ワタリが買ってきた食べログ☆4.5のりんごタルトを、Lは静かに食べていた。
名古屋まで買いに行かせたというのに、
りんごは妙に酸っぱく、口の中でやや尖った味を残す。
(……この程度で☆4.5ですか)
Lは無表情のまま、そう思った。
――まぁ、所詮は食べログ。目安程度です。こういうこともありますね。
世の中というものは、往々にして評価と実体が一致しない。
人間社会の多くの現象がそうであるように。
Lは、かじりかけのりんごを皿の端へ寄せた。
そしてフォークでタルトの部分を刺しながら、
黒いノート──デスノートを読み返していた。
そのときだった。
「気に入っているようだな」
不意に、背後から声がした。
人間の声ではない。
どこか乾いた、奇妙な響きの声だった。
Lはゆっくりと視線を上げた。
そこには──
パンクのような格好をした、
ぼさぼさ頭の異形の存在がいた。
巨大な黒い羽根。
細長い手足。
どこか楽しそうな、不気味な笑み。
死神──リュークである。
Lは、タルトをもう一口食べてから言った。
「いえ、このタルトはハズレです。もっと美味しいものは、いくらでも食べたことがあります」
あまりにも淡々とした答えだった。
逆に、リュークの方が驚いた。
「タルトの話じゃない」
「冗談です。ノートのことですね」
Lはデスノートの角をつまみ上げ、
それをリュークの方へ向けた。
まん丸の目が、死神をじっと見つめている。
だが、その表情には、
一切の動揺がなかった。
まるで、そこにいるのが死神ではなく、
珍しい昆虫か何かであるかのように。
「何故驚かない」
リュークが言う。
「デスノートの落とし主、死神のリュークだ。その様子だと、もうそれが普通のノートじゃないと分かってるんだろ?」
Lはタルトを噛みながら答えた。
「確かに普通の人間なら、驚くでしょう」
「しかし私は、デスノートを利用し、いくつかの事実を直視しました」
「その結果、ますます確信を持って行動できるようになりました」
そしてふと顔を上げる。
「あ、聞きたいことがあるのですが、いいですか?」
Lはリュークの目を、じっと見つめた。
その瞳は、奇妙なほど澄んでいる。
リュークの瞳の中に、
Lの顔が小さく映っていた。
リュークは、その目を見て思った。
(……こいつ)
(まるで子供みたいな目をしてやがる)
純粋な目だった。
デスノートを使った人間は、
たいてい別の目をする。
欲望。
恐怖。
狂気。
そういう濁った光が宿る。
だが、Lの目は違った。
(こいつは普通じゃない)
リュークは直感した。
(……俺の求めてるものを持ってる)
Lはノートを開いた。
端と端をつまみ、
リュークに見せる。
そこには──
びっしりと書かれた名前。
「くくっ……」
リュークが笑った。
「これは凄い」
「逆にこっちが驚かされた」
ノートを受け取り、
リュークは夢中でページをめくる。
「過去にもデスノートが人間界に出回ったことはある」
「だが……ここまで殺った奴は、お前が初めてだ」
「並の人間じゃビビってここまで書けない」
Lは静かに言った。
「私は、このノートの効果を理解した上で使いました」
「そして死神のあなたが来た」
「さて、私はどうなるのでしょう?」
少し間を置き、続ける。
「もっとも、その様子だと……魂を取る取られるという話ではなさそうですが」
Lは、これっぽっちも恐れていなかった。
理由は単純だ。
ここまでの会話で、
答えはほぼ見えていたからである。
リュークは肩をすくめた。
「ん? ああ」
「魂を取るとか……人間が勝手に作った空想だろ」
一呼吸置く。
「俺はお前に何もしない」
「人間界に落ちた時点で、ノートは人間界の物になる」
Lはまん丸の目で聞いていた。
リュークは指をさす。
「もうお前の物だ」
Lはノートを抱きしめた。
「言われなくても、私の物です」
「返しませんよ」
その姿は、まるで子供が大事なおもちゃを守るようだった。
リュークは窓を開けながら言う。
「強情な奴だな」
「まあ、お前なら他人に渡すって発想はなさそうだが……」
「万が一いらなくなったら、他人に回せ」
「そのときは、お前のデスノートの記憶を消させてもらう」
リュークはベランダに出た。
二十五階の空中へ、
ふわりと浮かぶ。
「そして……」
そのとき、Lが言った。
「ノートを使った人間にしか死神は見えない」
「ノートを回したら見えなくなる」
「おそらく声も同じでしょう」
リュークが笑った。
「あ、今言おうとしたんだが」
「すげえなお前」
Lは少し照れたように言う。
「見えていたり聞こえていたら」
「今こうしてのんきにタルトを食べていません」
「合理的に考えただけです」
そのときLは、
自分が久しぶりに笑ったことに気づいた。
何が起こるのか。
自分でも分からない。
その未知の感覚が、
妙に楽しかった。
幼いころに忘れてしまった感覚。
それを、今思い出していた。
リュークが言う。
「デスノートが」
「人間L=ローライトと、死神リュークを繋ぐ絆だ」
Lは静かに呟いた。
「……絆ですか」
(L=ローライト)
(それが私の本名でしょう)
自分でも知らない本名。
だが、死神は知っている。
つまり、
死神特有の能力だろう。
(この情報はいずれ必要になる)
(だが、今ではない)
Lは頭の片隅に置いた。
本名が分かるということは、
このノートと非常に相性が良い。
Lは言った。
「そういえば」
「なぜ私を選んだのですか?」
リュークは呆れたように言う。
「はぁ?」
「俺はただノートを落としただけだ」
「自分が選ばれたとか思ってんのか?」
「たまたまこの辺りに落ちて」
「たまたまお前が拾った」
「だから人間界で一番ポピュラーな英語で説明つけたんだ」
Lはうなずいた。
「では質問を変えましょう」
「落とした理由は?」
「丁寧に使い方を書いている。つまり故意ですね」
リュークは笑った。
「理由?」
そして言った。
「退屈だったからだ」
Lを指さす。
「死神が言うのも変だが」
「生きてるって気がしなくてな」
リュークの目が、
死んだ魚のように濁っていた。
死神界の光景が浮かぶ。
賭け事。
昼寝。
無意味な時間。
「死神は暇なんだ」
「昼寝か博打」
「デスノートで人間の名前を書いてると笑われる」
「『何ガンバッちゃってるの?』ってな」
そして窓の外を見る。
その目に、
少しだけ光が戻った。
「こっちの方が面白そうだと思った」
Lは静かに言った。
「……その気持ちは分かります」
リュークが笑う。
「そして確信した」
「面白いってな」
Lもうなずいた。
「私も退屈でした」
「そして同じように、面白くなると確信しました」
少し間を置き、続ける。
「最初は信じませんでした」
「しかし、このノートには」
「人間なら一度は試したくなる魔力があります」
Lは椅子に座り、
天井を見上げた。
そして、
デスノートを拾ったあの日を思い出し始めた。