ワタリの焦燥は、尋常ではなかった。
しかし、その理由を測りかねているにもかかわらず、Lの胸中には不吉さよりも、むしろ奇妙な期待が膨らんでいた。
(……このまま進めば、夜神月君がキラとして逮捕されるのは時間の問題だったはず。だが、この段階で何かが起きた……。
いや、仮に私がキラでなく、ただキラと疑われている立場――つまり月君の立場であれば、数日のうちに監視カメラや盗聴器の存在に気づくはずだ。そしてそこから、キラが自分をキラに仕立て上げようとしている、という推論に至る可能性もある。
もし月君がここで何の行動も起こさないのなら、彼はそこまでの男だったということになりますが……さて、扉の向こうには何が待っているのでしょう)
やがて一同は、モニターの前に集められた。
画面には、僕――夜神月の姿が映っている。
僕はベッドに腰掛け、足を組み、腕を組んでいた。
机の上には、一枚の大きな紙が置かれている。
「……月君の机の上に、大きな紙がありますね。何か書いてある。拡大してください」
モニターがズームされる。
そこには、はっきりとした文字でこう書かれていた。
『16時に僕の推理を話します。キラが誰であるかを伝えたいと考えています』
夜神総一郎は腕時計を見た。
――15時56分。
「えっ……これ、僕たちへのメッセージじゃないですか?」
「あと4分か……」
誰かが冗談めかして言う。
『もしかしてLがキラとか言ったりしてな。まずいんじゃないの?』
Lは無表情のまま、モニターを見つめていた。
(ここで夜神月君を殺せば、それこそ“私たちの中にキラがいる”という証明になる。
……面白い。聞いてみましょう)
やがて、時計の針が動く。
「……16時だ」
その瞬間、モニターの向こうで僕が口を開いた。
『父さん、ごめん。監視カメラと盗聴器には気付いていた。でも、気付いていないふりをしていたんだ。
おそらく今この画面を見ているのは父さん、捜査本部の皆さん、そして――Lだ』
「えっ……なんで分かるの?」
当然の疑問だった。
僕は淡々と説明した。
ドアノブのわずかな痕跡。
シャーシンのずれ。
部屋に誰かが侵入した形跡。
注意深く観察すれば、発見は難しくない。
(……ウエディは侵入の腕はいいですが、他は平均レベルですね)
Lは心の中でそう評価した。
僕は続ける。
『監視カメラと盗聴器を仕掛けるなら、日曜から土曜まで一週間は続けるだろう。
とはいえ、永遠につけるわけにもいかない。だから最低でも今日までは監視されていると考えていた』
『もちろん、もっと早く推理を話すこともできた。だが、僕からは捜査本部の全員が見ている保証がない。
だから昼休みが終わる頃――15時に紙を置いた。そうすれば1時間以内に気づき、16時にはここに集まると考えた』
『時間をかけすぎれば、もしこの中にキラがいる場合、対策される。だから1時間前の告知にした』
僕は一度、静かに息をついた。
『もちろん、このことで僕が殺されるリスクはあった。
だがもし僕が死ねば、それはキラ対策本部の中にキラがいる証拠になる。
……だが見ての通り、僕は生きている』
僕はベッドから立ち上がり、椅子へ移動した。
そして、静かに言った。
『結論から言う』
部屋の空気が凍りつく。
誰もが、僕を凝視していた。
『僕はキラを――』
一瞬の沈黙。
『Lだと断定している。』
その瞬間。
Lの瞳が、わずかに見開かれた。
体が、微かに震える。
しかしそれは恐怖ではない。
むしろ――歓喜だった。
(……そうこなくては)
他の捜査員たちは、ただ呆然とLを見つめている。
「おい……特定されてるぞ……」
僕は構わず続けた。
『僕がここで話している理由は単純だ。
僕は、数日続いた1時間ごとの23人の殺害から、キラは警察内部、あるいはその身内にいると推測した』
そして僕は説明した。
匿名の連絡。
そして仕掛けた罠。
『犯罪者データベースの通信プロトコルを少し改変した。
簡単に言えば、一つのデータにつき一人だけ削除された状態で送られるようにした』
『つまり、捜査本部のメンバーには同じデータが届いているように見えて、実は一人だけ存在しない犯罪者がいる』
キラは――
名前と顔が必要だ。
『例えばABCDEの5人がいたとする。世界中の犯罪者300人を送ったとする。
AだけにXという犯罪者を送らない。
BCDEにはXという犯罪者を送る』
『もしXが死亡したら、Aは犯人ではないと分かる』
そうして少しずつ、候補を削っていく。
そして。
『その結果、“watari”という人物に送られていなかった犯罪者だけが――裁かれていなかった』
部屋がざわつく。
『もちろん、watariがキラだとは思っていない。
彼は中継役だろう。
つまりwatariからデータを受け取る人物こそがキラである可能性が高い』
僕は一度、視線をカメラに向けた。
『もし名前や写真を変えていたらバレたか?
いいや。
複数の中の一つが欠けているだけなら、自分のデータだけ欠けているとは思わない』
そして、静かに続けた。
『Lは僕をキラに仕立て上げるため、監視カメラと盗聴器を仕掛け、警察を誘導してきた』
『だが逆に言えば、皆が見ている今だからこそ、僕は自分の考えを伝えられる』
『なぜなら――』
僕は断言した。
『Lは、そろそろ僕をキラに仕立て上げるはずだからだ』
沈黙。
『世界一の探偵がキラを見つけられないなら、それは――』
『Lがキラだからだ』
捜査員たちは互いに顔を見合わせた。
「……おい、これ……」
松田が呟く。
「Lが言ってた内容と、ほぼ同じなんだけど……」
「本当にLがキラなのか?」
Lは、ただ僕を見つめていた。
微動だにせず。
そして。
その口元が――
わずかに、緩んだ。
(……実に面白い)