Lがデスノートを拾った世界   作:梅酒24

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話は少し巻き戻る……


番外編:隙間

夜神家と北村家。

 

キラ事件において、最も疑わしいと判断された二つの家。

 

そこに監視カメラと盗聴器を仕掛けてから、すでに数日が経っていた。

 

捜査本部の一室。

深夜。

 

モニターの光だけが、静かに部屋を照らしている。

 

隣では――夜神総一郎が眠っていた。

 

連日の夜勤。

刑事としての責任感。

 

それらが、ついに彼の体力を奪ったのだろう。

 

椅子に座ったまま、静かに寝息を立てている。

 

その光景を横目に、私は思った。

 

――日本人というのは、本当に不思議な民族だ。

 

ワタリは、すでに帰宅していた。

 

彼は極めて几帳面な男だ。

拘束時間が終われば、きっちり帰る。

 

一秒の誤差もなく。

 

文字通り、ぴったりと。

 

私は以前から噂では聞いていた。

 

日本人は定時で帰らない、と。

 

しかし実際に日本に住んでみて、それを目の当たりにした。

 

この国では――

定時で帰ることが、どこか悪いことのように扱われる。

 

私はそれを、奇妙な社会的洗脳だと考えている。

 

日本人は真面目だ。

それは確かだ。

 

しかしその真面目さが、ある種の習慣を生み出している。

 

「定時で帰るのは申し訳ない」

 

「まだ皆働いている」

 

「自分だけ帰るのは気が引ける」

 

そのような感覚。

 

能力や効率の問題もあるだろう。

 

だがそれ以上に、社会的圧力が存在しているように見える。

 

私はここ数日、警察本部の人間たちを観察していた。

 

サービス残業。

 

誰も命じていないのに働き続ける。

 

それを当然のこととして受け入れている。

 

私は静かに考えた。

 

――日本という国は、効率という意味では他の先進国に劣る。

 

もちろん、これは民族的な能力の問題ではない。

 

社会構造の問題だ。

 

例えば。

 

池袋。

秋葉原。

 

東京の特別区にある駅前では、奇妙な光景が広がっている。

 

大型電気店の前に――

また別の大型電気店。

 

そしてさらに大型電気店。

 

供給者ばかりが増えている。

 

だが需要者の数は変わらない。

 

子供でも分かる理屈だ。

 

供給が増えれば――

収益は減る。

 

本来なら、その局面では別の戦略を取るはずだ。

 

ニッチ市場を狙う。

差別化を図る。

 

あるいは仕事量を調整する。

 

ヨーロッパにはバカンスという制度がある。

 

一か月。

国によっては三か月。

 

その期間、店が閉まる。

 

一見すると消費者に不便だ。

 

だが実際には、逆の仕組みも生まれる。

 

バカンス時だけ営業する店。

 

つまり需要と供給のバランスが、自然に調整されていく。

 

――神の見えざる手。

 

アダム・スミスの言葉だ。

 

市場というものは、意外にも合理的に動く。

 

しかし日本では違う。

 

三百六十五日。

 

ほぼ休みなく営業する店が珍しくない。

 

大型電気店などは、その典型だ。

 

商品はメーカーが作る。

 

つまり商品で差別化はできない。

 

では何で勝負するのか。

 

サービス。

 

「Y電気に負けないために、Yカメラはもっとサービスを」

 

「サービス残業してでも売上を」

 

そういう発想なのだろう。

 

一つの企業がサービスを強化する。

 

すると競合店もサービスを強化する。

 

それが競争社会だ。

 

しかし。

 

その競争の代償は――

 

労働者に押し付けられる。

 

大型電気店。

居酒屋。

介護業界。

 

サービス業の従業員が自殺する。

 

それは珍しいことではない。

 

ニュースにもならない。

 

静かに。

 

ひっそりと。

 

死者だけが増えていく。

 

だが。

 

その責任を問われる者はいない。

 

誰も逮捕されない。

 

死刑になる者もいない。

 

私はそれを、こう呼んでいる。

 

――間接的な殺人。

 

もちろん。

 

それを悪だとか正義だとか言うつもりはない。

 

そのようなレッテルは、人間の自己満足に過ぎないからだ。

 

私は基本的に思っている。

 

この世界に、絶対的な悪も正義も存在しない。

 

未完成の人間が作った社会。

 

未完成のルール。

 

その中で人間は生かされている。

 

人間が人間を殺すことが許されない。

 

それも人間のエゴだ。

 

社会を維持するためのルールに過ぎない。

 

人間は動物を殺す。

 

それは許されている。

 

