Lがデスノートを拾った世界   作:梅酒24

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3冊目:初顔

ワタリが買ってきた食べログ☆4.5のりんごタルトを、Lは静かに食べていた。

 

名古屋まで買いに行かせたというのに、

りんごは妙に酸っぱく、口の中でやや尖った味を残す。

 

(……この程度で☆4.5ですか)

 

Lは無表情のまま、そう思った。

 

――まぁ、所詮は食べログ。目安程度です。こういうこともありますね。

 

世の中というものは、往々にして評価と実体が一致しない。

人間社会の多くの現象がそうであるように。

 

Lは、かじりかけのりんごを皿の端へ寄せた。

 

そしてフォークでタルトの部分を刺しながら、

黒いノート──デスノートを読み返していた。

 

そのときだった。

 

「気に入っているようだな」

 

不意に、背後から声がした。

 

人間の声ではない。

どこか乾いた、奇妙な響きの声だった。

 

Lはゆっくりと視線を上げた。

 

そこには──

 

パンクのような格好をした、

ぼさぼさ頭の異形の存在がいた。

 

巨大な黒い羽根。

細長い手足。

どこか楽しそうな、不気味な笑み。

 

死神──リュークである。

 

Lは、タルトをもう一口食べてから言った。

 

「いえ、このタルトはハズレです。もっと美味しいものは、いくらでも食べたことがあります」

 

あまりにも淡々とした答えだった。

 

逆に、リュークの方が驚いた。

 

「タルトの話じゃない」

 

「冗談です。ノートのことですね」

 

Lはデスノートの角をつまみ上げ、

それをリュークの方へ向けた。

 

まん丸の目が、死神をじっと見つめている。

 

だが、その表情には、

一切の動揺がなかった。

 

まるで、そこにいるのが死神ではなく、

珍しい昆虫か何かであるかのように。

 

「何故驚かない」

 

リュークが言う。

 

「デスノートの落とし主、死神のリュークだ。その様子だと、もうそれが普通のノートじゃないと分かってるんだろ?」

 

Lはタルトを噛みながら答えた。

 

「確かに普通の人間なら、驚くでしょう」

 

「しかし私は、デスノートを利用し、いくつかの事実を直視しました」

 

「その結果、ますます確信を持って行動できるようになりました」

 

そしてふと顔を上げる。

 

「あ、聞きたいことがあるのですが、いいですか?」

 

Lはリュークの目を、じっと見つめた。

 

その瞳は、奇妙なほど澄んでいる。

 

リュークの瞳の中に、

Lの顔が小さく映っていた。

 

リュークは、その目を見て思った。

 

(……こいつ)

 

(まるで子供みたいな目をしてやがる)

 

純粋な目だった。

 

デスノートを使った人間は、

たいてい別の目をする。

 

欲望。

恐怖。

狂気。

 

そういう濁った光が宿る。

 

だが、Lの目は違った。

 

(こいつは普通じゃない)

 

リュークは直感した。

 

(……俺の求めてるものを持ってる)

 

Lはノートを開いた。

 

端と端をつまみ、

リュークに見せる。

 

そこには──

 

びっしりと書かれた名前。

 

「くくっ……」

 

リュークが笑った。

 

「これは凄い」

 

「逆にこっちが驚かされた」

 

ノートを受け取り、

リュークは夢中でページをめくる。

 

「過去にもデスノートが人間界に出回ったことはある」

 

「だが……ここまで殺った奴は、お前が初めてだ」

 

「並の人間じゃビビってここまで書けない」

 

Lは静かに言った。

 

「私は、このノートの効果を理解した上で使いました」

 

「そして死神のあなたが来た」

 

「さて、私はどうなるのでしょう?」

 

少し間を置き、続ける。

 

「もっとも、その様子だと……魂を取る取られるという話ではなさそうですが」

 

Lは、これっぽっちも恐れていなかった。

 

理由は単純だ。

 

ここまでの会話で、

答えはほぼ見えていたからである。

 

リュークは肩をすくめた。

 

