Lがデスノートを拾った世界   作:梅酒24

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40冊:入試

――夜神月という青年。

 

その名を聞いたとき、私は特別な感情を抱かなかった。

成績優秀、警察庁幹部の息子、品行方正。

いかにも日本社会が好みそうな、整いすぎた経歴である。

 

だが今、彼の話を聞き終えた瞬間、私の胸の奥に小さな興味が芽を出した。

それは、古びた乱歩の探偵小説のページをめくったときのような、

かすかな期待を含んだ感覚だった。

 

私は静かに口を開いた。

 

「確かに月君のいう事は一理あります。私はキラではないので私=キラという視点は考えていませんでした。月君の言うとおり私の意見を盲信しすぎるのではないということです。さらに言えば月君の意見を鵜呑みにしたり盲信するのも良くないと考えます。月君の発言はあくまで仮説でありますし私の発言も月君の発言も矛盾はしていないですしそういう考え方もあるんだという風に思えば良いのではないでしょうか?」

 

言葉を紡ぎながら、私は夜神月の顔を観察していた。

 

整った顔立ち。

静かな眼差し。

まるで優等生の標本のような青年。

 

だが私は知っている。

完璧に整った表情ほど、仮面である可能性が高い。

 

人間の顔というものは、本来もっと歪んでいる。

恐れや欲望や猜疑心が、必ずどこかに滲むものだ。

 

しかし夜神月には、それが見えない。

 

それは無垢なのか。

それとも、巧妙すぎるのか。

 

私は松田の方を一瞥した。

 

「あっ、月君の意見に流されてたのばれてましたねw」

 

松田は実に分かりやすい。

思考が顔にそのまま浮かぶ。

人間という生き物の平均的な姿だ。

 

だが、夜神月は違う。

 

彼は先ほど、私の論理に対して

正面から反論した。

 

それも感情ではなく、

論理で。

 

これは実に興味深い。

 

普通の人間は、探偵の推理を前にすると萎縮する。

あるいは権威を信じ、疑うことをやめる。

 

しかし夜神月は違った。

 

彼は私の思考の外側から、

静かに別の可能性を差し出してきたのだ。

 

まるで、迷宮の中にもう一つの通路を作るように。

 

私は淡々と言葉を続けた。

 

「とりあえず月君がここで発言したのは本人がキラであり、それがばれる前に自ら私に罪をなすりつけることで逃れようとしたとも考えられます。そういう意味では月君のキラへの疑惑は上がりました。」

 

部屋の空気がわずかに緊張する。

 

だが私は、夜神月から目を離さなかった。

 

――もし。

 

もしこの青年がキラならば。

 

それは世界最大の犯罪者であると同時に、

私にとって初めて現れた対局者ということになる。

 

私は指先を口元に当て、静かに言った。

 

「明日私も入試を受けて一緒の大学に入ろうと思います」

 

松田が驚いた顔をする。

だが私の視線は、夜神月に固定されたままだ。

 

その瞬間。

 

ほんの一瞬だけ、

青年の瞳の奥で何かが揺れた気がした。

 

それは錯覚かもしれない。

あるいは、仮面の奥の笑みかもしれない。

 

私はまだ判断しない。

 

探偵にとって、

謎は深いほど価値がある。

 

もし夜神月がキラならば。

 

この事件はきっと、

退屈な私の知性を満たすだけの迷宮になるだろう。

 

そしてもし違うのなら。

 

それでも構わない。

 

この青年には、

どこか普通ではない匂いがある。

 

私は心の中で、静かに呟いた。

 

――夜神月。

 

君は、

私の退屈を終わらせてくれる存在かもしれません。

 

それは犯罪者としてか、

あるいはただの優秀な青年としてか。

 

いずれにせよ。

 

私は少し、楽しみにしています。

 

 

***********

 

 

――春の朝の空気は、どこか澄みすぎている。

 

次の日、夜神月は家の玄関を出た。

背後には母と妹の気配があった。

 

「いってらっしゃい、月」

 

