一月九日。
朝の光は、どこか淡く、冬らしい冷たさを帯びていた。
僕はいつも通り、玄関先に置かれた朝刊を手に取る。
紙をめくる音が静かな家の中に小さく響く。
父さんはすでに出勤している。
母さんは台所で味噌汁を温め、さゆはまだ眠そうな顔で椅子に座っている。
平凡な朝。
どこにでもある、ありふれた家庭の光景だ。
だが――
(見ている)
誰かが。
どこかから。
この家のすべてを。
僕は新聞を読むふりをしながら、記事の文字を目で追う。
しかし頭の中では別の計算が進んでいた。
朝食を食べ終えると、僕は自分の部屋へ戻った。
机に向かい、参考書を開く。
ペンを手に取る。
表面上は、受験生の青年が勉強しているだけの光景。
だが僕の頭の中では、別の思考が組み立てられていた。
(昨日は……)
ペン先がノートの上を滑る。
(僕が勉強していた時間帯に……)
数式を書く。
(横領犯と……ひったくり犯……)
数字を書く。
(心臓麻痺で死亡)
そこで僕は一度、手を止めた。
窓の外の空をちらりと見る。
(今までの犯罪者と比べて)
僕は考える。
(罪が軽い)
その印象が強い。
これまでのキラの殺しは、重犯罪者が中心だった。
殺人犯。
凶悪犯。
社会的にも許されない存在。
しかし今回は違う。
横領犯。
ひったくり犯。
軽いとは言わない。
だが――
キラの基準からすれば軽い。
(監視カメラ)
僕はゆっくり考えを進める。
(トイレや風呂にもある)
そこまでやる以上。
この家を監視しているのは――
まず間違いなく。
父さん。
警察庁刑事局長。
キラ対策本部の中心人物。
立場からしても自然だ。
だが。
僕は首を小さく振る。
(父さんだけのはずがない)
そんなことを。
Lが許すはずがない。
つまり。
Lも見ている。
この家を。
この部屋を。
そして。
僕を。
(監視が三人以上……?)
僕は計算する。
それは多すぎる。
人数が増えれば増えるほど、
情報漏洩の危険も増える。
それに。
プライバシーの問題。
トイレや風呂まで監視する以上、
人員は最小限に絞るはずだ。
キラ対策本部の人間は。
父さんより身分が低い。
つまり。
彼らにそこまで見せるとは考えにくい。
(ならば)
結論は一つ。
父さんとL。
この二人が監視している。
ほぼ間違いない。
僕は再びノートへ目を落とした。
二次関数の問題。
式を書き、平方完成を始める。
x²+6x+5。
僕の手は迷いなく動く。
これはもう。
機械的作業だ。
僕はずっと前に気付いていた。
計算問題というものは、
必ずしも思考を集中する必要がない。
正しい手順さえ踏めば、
答えには辿り着く。
つまり。
考え事をしながらでも解ける。
ならば。
時間を無駄にしない方がいい。
僕は式を書き続けながら思考を進める。
(軽犯罪者が心臓麻痺)
偶然の可能性もある。
だが。
僕はそれを否定する。
(キラがやった)
そう考える方が自然だ。
となると。
なぜ軽犯罪者なのか。
僕はペン先を止めた。
(あえて)
その言葉が浮かぶ。
あえて軽犯罪者を殺した。
つまり。
そこには意図がある。
僕は考える。
(僕をキラに仕立てあげるなら)
当然。
僕がテレビを見ている時に犯罪者を殺す。
それが一番分かりやすい。
だが。
僕はすぐに首を振る。
(いや……)
Lならそんな単純なことはしない。
たとえ僕がテレビを見ていなくても。
監視カメラの死角から。
スマートフォンでニュースを見た。
そう言えばいい。
あるいは。
「カメラを仕掛けた初日なのに、夜神月は面白いほど白だ」
そんな曖昧なことを言えばいい。
人は曖昧な言葉に弱い。
いくらでも。
黒塗りにできる。
僕は椅子に少し背を預けた。
(軽犯罪者)
それは。
明らかに今までのキラの殺しとは違う。
イレギュラー。
つまり。
このイレギュラーは。
監視カメラや盗聴器を仕掛けたことで起こった。
そう考えられる。
そして。
もしキラが。
監視カメラや盗聴器を知っていたら?
僕は思考を進める。
(ボロは出さない)
絶対に。
出さない。
極端な話。
もし僕がキラなら。
身の潔白を証明する方法はある。
僕はふと机の上のポテトチップスを見た。
コンソメ味。
この家では。
僕しか食べない。
つまり。
その袋の中に。
小型テレビ。
あるいは。
モバイル端末。
そういうものを隠しておく。
そして。
そこからニュースを見て。
顔と名前を把握する。
それで犯罪者を殺す。
そうすれば。
監視カメラの前にいながら。
キラであることを証明できない。
父さんとLが証人になる。
僕が白だと。
だが。
すぐに僕は首を振った。
(そんなことはしない)
第一。
僕はキラじゃない。
それに。
たとえ。
キラと同じ能力を手に入れたとしても。
僕は――
人殺しなんて絶対にしない。
しかし。
思考は止まらない。
もし。
Lが僕をキラに仕立てあげるつもりなら。
これから。
僕がニュースを見る。
そして。
その犯罪者が殺される。
そうなれば。
疑いは一気に僕へ向く。
僕はゆっくりと顔を上げた。
部屋の中を見渡す。
壁。
天井。
棚。
どこかにカメラがある。
きっと。
今この瞬間も。
Lが。
僕を見ている。
僕は静かに手を伸ばした。
机の上のリモコン。
それを手に取る。
少しだけ。
間を置く。
そして。
テレビの電源ボタンを押した。