「ん? ああ」

 

「魂を取るとか……人間が勝手に作った空想だろ」

 

一呼吸置く。

 

「俺はお前に何もしない」

 

「人間界に落ちた時点で、ノートは人間界の物になる」

 

Lはまん丸の目で聞いていた。

 

リュークは指をさす。

 

「もうお前の物だ」

 

Lはノートを抱きしめた。

 

「言われなくても、私の物です」

 

「返しませんよ」

 

その姿は、まるで子供が大事なおもちゃを守るようだった。

 

リュークは窓を開けながら言う。

 

「強情な奴だな」

 

「まあ、お前なら他人に渡すって発想はなさそうだが……」

 

「万が一いらなくなったら、他人に回せ」

 

「そのときは、お前のデスノートの記憶を消させてもらう」

 

リュークはベランダに出た。

 

二十五階の空中へ、

ふわりと浮かぶ。

 

「そして……」

 

そのとき、Lが言った。

 

「ノートを使った人間にしか死神は見えない」

 

「ノートを回したら見えなくなる」

 

「おそらく声も同じでしょう」

 

リュークが笑った。

 

「あ、今言おうとしたんだが」

 

「すげえなお前」

 

Lは少し照れたように言う。

 

「見えていたり聞こえていたら」

 

「今こうしてのんきにタルトを食べていません」

 

「合理的に考えただけです」

 

そのときLは、

自分が久しぶりに笑ったことに気づいた。

 

何が起こるのか。

 

自分でも分からない。

 

その未知の感覚が、

妙に楽しかった。

 

幼いころに忘れてしまった感覚。

 

それを、今思い出していた。

 

リュークが言う。

 

「デスノートが」

 

「人間L=ローライトと、死神リュークを繋ぐ絆だ」

 

Lは静かに呟いた。

 

「……絆ですか」

 

(L=ローライト)

 

(それが私の本名でしょう)

 

自分でも知らない本名。

 

だが、死神は知っている。

 

つまり、

死神特有の能力だろう。

 

(この情報はいずれ必要になる)

 

(だが、今ではない)

 

Lは頭の片隅に置いた。

 

本名が分かるということは、

このノートと非常に相性が良い。

 

Lは言った。

 

「そういえば」

 

「なぜ私を選んだのですか?」

 

リュークは呆れたように言う。

 

「はぁ?」

 

「俺はただノートを落としただけだ」

 

「自分が選ばれたとか思ってんのか?」

 

「たまたまこの辺りに落ちて」

 

「たまたまお前が拾った」

 

「だから人間界で一番ポピュラーな英語で説明つけたんだ」

 

Lはうなずいた。

 

「では質問を変えましょう」

 

「落とした理由は?」

 

「丁寧に使い方を書いている。つまり故意ですね」

 

リュークは笑った。

 

「理由?」

 

そして言った。

 

「退屈だったからだ」

 

Lを指さす。

 

「死神が言うのも変だが」

 

「生きてるって気がしなくてな」

 

リュークの目が、

死んだ魚のように濁っていた。

 

死神界の光景が浮かぶ。

 

賭け事。

昼寝。

無意味な時間。

 

「死神は暇なんだ」

 

「昼寝か博打」

 

「デスノートで人間の名前を書いてると笑われる」

 

「『何ガンバッちゃってるの?』ってな」

 

そして窓の外を見る。

 

その目に、

少しだけ光が戻った。

 

「こっちの方が面白そうだと思った」

 

Lは静かに言った。

 

「……その気持ちは分かります」

 

リュークが笑う。

 

「そして確信した」

 

「面白いってな」

 

Lもうなずいた。

 

「私も退屈でした」

 

「そして同じように、面白くなると確信しました」

 

少し間を置き、続ける。

 

「最初は信じませんでした」

 

「しかし、このノートには」

 

「人間なら一度は試したくなる魔力があります」

 

Lは椅子に座り、

天井を見上げた。

 

そして、

デスノートを拾ったあの日を思い出し始めた。

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