だが動物が人間を殺せば問題になる。

 

つまり。

 

生命に優劣をつけている。

 

生命は平等ではない。

 

しかし。

 

絶対的に平等なものが、二つだけある。

 

時間。

 

そして。

 

死。

 

金持ちも。

 

貧乏人も。

 

男も。

 

女も。

 

人間も。

 

動物も。

 

植物も。

 

すべてに平等に与えられている。

 

一日は二十四時間。

 

そして。

 

すべての生命は、いつか終わる。

 

私はその事実を、極めて自然なものだと考えている。

 

だから。

 

人間が動物を殺して食べるように。

 

人間が人間を殺すことも。

 

自然の中では、特別なことではない。

 

もし。

 

デスノートで人間が死ぬとしても。

 

それは、自然現象の一つに過ぎない。

 

私は犯罪者を殺したいとは思っていない。

 

犯罪のない世界を作りたいとも思っていない。

 

ただ。

 

興味がある。

 

キラという存在が現れたとき。

 

世界はどう動くのか。

 

犯罪は消えるのか。

 

それとも変わらないのか。

 

人々の意識は変わるのか。

 

もし変わるのなら。

 

デスノートという力で。

 

世界そのものを変えられるのではないか。

 

未完成な人間が作った。

 

未完成な社会。

 

未完成なルール。

 

それを脱却する方法。

 

一つだけある。

 

完成された人間が、完成された社会を作る。

 

哲人王。

 

プラトンの思想。

 

私はそれに近い考えを持っている。

 

もちろん。

 

それは不可能だと思っていた。

 

だが。

 

デスノートという魔法のような道具が現れた。

 

ならば。

 

試してみたい。

 

世界を。

 

ワタリは定時に帰った。

 

その背中を見送りながら、私は思った。

 

日本では。

 

定時に帰る人間に対して、悪口を言う者がいる。

 

だがワタリは違う。

 

彼は任された仕事を、必ず定時までに終わらせる。

 

しかも完璧に。

 

それは。

 

きちんと考えて仕事をしている証拠だ。

 

ワタリは多くを語らない。

 

仕事のコツも。

 

信念も。

 

だが。

 

行動を見れば分かる。

 

だから私は彼を信頼している。

 

ワタリが帰った後。

 

私は自分でコーヒーを淹れる。

 

同じ豆。

 

同じ道具。

 

それなのに。

 

ワタリが淹れるコーヒーの方が、明らかに美味しい。

 

温度か。

 

角度か。

 

あるいは時間か。

 

理由があるのだろう。

 

私はコーヒーを飲みながら、思考を整理していた。

 

これまでの行動。

 

そして。

 

これからの行動。

 

監視カメラの映像が流れている。

 

夜神家。

 

北村家。

 

どちらも平穏だ。

 

キラによる殺人は、この期間にも起きている。

 

だが。

 

この家の人間は。

 

誰も。

 

何も。

 

変わらない。

 

普通の表情。

 

普通の生活。

 

もし。

 

普通の人間が殺人を行うなら。

 

必ず何かが変わる。

 

挙動。

 

表情。

 

呼吸。

 

だが。

 

何もない。

 

日本警察なら、ここで結論を出すだろう。

 

この中にキラはいない。

 

私はカップを持ち上げた。

 

しかし口には運ばない。

 

コーヒーの表面が、わずかに揺れている。

 

私は静かに思った。

 

――しかし。

 

私が作り上げたキラ像は違う。

 

キラは。

 

すでに精神が神の領域に達している。

 

監視カメラ程度でボロを出す人間ではない。

 

むしろ。

 

ボロを出す方が不自然だ。

 

だとすれば。

 

それができる人間は――

 

夜神月。

 

私が今まで見た中で。

 

最もキラになりうる素質を持っている男。

 

私はゆっくりコーヒーを飲んだ。

 

黒い液体が喉を通る。

 

そして次の思考へ進む。

 

キラという大量殺人犯が存在する以上。

 

いずれ。

 

誰かが。

 

「キラ」として捕まる。

 

レイ・ペンバーが調べていた人物。

 

十二月十九日まで。

 

その範囲を考えると。

 

やはり。

 

夜神家か北村家の誰かになる。

 

しかし。

 

問題はそこではない。

 

どうやって。

 

「キラだ」と証明するか。

 

一番簡単なのは。

 

本人に言わせることだ。

 

「自分がキラです」と。

 

そして実際に殺しをしてもらう。

 

だが。

 

私はそこで思考を止めた。

 

カップの中のコーヒーが、静かに揺れている。

 

――いや。

 

その方法は。

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