母の声は、いつものように柔らかかった。

その声には、何年もの朝が積み重なっている。

幼いころから、何千回と聞いてきた声だ。

 

月は振り返った。

 

母は笑っている。

少しだけ誇らしげで、そして少しだけ心配そうな笑顔。

 

妹のさゆも、玄関の柱にもたれながら手を振っている。

 

「お兄ちゃん、絶対受かるよ!」

 

その無邪気な声に、月は一瞬だけ胸の奥が温かくなるのを感じた。

 

――そうだ。

 

ここまで来るまでに、どれだけの人間に支えられてきたのか。

 

父。

正義を信じ、警察官として生きるあの人の背中。

厳しくも誇り高い姿。

 

母。

家族を守り、いつも静かに支えてくれた存在。

どれほど忙しい日でも、温かい食事を用意してくれた。

 

さゆ。

まだ幼いが、家の空気を明るくする太陽のような妹。

 

――僕は一人でここまで来たわけじゃない。

 

月は胸の奥で静かに思った。

 

(必ず合格する)

 

それは自信ではない。

むしろ義務に近かった。

 

この家族の期待に応えること。

それは夜神月という人間にとって、自然な使命だった。

 

そしてもう一つ。

 

(大学に入ってしまえばキラ捜査への時間はうんと増える。そして今回のカメラでの発言によって僕の推理が当たっていればキラ捜査本部に誘いを受けるかも知れない……)

 

キラ。

 

その名を思い浮かべた瞬間、

月の胸の奥で別の炎が灯った。

 

世界を恐怖で支配する犯罪者。

 

もしその存在を裁くことが出来るなら。

もし自分がその事件の核心に近づけるなら。

 

――それは父の正義を継ぐことになる。

 

月の歩みは自然と速くなった。

 

やがて入試会場に到着する。

 

巨大な建物の前には、無数の受験生が集まっていた。

緊張、焦り、期待、不安。

 

人間の感情というものは、

こうして群れになると奇妙な空気を生む。

 

キーンコーンカーンコーン

 

試験開始の鐘が鳴った。

 

試験監督のメガネをかけた男は試験はじめという合図をした。

すると多くの人がペンを持ち解きはじめた。

 

月はペンを持たない。

 

静かに問題用紙を見つめる。

 

(だいたい最初にペンを持つようなのは、落ちる率高いと思う……)

 

人間は焦ると視野が狭くなる。

 

(まずは問題文を良く読むところから焦りすぎて最初から解こうとするよりも全体を把握してからはじめるべきなんだよなぁ……)

 

月の視線は問題全体をゆっくりと滑る。

 

(論文試験とかも構成考えずにいきなり書きはじめる人いるけどあれもダメ……)

 

思考は静かに整理されていく。

 

そのとき。

 

試験監督官が月の方へ歩き始めてきた。

 

「そこぉ」

 

月は顔を上げた。

 

しかし監督官は月を通り過ぎ、五人ほど先で止まる。

 

「受験番号162番、ちゃんと座りなさい」

 

そこには奇妙な男がいた。

 

白いノースリーブシャツ。

青いジーンズ。

裸足。

そして体育座り。

 

髪はぼさぼさで、まるで寝癖のまま試験会場に現れたようだった。

 

男は目を大きく丸くしていた。

 

その視線が、月とぶつかる。

 

ほんの一瞬。

 

奇妙な感覚が走った。

 

(……なんだ?……どこかで見ている)

 

説明のつかない違和感。

 

(とても大事な場面でだ……くっ)

 

だが試験は始まっている。

 

月はすぐに視線を落とし、問題に集中した。

 

桜が舞っていた。

 

春の風に乗って、花びらがゆっくりと空を漂う。

 

夜神月は校門をくぐった。

 

新しいスーツ。

まだ生地が硬い。

 

目の前の看板にはこう書かれている。

 

東京大学入学式

 

月は静かに息を吸った。

 

――合格した。

 

胸の奥で、ゆっくりと喜びが広がる。

 

