く言った。
「十数秒で鍵を開けるプロ」
「有名な犯罪者かもしれない」
そして。
最後に。
僕は静かに言った。
「そうすれば」
「Lを追い詰められる」
僕は空を見上げた。
冬の雲がゆっくり流れている。
「もう僕の中では」
「Lがキラではないかという疑いで」
「頭がいっぱいです」
通話の向こうで声がする。
「どのくらいの可能性?」
僕は少し考えた。
そして。
答えた。
「69%です」