――人間の本性は、競技の最中に最もよく現れる。
次の日、大学のテニスコートで私は夜神月と向かい合っていた。
青空は晴れ渡り、学生たちの笑い声が遠くから聞こえる。
誰の目にも、これはただの大学生同士のテニスに見えるだろう。
しかし私と月君は知っている。
これは単なるスポーツではない。
観察と試験の場だ。
ボールがラケットに当たる乾いた音がコートに響く。
私はわざと、少し甘い球を打った。
すると月君は一瞬の迷いもなく踏み込み、鋭いクロスを返してくる。
(速い……)
反射速度。
判断力。
そして、迷いのない動き。
そのすべてが洗練されている。
「夜神月って中学時代の全国チャンピオンみたいです」
遠くからそんな声が聞こえた。
なるほど、と私は思う。
彼の動きには、
思考と身体が完全に一致している人間の特徴がある。
普通の人間は、打つ直前に一瞬迷う。
だが月君は違う。
決断した瞬間、
すでに身体が動いている。
これはスポーツだけではない。
思考も同じだ。
そして試合は終わった。
6-4。
月君の勝ち。
私はラケットを肩に担ぎながら、月君を見た。
彼は爽やかな笑顔を浮かべている。
だが私は知っている。
月君は今、
勝敗よりも私の反応を観察している。
このテニスは建前。
「親睦を深めた」という理由を作るための舞台装置。
これで私と月君は自然に行動を共にできる。
――つまり。
互いを監視しやすくなる。
そのあと私たちは喫茶店に入った。
店内にはコーヒーの香りが漂い、
静かなジャズが流れている。
私は砂糖を山ほど入れながら、月君に質問を投げかけていた。
キラ事件について。
仮説。
倫理。
動機。
それは雑談のように見えるが、
実際は尋問に近い会話だった。
私はわざと、少し偏った仮説を出す。
すると月君はそれを冷静に修正する。
論理的。
無駄がない。
(やはり優秀ですね、月君)
だが。
優秀すぎる。
――彼がキラだったらもっと楽しめたでしょう
そのときだった。
電話が鳴った。
内容は単純だった。
夜神総一郎が倒れた。
月君の目が見開かれる。
「まさか父が心臓発作……キラが……」
私はその表情を観察した。
驚き。
焦り。
恐怖。
確かに存在している。
しかし。
(……演技の可能性もあります)
私は感情を確率で考える。
本物の動揺。
演技の動揺。
どちらも否定できない。
私たちは急いで病院へ向かった。
病室には静かな空気が流れていた。
夜神総一郎はベッドの上で横になっている。
生きていた。
月君の肩から力が抜ける。
総一郎さんは私を見て言った。
私がLであることを。
月君の視線が私に向く。
(……父がそう言ってる以上少なくとも今までLとして指揮を執っていた人物だ……やはり本物のL……)
そう考えているのが分かる。
私は静かに言った。
「月君は推理力が高く、非常に的確です」
それは事実だ。
だが私は続ける。
「しかし、レイ・ペンバーの死には不審点が多い。疑う対象は月君しかいません」
病室の空気がわずかに張り詰める。
すると月君は笑った。
柔らかい笑顔。
しかし私はもう知っている。
月君は笑う時、本当は笑っていない。
「確かにその理論だと僕しか疑う対象はいないようだけど」
彼は言う。
「そもそもキラなら不審点を多く残すかな?」
私は黙って聞く。
「Lがキラで僕をキラにする為にあえて不審点を作って罪を被せるという考えもできるよね?」
なるほど。
実に見事な反論だ。
私は頷いた。
「なるほど、そう言う考えもありますね」
これは本心だった。
つまりこの議論は――
無限ループになる。
「そうなるといたちごっこでまた収拾がつかなくなりそうです」
月君は笑った。
「そうだな……まぁとりあえず父がLだと証明してくれたしこれからは捜査本部を手伝うよ」
その言葉に総一郎さんが弱々しく言う。
「月……お前は大学生になったばかりじゃないか……」
だが月君は首を振る。
そして父親を見つめた。
「父さんに何かあったら僕がキラを死刑台に送るって!」
その言葉は真っ直ぐだった。
総一郎さんの目が潤む。
(この息子がキラであるはずがない……)
そう思うのも当然だろう。
しかし私は思う。
人間は、最も美しい仮面をかぶることができる。
総一郎さんは静かに言った。
「キラは悪だ……しかし私は最近こう思うようになっている……悪いのは人を殺せる力だ……そんな力を持った人間は不幸だ」
私は床を見つめた。
(十分楽しめています……)
心の中で呟く。
(不幸だなんて思いませんよ)
なぜなら私は今、
人生で初めての相手を見つけたのだから。
その後、月君と私は病院を出た。
そして捜査本部。
総一郎さんのいない部屋は、
どこか緊張感が欠けている。
松田がいつも以上に騒いでいる。
私は椅子に座り、甘い菓子を口に運ぶ。
そのときだった。
ワタリの声が通信機から聞こえる。
「竜崎……」
私は顔を上げた。
嫌な予感がする。
「さくらテレビでキラと名乗る人物からメッセージが届きました」
その瞬間、私の思考が加速した。
――私ではない……まさか
それとも。
挑戦者。
私はモニターを見つめながら思う。
この迷宮は、
さらに複雑になるらしい。
そして。
月君。
あなたはこの事態をどう見るのでしょうか。
私は静かに微笑んだ。
ゲームはまだ、
始まったばかりなのですから。