それは派手な感情ではない。

むしろ、静かな満足だった。

 

(父さん……母さん……さゆ……)

 

心の中で、ひとりひとりの顔が浮かぶ。

 

自分をここまで育ててくれた家族。

 

この結果は、決して自分だけのものではない。

 

――ありがとう。

 

月は心の中でそう呟いた。

 

だがその感謝の奥には、

もう一つの感情が燃えていた。

 

キラ。

 

あの存在を止めなければならない。

 

世界の秩序を守るために。

父の信じる正義のために。

 

そして――

 

(僕は必ず、キラを見つけ出す)

 

入学式が始まった。

 

月は一番前に座っていた。

 

「新入生代表 夜神月」

 

「はいっ」

 

月は立ち上がる。

 

姿勢はまっすぐ。

声は澄んでいる。

 

会場の空気が引き締まった。

 

そして。

 

「同じく新入生代表 りゅうが ひでき」

 

「あっ、は~い」

 

間の抜けた声だった。

 

月は思わず視線を向ける。

 

そこにいたのは――

 

あの男だった。

 

白いシャツ。

ぼさぼさの髪。

 

試験会場やバスジャックの時に後部座席で体育座りをしていた男。

 

会場がざわめく。

 

「もしかしてあのアイドルの?」

「まさか」

 

しかしすぐにそれは違うと分かった。

 

月はその男を見つめた。

 

奇妙な違和感。

 

まるで、

何かの仮面を見ているような――

 

そんな感覚だった。

 

そして月はまだ知らない。

 

この出会いが、

自分の人生を大きく歪ませることになることを。

 

***

 

――人間というものは、面白い。

 

入学式という平穏な儀式の中でさえ、

人の心は仮面をかぶり、嘘をまとい、

そして互いを探り合う。

 

私はその仮面の奥を見るのが好きだ。

 

挨拶が終わり、会場がざわめく中、私は夜神月に顔を寄せた。

ほんの数センチ。

人間が最も警戒を覚える距離。

 

私は静かに囁いた。

 

「夜神月……警察庁局長の息子でありその父に負けないくらいの正義感のある持ち主……そしてキラ事件にも興味を持っている……実は私は……」

 

ここで一呼吸置く。

 

沈黙というものは、

どんな言葉よりも人の神経を刺激する。

 

そして私は言った。

 

「Lです……」

 

その瞬間、夜神月の瞳の奥で、

極めてわずかな波紋が広がった。

 

普通の人間なら驚愕する。

あるいは笑う。

 

だが彼は違う。

 

彼の思考は、

一瞬で十通り以上の可能性を走らせている。

 

私はそれを観察していた。

 

――面白い。

 

この青年の脳は、

極めて高速で回転している。

 

だがその次の瞬間、彼は攻撃に出た。

 

「キラは心臓麻痺以外でも殺人をすることが可能。そして本当に隠したいことは心臓麻痺以外で殺す。バスジャック事件の時はまんまと君にやられたよ。あれもLの仕業だろ……」

 

論理。

しかも極めて鋭い。

 

月は私の背後に回り、耳元で囁いた。

 

「死神まで使ってさ……」

 

――その瞬間。

 

私は自分の体の微細な反応を感じた。

 

ほんのわずか。

筋肉が緊張する。

 

(……死神……)

 

なぜその言葉を知っている。

 

だがすぐに思考を修正する。

 

(動揺するな……)

 

人間は、自分の知らない単語を聞いたとき、

反射的に意味を探す。

 

それは自然な反応だ。

 

しかし月はそれを見逃さない。

 

「んっ?動揺してるのが僕にはすごく伝わるよ」

 

彼は言う。

 

その声音は穏やかだが、

刃物のような鋭さを持っていた。

 

「一瞬の動揺僕は見逃さない」

 

――なるほど。

 

私は理解した。

 

この青年は、

観察者だ。

 

人間の微細な動きを読む。

 

それは探偵に近い能力。

 

しかし次の瞬間、

彼はさらに踏み込んできた。

 

「死神を認識する方法があるんだ……それは目を使うやり方……バスジャックの後部座席の真ん中に死神は確かにいた」

 

私は思考を加速させる。

 

(死神の目を知っている……)

 

リュークを見られた?

 

いや、それはあり得ない。

 

デスノートに触れた者しか見えない。

 

しかし月の話し方には、

妙な確信がある。

 

私は彼の言葉を分解する。

 

具体的な話。

 

しかし――

 

決定的な部分がない。

 

(死神の見た目を言っていない)

 

そうだ。

 

死神の姿は、

見れば忘れられない。

 

あの異様な骨格。

あの怪物のような顔。

 

それを彼は語らない。

 

つまり。

 

見えてはいない。

 

しかし。

 

何かを認識している。

 

私は思考する。

 

AI解析。

機械分析。

動物実験。

 

私はすでに多くの可能性を試していた。

 

だが――

 

この青年は。

 

(おそらく、自分で方法を絞り込んだ)

 

そして。

 

掴んだ。

 

その結論に至った瞬間、

私の胸の奥に奇妙な感情が芽生えた。

 

それは恐怖ではない。

 

むしろ。

 

歓喜に近い。

 

(面白いよ、月君)

 

日本の警察の中でも、

ここまで思考できる人間はいなかった。

 

そして月は言う。

 

「君がLだと今、心から確信した……そしてキラである可能性が高いこともね」

 

彼の瞳は鋭い。

 

まるで私を解剖するかのように、

細部を観察している。

 

(……落ち着け)

 

私は自分に言い聞かせる。

 

(世界一の探偵Lとしてふるまわなくちゃ)

 

だが私は気付いていた。

 

彼の視線。

 

彼は私の一挙手一投足を、

すべて記録している。

 

リュークが笑った。

 

『こいつは大したもんだなぁ』

 

確かにそうだ。

 

夜神月。

 

この青年は――

 

危険だ。

 

彼は私を八割ほどキラだと確信している。

 

しかし、

証拠はない。

 

だから彼は、

私に近づく。

 

そして情報を奪う。

 

入学式が終わり、

私はリムジンに向かった。

 

その背後から声がする。

 

「今日はありがとうね、また学校で会おう!」

 

振り向くと、月が笑っている。

 

爽やかな笑顔。

 

だがその奥には、

明確な敵意があった。

 

「僕を殺してもいいけど僕を論破せずに殺したら永遠に僕に勝てないという自負を追いながら生きていくことになるからね」

 

――なるほど。

 

これは挑発だ。

 

しかも非常に巧妙な。

 

私はその夜、部屋に戻り、

机を叩いた。

 

「くそっ」

 

私は珍しく感情を露わにした。

 

「完全に上から見下された感じがします」

 

リュークが苦笑する。

 

「おいおいいつも冷静なお前が荒れ狂うとか珍しいな」

 

私は首を振った。

 

「違いますよ」

 

そして静かに言った。

 

「私は嬉しいのです」

 

本当にそうだった。

 

長い間、

世界は退屈だった。

 

犯罪者は愚かで、

推理は簡単で、

 

すべてが予定調和だった。

 

しかし今。

 

目の前に現れた。

 

私の思考に届き得る人間。

 

「殺しはしませんよ」

 

私は笑った。

 

「新しいおもちゃを手に入れたのですから」

 

夜神月。

 

彼は私をキラだと疑っている。

 

しかし確証はない。

 

それはつまり――

 

ゲームが成立する。

 

「私と月君で直に接して騙しあい……知恵比べだ……」

 

表面上は友人。

 

だが裏では。

 

互いの首を狙う。

 

私は静かに呟いた。

 

「私は月君を信じ込ませそしてキラに仕立てあげます」

 

この迷宮のゲームで、

 

最後に笑うのは――

 

探偵か。

 

それとも怪人か。

 

私は椅子に座り、

静かに微笑んだ。

 

「受けて立ちますよ、月君」

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